3分で読めるラテール

「1話を読むのに3分かからないショートノベル」
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その1「大王ゴブリンやっつけれ!」 その2「セルキーに負けた話」
その3「ピンクちゃんの卒業式」 その4「海へ行こうよ!」
その5「運が大切? ユニーク装備」 バトル「溶岩に眠りし邪悪なる者」
*バトルだけ、超マジメな執筆作品となっております。
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その1 「大王ゴブリン、やっつけれ!」

「あー、ダイジョーブだってばさ。あんな無駄に頭のでっかい緑に負けるはずないやん。」
 長〜い赤色の髪は2本のおさげで、太陽の光を受けて輝く瞳もルビーのような赤。前髪のクセっ毛と帽子がトレードマークの女の子、「アカさん」と呼ばれる彼女は、大口を開けて笑いつつも、小指で耳掃除などおります。どうやら、片方の耳に当てた携帯通信機で誰かと話している模様です。

「で、ですけどね! 何度も何度もボコボコにされて、この前もムキー!…ってなってたじゃないですか。もっとLVを上げろとは言いませんけど、せめて回復用クッキーくらいは持って行かないと……。」
 その通信相手も女の子。だけど、心配そうに声をかけてます。

 真っ白の腰まで届く髪は流れるような滑らかさ。エメラルドの光を宿す瞳は現在、とても困ったように見えます。こちらの女の子の名前は「フルーレさん」です。いっつも無茶をするアカさんを、またもや注意しているところです。

「わかってないなぁ、言っとくけどボクってばLV40だよ? 39じゃなくて40だよ? ゴブリンなんてザコモンスターは素手でも倒せるんだよ? やつらのアジト、プルトン神殿なぞ5秒で制圧できるって。」
「いえ、物理的に5秒は無理ですから。」

 フルーレさんは速攻でキッパリとダメ出しするものの、通信相手のアカさんは聞いちゃいません。ちょうどいま、耳掃除が終ったトコです。

「まったく! 最近の若いモンは夢がないね! 夢は持ち続ければ叶うんだよ!」
「5秒は絶対無理ですってば! それより、何が最近の若いモンですか。…私と同い年のくせに。…もう、しょうのない人ですね。」
 …まあ、フルーレさんにしてみれば”いつものこと”なので、説得は無駄だとは思っているのですが、一応は友達なので、一応は声を掛けるのです。一応、心配なので。

「まあ、そういうワケだからさぁ、ちょっくら行ってくるよー。」
「何がそう言うワケなのか、すこぶる疑問ですけど……、危なくなったら逃げてくださいよ? また負けて経験値3%減ったって泣くんですから。」
「イエッサー!!」

 軽快な返事を残し、アカさんは通信を切りました。さすがにLV40なので負けるはずがないとは思うのですが、それでもフルーレさんは心配です。…なんせ、アカさんってば、これまで6回以上も”大王ゴブリン”なるモンスターにボコボコにされているんですよね。

 緑色をした大型モンスター、大王ゴブリン。
 みょうに頭がでっかくて、鉄球を投げつけてくる力持ち。プルトン神殿をアジトにする、ゴブリン達の王様です。やたらと緑です。

 フルーレさんも前に一度だけ出会った事があります。神殿にワープしたその場に大王がいて、ほぼ一撃で倒されてしまった事があるのです。運が悪かったというのはあるのですが、それでもちゃんと強さは実感しました。その攻撃力は、本当にすさまじかったんです。
 確かに強いんですよ、大王ゴブリン。…新米の冒険者にはキビシイ相手と言えるでしょう。

 しかし、アカさんもアカさんです。毎回負けているくせに、大王なぞザコじゃん!…などと言いつつ、あなどっているうちにHPがゼロになっているという、あまりにも情けない負け方をしてます。その度に、死亡ペナルティで経験値を減らされて泣くわけですから、こりない性格をしていると思います。

「はー…、そろそろ倒してくれるとよいのですが……。」

ピロロロロン…! ピロロロロン…っ!!
 なんて事を考えていたフルーレさんの元に、またもや通信が入りました。
 慌てて通信機を耳に当てると……。

「うわああああん! おかしいよぉ! なんで負けたんだよーーーー!」
 アカさんでした……。

「はやっ! もしかして、もしかしなくとも……もう負けたんですか?」
 なんという速攻! なんという弱さっ! 数分前の余裕はどこへ消えたというのでしょう? アカさん連敗記録どころか、最速死亡記録までが更新されてしまいました。なんとなくですが、今回も負けるんじゃないかな、とは思っていたのですが、……まさか、ここまで速攻だとは思いませんでした。

「ちょっと聞いてよー! 大王なんてザコだろうから手加減しようと思ってさ、武器を外してみたんだよ。そうすると自分って蹴り攻撃になるじゃん? それが楽しくてさぁ、夢中になってたら死んでたんだよーっ!! うわあああん! ひどいやー!」

「…………ごめんなさい。頭痛がしてきました……。」

 本当に、こりない人です。まあ、アカさんらしいといえば、アカさんらしいのですが。

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その2 「セルキーにやられた話」

「ぐーーぬーーー! おのれ、しぇるきィィィィィィーーーー!!」
 アカさんが地面に転がりながら、ひっくり返ったカメさんのようにジタバタしてます。フルーレさんは、そんな友人を生温かい目で見守りつつも、巻き添えを食らわないように遠くから声をかけます。…また負けたんだろうな、と思いながら。

 セルキーというのは、大都市エリアスの近くにある雪原地帯に住む活発な女の子です。アザラシの皮をかぶり、ビキニ姿という寒そうな姿をしてます。何が気に食わないのか、雪原に入ってくる人を攻撃してくるのです。
 しかしこれがまた、冗談抜きで強いんですよ。毎度の事ながら、アカさんも何度もやられてます。フルーレさんはまだのようですが。

「ねえ、アカさん。ハシゴに登って攻撃を避けるとか、離れて回復を待つとかすればいいじゃないですか。なんでそう、速攻で倒そうと思うんです? ゆっくり倒せばいいのに…。」
 それを聞いたアカさんはピタリと止り、ゆっくりと、オバケのようにフラフラ立ち上がります。そしてその怒りと悲しみの表情を浮かべて言うのです。

「やったさ! ハシゴに逃げて、体力回復もしたさ! けどね、あの小娘の体力を半分まで削った時、高いところから落されてさ、戻ったら……。」
「戻ったら??」

「LVの高い他プレイヤーさんが倒しちゃってたんだよ!」
「ああ〜……。それはまた不幸な……。」

 うう〜ん、確かにね、たま〜にあります。剣振ったら倒せちゃうような高LVの人が通り過ぎる時、戦ってるプレイヤーがいないとトドメ刺しちゃう事。めったに無い事なんだけど、長いラテール人生の中で、アカさんの中の人(プレイヤー)は2回もそういう事がありました。トテモカナシイ出来事でした。

「だからボクはさ! 急いで倒そうと思うわけさ! ただでさえ1匹しか出ないのに、他のプレイヤーさんがセルキー探してたらアセるじゃない?」
 実はこのセルキーは特殊モンスターなので、15分に1匹しか登場しないのです。だからプレイヤー同士で奪い合いに似た、”探しあい”があります。見つけて先に攻撃を仕掛けた方が、だいたいの場合は倒す権利があります。(…横殴りをするヒドイ人もいるかもしれませんが)

「で、先に自分が見つけたらさ、発見の喜びと共に、誰かに見つかる前に急いて倒さなきゃって思わへん? 思うっしょ?」


「それであせって倒そうとした、と?」
「イエース!!」

「で、負けた、と。」
「サノバビッチ!!(くそやろうっ!)」

「女の子がそういう言葉を使ってはいけません。」
「Oh! Yahoo!」

 ヤフーはまったく関係無いように思いますが、このアカさんのいつも通りの脳天気な返答を聞く限りは、少しもへこたれてないように思えます。……まあ、焦る気持ちは、なんとなく…わかるんですけどね。

「また探して倒せばいいじゃないですか。そんな事故、めったに起こるものじゃないですし。それに、そのプレイヤーさんだって謝ってくれたんでしょう?」

「まあ、そうだけどさぁ…。でも考えてみてよ! 例えばさぁ、晩御飯にお刺身を食べようとしてて、途中でトイレ行って帰ってきた時に、ウチの猫様がお刺身をガッツリ食べてたの見たらどうするよ? 怒るでしょ? やるせないでしょ?」

「また、そんなワケわかんない例えを……。」

 フルーレさんからしてみれば、まだセルキー嬢と戦えるレベルではないので実感がわかないのですが、よくよく考えてみれば、中の人(プレイヤー)はアカさんと同じ人なのです。アカさんを通じて悔しかったのがわかります。……しかも猫の話もリアル。晩御飯の唯一にして最大級のおかずを失った中の人は、白米だけでその日を過ごしたのでしょう。(おかず一つしかなかった…)

「猫のヨダレでべちゃべちゃになった刺身なんて、どうやって食えというのさ!」
「それ、ほとんど中の人の感想じゃないですか…。」

 なんだか知りませんが、怒り狂っているアカさん。これはもう手が付けられません。フルーレさんはこの状況をなんとかしようと知恵を絞ります。

「はぁ…、わかりました。まったくアカさんらしいですね。……じゃあ、気分が晴れるようにファッションを変えましょうよ。ちょうど新作が出たそうですし。気分一新すれば、またやる気が出ますよ。私達の中の人もそう思ってますから。」

「ちぇ! まったく…、いい大人がネットゲーム内で着せ替えを楽しむなどと……。」
「そういう事をいわないのっ。それ言っちゃうと、かなりの数のプレイヤーを敵に回してしまいます。」
「Oh! Yahoo!」

 ファッションにつぎ込むお金で、お刺身を買いなおしたほうがいいのではないか?と思った中の人でしたが、食べたらなくなるお刺身よりも、買ったら永久に残るファッションを選んでしまいました。…つまり、今日も白米のみです。

 我が家の猫が缶詰を食べるのを見ながら思います。
 ……ひょっとしたら、ヤツのご飯の方が豪華なのでは?と。(少なくとも白米よりは…)

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その3 「ピンクちゃんの卒業式」

 アカさんが冒険を始めた頃から一緒の、ピンク色をしたチビ竜のペット「ピンクちゃん」はもうすぐLVUPの時期でした。アカさん達より成長が遅いので、久しぶりのUPです。

「アカさん、アカさん! 僕そろそろレベルUPだよ! Lvアップ補助剤を買っといて!」
 ペット達は1レベル上がるためには、専用の薬が必要なのです。ちょっと高めの金額なのですが、いまのアカさんの収入なら問題はありません。
 ピンクちゃんはウキウキしながら待っているのでした。とっても楽しみです。

「ところでさぁ、桃太郎。」
「僕の名前はピンクだよ! なにその桃太郎って……。アカさん今日もおかしいよ!」

 アカさんがおかしいのは毎度の事なのですが、今日はみょうに素っ気無い感じがします。何があったのでしょう? 猫にお刺身奪われてから、なんだか元気がありません。栄養失調でしょうか?

「ん〜〜、あのさ……。」
 アカさんは僕の右肩を叩いて、言いにくそうにいいました。

「お前、そろそろ卒業しない?」
「え……? なにその、卒業って……。」

 卒業…、なんだか恐ろしい響きを感じます。あのテキトー人生バンザイで生きているアカさんが、こんなに大人しくしている時点で、すでに不気味です。

「いや〜実はさぁ、Lv上がる前に”不老草”を食わせないとさ、お前さん動けなくなるやん? ……我が家にはさぁ…お金がないんだよね。リアルマネーがさ。」
 不老草というのは、ピンク達のようなペットを30日間を活動できるようにできる特殊な草のことです。期間を過ぎてしまうと、それを補給しない限りは動く事はできなくなります。
 しかし、卒業とはどういう事なのでしょう? 不老草が買えない、でもお金がない。卒業……。

「はっ! まさかアカさん、それ卒業じゃなくてリストラ!? クビって事?!」
 僕はビックリしてご主人様であるアカさんに詰め寄ります。そんな切り方はヒドイ! 僕はいつも頑張ってアイテム拾ったりしてるのに、そんなのあんまりです!

「あっはっはっ、まさかクビなどと…。我々はそのような野蛮な言葉は使いません。卒業です!」
「おんなじだよ!」

「バカもの! このボクが桃太郎を見捨てるわけないでしょが!」
「だから、名前が間違ってるってば!」

「黙らっしゃい! いいかね? ボクは君の今後の事を考えてだね、社会に出るべきだと思うんだよ。これも一つの愛なのさ。」

 アカさんは涙を流しながら力説してます。…しかし、長年の付き合いである僕には、ウソ泣きにしか見えません。こいつはそんなタマじゃねぇ。
 ですが、僕を使う事をやめるというのは納得いきません。自分で言うのもナンですが、けっこう便利なはずです。それ相応の理由を教えてくれないと、温厚な僕とて暴れます。どんな理由が隠されているというのでしょうか?

「そういうワケだから、ゴメン! あと2日でバイバイな。」
「……あんた鬼だ。…血も涙もねぇ鬼だよっ!」


 そんな時でした。僕達のところへフルーレさんがやってきます。彼女の後ろには、見たことのないペットがひかえております。ややっ! あれは”水ポケモン”こと、「ウォータリー」ではないか! 

「あら、アカさん、ピンクさん。おはようございます。……ほら、水ポケモンもアイサツしてください。」
「名前、そのまんまかよ!」

 わかったぞ…。この水ポケを買ったから、中の人もお金がないんだな!? くそっ、貯金残高0円のくせに、ラテールでブルジョア生活してる余裕があるんかい! ……と、僕は大いに不満でした。

「ピンクさん、卒業だそうですね。おめでとうございます。」
「嬉しくねぇよ! しかも、おめでたくねえよ!」

 僕もだんだん、性格が悪くなってきたように思います。間違いなくアカさんの影響でしょう。しかしフルーレさんのこの態度を見ると疑問が沸きます。僕が卒業などではなく、強制的にクビなのを知らないのかな? 確かに中の人は同じなのですから、知ってて当然なのですが…。

 ……そんな彼女は悲しげな顔をして言います。

「残念です。すっとぼけたアカさんには、貴方が必要だと思っていたのですが…。」
「ボク、思うんだけどさぁ。フルーレって、けっこう手厳しいよねー。」

 アカさんの言う通り、フルーレさんは時々、とんでもなく厳しいのです。

「卒業では仕方ありませんね。じゃあ、さようなら。」
 しかも時々、アカさんよりも鬼です。血も涙もありゃしません。…この冷血女っ!

「ピンクさん、聞こえてますよ? ふふ……誰が冷血女ですって? いけませんね。血が出るような悪夢でも見たいのですか? ああん?」
 笑顔でアイアンクローかますのやめてください。痛い痛い! 食い込んでる! 指が食い込んでるよ!



 ……え? 僕の卒業式、これで終り? 最後にアイアンクローで締めなの?!(そうらしい)

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その4 「海へ行こうよ!」

「やっぱしさぁ、夏と言えば海だよね! ボクはこの輝かしい季節のために生きてるって思うよ。」
「逆に言うと、夏のためにしか生きてない…、という事ですか?」

 いつも通り、元気なアカさんと手厳しいフルーレさん。今回は海にやってきました。二人とも、まだまだ海で戦えるほどレベルが上がっていないのですが、遊びに来るくらいはいいでしょう。
 ところで、一人仲間が足りないようですが……?

「ああ、桃太郎ならアイテム倉庫でホコリかぶってるよ。」
 アカさんは大口を開いて、けたたましく笑います。この人、本当に復活させる気がないようです。彼女いわく、”めんどくせえ”のだとか。…まあ、アカさんですからねぇ。

「いや〜、海はい〜〜な〜〜〜!」
 しかも少しも気にしちゃいねぇ。ここまで来ると、すがすがしくさえ感じますね。きっと、ピンクちゃんも遠い遠い、お空の向こうから、彼女の笑顔を見守っていることでしょう……。(←死んでねえよ!)

「まったく…、海に来たからといって、はしゃぐものではありません。たかが泳げるだけではないですか。そんな程度のことで……。」

「その格好で、はしゃぐな…は説得力ないように思うんだけどなー。」

 シュノーケルに足ヒレ、水着姿のフルーレさんは、ある意味、アカさんよりもウキウキしております。泳ぐ気満々です。

「こ、これはですね! アカさんが危険にあってはいけないと、万全の装備を……。」
「ツンデレはおなか一杯だからさ、敵が来ないうちに泳ごうよ。」

 そうなのです。ラテールの世界に敵がいないのは街の中だけ。外に出ればモンスターがいない場所などありません。まったく、世界の流通はどうなっているのでしょう? 食料の調達はどうなっているのでしょう?

「まあ、ゲームだしね〜。」
「それ…、あまりにも、ぶっちゃけすぎです。」


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その5 「運が大切? ユニーク装備」

「うわぁ、カワイイ! 九尾ちゃんですって。これ敵なんですか?」
 フルーレさんはモンスター図鑑をながめてトキメキを感じていました。まだLvの低い彼女には、出会った事のない敵さんだったのです。

「ああ、ヤツね……。もうその話はやめにしようよ。」
 いつになくお行儀が悪く、やさぐれているアカさんは、いらないアイテムを道に捨てておりました。どうしたのでしょう? いつも肝心な話は少しも聞ききゃあしないくせに、こういうどうでもいい話にはすぐ乗るというのに。
 そんな彼女は、静かに語りはじめました。

「…実は今の今までさぁ、レアアイテムが欲しくて、400匹くらい狩ったんだけどさ。出ないんだよね、キューティースタッフ。確率が低すぎるんだよ。」
 フルーレさんはモンスター図鑑を改めてみると、確かに載っています。この九尾という敵が落とすレアなアイテムの中に、「九尾キューティスタッフ」というのがあるようです。しかしその出現確率は……、0.002%とか0.004%とか、すさまじい低確率…。

「はぁ…、それは出ないでしょうね。もはや奇跡のようなものですし。」
 どうやらこの種のレアなアイテムの事を「ユニーク装備」と呼ぶようですね。しかし、そういう事ならフルーレさんも心当たりがあります。

「あ、そういえば私も一つだけ出た事ありますよ? たしかベアグレートソードとかいう…。」
「え…? 出た………の?」
「はい。たしか苦労して5匹ほど倒した時の事でしょうか?」

 アカさんは目を丸くしてフルーレさんを見ました。しかし、彼女の荷物を見る限り、そういう品はありません。アカさんはものすごい勢いで彼女に問いかけます。しかし当の彼女には何が何やらさっぱりで、なぜ驚いているのかさえわかりません。

「そ、その武器どうしたん? どこにあるん?」
「あ、フリーマーケットで売りました。300万エリーになったので、そのお金で”水の精霊”を買ったんですよ。ほら、カッコイイでしょー。」

 フルーレさんの背中のあたりには、宙に浮いた水のカタマリのような物体がありました。アカさんは、まるで人生に疲れたサラリーマンであるかのように、肩を落とします。そんな判り易い落胆をみたフルーレさんは、戸惑いながら聞いて返しました。

「え…? え? だってアカさんLV50になったでしょ? あの武器ってLV30の装備だし、それにメインで槍を使ってるから、いらないかなって思って……。」
 うなだれたアカさんは無言のまま、カメのような動きで元の位置に戻り、再びいらないアイテムを乱暴に投げ捨て始めました。鉱山でツルハシを振っている時の様にゲッソリして見えるのは気のせいでしょうか?

「わああ、すいませんすいませんっ!! アカさんが欲しがっているなんて知らなかったもので!」
「フッ……違うのさ。ボクが400匹狩って出ない品を、キミは5匹で出したという現実がやるせなくてね。」

 アカさんの背中姿は泣いているようでした。さすがのフルーレさんも悪い気がします。しかし、こういう時はどうやってなぐさめたらいいのでしょうか? びみょうに話題をずらしてみようと思います。

「ね、ねえアカさん。……さっきから、何を捨ててらっしゃるんですか? 私にも教えて欲しいなー…なんて……。」
 すると、アカさんは振り向きもせずに、こう答えました。

「これはね、九尾400匹分の尻尾だよ。1匹につき9本あるから、バラすと合計3600本もあるんだ……。えへへへへ…いくらでも捨てられるよ…。」
 開いた口がふさがりませんでした…。これが世間的に言う、ヤブヘビというやつでしょうか。

 道が尻尾で埋まっておりました。

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*この話は、ワタクシがマジメに挑んだノベルです。↑の5話までより、かなり長いです。

オマケ 「溶岩に眠りし邪悪なる者」  VS レッドドラゴン 『インヴォーグ』

「……なんて、熱量なの……。これが……。」
 フルーレは信じられないような光景を目にし、生唾なまつばを飲みこみます。そこは地獄の様相ようそう。いえ、まさしく地獄を思わせる場所でした。
 滞留たいりゅうする空気はのどが焼け付くほどの高熱を帯び、地面には熱せられた鉄板のような岩々。マグマえたぎるほむらの川が周囲しゅういに流れるその場所は、まかり間違まちがったとて人間の住むべき場所ではありません。

 ───赤龍せきりゅうの巣。

 大都市エリアスの誰もが知り、誰もがおそれをいだくその場所。赤き灼熱しゃくねつの龍がまう洞窟どうくつです。
 人知を超えたその膂力りょりょくは巨岩をも容易たやすくだき、天空を自在に飛びう力強きつばさは風よりも速い。そして人間を嘲笑あざわらうかのような咆哮ほうこうは恐怖を呼び、全ての者を震撼しんかんさせる…。

 それがこの洞窟の主、レッドドラゴン。その名は『インヴォーグ』と呼ばれています。

 数年前、突然長い眠りより目覚めたそれは、気まぐれにエリアスに飛来しては家屋を焼き、人々をいぶりだす。そして逃げ惑う人を食らっては腹を満たすという残虐ざんぎゃくなる捕食ほしょくを繰り返しているのです。まさしく最悪の悪魔…。インヴォーグにとって人間など食料でしかなく、見下すべき矮小わいしょうなる存在でしかないのでしょう。

 通り過ぎた後に残るのは破滅の炎による災厄さいやくのみ。巨大なあぎとよりき出される火焔かえんすさまじい威力で、ありとあらゆるものへ強制的な死を与える。灰燼かいじんす…。

 人間だけではなく、生きし生ける者、生物全ての敵とも言える存在…。
 その脅威きょういの魔獣こそが、赤龍せきりゅうインヴォーグなのです。

 国を破滅はめつみちびくモノとして、エリアス王宮は早々そうそう討伐隊とうばつたい編成へんせいし、その巣へと向かわせたのですが、結果は燦々さんさんたるものでした。いくら有能な戦士を送りこもうと、所詮しょせんは地をうだけの人間という存在。大空を自在に飛翔ひしょうする脅威きょういに対し、手も足も出なかったのです。
 ある者は、赤龍が地面すれすれを滑空かっくうする事でしょうじる衝撃波しょうげきはにより吹き飛ばされ、マグマの池に落とされる。そしてある者は、咆哮ほうこうという恐怖にふるえ、動けないままに食われた。それでもまだ生き残った者は、逃げるその背中を、あぎとよりはなたれた火炎弾により蒸発じょうはつした。

 それは戦いなどではなく、一方的な虐殺ぎゃくさつでしかありませんでした。赤龍にとっては人ごとき下等生物など、敵にすらあたいしないのでしょう。


「ひーーー!! あちーっ! あちぃってばさ! 押したら落ちるやん!!」
「わ、私もギリギリを歩いているんですっ! アカさんこそ道幅に余裕があるじゃないですか!」

 今、そんな悪魔の住む洞窟どうくつひびわたるのは、みょうに場違いなかしましい声。赤色のかみひとみを持ち、2本のおさげ髪が特徴的とくちょうてきな女の子、アカさんが泣きそうな顔をしてあせらしています。そしてもう一人、そのすぐうしろには、真っ白な髪にエメラルドのひとみを持つ、白をイメージさせる女の子が、フルーレがいました。

 彼女らはエリアスに住んでいるわけではなく、各地を転々と旅する”放浪者ほうろうしゃ”と言われる者達です。諸説しょせつでは異世界から召喚しょうかんされたとのうわさもある、数少ない戦士達。彼女らはその一員でもありました。

 この世界にもいくさけた強豪きょうごう存在そんざいしています。しかし、彼ら放浪者はあまりにも短期間に成長をげるという共通点を持っていました。異常いじょうほどの速度で強くなる。まだまだ少女なはずのこの二人も、そうした数少ない戦士達にぞくする者なのです。
 放浪者は強い。そして何よりたよれる存在でした。様々な難題なんだい解決かいけつし、事件を紐解ひもといていく。……エリアスにとっても大きなたすけとなっています。いま、この世界を左右する力を持っていると言ってもいいでしょう。

 ……だけど、赤龍せきりゅうは違いました。
 赤龍『インヴォーグ』だけは違ったのです!
 
 そのあまりの戦闘能力の前には誰もが無力。数々の強豪がひしめく放浪者達でさえも、例外ではありませんでした。
 どれだけ力をそうとも、彼らとて人間である事には変わりはありません。空を自在じざいに飛びう敵に対して、有効な手を見出す事ができずにいたのです。だから、いかに放浪者がひいでていても、いまだエリアスは脅威きょういさらされいるまま。なすすべもなく、国土を蹂躙じゅうりんされ続けていました…。

「フル〜レー、アイスシールドの魔法やってー。熱いからさ〜、アイスシールドはやく〜」
「ダメです。そんなのは精神力の無駄使いですから、これくらいは我慢がまんしてください。……まったく、私をさそって何処どこへ行くのかと思えば……。」

 そんな事情なんぞマッタク考えていないかのように、いつもの調子でダラけきったアカさんが、遊びに行こうと声をけてきたのはたった2時間半前。二人はエリアスのレストランで昼食を取っている最中さいちゅうでした。

「まさか赤龍の巣だとは……。」
 フルーレはあきらめ顔で思い出していました。……さきほど、待ち合わせの時間にすさまじくおくれてきたアカさんをしこたまいかり、帽子ぼうしをなくしたのをさがしてた、という言いわけを聞きながら食事をとっていた時、アカさんが言い出したのです。面白おもしろいところに遊びに行こう、と。

 アカさんは毎回のように破天荒はてんこうな事を言いだし、フルーレをこまらせているのですが、……まさか、いまさわぎになっている最悪さいあくの敵、レッドドラゴンと戦おうなどとは思いもしませんでした。
 面白おもしろいどころか、ヘタすると死んでしまいます。いえ、ヘタしなくとも死にます。

「ダイジョーブだってば。だってボクら、死ぬ寸前すんぜんまちもどれるじゃん。死ぬこたないよ。」
「それは……そうですけど……。」

 たしかに、放浪者達は基本的に死ぬことがありません。正確に言うと、まちえられた石碑せきひ加護かごにより、死の寸前すんぜん強制的きょうせいてきに街に送還そうかんされるからなのですが。……それでも、99.9999%勝てない相手にいどむのはどうかと思います。

「マンガとかだとさぁ、友情パワーで危機ききを脱出して逆転勝利できるもの。心配しんぱいないってば!」
 フルーレの前にこぶしき出して、親指を立ててニッカリ笑うアカさん。いつになく強気です。どこに勝てると言う根拠こんきょがあるのか教えて欲しいものですが、なぜかフルーレはそれを言いかえす事ができないでいました。
 いつもは誰よりもヘッポコで、そのバラエティーには事かない彼女なのですが、いざ敵を前にすると、なぜか心強いのです。どんな強敵であっても、戦えてしまうような気になってしまいます。……もちろん、言っている事は途方とほうもなくおバカさんなのですが。

「それにさ、ジイちゃんがいつも言ってるんだ。メシは食える時に食っておけって。」
「……はぁ? なぜご飯の話??」

「寝れる時間がある時は、寝れるだけ寝ておけ。
 遊べる時間がある時は、精一杯遊んでおけ、
 トイレは行ける時に行っておけ、
 露天(フリーマーケット)の品は買える時に買っておけ。……エトセトラエトセトラ…。」

 まだまだあるよ?と言うアカさんですが、いいかげん付き合いが長いフルーレも、その後に続く言葉をある程度は予想できていました。きっといま、この場でその後に続く言葉は……。

「それと、敵を倒せるなら、倒せる時に倒しておけってね。けっへっへっへっ…。」
 予想通り。そんな言葉をべたアカさんは、いつものようにダラけた笑みを浮かべました。しかし、フルーレは思います。どうも様子ようすがおかしい、と。なんだかいつものアカさんとちがい、”え切らない態度”に思えたのです。……それが彼女らしくないと、そんなアカさんが気に食わないのでした。

「そういう回りくどいアカさんは嫌いです。帰ります。」
「わ! わっ! ごめん! ゴメンよ〜強敵(友)よー」

 フルーレは目の前で色々をはぐらかしている彼女をみずに、きびすを返し、帰ろうとします。あわてたアカさんはダッシュで止めるものの、フルーレはねらったように振り向き、そのひとみのぞみました。正直に話せと言わんばかりに真剣しんけんな表情で見つめます。

 …そんな事をされれば、さすがに冗談じょうだんだけではまされない。これはちゃんとした説明が必要ひつようなのだと、アカさんも彼女との長い付き合いでわかっていました。なんせ、こういう時の口論で、アカさんはフルーレに勝ったためしがありませんので。

「トレードマークの帽子をかぶっていないのにも理由があるんでしょ?」
「う〜、手厳てきびしいなぁ。やっぱしフルーレを誤魔化ごまかすのは無理かー。」

 人前ではいつもお茶らけている彼女ですが、冗談じょうだんだけでこういう危険きけんな場所にまで理由も無く来る事はまずありません。フルーレはそれを知っています。赤龍せきりゅうと戦う事自体がいやなわけではないのです。ただ、友達として理由りゆうを話してくれない事が残念ざんねんなのです。
 しかも、え切らない態度たいどのままのアカさんは間違まちがってる。いつもストレートなのが彼女だからこそ、自由に戦えるという事も知っています。長い付き合いですから、なんでもお見通みとおしなのです。


「わかった! 話す! 話すよ。かなわないなぁ…。」
「とっとと話なさい。熱いのですから。」

 観念かんねんしたアカさんは、ようやく重い口を開きました。


「ん〜、実はさっきさぁ、エリアスに住んでるにくたらしい小僧に会ったんだ。いつもボクのおさげをるイヤなガキンチョなんよ! 今日こそはギャフンと言わせようと思ったんだ。」
 アカさんはその子供の事を元気に、うれしそうに語るのですが……、すぐに口調をひそめ、さびしそうにしました。

「そしたらさ、あいつ……泣いてたんだよね。赤龍に家を焼かれて、母ちゃんも大怪我けがしたって。元気なのが取りの小僧が、涙浮かべてしょんぼりしてるんだよ。」


「何にも悪い事してないんだよ? それに、ボクのおさげを引っ張った仕返しは、ボクがたっぷりするはずだったのに。……あのインヴォーグとかいうバカ龍、そういう事も関係なく全部壊していく……。」


「そう思ったらさ、…ああ、これは倒さないとダメだって思えたのさ。」


「自分勝手だって思う。みんなのためとか、そんなんじゃなくて、ただあのガキンチョを勝手に泣かせたのが許せない。あいつの母ちゃんを傷付けた事が許せない。…エリアスとか、世界とか、……そんなのついでなんだよ。」

 アカさんはフルーレの目をちゃんと見て、申し訳なさそうに言います。

「そんなんだから、無理して手伝ってもらおうとか、ムシのいい事考えてたよ。ここまで何にも言わずに連れてきちゃった。……ごめんね、フルーレ。」
 当のフルーレは話を聞き終わると、うなずく事なく、ののしるわけでもなく、特に表情を変える事さえなく、いつもの三白眼さんぱくがんのまま、確認かくにんでもするかのように聞いてみることにしました。

「…それで、帽子はその小僧さんにあげちゃった、ってトコですね。頑張がんばれって。」
「はは……、まあそんなトコかな〜。」


「で、たおして来てやる!とか言ったんですね? ほとんどいきおいで。」
「うがっ! なんでわかるん?!」
 フルーレは溜息ためいきをつきます。本当にもう真っ直ぐというか、一直線というか、アカさんらしい事です。

「もう、しょうのない人ですね……。」
 やれやれ、という顔をしながら、フルーレは口元がほころんでいました。ここまでアカさんらしいと、これを断るのは難しいでしょう。もしも、ほおっておくとすればトコトンまで無茶をする子ですから、かえって心配です。……もちろん、断る気などさらさらないのですが。彼女らしいので安心しました。

「いいですか? アカさん。……私が持ちこたえられるのは3分が限界ですからね。その間だけなら、信じてもらって構いません。何が何でもインヴォーグの動きを封じてみせます。」

「え、ホント?? 手伝ってくれんの?!」
「ここまで来て、赤龍を見ないで帰るのはもったいないでしょ?」

「うひゃあ〜! だからフルーレは好きさっ! もう、ホッペにキスしちゃうよ〜。 ぶちゅ〜〜…」
「ちょっ、やめっ!」

 アカさんはくちびるを特大タラコのようにして、いえ…タコのように突き出し、フルーレのほっぺたに迫ります。大ピンチです! ……いえ、手遅れでした。しかも吸盤きゅうばんのように、吸いついたらもうはなれません。ってもいても取れやしません。

「は、はなれないと、杖でブッ叩きます!」
「ぐはっ! た、たたいてから言うのは、反則はんそくだと思うよ…」

 調子に乗ったアカさんは、フルーレのギザギザの付いたつえで力いっぱいブッたたかれて沈黙ちんもくしてしまいました……。調子に乗りすぎですね。







「いる…。やっぱりここの先だね……。」
 洞窟どうくつの出口を目指して歩いていたアカさん達。そんな中できゅうに、アカさんは声をひそめて冷静れいせいに言いはなちます。
 野生のカンなら人一倍。いえ、人三十倍もあように思えるアカさんの確信かくしんに近い感覚かんかく。戦闘において、一度たりともはずした事のないその言葉に、フルーレは心臓は早鐘はやがねを打つかのようです。
 二人は出口の近くにある巨石に身をかくし、飛び出す前に一度止まります。ここで用意を確認かくにんしないままで突入とつにゅうするのは、あまりにも危険きけんだからです。

 ……これまで数多あまたの戦士が戦いをいどみ、敗北はいぼくきっした最悪の魔獣、竜の名をかんする最強の悪魔、レッドドラゴン『インヴォーグ』が待ち受けている。本当に自分達が太刀打たちうちできるのか、とおびえてしまうのも、無理むりもない事でしょう。

「ふっふっふっ…。そんなにおびえなくてもOKだよ。実はとっておきのすけを用意してるんだから。」
 むねを張って得意とくいげに話すアカさん。いそいそと背中のリュックをろし、しゃがみ込んで、なにやらゴソゴソとまさぐっております。この時点でフルーレはイヤな予感がしていたのですが、えて言わないでおきました。

「じゃじゃーん! 倉庫でホコリかぶってた桃太郎でーす!」
 ……桃太郎。それはアカさんが1カ月前までずっと一緒に旅をしていたペットのチビ竜でした。本当の名前は「ピンクちゃん」のはずなのですが、アカさんがわざとらしく間違えたままで話しているものですから、そのまんま桃太郎で定着しちゃった感があります。

 どのペットも例外なく、30日という一定期間しか動く事ができないという制約せいやくがあります。期間きかんぎると、また特別なアイテムが必要なのですが……、アカさんはお金がない、という理由りゆうでその品を買わず、事もあろうに、ピンクちゃんを倉庫にしまいこんで、そのままわすれてしまっていたのでした。


「ああ……、ピンクさん…。こんな所にまで拉致らちられてきましたか…。」
 そんなフルーレの言葉など関係無く、アカさんはペット復活ふっかつアイテムである、”不老草”をピンクちゃんの口の中に押しこみました…。
 すると、ブロックじょうかたまっていたピンクちゃんは、徐々じょじょに動きを見せます。

「ぷ、ぷはーー!」
 ホコリまみれで固まっていたピンクちゃんが目を覚まし、ようやく元の動きを取り戻しました。最初に怒りをぶつけたのは、やはり主人であるアカさんでした。

「アカさんヒドイよっ! 僕を放置ほうちしたどころか、倉庫そうこにしまって忘れてるなんてさ! 本当にリストラかと思ったよ!」
「Oh! Yahoo〜。桃太郎、おはよう!」
「僕の名前はピンクだってば! アカさん最近100%間違ってるよ!」

 フルーレはそんな二人を見て、やっぱりたもの同士だなぁ、と感心してしまいました。ボケとツッコミが絶妙ぜつみょうです。

「やや! フルーレさんオハヨウございます! おたくのペットの姿が見えないんですけど、どこ行ったんですか? もしかして、リストラですか? いやー、残念ですね! 役に立つので復活させられた僕としては、ペットとしての格の違いを語り合いたかったんですけどね!」
 実はフルーレにもペットがいます。「ウォータリー」という種類の水の化身けしんなのですが、まだLvが低いため、この灼熱しゃくねつおおわれた赤龍の巣では存在できないのです。……まあ、そういう意味ではピンクちゃんもそれなりに強いと言えましょう。

「ところで桃太郎、復活させたからには手伝って欲しいんだけどさ。」
「ははーん、僕を頼ったという事だね! やっぱりアカさんには僕がいないとダメ……、あれ……ここどこ? やたら熱いんだけど……。」

 あらまあ…。とうとうピンクちゃんはこの場所に気がつきました。しかもそのあやしげな風景ふうけいにビクつき始めます。

「……もしかして、もしかしなくても……、ここって……赤龍の巣…?」

「そーだよ? やっぱりインヴォーグと戦うにはお前がいないとさぁ。…もしかすると、攻撃を一回分だけ防いでくれるかもしれないじゃん。その身を盾としてね。うぷぷぷぷぷ…。」


「ぼ、僕、やっぱり倉庫でいい子にしてるよ! じゃあ、サヨナラ!」
「おっと、そうはいかねぇなぁ……。桃太郎? いや、本名ピンク君。」

 さりげなく全力で逃げようとするピンクちゃんの首ねっこを、アカさんが即座そくざつかみ留めます。そのアカさんの表情は、まるで悪徳商人のよう…。ピンクちゃんはあつさとはまた違う、あせをダラダラと流しております。

「お、鬼! 人でなしっ! アンタの血は何色だっ! こんなにカワイイこの僕を犠牲ぎせいにしようだなんて、動物愛護法あいごほうに違反してるよ! うったえてやるっ!」
「ふふ〜ん、生きて帰れたら好きなだけうったえろや。生きて帰れたらねぇ…クックックッ…。」

「ひぃぃぃぃ!! なんてこったい! こんなことなら戸棚とだなかくしておいたカステラ、早く食べておけばよかったーー!」
「お前、あんがいたくましい性格だね…。」



「二人とも、おしゃべりはそこまでです…。赤龍に感づかれました。」
 ただよう気配が変わった。それを冷静に感じ取ったフルーレが簡潔かんけつべます。ついに来たのです。あの赤龍が、最悪の魔竜が自分達を見つけたのでした。彼女はつえにぎめ、いつでも動けるように体制をととのえます。そしてアカさんは、口元くちもとにニヤリとみを浮かべてやりを握り返して言います。

「さあー、二人とも! ……行こうか。」
 無言でうなづいたフルーレ、そして絶望ぜつぼうに打ちひしがれながらも観念かんねんしたピンクちゃんは、前へ、これよりはじまる地獄の戦いのため、出口を目指して歩き始めたのです。







「ひぃぃ! でたーーっ!」
 ピンクちゃんのさけび声がこだまする広間に、それはいました。

 巨大な影がそびえる大きなかべとなって広間に横たわっています。灼熱しゃくねつの溶岩地にえられた台座の上にを指定席に、紅蓮ぐれんの炎が逆巻さかまくそこに、ヤツはたのです。

 赤龍……、インヴォーグはその首だけを持ち上げ、侵入者しんにゅうしゃ悠然ゆうぜんと見ていました。その双眸そうぼういろどるのは破滅はめつ破壊はかい殺戮さつりく暴虐ぼうぎゃく…。ありとあらゆる破壊のねん宿やどし、愚かなる侵入者を見下しています。
 人間の子供が2人、チビ竜が1匹……。アカさん達の姿を確認したからでしょうか? 赤龍はあまりの手ごたえの無さに苦笑くしょうらしているようにみえました。

 強大な敵、これまで誰も太刀打ちできなかった魔竜インヴォーグ。それがまるで、邪な意志を持つ人間のような笑みを浮かべ、なんとアカさん達に向けて話はじめました。

『どんなネズミかと思えば…、たかが小娘2匹か。腹の足しにもならぬ。』
 アカさん達の事などまるで相手にもしていない。そんな様子のインヴォーグ。それは当然の反応でしょう。これまで、エリアスの大部隊や、数々の放浪者を一方的に倒してきたのですから。

『しかし、めずらしいモノを連れているな。』
 そんな傲慢ごうまんな態度を取る赤龍でしたが、一つだけ興味きょうみを持った相手がいました。それは意外にも、ピンクちゃんのようです。
 天と地ほどの差のある存在であるはずのチビ竜へと、赤龍は声をかけます。

『気に入らぬな。…同族ともあろうものが、人間ごとき下等生物に従属じゅうぞくしているとは。力によって服従ふくじゅうさせられているようにも見えぬが。』
「あわわわ……。」

 あまりの恐ろしさに体のふるえが止まらないピンクちゃん。確かに、赤い竜という意味では同種族なのかもしれません。しかし、ちがうのです。
 いかに同族とはいえ、生きた年数に千年以上のへだたりがあり、なおかつ人の間で生まれ、らしてきたピンクちゃんには、もはや同族というには無理がありました。確かに、数百年数千年と成長していけば、インヴォーグのように巨大になるかもしれません。けど、今現在、目の前の悪魔とピンクちゃんとでは、何もかもが違いすぎたのです。

「やい、そこのバカな上にデッカイ赤いの! ウチの桃の助と、お前みたいなヘッポコを一緒にすんな。」
 アカさんは威勢いせいよく、赤龍に文句を言いだしました。この強大な敵を前にし、まったくおびえた様子はありません。

「こいつはなー、確かに素晴らしく役立たずだよ? …だけど、人間を食べたり、家を焼いたりなんかしないよ。 ボクのしつけがいいからね! お前みたいに、いらない子じゃないんだ。なんせ、荷物持ちくらいはできるし!」
「ぐぬぬぬぬぬ…。言わせておけばぁ〜!」

 文句を言いたそうなピンクちゃんですが、いまだに震えているので、満足に何かを言い返す事ができません。しかしアカさんは言いたい放題で、しかも挑発的ちょうはつてきに反論します。

 彼女はただ、インヴォーグの物言いが気に食わなかったのです。アカさんはいつもピンクちゃんを粗末そまつに扱いますが、たたいたり、一方的にいじめた事は一度もありません。キライなわけではないからです。いつもからかったり、おどろいたりするのが、アカさんとピンクちゃんのコミュニケーション。実は案外、仲が良いのでした。

 それに正直に言うと、この戦いに勝つにはピンクちゃんの手助けが絶対に必要でした。臆病おくびょうだったり逃げ腰だったりする彼ではありますが、ピンクちゃんだって、ここまで共に戦い抜いてきた仲間なのです。たよりにしているからこそ、今ここに戦うべき仲間として、呼んだのです。

『フン、まあいい。そこのネズミを始末してから、人間の殺し方、喰い方を教えてやるとしよう。』
 赤龍が起き上がろうと動き出しました! 寝そべっていた台座から身を起し、アカさんとフルーレ目掛けてきばきます! 逃がすつもりなどなく、一瞬で消し飛ばす気なのです!


「───残念ですが、そのまま立たせるわけにはいきませんね。」
 その瞬間、戦闘開始だと言わんばかりに、フルーレは魔法を発現はつげんさせます。最大魔法【アイスストーム】が、この超高熱の溶岩帯を、灼熱しゃくねつに包まれた空間を埋め尽くすかのような凄まじいブリザードを発生させたのです! てつく暴風と化した竜巻は、洞窟内のあらゆる物体を嵐で吹き飛ばし、彼女の最大攻撃となって炸裂さくれつしました!

 この世界では魔法を使う事に詠唱えいしょう時間は必要がありません。しかし、その分の負担ふたんは術者の精神力をけずっていきます。しかも通常の効果よりも範囲はんいを拡大し、溶岩の間全体を埋め尽くすまでのアイスストーム。その身に降りかかる疲労ひろうはハンパなものではありません!

 しかしその分、効果は絶大なはず。炎と共に在り、火炎からの抵抗力に優れている赤龍であろうと、逆の属性である氷結に対しては、かなりの痛手を食うはずです!


『……なんだこれは? オレをナメているのか?』
 ですが、それは通用さえしていませんでした。なんと、フルーレの渾身こんしんから繰り出された氷の暴風圏ぼうふうけんの中で、赤龍はまったく威力を気にした様子も無く身を起します! 逆の属性であるはずなのに、その威力いりょくは確実に効果を得ているはずだというのに、敵の防御能力はそれを超えていました。 魔法のエキスパートである彼女でさえ、赤龍にはダメージを与えられなかったのです!

「っ……! それならっ───」
 フルーレはアイスストームをキャンセルし、その鉄壁の防御をつらぬくべく、別魔法へと切り替えます。それは、大地より氷の槍を突き出す魔法【アイススピアー】です! それは鋭利えいりな剣ではなく、針のように一点を突き抜ける槍のような効果を持ちます。

 いかに防御が高くとも、魔法に長けたフルーレが渾身で放つ一点突破の魔法。フルーレが最も得意とする攻撃魔法なのです。使い慣れたこの魔法であれば、敵の体の全体を傷つけられなくとも、部分的にダメージを与えられるはず!

『期待はしていなかった。……が、この程度ていどでオレを殺すつもりでいたとは、いささかの怒りすら感じるよ。なんと浅薄せんぱくな生き物だというのか? もう興味きょうみも失せた。未来永劫みらいえいごうの苦しみを抱いて果てるがいい。』
 しかし、その得意魔法ですら、インヴォーグの防御を突き破る事ができません! 針のように研ぎ澄まされたその攻撃が痛手を与えられないのであれば、フルーレの魔法は、全て無意味になってしまいます。

 そして言葉がしめす通り、インヴォーグがとうとうその巨大な翼を広げました! 空間をおおい尽くすかのような巨体は、中空へと舞い始めます。翼を大きく羽ばたかせ、徐々じょじょに空中へと浮き上がる。空へと逃げられれば、もう攻撃の手段がありません。しかもこれまで戦いをいどみ、敗れた戦士達と同じ末路を辿たどるしかないのです。

 ですが、インヴォーグはそこで気がつきました。


『……? 同族のチビは…、それにあの赤い髪の小娘はどこへ消えた?』

 彼の言う通り、フルーレの近くに居たはずのアカさんとピンクちゃんの姿がありません。フルーレがインヴォーグへと攻撃を仕掛けている間に、二人はすでに行動を開始していたのです。辺りを見渡してもその姿が確認できない。さすがのインヴォーグも、きょを突かれていました。

 そんな魔竜に対し、フルーレは言葉を投げかけました────。


「では、やらせてもらいましょうか。ここから3分間。……貴方あなたを無力化します。
 フルーレがいつもの三白眼さんぱくがんのまま、言い放ちました。
 同時に、赤龍が空を舞うための翼を、巨大な”氷のしゃぼん玉”がおおいます!

『な、なにっ!?』
 それは、水魔法の基本、初歩の初歩である【バブルバブル】という攻撃魔法です。威力はそれほどでもありません。しかしその魔法は、泡で敵を包むというもの。フルーレはそれを、翼だけを覆うように発現させたのです!

 もちろんその程度ではダメージを当えるには程遠い。
 しかし、風を受け止め、空へと舞い上がるための翼…。それを泡で包んだら、どうなるでしょうか?

 受け止めるべき風を失い、バランスをくずしたインヴォーグはそのまま落下! これまでこんな事態に遭遇そうぐうした事のなかった彼は、受身も取れずに地面へと落ちて行きます。

 フルーレはこれまで闇雲やみくもに攻撃を行っていたわけではないのです。まず最大魔法をぶつけて敵と自分の実力差を推定すいてい、同時に、効果範囲を確定させます。その上で、この敵に対する最も効果的な手段は何かを、あらかじめ考えていた数十種のパターンより選別せんべつしました。彼女は最初から、計算づくで動いていたのです。

 それに加えて、フルーレは攻撃担当ではありません。
 アカさんに言った通り、彼女は最初から足止めだけが狙いなのです!

「こののがしません!」
 そこからさらに! フルーレは立て続けに魔法を発現させました。それは得意魔法であるアイススピアー、先ほどは貫く事ができなかったその魔法を、今度は赤龍の落下地点へと出現させたのです!

 通常では貫けなくとも、巨大な質量を持つインヴォーグが落ちれば…、つまり、敵自身の体重が加われば、貫く事ができる!

『グオオオオッ!!』
 さすがのインヴォーグも、その防御を上回る威力により、その身に氷の槍が突き刺さり、激痛にのたうち回ります! ですが、これで終りではありません。まだ、攻撃担当の彼女が残っています!

 目を見開いたインヴォーグが見たのは真上! 今まで自分が居た、空────。


「あ、アカさん! 重いよ! 僕もう落ちるよ!」
「よくやった桃次郎! あとで約束のチョコレート5枚だからね!」
「また名前違うよ! しかも間違ってるよ! チョコはカカオ50%のだからね!」

 そこには、ピンクちゃんの足につかまりながら、浮いているアカさんの姿がありました。なんと彼女は、最初のフルーレの猛攻もうこうの時点で、空からの攻撃をするために行動していたのです! そして今いるのは、インヴォーグの真上!

 アカさんはそのまま、ピンクちゃんに掴まっていた手を離します。槍を真下に構え、狙うのはインヴォーグの翼! 飛んで逃げないように翼を切り裂いておこうというのです!
 そして、フルーレの機転により、アイススピアーに突き刺さった事で、満足に動く事ができないでいる赤龍。これなら命中率100%! 絶対はずさないこの状況で、アカさんは最大威力を持つ技【バスターランサー】を繰り出します!

 通常は3連撃を速射するはずのその威力を、一点集中とし、威力を高める。しかも落下による破壊力が加わる事で、通常ではありえない攻撃力が生まれています!

「たらふく喰らいな、ボクの最大攻撃をさ! ──遠慮すんなっ!」
 まるで、空より飛来する銀のしずくであるかのように、強靭きょうじんな龍の肉体を貫くのはアカさんの槍、『かぎ鎌倉』です! 刃と共に鉤状となった2つの牙を持つそれは、彼女の怒りがともされたかのように、真紅の炎を宿して炸裂します!

『ギャウウウッオオオ!!』
 まさかの激痛に身をよじるインヴォーグ! そのすさまじい衝撃によつて翼の骨さえもくだきます! さすがの赤龍でさえも、骨を砕かれれば激痛にもだえて当然。


「あと2分、絶対に逃しません!」
 もちろんこれで終わりではありません。フルーレはさらに魔法を最大限に発揮し、その砕けた翼を氷付けにします!
 いかに龍が凄まじいパワーを持っているとはいえ、完全に凍らせ、地面へと縫い付けた翼は簡単には抜けられないはず。それに無理に起きれば引きちぎってしまうでしょう。だから、起きれるわけがないのです。

 最初に使ったアイスストームで、赤龍には力技が通用しない事はわかっていました。だから、一番力が出しづい部分を凍らせて、動けなくしたのです! もちろん、簡単な事ではありません。たったこれだけの事でさえ、全力を越えて魔法を使い続けなければならないのです!

「おおっと! まだまだ終わらないよ!」
 フルーレが懸命けんめいに赤龍を押さえ込んでいるところへ、アカさんが予備の武器である『銀色破山剣』を取り出し、全ての力を込めて滅多めった切りにします! アイススピアーにより傷付けられた箇所、そして金属よりも硬いうろこに覆われていない腹の部分を、きざんでいくのです!

「アカさん! そろそろ……限界です! 一度戻ってっ!」
「ダイジョーブだって! このままトドメを刺せるよ!」

 すでに宣言から3分、限界を迎えたフルーレはアカさんへと静止を呼びかけますが、彼女はそれを聞かず、戦士が持つ攻撃技をかたっぱしから叩き込み続けます! どんな相手であろうと、これほどの怒涛どとうの連続攻撃にえられるはずはない、と。

「このまま勝てるよ!」
 アカさんが余裕を見せた、その時でした!
 さらにもう一撃を与えようとした瞬間、インヴォーグの目玉が、大きく見開いたのです!



『ふざけるな! 下等生物がっ!!』
 インヴォーグが怒りの表情を浮かべ、牙をむき出しにしながら強引に体を起こしました! 翼が傷つく事なんかおかまいなし! 自らの体液によって体をむらさきに染めた赤龍インヴォーグは、口から火山のように吹き上がる火炎を吐きつけ、猛烈もうれつな威力によってアカさんを吹き飛ばします!

「わあああっ!」
「むぎゅっ! こ、これもチョコレートのため! 負けるもんか!」

 凄まじい膂力りょりょくにより跳ね飛ばされたアカさんは、岩に叩きつけられそうなところで、ピンクちゃんに救われました。このままぶつかれば、大怪我けがでは済まなかったでしょう。
 もっとも、ピンクちゃんはチョコレートをもらえるから頑張っているようです。さっきの恐怖がどこへ行ったのやら。…食欲が恐怖を乗り越えるなどと……、実に単純明快たんじゅんめいかいな奴です。

「おおー、桃三郎、役に立つじゃん。チョコのカカオは80%のにしておくよ。」
「何言ってんのさ! カカオは50%でいいから枚数増やしてよ! カカオ増えすぎたら甘くないじゃん! それと僕の名前は───もごもご……!」

「まあ、待ちなって桃太郎。……ヤバそうなんだから……。」

 文句を言おうとするピンクちゃんの口をふさいだアカさんは、地面へと降り立ちながら、暑さとはまったく違う理由でひたいに流れた汗をぬぐいました。

「………はぁ…はぁ…はぁ……、か、完全に……、怒らせてしまいました…ね…。」
 アカさんの無事を確認したフルーレは息を切らせ、その場でひざをつきます。無茶をしすぎたせいで、もう動けなかったのです。
 しかし、敵はアカさんがり出したあれだけの猛攻にも関わらず、思った以上に生命力を残していたようです。
 これ以上は魔法も使えない。彼女はもう手が無い事を知っていました。いまの攻撃で倒せないようなら、もう勝機はないと、わかっていたのです。


『このネズミどもがっ! オレを怒らせやがって!』
 太古より生き延びる生物、その中の頂点ちょうてんり、全ての生命の生命を左右する圧倒的戦闘能力をゆうする者、それがドラゴン。溶岩に眠っていた邪悪なる者は、いままさに、その力を開放かいほうせんと、腹の底より咆哮ほうこうを上げます。

 なんという屈辱くつじょく! しかもその相手は、たかが……と見下していた人間。しかも2人の小娘です。傷つけられたのは体ではなく、プライドでした。多くの戦士が討伐とうばつに来たというのに、ほとんど無傷で殲滅せんめつしたインヴォーグ。それが彼に過剰かじょうな自信を植えつけていたのです! だから、その自身をへし折られた事で、かつてないほどに怒り狂っていました。もう、こうなっては手のつけようがありません!

 地面を蹴りつけ、再び空へと舞うインヴォーグ! こちらの予測通り、翼が傷ついているため、うまく飛べないようです。もちろん、フルーレは逃すつもりはありません! 疲れた体に無茶をして、もう一度さっきと同じように、水の攻撃魔法【バブルバブル】で翼を狙います。


『ザコがっ! うっとおしい!』
 ───しかし、フルーレが魔法を発現させようとした瞬間、インヴォーグののどが赤く発光! そして巨大な火炎弾が発射されました! 先手を突かれた彼女は、反射神経のみでその場から飛びのきます!

 ですが、その威力は想像を絶していました! 着弾と共に爆裂を生んだ火炎の威力は彼女がいた足場の岩をも溶かしてしまったのです! しかもそれに伴い起きた激しい爆風で、フルーレをも吹き飛ばします!
 衝撃しょうげきで岩に叩きつけられたフルーレは、運良く足場のある場所へと落ちました。しかし、あまりの激痛げきつうに気をうしなってしまいます。

「フルーレっ!」
 彼女の元へと飛び出したアカさん、しかしインヴォーグはもう一撃を放ちます。アカさんの進路を邪魔するように火炎弾を放ったのです! 無抵抗となったフルーレならば、いつでも殺せる。…なのにトドメを刺さずに、心配して近づこうとするアカさんをいたぶっているのでした。

「くっ………嫌な…トカゲだ……!」
 くやしそうにつぶやくアカさん。その顔はかなりの疲労、そしてあせりが浮かんでいました。

『やってくれたな、ネズミども…。オレが油断していたとはいえ、ここまでの深手を負わされるとは思わなかった。』
 傷つけられた、といえども、インヴォーグはまだまだ余裕があるようです。まだ十分に、彼女らを叩きのめす力を持っています。そして今は、逆にアカさん達が追い詰められる番でした。
 彼女らは最大限の攻撃を叩き込みました。しかし、無限の体力を持つと言われた赤龍を倒しきる事ができなかったのです。

 しかも、アカさんはいまの火炎弾を無理矢理に避けた時、予備の武器『銀色破山剣』をも落としていました。すでにマグマの中に沈み、攻撃するべき手段を失っていたのです。

 ……もう、どうあがいてもくつがえせない状況まで追い込まれていました。


「わ、わっ! フルーレさんが大変だよ! 大変だよ! 気を失っちゃったよ!」
 アカさんの代わりに、フルーレの元へと飛んだピンクちゃんは、どうしたらいいのか大混乱し、倒れた彼女の上をぐるぐる飛び回ります。けど、アカさんは少し安心しました。この赤龍はピンクちゃんを殺さずに、仲間と考えているようです。なら、ピンクが近くにいれば、トドメを刺す事はないでしょう。

 あとは、自分がオトリとなり、インヴォーグを引き付ければいいのです。そうすれば、少なくともフルーレは助かるでしょう。

 ……本来なら、自分達”放浪者”は力きても死ぬ事はありません。石碑の加護により、決定的な一撃を受ける前に各地に点在てんざいする石碑に移動させられます。……ですが、この赤龍の火炎により一瞬で消し飛ばされてしまったら、本当に生きていられるかはわかりません。

 もしかすれば、戻る事は不可能なのかもしれない。石碑の力が通用しないのかもしれない。
 その可能性を否定ひていしきれませんでした。

 だって、敵は普通の相手ではないのですから…。


『クククク……、おい、赤毛のネズミ。最後にお前の命乞いのちごいを聞いてやる。』
 インヴォーグはまるで汚いモノでも見るかのように、アカさんを嘲笑あざわらいました。しかし、アカさんはおびえることなく、その邪悪な瞳をにらみ返します。大きさ、強さはまったく違うのかもしれません。しかし彼女は、気持ちまで負けるつもりはなかったのです。

「……お前さぁ、本当はいつも逃げるんだってね。不利になるとこの洞窟から逃げて、この先にある空の見える場所で戦うんでしょ? 友達から聞いたよ。」
 インヴォーグはいつも、そうやって戦ってきました。エリアスの大部隊に対しても、手ごわい放浪者に対しても、いつもそうやって、不利な戦いになると、自信の得意な戦場に誘い込んでいたのです。

 だから負けなかった。

 でも、今回はアカさん達をザコだと軽く見ていたために、外へと誘い出す行動を取らずにいたのです。結果として、大きな負傷を負う事となった赤龍でしたが、それでも、全力を出し切る前に、2人を無力化させる事に成功しています。

『オレは自分の得意とする戦場を選んでいるだけだ。お前達のように姑息こそくな手を使わなければ勝つことができない脆弱ぜいじゃくな下等生物とは違うのでな。』
 そう言い放つインヴォーグに対し、アカさんはなんと鼻で笑って言葉を返しました。

「ふん、違うね。…お前はその下等生物が怖いのさ。人間を下等と呼びながら、その奥でボクらに恐怖も抱いてる。いつか自分が滅ぼされるんじゃないかと怯えてる! だからお前は、人間の手の届かないところから戦うんだ!」


『黙れっ!』

 口より吐き出された火炎弾が、アカさんのすぐわきを通って背後で爆発! 牙を剥いて怒りの形相ぎょうそうを浮かべたインヴォーグは、さらに魔眼を見開き、アカさんを射抜くかのようににらみます!

『オレこそが至高の存在! 生物の頂点に立つ最上種だ。たかがネズミが、オレに意見するな! オレに逆らうな!!』
 自分の存在を誇示こじするかのように、えるその姿。しかしインヴォーグは図星を指されて反論したのです。何度倒しても立ち上がり、どれだけ退しりぞけてもまだ抵抗する。人間と言う生き物。自分こそが最上だと確信していたにも関わらず、彼らはあきらめずに立ち向かってくる。
 放浪者という彼らの…、いえ、人間というもののあきらめの悪さに、いつか倒されるのではないか、と心のどこかでおびえを持っていたのでした。


「ボクもフルーレも、ついでに桃太郎も、お前には勝てない。…この戦いはどうひっくり返ってもボク達の負けだ。……正直に言って甘くみすぎてた。こんなに強いとは思わなかったよ…。」



「だけど、ボクらはお前を許すつもりはないっ!」

 凄まじいまでの気迫! まるで赤龍の傲慢ごうまんな態度を吹き飛ばすかのような迫力を少女は持っていました。けしてるがない決意を、自分のために戦うだけでは得られない力を、彼女は持っていたのです。

ピロロロロン…、ピロロロン…っ!
 その時、アカさんの荷物から携帯通信機が鳴り出しました。アカさんは赤龍から視線を外さずに、それに出ます。

「……おおっとキタキタ! ちょっと失敬。……Oh! Yahoo〜。……うん、うん……。そうそう。オッケイ? 良かったよ。ナイスタイミングだね。……うん、じゃあ、ヨロシク〜!」
 まったく場違いな応答。アカさんは、まるで日常の通信であるかのように受け答えをしていました。突然とつぜんのその突飛な行動にインヴォーグは何事か、とアカさんの行動にうろたえます。さきほどの彼女の叫びに、魂からの咆哮ほうこうに気おされていたのかもしれません。

『…一体…なにをしている……、なぜそんなに余裕でいるというのだ? 何かたくらんでいるというのか?』
「企んじゃいないよ。ボクらの力がこんなもんじゃない、という事を見せてあげるのさ。」


 いきなりの轟音ごうおんと共に、洞窟から外に続く大穴が崩壊ほうかいし始めます! インヴォーグが外へ出るために通る大穴が次々とふさがれているのです!

 そして唯一、アカさん達が通ってきた人間サイズの通り道から、ぞろぞろと武器を手にした者達が現れます。その数は何十人、いえ、百人を超えているかもしれません。その全てが放浪者でした。


「おら、アカー! お前、急に呼びつけやがって! 今度おごれよー!」
「なんだ、アンタの呼び出しだったんだ。この前の冒険、楽しかったよー!」
「ファッション装備くれるって、本当だろうなぁ?」
「俺、LV低いけど、レッドドラゴン戦に参加するぜー!」

 多くの戦士達。アカさんがこれまで旅をし、関わってきた放浪者達。出会い、争い、笑いあう。そんな”友達”と言う輪でつながれた数々の戦士達が、いまここに、共に戦う者として集結しました。

 実は、アカさんはここに来るまでに、アドレス帳のすみから隅まで片っ端かたっぱしから通信を入れて、呼び出しておいたのです。みんなで赤龍を倒しに行こう!と。
 そして集まったのが、なんと百人を超える者達。しかも、アカさんの友達がまた別の友達を呼び、そしてまた数が増える。
 そうやって、小さなつながりが、徐々に大きな力となり、ここに集まっていたのです。

「ポクら一人一人は弱い。とっても弱いと思う。だけどさ、ボクは一人じゃないんだ。ここにも、世界にも、色々なところに友達がいる。声を掛ければ輪は広がる! 互いを信頼する事ができる! ツライ冒険も、笑顔で乗り切る事ができるんだ。だから───」


「お前なんかに、ボクらは負けないっ!」

 洞窟そのものが揺れるような雄たけびと共に、その場に集まった全ての者が一斉に武器を振り上げ、魔法を放ちます!

 ほんの小さな力は、いまここに龍をも打ち倒す大きな力となり、強大な悪意さえも滅ぼすのです。

 もうすでに、アカさんが手を下すまでもありませんでした。アカさん達が翼を傷つけておいたおかげで、インヴォーグは満足に飛ぶ事も逃げる事もできず、百数十にも及ぶ放浪者の一斉攻撃に、徹底的に叩きのめされる事となったのでした…。







 日が暮れゆくエリアスへの道。背中から夕日を受けてびる影。
 歩く小道は、背の低い草が生える、なだらかな斜面しゃめんの上にありました。

 そんな中で、フルーレはとうとう目をまします。心地よくさぶられているのは、誰かに背負われていたからのようです。そしてその背中は、とても見覚えがあるものでした。

「あ……アカさん……。赤龍……倒したんですか?」
「おやま、気づいたかね。まあ、倒したのは友達一同だったけどね。」

 すり傷だらけの顔。だけど、とっても元気そうな顔を見て、フルーレは安心します。ちゃんと無事に帰ってこられたという事を、心の底から喜んでいました。

「本当に、よく死なずに戻れたと思います。絶対に石碑行きだと思ってました。」
「…まあ〜ね〜。死んで帰っても、経験値マイナスされて石碑に戻されるだけだから構わないんだけど…。でもさぁ、なんかそこまで負けたくないじゃん? あんなヤツに。」


 確かに、放浪者は死ぬ事はありません。何度だって挑戦する事ができます。……今回はまさか効果がないのかと思ったりもしましたが、友達の話によると、なにがどうなっても死ぬことはないそうです。
 …考えてみれば、アカさんはこれまで両手両足の指の数では足りないほど石碑行きになっているわけですしね。まったく便利な世の中になったものです。

 だけど、それで安心したから負けてもいい、というわけではありませんでした。
 アカさんもフルーレも、逃げたくなかったのです。


 今回負けても次がある。また負ければその次がある、…と、どこまでも自分をいつわっていれば、これから先、肝心かんじんな時に逃げてしまうかもしれない。そんな自分には、なりたくなかった…。

 だからこそ、絶対負けないよう、精一杯の努力をしたのです。


 今回の戦いで、アカさんとフルーレは結果的に負けました。…けれど、心は大きく成長したように思えます。これから先、もっともっときびしい戦いがあったとしても、二人はまよわず、おくせず、戦っていける事でしょう。

「しかしですね、大王ゴブリンやらセルキーにはさんざん負けてるのに、よくそういう口が聞けますね? アカさん?」
「あう〜、それを言ってくれるなー。」

 悪意のない敵なら負けてもいいや、みたいな部分があるアカさん。そこがいいところなのか、悪いクセなのか。……でも、フルーレには、そんな彼女のおおざっぱな部分は気に入っています。アカさんらしい、と。


「……今日の夕飯、なに食べましょうか?」
「ふふーん、ちゃんとチェック済み。レストランのカレーが美味おいしいってさ。」
「じゃあそれですね。」

 さっきまで激戦をしていたとは思えない、なんでもない会話。
 二人にとっては、それが一番のやすらぎの時間……。平穏を感じていられる時です。

「待って〜、待ってよ〜! 僕を置いていかないでー! かよわいんだからさー!」
 後ろから、ピンクちゃんが重そうに荷物を持って、フラフラと飛んで追いかけてきました。アカさんがフルーレを背負っているので、全部の荷物を持たされているのです。

「おーい、桃太郎やい。ボク達より先にエリアスに着いたら、夕食のカレー大盛りだぞー!」



「な、なんだってぇ!! カレーの大盛りっ!?」

 それを耳にしたピンクちゃんは、どこに力を隠していたのか、凄まじい加速でアカさん達を抜き去りました! 赤龍で逃げ回っていた時の倍くらい速いです。食い意地が疲労を超えた瞬間でした。

 …というか、彼は食い意地があれば、なんでも乗り越えてしまうようです。ある意味最強です。

「ウホッ! なんという食い意地! ボクも負けないぞ! フルーレ、しっかり掴まっててよ!」
「ふふ……了解です。」


「それーー!!」

 気合の掛け声と共に、アカさんがダッシュしました。これまたトンデモナイ速さ。食い意地ならアカさんだって負けません。二人と一匹は、楽しそうにエリアスへの道を駆け抜けて行きました。


 きっと明日は明日で、また違うトンデモナイ冒険の旅に出るのでしょう。

 これからもいつもでも、ずっとずっと、どこまでも、遠くへ……。
 みんなで仲良く……ね。




 おしまい

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あとがき

 本文とあとがきが一緒になっている時点ですでにヘンなのですが、とりあえず、アトガキです。

 今回の「ラテール」のノベル化は、元々、同人誌に投稿するために執筆しのものです。4P分のスペースをいただいたので、1〜4話を1話づつ1Pで載せるためのものでした。
 でもそのうち、書いてて物足りなくなり、マジメな話も書きたいという衝動にかられて、6話を書き足してしまい……。時間も無いのに自分から首を絞めてしまいました。

 まあ、これ全部、絵も含めて半月で仕上げただけでも、自分的に頑張ったと思います。


 ──さて、キャラについて補足しておきましょうか。

 まず、アカさんですが、彼女は私がオンラインRPGを遊ぶときに、主にファイター職で使うキャラです。前々から使ってたので、いろんなゲームのプレイ日記に登場してます。今回もたまたまラテールで使用した事から、ノベル登場となりました。
 また、あのダラけた性格は、ゲームはノンビリLVを上げよう、というワタクシの心構えが、そのまんま性格に現れたものです。

 そして、フルーレですが、彼女は「英雄伝説6ノベル・ナイトメア〜」で登場させたキャラです。別にキャラが好きだと言う理由で再登場させたわけではなく、ラテール遊んでて、戦士でのLV上げにテンションが上がらなくなったため、魔法使いを作ろうと思ったんです。
 ちょうど英伝ノベルで魔法使いっぽい彼女がいたので、イメージの固定化を図ろうと思い育てておりました。そしたら、同人誌の話が来て、小説をかく事になり、じゃあ、ちょうどいいから出そう、という流れになったのです。

 ……で、ピンクちゃんは即興で作りました。口うるさいヤツがいればいいなぁ、と。食い意地がすげえのは、書いてた私がお腹すいてたからです。

 ちなみに、アカさんもフルーレも14歳の設定です。ピンクちゃんは生後半年かな。


 う〜ん、そんなトコでしょうかねぇ。

 まさかラテールでノベルを書くとは思いませんでしたが、それなりに時間を潰せた、と言っていただけたら幸いです。あまりノベルを読まない方に、ちゃんと内容を伝えられたでしょうか?

 まあ、そういう事で、
 ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。


 では、また。
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