3分で読めるラテール

「まだまだ続く、とっても変なショートノベル」
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その7「水晶炭鉱へGO!」 その8「シャングリラでごちそうさま」
その9「フリマで売ろう!」 その10「夜の大都市 デカりんご」
その11「モンタワ」 バトル「大怪獣とひきこもりの人!」
*バトルだけ、超マジメな執筆作品となっております。
【ラテール・ノベル1】 【ラテール・ノベル2】 【ラテール・ノベル3】 【ラテール・ノベル4】

その7 「水晶炭鉱へGO!」

「はて…、アカさんはどこ行ったのでしょう??」
 遊びに行ってくる!…と言い残してアカさんが飛び出して行ったのは、まだ日も高いお昼頃の話。一体どこへ行ったというのか、あのアカさんが「おやつの時間」になっても帰ってきませんでした。

 せっかく腕によりをかけてプティングを作ったフルーレさんでしたが…、帰って来ないんじゃ仕方がないという事で、とりあえずお風呂に入る事にしました。
 ああ、お風呂です。木造りのキレイな湯船ですよ。…貧乏なせいもあり、宿でお風呂なんて久しぶりなフルーレさん。まったりとお湯に浸かってます。かな〜り幸せです。(このところいつも寒い中での温泉だったので。)

 ドタドタドタドタ……!! ───ガラッ!

「ちょいとフルーレさん、聞いておくれよ!」
「きゃあ! お、お風呂入ってる最中に突然なんです?! あとにしてくださいよ!」
 急にドタバタと騒がしくなったと思った途端、アカさんが勢いよく扉を開けてお風呂に登場しました。足から顔から泥だらけです。

「Oh! いや〜ん! のっけから読者サービスとは抜け目ないね! このアダルト大王!」
「誰がアダルト大王ですかっ! 文章でのみの話で読者サービスもへったくれもないでしょうに…。」
 フルーレさんは溜息ためいきとともに、肩までつかかっていたお風呂から出て、バスタオルを巻きつけます。このイタズラ大好きなアカさんを前にして、のんびりお風呂など入っていられるわけがないからです。

「はー、まったく…。しょうのない人ですね。」
 ホカホカなフルーレさんは、濡れた頭にもタオルを巻いて、部屋に出てきました。濡れたままだと風邪を引いてしまいますし。
 しかしアカさんは、そんな事など知ったこっちゃねえ、とばかりに瞳をキラキラ、体をうずうずしながら待っていました。まったく…、同じ年齢だというのに、この落ちつきの差はモノスゴイものがあります。

「それで、…どうしたんですか? そんなに泥だらけになって…。またみょうちくりんなイタズラをしてきたんでしょう?」
「いやいやいやいや、ボクがいつ妙ちくりんなのか、いささか疑問だがね。…それよりもさ、チケットを手に入れたんだよ。水晶炭坑の入場券。」

 アカさんが両手で差し出したのは、見なれない縦長の紙。それは「水晶炭鉱入場チケット」でした。お店には売っていないという貴重な品です。これがあると、特別な鉱石が採掘できる水晶炭鉱という場所に入場できるのです。

「わ、よく見つけましたね。私達のLVじゃレアレアなアイテムなのに。フリマで買うと高いですから。……で、それはどこで手に入れたんです?」

「うん。アリの洞窟で虐殺ぎゃくさつしまくったら落した。」
「虐殺いわないでください…。」
 静かに暮らしていたアリさん達の巣に、いきなりアカさんが飛び込んで倒しまくった、というのは、いくら悪いアリとはいえ、少々かわいそうな気がしてなりません。

「でもさ、でもさ! これがあるとだよ? ガーネット集められるんだよ?!」
 アカさん達の身につけている装備品は、自分の力に合わせて強化する事ができます。しかし、ガーネットという宝石がないと強化はできません。そのためには水晶炭坑で採掘をしなければならないのです。
 ガーネットもフリマで買えるのですが、これがやっぱり高額で、とてもじゃありませんが手が届かないのです。二人はとっても貧乏なので。

「じゃあ、アカさん。頑張ってきてくださいね。そのチケットで30分は入れるんでしょ? なるべく多く拾ってきてください。」
「何言ってるのさ? フルーレも行くんだよ。チケット2枚あるんだからさ。」
 ニンマリと笑みを浮かべたアカさんは、懐からさらにもう一枚、同じ「30分チケット」を取り出しました。もちろんフルーレさんは驚きます。

「2枚もだなんて……。ホントにどうしたんですか?」

「だから、虐殺しまくったんだってば。」
「……だから虐殺いわないでください…。」

 とはいえ、一枚で30分の間だけ、水晶炭坑に潜っていられる入場券をGrtしてきたアカさん。使った瞬間に体が炭鉱に転送されるという…どういう仕組みかわかりませんが、とっても凄いチケットには変わりありません。

「じゃあ行くよ? それっ!」
「へっ………ちょっ! ちょっと───!!」
 アカさんは一気に2枚のチケットを勢いよくちぎります! その途端とたん、二人はまばゆい光に包まれていきます。とても目を開けていられないほどの光に、動く事もできません。

 そして、フルーレさんが次に目を開いた時……、目の前にはきらびやかな岩だらけの洞窟が広がっていました。
 そこにある岩の全てが宝石を含んだように輝き、それが洞窟全体にまで広がっていて、ありとあらゆるモノを輝かせていました。こんな炭鉱は見たことありません。とっても素敵な場所です。最高です。

 タオル一枚でなければ……。

「どういう事ですかっ!! アカさん! どういう事なんですかっ!」
「No! ノォォ〜〜! へるぷっ! ほっぺがグリグリとつぶされているように思われます!」
つぶしてるんですっ!!」

 両側からほっぺたをぐりぐり押さえられ、思い切り潰されているにもかかわらず、アカさんはヘラヘラしっぱなし。どうやら確信犯のようです。わかっていてチケットを使いやがったのです。まったく…、本当に悪い子ですねぇ。

「どーーーするんですかっ! こんな所に30分もっ! だ、誰かに見られたら…、それどころか風邪を引いちゃいます! モンスターだっておそってくるでしょう?」

「いいじゃないのさー。大人になるってそういう事なんだよ。」
「おだまりっ!」
 アカさんは気にしちゃいねえ、とばかりにしゃがみ込むと、背中の、猫さんがプリントされたリュックを降ろしてアイテムを取り出しました。木の棒に金属がついた道具。どうやら折たたみ式のようで、金属部分がカクンと動きます。

「………アカさん、これは…………?」
「もちろんツルハシだよ! さぁ〜、頑張がんばって採掘だよ!」

「ああ……、もうイヤ……、こんな生活…。」
 何を言っても無駄なので、フルーレさんはどこか納得できないまま、しかしあきらめながら半裸で採掘を始めました。誰かが来ても見られないように岩陰に隠れつつ。風が吹いてめくれてしまわないよう必死に考えて。(たぶん赤龍と戦った時より必死)

 普通に考えた場合、こんな格好で採掘なんてするわけがないのですが、そこはシビアなフルーレさんです。せっかくのレアチケットを無駄にするのは惜しい、と考えました。あんがいたくましいのです。それにこのまま何もせずに帰るのも、無数にたたきのめされたアリさん達に申し訳ないですし。

「アカさん、帰ったらたっぷりお説教ですからねっ! いいですね!?」
「ラジャー!! じゃあさ、一緒にお風呂入ろーよ! あひるのオモチャ買ったんだ〜。」
「も〜。困った人ですね……ほんっっっっっっとに!」

 ただ陽気な性格のか、それとも物凄い大物なのか…、アカさんのハチャメチャぶりに振りまわされるフルーレさんは、本日2回目の深い溜息をつくのでした…。

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その8 「アルカディアでごちそうさま」

「やれやれ…、ようやく70匹か…。これはマジで死ねるよ…。」
 お日様がジリジリと地面へと沈んでいく夕方です。それと共に茜色あかねいろに染まった空はどんどん赤くなっていきます。さえぎるものがない高台に居た二人は、影を伸ばしながら座りこみました。

「もう、無茶ばっかりして…。白虎3匹に突撃して行った時には心臓がこおりましたよ?」
「だってフルーレが援護えんごしてくれるって思ったもの。」

「それは…そうですけど…。」
 白虎…、ホワイトタイガー。
 それはこの理想郷と呼ばれる地で最強の敵です。あの強力と言われる黒熊や、カワイイけど怖い九尾ちゃんよりも、もっともっと、でたらめに強い虎さんなのです。
 いくらフルーレさんの援護があったとはいえ、3匹もいる中心に突撃するなんて滅茶苦茶もいいところ。…まあ、アカさんらしいのですが。

「で、フルーレ君…。あと…何をすればいいんだっけ?」
「えっと、桃の種30収集、猿退治60匹に、黒虎から毛皮20枚、白虎20匹退治、カエルの卵を20収集。ついでにプリンバリン99匹退治と、それから……。」
 さすがはフルーレさん。頼まれた仕事を全部暗記しているようです。しかし、アカさんはといえば、その仕事の多さにクラクラしていました。

 いくらなんでも多すぎです。とてもじゃありませんが1日で終る量ではありません。っていうか、朝から始めてもう日が暮れてます。これだけあると、2〜3日徹夜して終るかどうかもアヤシイでしょう。

「フルーレ君! これは難問だよ! おわんねぇよ!」
 いくら元気のカタマリとはいえ、アカさんも丸一日戦いっぱなしじゃ疲れます。その上にまだまだタップリ仕事が残ってるとなれば、そりゃイヤになるのも当然でしょう。
 しかしながら、フルーレさんはそれほど気にした様子がありません。共に戦い続けていたというのに、まだまだ余裕。なにやら決意の込められた気合すら感じます。

「アカさん。お仕事があるだけありがたい、と思わなければ。なんせ私達は……。」
「わかってるよ〜。貧乏だもんね〜。」
 そうなのです。二人は今、とっっても貧乏なのです!

 そりゃあもう、明日のご飯はマウスピーチを倒して食べるしかない、とばかりにギリギリでした。現地調達やむなし。
 実はこれ、ナカナカ凶暴なヤツで、歯が鋭かったりするのですが、まあ、食べようと思えばなんとか食べられるように思います。

「みんなビンボーが悪いんだ…。」
 悪いのは有り金全部を装備品につぎ込んで、やりすぎてこわしてしまったアカさんのせいなのですが…、実はフルーレさんもかわいいファッションに目がくらんでしまったので文句も言えません。
 ビンボーは悪くないのです。無計画に使ってしまった二人が悪いのです。二人で反省。そんなわけで、汗水をたらして、手当たり次第に仕事を引き受け頑張っているわけです。

「もーーやだ! ボクお腹すいた! 背中とお腹がくっついて動けないよ!!」
 動けないというわりには、一生懸命に手足をジタバタさせているアカさんですが、フルーレさんもお腹が空いたのには賛成です。それに日が暮れてしまえば、モンスター達も巣に帰って眠ってしまうでしょうから、今日はこれ以上に仕事はできませんね。

「アカさん、ぶぅたれなくとも今日はお仕事終りです。暗くなる前に移動しなくちゃ。今日は野宿なんですから。」
「やだー! ボクもう動かない! ぜったい一歩も動けないー!」

 本当に困ったちゃんなアカさん。でもまあ、アカさんが甘えん坊なのも知っているフルーレさんは、こうなる事もわかっていました。だから、キキメ抜群バツグンの魔法の言葉を用意しておきました。

「残念ですね〜、今日の夕飯は食べ放題なんですけど……。」
「たべほうだいっ?!」
 いままで駄々をこねていたのが嘘のように、テキパキと荷物を集めるアカさん。特にお腹を空かせている時はこれが効きます。効果テキメンです。

 それを見てニッコリと笑ったフルーレさんは、リュックから「スコップ」を取りだし、アカさんに渡します。スコップといえば、もちろん地面を掘る道具です。

「む??? なんで夕飯の話をしててスコップなのさ?」
「それはもちろん現地調達だからです。暗くなる前に掘り当ててくださいね。掘り出した分、いくらでも食べられますから。」
 …そうなのです。このジエンディア大陸では、地面を掘るとなぜか袋に入った食べ物が出てくるのです。しかも食べごろな上に、食器までついてます。
 常識で考えれば、なんだそりゃ!と驚くはずですが、この世界では当り前。どういう仕組みかはさっぱりわかりませんが、掘れば食べ物が出てくるのです。

「え〜〜〜〜〜〜、土の中にあるやつ食べるの〜〜〜?」
「マウスピーチよりいいじゃないですか。誰もいないし、食べたって後ろ指さされたりしませんよ。」

 行動の拠点となっているエリアス周辺でも、掘れば同様に食べ物が掘り出されるのですが、なにしろ人目があるので、掘り出してさあ食べよう、というのは度胸がいるのです。でも、ここなら誰もいません。人としてのプライドさえ捨てれば、なんでも食べられます。(←そこ、かなり大事な気がしますが…)

 暮れていく夕日の中で、二人はザックザックとスコップを地面に突き立てていきます。余計に疲れるような気もしないでもありませんが、仕方がありません。空腹には勝てないのです。


「わ、アカさんみてください! ハムサンドイッチにグレープジュース、チーズケーキにフォアグラの缶詰、チーズにラーメンまで出てきましたよ?」
 フルーレさんが掘り出したのは、夕食としてはナカナカの品揃えです。なぜにラーメンの麺が延びてないのか多分に疑問ですが、この際、マトモなモノが食べられるなら良しとしましょう。

 さて、一方アカさんはというと……。


「うわああん! いらない服とカタツムリ料理ばっかりだよぉぉぉぉ!」
 鉄仮面にリボン、誰が履いたかわからないソックス…。そしてカタツムリ料理が4つ…。でも、カタツムリなんてそんなにたくさん食べたいとは思えません。ましてや土の中から出てきたわけだし…。

「こんなもん、食えるかああああ!!」
 アカさんの絶叫が、少しだけ星が輝き始めた空に、高く高く響きわたりました。残念でしたね…。
 (結局、フルーレさんの分を、わけてあげましたとさ…)

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その9 「フリマで売ろう!」

「ほほ〜、さすがにフリマは活気があるね。おっ! あの鎧いいなぁ」
「アカさん、荷物! ほら、カバン落しましたよ! 余所見よそみしてちゃだめでしょ!」

 二人がやってきたのは、エリアス最大の自由交易所こうえきじょ。簡単に言えばフリーマーケットです。ここでは手持ちのアイテムを自由に売ることが出来ます。
 最近やたらと貧乏びんぼうな二人は、古くなった装備品や、不用なパズルを売り払う事にしたのです。

 モンスターと戦っていると、色々Getできますからね。でも、いらない品も当然あります。だから、安くてもいいので、売れればElyに変わります。店に売ると本当に安いですから、今日は頑張がんばってフリマで売ろうと思ったわけです。

「むしろ、売らないと明日には餓死がしだよね。」
「……否定ひていはしません。」
 お金がないのです。もうヤヴァい状況なのです。

 先日、たくさん仕事をして報酬ほうしゅうをいただいたのですが、いいかげんもう古い、我慢がまんして使ってた「LV10ほど低い装備品」をまとめて新調しんちょうしたら……スッカラカンになってしまいまして……。

「いいですか? アカさん。とにかく今日は旧装備とパズルを全部売り切らなければいけません。これ以上、お腹が空いたら……また地面を掘らないといけませんよ?」
「ひぃぃぃぃ……カタツムリ料理がぁぁぁぁぁ!!」

 アカさんの中ではトラウマになっているカタツムリ料理。いくら食べ物が無料で食べ放題とはいえ、さすがにもう地面の中の食事は限界です。どうもアカさんはカタツムリ料理にえんがあるらしく、掘れば掘るほどカタツムリに遭遇そうぐうしてしまうようですし。

 特に、あれと牛乳しか入手できなかった日の食事は最悪の一言に尽きます。
 だって、牛乳とカタツムリ料理しかないんですよ? 食い合わせとしても最低でした…。

 もう見るのもイヤです。

「もう二度と、あんな悲劇ひげきはイヤだよ! うおおおおお! バリバリ売るぞおおお!」
「はい、その意気です。」
 ……というわけで、今回はフリマに挑戦ちょうせんです。はてさて、今日のご飯はちゃんとした食事にありつけるのでしょうか? それともまたカタツムリなのでしょうか?

「……ここが良いようですね。」
 荷物を2つに分けて、アカさんと別の場所で売る事にしたのはフルーレさんの案です。本来ならまとめて出した方が便利なのですが、1枚の販売許可証では、多くの品物を売ることができないのです。

 品が沢山あっても、一度に並べられる数は4つが限界なので、2カ所で入れば8個を店先に並べる事ができます。どんどん品を入れ替えた方がよい、と考えたのでした。
 場所がなかったため、売り場は離れてしまいましたが、今日一日売れば、そこそこ売れるでしょう。

「じゃあ、売り始めましょうか。価格は……換金かんきんが目的なので、市場平均価格よりも少し安めにして……と。」
 フルーレさんは、どれくらいの金額なら今日中に売り切れそうか、というのを考えて値段をつけています。そして、お客さんの要望ようぼうに合わせて着実ちゃくじつに売っているようです。さすがは頭脳派ですね。


 ………さて、販売を開始して1時間が過ぎた頃です。

 離れた場所で売っていたアカさんがやって来ました。いつもの携帯電話を持っています。何かあったのでしょうか?

「お〜い、フルーレ君! フルーレ〜! ちょっと記念に写真撮るよ。」
 そう言うと、アカさんは携帯に付いているカメラでスクリーンショットを撮りはじめました。
 どうせまた、売り場でじっとしているのがイヤになって、お店を放置したままやって来たのでしょう。

「もうっ! アカさん、お店はどうしたんですか? いい人が多いエリアスとはいえ、持ち逃げするような悪い人だって、いるにはいるのですから、離れちゃだめでしょ?」
「だってさー、売れないんだもん。…それより写真だよ。世界はいまスクリーンショットの時代さね! さぁ、笑って笑って!」
 ……そういうと、アカさんは色々な角度でフルーレさんを撮ります。しかも笑えだの、怒れだの、表情まで注文をつけてくるのです。アカさんってば、すっかりカメラマンでした。

 そういえば…、昨日の夜も温泉で写真を撮っていましたね。アカさん的にMYブームなのでしょうか?

「くっくっくっ……。これで補充完了。準備OKだね……。」
「え? 何か言いましたか?」

「いんや、なーんにもー。」
 ん? アカさんが一瞬、やたらと邪悪な表情を浮かべたように見えたのは気のせいでしょうか? そんな気がしたフルーレさんはアカさんに質問してみますが……。そこにはすでに、いつものアカさんがいるだけでした。

「じゃあ、ボクはお店に戻るから! バイバイヒー!」
「は…はぁ……????」
 みょういさぎよく戻っていったアカさんに意味がわからず、フルーレさんは手を振って見送ります。また、何かしょーもない遊びを考えたのかもしれませんしね。店が終ったら、聞いてみる事にしましょう。


 ……エリアスの街並にも影が落ちる夕暮れ時。
 フリマ自体は24時間開放されていますが、フルーレさんとしてはもう終了です。自分が担当したパズル類は、ほぼ売り切りましたし、それなりにまとまった金額にもなりました。

 本日の総売上、なんと11万Ely。…まだ虎や桃と戦っているレベルにしては、なかなかです。短時間での売上としては充分でしょう。

「………さ、アカさんのところに行きましょうか。あんまり売れてないのかもしれませんね。あれから来ないから、疲れて寝ちゃってるかな? ふふふ……。」

 寝てる時以外は、走りまわっているようなアカさんには、売り子は向いていない、というのは承知しょうちしていたフルーレさん。旧装備をまかせましたけれど、売れなければ店売りしてもいいと考えていました。装備品ってオプションや耐久力の問題があるから、あまり売れるというものではありませんからね。

 それよりも、今日は頑張がんばってくれたアカさんに美味おいしい晩御飯をプレゼントできそうです。今晩くらい贅沢ぜいたくしてもかまわないでしょう。

 たしか…アカさんがお店を開いているのは武具専門館です。雑多品の売り場から、そちらへと向かうフルーレさんの目の前には、徐々じょじょに、異様いような熱気に包まれた会場が目に入ってきました。たくさんの人で奥が見えなくなっているのです。

「な、何があったのでしょう…?」
 もしかしたら事故でもあったのかもしれない。そんな思いが浮かんできて、急にアカさんが心配になってきました。なんとか人だかりに潜りこんで、アカさんがいる売り場へと向かうフルーレさんでしたが……。

 そこで見たものは……。

「さあ、100万出たよ! 100万! はい、105万! おおーーっと、110万キター!」
 その中心で声をり上げているのはアカさん。派手なハッピを着て、棒状ぼうじょうに丸めた新聞紙で台をバンバン叩きながら、そこにある鎧のブラウスとスカートの値段を次々と更新させていきます。

 それは、売ろうと思ってアカさんに渡した、フルーレさんの旧装備。……なんとアカさんはそれらを「せり」に掛けていたのです。
 それにしたって、なぜあんな旧装備にこれだけの値段が付き、人が集まっているのでしょうか?

「さあ! いまならこの写真の娘が身につけたブラウスとスカートのセットを、なんと写真集付きで販売だよ! 今なら着替えの生写真もセットだ! これを逃したらもうチャンスはないよー!」

 その写真集とは…どう見ても、まぎれも無くフルーレさん本人です…。しかも、さっきのフリマの私服とか……昨日のお風呂シーンとか…。

 自分の着た服を、ちょっときわどい写真付きで販売……。
 こ、こここ…、これって…つまり……。

「オレは120万に更新だお!」
「な、なんだってー!」
「105万の俺、オワタ」
「うはwwwwwwおkwww」
 しかも……、よく見れば、集まった人々は全員似たような格好でした。
 なぜか皆さん手には紙袋を持ち、頭にバンダナを巻いたり、デブだったりする大人のお兄さん達が、異様いようにギラギラした汗をれ流しながら、オーションに身を投じていたのです……。


「い………………」



「いやあああああああああああああああああああああ!!!」




 その瞬間、売り場まるごとが氷柱によってつつまれ……
 その後、1週間も氷はけず。

 せりに参加していた変な人達とアカさんは、まとめて氷漬けになったとか…。




 ────後日…。


「あっはっは! いやいや、夏はやっぱり氷だね! 1週間も固まってて死ぬかと思ったさ。」
 少しも悪びれた様子もなく、大笑いしているアカさん。反省はんせいなんかしちゃいません。

「ところでフルーレ君、お腹すいたんだけど、ご飯まだ?」
「はい、じゃあアカさんの大好きなカタツムリですよ〜。た〜くさん捕獲ほかくしておきましたからね…。」

「生でどうぞ!! 生が好きなんですものね。うふふ…。残さず食べてくださいね!」

 まだ元気一杯のカタツムリが、ぬめぬめと尾を引きながら、アカさんの口にほうり込まれます。しかもフルーレさんの目がわっており、とてもじゃありませんが、ゆるしてもらえそうにありません…。

「NO! へるぷ! ノォォォーーーー!! もがぁぁぁぁーー!!」

 あらあら、悪い事をするとロクな目に合いませんね。
 アカさんもこれにりてくれるといいんですけど……。無理かな?

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その10 「夜の大都市 デカりんご」

 数々の冒険者達が辿り着き、そして長い年月をかけて作り上げた大都市「ビッグアップル」。夜になっても灯りが消える事のない文明都市です。
「なんでわざわざ、飛行機で行かなきゃならない離れ小島に都市なんて作ったん? ベロスの隣にでも作ればよかったやん。」
「……それを言ったらオシマイです。」
 元エリアスの居住区が開発された空港から、飛行機で数十分。ようやく辿り着きました。

「むしろっ! 空港建設反対していた住民は強制撤去かね! なんという国家権力! しかも機内食でないし! 機内食でないしっ!!」
「アカさんは結局、機内食がでない事にしか腹を立てていないようにしか聞こえませんけど…。」

 飛行機での移動はタダだというので、新天地へとやって来た二人は、さっそく飛びこんできた文明都市に目を白黒させています。
 せわしなく歩き回る人の波、それを掻き分けて進めば、自動車が群れる道路があります。それらの頭上には青、黄色、赤という色とりどりの信号機、ブーブーガーガーと絶えない騒音の中で、さすがの二人もあんぐりしていました。

「それにしても…、なんかスゴイ都市ですね。このジエンディア大陸に、ここまでの文明があるとは思いませんでした。」
 それなりに文明人なフルーレさんも、これだけの超文明都市を目にするのは初めてでした。地面を掘って食料を調達していた自分達には考えもつかない場所です。
 普段はエリアスやアオイチ周辺で活動している彼女らにとって、ここは見るもの全てが驚きです。

「うぎゃあ!! デカりんごーーー!!」
 そんな彼女の隣で、アカさんが突然の悲鳴をあげました。

「どうしたんです? アカさん。」

 フルーレさんがアカさんの見ている方へと目をやると、そこには派手な格好をした女性が立っていました。彼女の視点は、一箇所に集中しております。
 …そこは、たわわに実ったリンゴが二つほど……。

「さ、さすがは大都会……。なんというビッグアッポー……。すさまじい…。」
「あぅ……、か、かなりスゴイですね……。」

「うむむむむ……、あそこまで巨大だというなら、もはや爆弾処理班が必要だ!! フルーレ君! 聞いてい………。」
 アカさんは、ふとフルーレさんに視線を移すと、同様の箇所に目をやり、そのまま動きを止めました。

「な、な、なんですか…?」
 ジっと見つめるアカさんに、さすがのフルーレさんも同所を手で覆い隠して顔を赤らめます。…そんな彼女に、アカさんは溜息を漏らして言いました。

「それに比べて……このサラ地…。なんとも痛々しい……。」
「おだまりっ!!」

「おーい! デカりんごー! 半分わけてー!」
「手を振らなくてもいいの!!」
 フルーレさんは大都会が嫌いになりました。そして、なぜか自分自身に絶望しました。

「まあまあ、落ちつきなされフルーレ君。……世間にはね、サラ地こそハァハァ…な趣味の人がたくさんいるって話だし。」
「それ、私に対する挑戦ですか? 挑戦ですよね?!」
 フルーレさんの突き刺さるような視線がアカさんに注がれます。しかもかなりお怒りのようすです。爆発しそうでした。それを素早く察したアカさんは……

「やっほう! 逃げろー!」
 楽しそうに走って逃げて行きました。

「こ、こらー! 待ちなさーい!!」

 ───なんだかんだ、といつも通り二人。もちろん、二人がここへやって来たのには理由がありました。この先にある場所には、かつての冒険者が作り上げたソロダンジョンが用意されているのです。

 その名もモンスタータワー。二人が挑戦するその怪物の塔とは、どんな場所なのでしょうか?






































「ま、待って〜! 待ってよー!」
 その後ろから、だーいぶ遅れて、大量の荷物を抱えたピンクちゃんが、へろへろと追いかけていました。どう見ても荷物持ちでした。

 なんだ……、あなた、いたんですか?


「いるよ! むしろ僕がいなくちゃ始まらないでしょ!」

 ……だ、そうです。


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その11 「税金のムダ使い? モンタワ」


「ま、待ってよ〜! ひどいよアカさん! 僕を置いてけぼりにしてさ! どういう虐待ぎゃくたいだよ!」
 アカさんとフルーレさんがとうへと到着とうちゃくしてより数分、やっとピンクちゃんが追いついて着ました。なんだかもう、ヨレヨレです。
「あれ? 桃次郎……いたの?」

「いるよ! ふざけんなナラ!」

「はいはい。そこまでにしましょう、ピンクさん。今日の目的はモンタワを攻略する事なんですから。」
 そうなのです。なんで彼女らがこのデカりんごへ来たかというと、この「モンスタータワー」が目的だったのです。この塔にのぼると、登った階数分だけ評価され、特別なアイテムがもらえるという、いわば”おみあげ付き”ダンジョンなわけですね。
 しかも、飛行機に乗るのもタダなのですから、これは一度は見物に行かなければモッタイナイでしょう。放浪者たるもの、一度はチャレンジしてみたい名所でもあります。

「そうですね。私達も放浪者なのですから、登る権利はあるわけですし。」
 放浪者で得をしたのは、これくらいですからねぇ。他にもアイテムの割引とかあってもいいように思うんですけど…。まあ、仕方がありません。せっかく利用できるのですから、使わない手はありませんね。

「ねー、ボク思うんだけどさぁ。ここのモンスターってどこから連れてくるわけ? それにさぁ、エサとか部屋の掃除そうじとか誰がやってんだろうね?」
 するとなにやら、アカさんがトンチキな事を聞き始めました。

「……え、えーと…、考えた事はありませんでしたが、……そういう係の人がいるのでは…?」

「う〜ん、でもさぁ。モンスター達は無理矢理こんな都会に連れてこられてだよ? しかもせまい部屋に押し込められて、たおされるのを待ってるんだよ? …あんまりな話だと思わない?」
「はぁ? まあ、そうかんがえた事はありませんでしたが……。」

「中には、仲のいいプリリンの親子かなんかがいてさ、故郷こきょうで平和に暮らしていたというのにだよ? 違法ハンターかなんかに母親だけがつかまってはなれ離れに……。しかも行く先はなんと、このモンタワ。……たおされ、死を待つためだけの無限地獄……。」
「うううう……、そ、それは可哀想かわいそうです………。」

「”お母さん、僕一人で生きていけないよ! 早くもどってきてよー!” そうさけぶプリリンの子供…、それをさぁ、君はアイテム欲しい、という”物欲ぶつよく”のために、必死で逃げ回るお母さんプリリンをたおそうだなんて……。あんまりじゃあないかね?」
「…………ち、ちがうんです……わ、私はただ………。」

「倒して手に入れたアイテム…。売ってもたった数ゴールドにしかならない……。そんなモノに引き裂かれた親子…。なんの罪もない、多くのプリリン達のしかばねの横で…、キミはアイテム手に入れてニヤリと笑う…。」
「わ、私は……。そんなつもりは……。」


「♪ か〜さんがー よなべーをしてー♪ てぶくーろ んで〜 くれたー♪」
「うう……、ひっく……可哀想かわいそうです…。可哀想すぎます……。ごめんなさい…。」



「可哀想だよね……。こんな悲劇はないよね……。」
「………そうですね…これじゃあんまりですよね………。」



「それを倒そうだなんて……。そんな事いけないよね……?」
「………本当です。そんな事はしちゃいけません………。」




「今日の晩御飯、たくさん倒した方がオゴってもらうって事でいいよね……?」
「……はい……まったくです……………。」









「はい?」



「いやっほうー! 突撃だー!! いまがチャーンス!」
 アカさんはいきなり駆け出しながらも、超うれしそうな顔でモンタワへと走って行きました。フルーレさんは、モンスター親子への同情で半ベソをかいたまま、あっけにとられて後姿うしろすがたを見送ります。

「え………、え……え?? ちょ、ちょっと! アカさん!」
「イエ〜イ! ボクの一番乗り〜!!」
 アカさんはそのまま、モンタワの中に消えていきました。だけどまだよく分っていないフルーレさんに、ピンクちゃんが説明をしてくれます。

「フルーレさん、あのさぁ。……アカさんに一杯いっぱい食わされたんじゃないの?」
「え………あああっ!!」
 その通り。アカさんは最初からその気なのでした。フルーレさんはまんまとかつがれたのです。
 しょーもない作り話に。


「もーーーーーーーー! アカさんーーーーーーーーー!!」
 急いで後を追おうとしたフルーレさんですが……、さっきのプリリン親子の話が気になって、立ち止まってしまいました。作り話とはいえ、一度そういう話を想像してしまうと、これがなかなか倒しづらいものなのです。

「ああん、もう! 気になって倒せないじゃないですか!」
「フルーレさん、安心してー。」

「どうしたんですか? ピンクさん。」
 大きい荷物を背負ったままのピンクちゃんは、さも面白そうに笑い出しました。

「うぷぷぷぷ……、だって、アカさんってば荷物を僕にあずけたままだからさ、武器も持たないで素手のまま突撃とつげきしてったんだもの。」
「あ………、あらぁ…。」

 ちょうどその時でした。モンタワの入口から、鼻血だらだら流したアカさんが、まるで幽霊であるかのように、ゆらゆらと出てきました……。

「あの馬オヤジ………、まじ強ええ…………。ガフッ!」
 鼻から血飛沫ちしぶきをブバッと出して、アカさんは力きました。…どうやら、プレイヤーは本当にマジでアカさんを素手で突撃させてみたらしく、回復ナシで19Fまで登りつめ、そこの敵”パーシバル”と戦い、華麗かれいに負けたようです。

「相変わらず…、アカさんが負ける時って、本当に数秒ですね…。」

「ヒデえよ。ヒデえんだよ…、ウチのプレイヤー! アイツ、ボクがメインキャラじゃないからってさぁ、本気で素手で特攻させるんだもん!」
「しかも回復もしないで、あの馬オヤジまで戦わせてさぁ…。」

 すいません。リアリティが必要だと思いまして、まじで突撃させてみました。

「……ピンクさん。帰りましょうか?」
「そだね。帰ろう。」
 なんだか、バカバカしくなってしまった一人と1匹は、何も言わずに帰って行きました。

 残されたのは、そのまんまガン無視されて置いて行かれたおバカさんが一人……。
 夜風が身にしみる、なんとも泣ける夜でした。



 はて……? ワタクシ思うのですが、この大都会にこんなモンスターだけが住むビルがある事が税金の無駄使いなのでしょうか? それとも、あるのに利用しないで帰る事が税金の無駄なのでしょうか?

 まあ、どうでもいい事なんだけどねぇ…。


↑UP





*この話は、恒例となりました、マジメなボス戦です。相変わらず長い話です。

その12 「大怪獣とひきこもりの人」

「あれ?」
 アカさんが目をましたのは、赤かったり、むらさきだったりする奇妙きみょうな空間でした。あれれれ?? さっきまでエリアスの東にある野原地帯でお昼寝をしていたはず。

 しかし目に前には見たこともない場所。なんだか、うす気味悪い場所ですねぇ…。まだ夢の中なのでしょうか? 寝ながらシルクベビーにたたかれているとか…?


「アカ様。オハヨウゴザイマス。」

「ぎゃああ! なんだお前ーーーー!…ってあれ?」
 ……と思ったら、『その3』以降まったく姿を見せなかったフルーレさんのパートナー、ウォータリーこと「水ポケモン」さんでした。

「まず、その名前をなんとかしようよ。」
「イエイエ、フルーレガ、ツケテクレタ 名前デスノデ。」
 実は、今日はピクニックをしようというフルーレさんの提案ていあんにより、アカさんは外で待っていたのですが、早く来すぎて眠っていたのでした。心地よい陽気でしたから、仕方がないのですけど。
 で、その連絡役に、いつもは「他プレイヤーさんの元でアルバイトしている水ポケさん」がご一緒したというわけです。(どちらかというと、アカさんがまたどっかに行かないように、というお目付け役)

「……う〜む。もしかしてさぁ、収入しゅうにゅうゼロなボク達って、ペットのアルバイト代で生きてるわけ?」
 その通りです。アカさんが大笑いしながらボケている間に、水ポケさんが一生懸命にはたらいてかせいでいるわけです。なんというヒモ生活! むしろ飼い主がペットに生かされてる事実があまりにかなしい。

「まあ、そんなのどうでもいいよ。それより、ここはどこなん?」
 いつも通り、なーんにも気にしていないようです。…いいのかそれで、…人として。

「ハイ。先ホド、巨大ナクチニ 食ワレマシタ。」
「むむむ? なのその巨大なクチって……?」
 そういえばそうでした。周囲は赤だったりむらさきだったりと、どう見ても野原地帯ではなかったのです。アカさんが周囲をあらためて見直すと、このだだっぴろい空間に流れる空気は、なにかあたたかく、かべはゆっくりと伸縮しんしゅくしております。まるで呼吸をしているような、そんな感覚です。

「はー……そっかー……、これがうわさのベヒーモスかー……。」
 どうやらアカさんも話だけは耳にした事があるようです。これが噂に聞いていた巨大モンスター、ベヒーモスという奴のお腹の中であるようですね。お昼寝をしている間に、アカさん達は食われてしまったようです。これは大変です!
 さすがのアカさんといえども、ここからの脱出は至難しなんわざ。初めて来た難所なんしょに一人取り残されてしまったのです。一体どうしたらいいというのでしょうか?!

「じゃあ、お腹すいたし、お弁当食べちゃおっかなー。」
 まっったく気にすらしてねぇ…このクソガキ。

「アカ様。ソノオ弁当ハ、救助ガ来ルマデノ 大切ナ 食料デハ?」
「う〜〜〜〜む、その口調……。どうもキミのご主人様と会話している気がしてならないよ。性格似すぎない?」
恐縮キョウシュクデス。…イエ、デスノデ、食料ハ安易アンイ消費ショウヒシテハ…」

「まあまあ、そう固い事いうなよベイビー!」
 心配してくれる水ポケさんをやんわり?制ししたアカさんは、近くに落ちていた「おにぎり入りバスケット」に手を伸ばそうとしますが……、先に何かがそれを持ち上げました。

 なんと! それは全身が黒いみょうな生物。背は低いのですが、それぞれが槍を持ち、ケケケと笑う気持ちの悪い人型モンスターでした。
「ケッケケケ!」
「ウケケケーー!」

 黒キモイそいつらは、バスケットを手にすると、なにやらうれしそうな奇声を上げて一目散いちもくさんに逃げていきます。アカさんは一瞬だけボーゼンとしていましたが、せっかくのご飯がうばわれた事に気が付き、全速力で追いかけます!

「このっ 待たんかー! おにぎりーーーーー!!」
「アカ様、闇雲やみくもニ 動イテハ イケマセン。」
 そんな水ポケさんの制止せいしも聞かず、アカさんはおにぎり泥棒どろぼう達を追います。しかしみょうな場所な上に、ヘンテコリンな構造こうぞう。行く手をさえぎるのは意味不明のドクターやらナースなど。なにがなんだか、と戸惑とまどうばかりです。

「黒キモーーー! どこいったー!」
「アソコデス! アカ様、アノ入り口ニ消エテイキマシタ。」
 そこには、生物の体内とは思えないほど精巧せいこうに作られた入り口らしきモノがありました。なぜ、こんな場所に人工物じんこうぶつがあるのでしょう? しかしアカさんには知った事ではありません。あの黒キモイ泥棒どろぼうからご飯を取り戻す事が先決なのです。

「コノヨウナ場所ニ、人工物トハみょうデス。慎重しんちょうニシテクダサイ。」
「も〜、フルーレみたいな事言うなぁ。大丈夫だってばさ。ボクはLV50もあるんだよ?」
 いくつもの冒険をこなし、いっぱしの放浪者となったアカさん。それなりに場数はんでいます。いかにアカさんが猪突猛進ちょとつもうしんタイプであっても、それにともなう実力があるのです。

 しかも、この体内ダンジョンでさっき戦った相手には、ほぼ無傷で勝利しています。いかに数が多くとも、アカさんにとっては、野原地帯のシルクベビーと同じ。ただのザコでしかありません。

「ふふん、誰だか知らないけどさ。食い物のうらみってやつを思い知らせてやるさね!」

 暗い通路を進んでいきます。あまり視界も利かないはばの広いトンネル。しかも凸凹でこぼこが多いとなれば、どこに敵がひそんでいるのかもわかりません。アカさんは、人並みはずれた野生のカンみたいなものがありますが、それでも、いつもとは違う不気味さがただよっているように思えました。

「なんだか……、インヴォーグの時と違うな…。なんだろ…、なんていうんだろ……?」
 言い知れない奇妙きみょうな感覚。あの赤龍インヴォーグの戦いでは、圧倒的な力という、まっすぐな威圧感いあつかんだけがあったのですが、…ここに流れる空気は、アカさんが感じたどれとも似つかない、そんな、なんとも表現しにくい感覚だったのです。

 やがてしてくる出口の光。
 アカさんは原因がわからないまま、その中に飛び込んでみました。水ポケさんもその後ろに続き、光の先へと飛び込んでいきます……。

「ガツガツ…、ムシャムシャ………ゴクン!」
「な、なんだ…なんだこりゃ!」
 アカさんの目の前には、巨大な機械人形がありました。ベヒーモスの体内にはありえないロボット。その上にえられた座席に男がいたのです。

「ガツガツガツ……バクバク……ああ、不味まず不味まずい!」
「あ、ああーーーーーーー! ボクの! おにぎりーーー!!」
 男は一心不乱いっしんふらんにおにぎりを食べています。あれはフルーレさんがアカさん用に作ってくれたスペシャル・ジャンボおにぎりです。中のには、ハンバーグ(特売)がそのまま一枚入っているという贅沢品ぜいたくひんなのです!

「まずい! ああ、不味まずい! こんな不味まずめしを食う事になるとは!」
「お前ーーーー! おにぎり返せよ!」

「ンンン? なんだお前は? 俺はこの不味まずい飯を食っている最中だ。邪魔じゃまするんじゃない。」
不味まずいって言いながら食うな! それはボクのとっておきなんだぞ!」
 いか心頭しんとうのアカさんですが、相手は巨大ロボの上、まるで相手にされない事に怒り狂います。あのスペシャル・ジャンボおにぎりは本当に楽しみにしていたのです。

「アカ様、オチツイテクダサイ 平和的ナ解決かいけつヲ……。」
「うるさいやい! 売られた喧嘩けんかを買わずにいられるかっての!」
 水ポケさんは冷静になるようにいさめるのですが、アカさんんの耳にはとどいていませんでした。

後悔こうかいしてもゆるさないからね!! ───百花ひゃっかっ………乱舞らんぶっ!!」
 先制攻撃せんせいこうげき! 得意の槍技による三段攻撃です。巨体をほこる赤いロボに対してでも、これなら効果があるはず! その証拠しょうこに、男は食う事をやめて、ロボを片手で操作し始めました。

「このガキめが…。俺を誰だと思っているのか? エリアスにその名も知れた───」
「お前なんか、おにぎり泥棒で十分だ!!」
 さらにもう一撃、疾風しっぷうとなった槍による攻撃がロボに炸裂さくれつします! これはかなりいているようです。

「……もぐもぐ……最近のガキは、はぐはぐ……礼儀も知らない………とは…、ゴックン」
 巨大ロボの攻撃は火炎やビームらしきものではありましたが、さすがに今のアカさんは強くなっています。怒涛どとうの連続攻撃と機敏な動きで敵を翻弄ほんろうし、完全に自分のペースで戦っていました。

 ですが男も片手間にロボを操作しているだけで、少しも動揺どうようなどしてはいませんでした。ただ黙々もくもくと食べ続けています。それが不気味です。アカさんはその不安を押し込め、口に回復用クッキーを一口め込んで、さらに攻撃を続けます。

 そして男は……、ついに最後の一口を口の中に押し込み、ついでにバスケットに入っていた紙パックの”いちご牛乳”までも飲み干しました。アカさんの大好物は全滅です…。

「ああ……、ゲップ! …不味まずかった。」
「アホかーーーー!」
 激怒げきどしたアカさんの一撃が、巨大ロボへと炸裂さくれつします。それと共に、ロボは黒いけむりを吹き上がらせ、その動きを止めてしましました。アカさんの攻撃によりロボは倒されたのです。

「へへん、ザマあみなさいっての。」
 全ての攻撃がクリーンヒットし、ごく短時間で巨大ロボを撃沈げきちん。アカさんは自分の力量を改めて感じました。赤龍と戦ったあのころよりもずっと強くなっているのだと確信していたのです。

 ……しかし、 

「さて、食後の運動といこうか。」
 こわれた巨大ロボなど気にもめず、男は飛び降りてきました。口の周りについたご飯粒を一つづつ、丁寧ていねいめて取ります。そして、おにぎりの代わりに手にしたのは槍。アカさんと同じ、普通の槍でした。

「アカ様、コレ以上ハ危険デス。逃ゲマショウ! コノ男、異様イヨウデス。」
「水ポケは心配性だなぁ…。本当にフルーレ君みたいだよ。大丈夫だってばさー。」

 槍を持って楽な姿勢しせいでいる謎の男。相対あいたいして槍を構えているアカさんですが、彼女の中にもその異様いようさは警戒心となって警鐘けいしょうを鳴らしていました。普通ではない。なにかが違う。先ほどから感じていた感覚がさらに強くなっているのが分っていたのです。

威勢いせいがいいな。…俺はトク。トク様と呼んでくれればいい。」
「ああ、呼んでやるさね。顔の悪い男。その態度以上に顔が悪いよ。モテなさそうだね? 病気かい?」
 いきなりアカさんの攻撃! しょっぱなから最大奥義バスターランスによるするどい一撃! ですが、トク様と呼ばれた男はそれを上体をらしただけでけてしまいます。

「……ふん、勇気と無謀むぼうは違うという事をまだ学んでいないのか? 赤髪。」
礼儀れいぎも知らないお前がそれを言うなよ、泥棒。」

 ついで旋風せんぷうのように槍を回しての連続攻撃、さらに加えて直線的なピアシングランスによる一撃。ですが、これは次の技を出すためのつなぎ、本命はそのあとにり出す烈火れっかのごとき瞬撃しゅんげき、バスターランサー!
 強大な一撃は長距離への攻撃と共に、その周囲へさえも影響を及ぼします。これならば、少し避けても手痛いダメージを与えられるでしょう!

「同じ槍使い。少しは面白いかと思ったんだが……。」
 なんと! トク様は平気な顔でその槍先をつかんでいました。しかも素手のまま、アカさんの最大の一撃をつかんで止めたのです! まったく関心もなく無造作に。

「とっととはなせよ顔悪! 顔が悪いのは伊達だてじゃないって事かね。」
 アカさんは目の前の男をののしってはみるものの、その一方でつかまれた槍をもどそうと力を込めていました。しかし、どんなに力を込めてもビクともしない。男の腕力は異常いじょうなものでした。

「……だめだな、お前。スクラップにしてやるか。」

 トク様はつかんだ槍先を力任せげ捨てました。
 それと共に、槍をにぎめていたアカさんも吹き飛ばされます。






「ヒャアアアーーーハハハハ! さあ! 運動の時間だぁ!!」

 突然の豹変ひょうへん! アカさんの攻撃よりもさらに早く、槍を旋回せんかいさせてせまってくるトク様。アカさんは男の急な変貌へんぼうぶりに困惑しながらも、あまりに速いそれに対処たいしょしきれません!

「アカ様、危ナイ!」
 水ポケさんがアカさんへと体当たり! かろうじて一撃かられます! ですが、トク様はそのまま振りかぶって、右の拳でアカさんをなぐり飛ばしました!!

「ぎゃっ!」
「ギャハハハハ!! 壊れろガキが!」
 槍を力任ちからまかせにるい、まるで棍棒こんぼうであるかのように何度もたたき付けます! アカさんはふせぐのが精一杯で、反撃などできるすきさえありません! なんとか槍を避けた、と思った途端とたん! するどりがおなかをえぐります!

「ご───、ごほっ! がはっ!」
「まだこわれねぇのかよぉぉぉぉぉ?! とっとと壊れろ!」
 アカさんはいま、ずっと感じていた感覚への答えが分りました。これは”狂気”というもの。本来なら人間が持つべきではない、暴力の果てに生まれたいびつな精神。

 これまでアカさんには、感じた事のないものでした。
 苦しむアカさんの真横から容赦ようしゃのなく顔を殴りつけ、振り回した槍の柄で、今度は肋骨ろっこつねらって叩きつけます!

 異音────、なにかが折れた音───……。

「あぅ……。」
「折れたか! 折れちまったのかぁ! 痛てえだろ? 痛いんだろうがよ!?」
 それでも攻撃をやめず、執拗しつように折れた肋骨を狙って攻撃を続けてくるトク様。アカさんは確かに強くなりました。しかし、それ以上の圧倒的なLVの差が存在していたのです。

 あとLV10あれば、もう少しマトモな戦いができたかもしれません。しかし、このあまりにも違う戦闘能力の前に、なすすべもありません!

「や、やばいね……。こりゃ死んだかなぁ…。また3%減っちゃうか……へへ、まいった。」
 あまりの強さの差に、すでに起き上がる気力さえ尽きかけていたアカさんの前に、トク様が立ちました。…しかし彼は、ニヤニヤと笑いながら、こう言いました。

「お前ら放浪者は、死の直前ちょくぜんに各都市の石碑に転移てんいさせられるのは俺だって知ってるさ。ペナルティとして戦った経験の記憶が若干じゃっかん消えるんだろ?」
 トク様はまだ笑っています。ならばナゼ笑うというのでしょう? アカさんがこのままトドメを刺されれば、それでこの戦いは終わりだというのに、なぜ笑うというのでしょうか?

「だからよぉ、俺はお前を殺さねぇ。」
「……な、なに……? どういう………。」
 そしてトク様は、まるで狂っているかのような哄笑こうしょうと共に、それを伝えました。

「ヒャハハハハハ! イーーーーヒッヒッヒッヒッ! 殺さないままで、実験動物として飼ってやるって言ってんだよ!」

「死んだら逃げられちまうだろぉ? だからよぉ、液体につけて保存してよぉ、回復させて、また使ってやるって言ってんだよ! ギャハハハハハハ!!」

 絶句ぜっく───。
 倒されなければ、逃げる事ができない。

 アカさんはこのまま拘束こうそくされ、実験用として扱われてしまう。

「じょ…、冗談じょうだん………でしょ?」
「俺が冗談じょうだん? この俺が……冗談を言うってぇ? 面白れえ! 面白れえよクソガキ! ヒーーーーッハハハハハハ!!」

「あ………………。」
 今まで感じた事のない、どうしようもない恐怖。逃げられない事への絶望。アカさんの心にびてくる黒い影は、着実に心をむしばんでいきます……。恐怖で体が動かなくなるようでした。

 ゴゥン……、という轟音ごうおんが鳴り響きました。この巨体、ベヒーモスがまた大きく動いたのでしょう。トク様も「またか」という顔をしながら周囲を見渡しました。設置せっちしてある機材がこわれないかを気にしているようです。

「アカ様、大丈夫デスカ? シッカリシテ クダサイ!」
「え?」
 その間に、アカさんに近づくモノがいました。さきほどから戦線よりはなれていた水ポケさんです。トク様が気を取られているうちに、目の前でピンチになっているアカさんの元へとやってきたのです。

「アカ様、走レマスネ? イキマスヨ!」
「お、おい! こら!」
 次の瞬間、あの水ポケさんがトク様の顔にり付いていました! トク様は不意ふいを突かれて、息が出来ずに苦しんでいます!

「なんだこりゃああああああ! クソが! 離れろ! 離れろって言ってんだよぉぉ!!」
「早クッ! コノママ、アカ様ヲ無事ニ オ返シ出来ナケレバ、私ガ フルーレニオコラレマス!」

「だ、だってお前!」
「イイカラ! 私ハ水デス。ケシテ、死ニマセンノデ!」
 水ポケさんがトク様をおさえてくれている。いまのうちに逃げるしかない。アカさんは恐怖心を押さえ込み、槍をささえに立ち上がります。いまがチャンスなのです。水ポケさんの努力を無駄にしてはいけないのです!

 しかし───、アカさんはその槍をトク様へと向けました。

「水ポケ! もういいよ。ありがと。……目が覚めた。」
 まだフラフラしているアカさんですが、そのひとみにはいままで以上の闘志とうしが込められていました。目の前で自分を助けようと頑張がんばっている者を残して、逃げられるわけなどありません。

「くそ! ナメやがって!!」
 それと同時に、トク様が水ポケを引きはががし、投げ捨てました。水ポケさんは体制をくずしながらも、なんとかアカさんの元へと戻りました。

「おい、顔悪! ……悪かったよ、ナメてた。自分のLVなら赤龍さえ倒せる。もっと戦えるって勘違かんちがいしてた。…いやはや、やっぱり世界は広いねぇ。」
「馬鹿なガキだな。逃げりゃあいいものを…。まあ、逃がさねぇけどな! ヒッヒヒヒ…。観念かんねんしろや。」

「いいや。ボクはあきらめないよ。ぜっったいにお前を倒して、水ポケと一緒に帰ってみせるよ。友達が待ってるし、阿呆あほなチビ竜も待ってるからね!」
 大口を叩いたアカさんでしたが、それでもこの埋めがたい力の差をくつがえす手段などありませんでした。このまま戦えば負ける。それは確定事項かくていじこうなのです。
 だからといって、誰かを犠牲ぎせいに逃げるだなんて事はできませんでした。友達を見捨てて逃げるような事をしてはいけません。

「頭の悪いガキだなぁ。無理なんだよ! 無理無理無理!! 奇跡なんぞ起こらないし、逆転の手なんぞねぇ。俺とのレベル差はまらないんだよ、赤髪ぃぃぃぃ!」
 狂気をらし、悪夢を植えつけるその形相ぎょうそう、邪念を持った男がアカさんに歩み寄ります。



「……どうやったら勝てる? 勝てなくとも、退しりぞけるには、どうしたらいい?」
 槍をかまえたまま、アカさんは未だ答えを見つけられませんでした。このまま戦っても勝てない。手持ちのアイテムではなんともならない。じゃあ……どうするのか?









「ぎゃあああああああああ! なんだよアレ! なんかいるよ! どういう事だよ! 僕は帰ってハンバーグを食べるつもりだったのにぃぃぃぃぃぃ!」

「────あん? なんだありゃ?」
 そこで絶望をさけんだのは、アカさんのパートナーであるピンクちゃんでした。今日も大きなリュックをかかえて、目の前にあるこわれた巨大ロボを見て、大騒ぎしております。

「あ、もも太郎……だ……。」
「なんだよそのもも太郎って! あきらかにももが違うよ! 桃じゃないの? ピンクだから桃なんじゃないの? ももっていったら足じゃん! 足だよ足! ピンクと関係ねぇよ! …っていうか、僕の名前はピンクだよ! まずそこから直してよ!」

 アカさんと水ポケさんに続いて、ピンクちゃんも現れたのです。

「あれ? お前いなかったやん。…お前荷物持ってて、やたら遅いから、ボクだけさっさと来たつもりだったんだけど…。」
「だからさぁ! 一生懸命に追いかけたんだよ! でも着いたらと思ったらアカさんひとりで寝てたじゃないのさ!」

「あ、そうなの?」
「そうだよ! だから僕も疲れたからさ、横で寝てたら……、いつのまにかスゴイ縦穴たてあなの途中でひっかかっててさ! びっくりしたよ、もう!!」
 どうやらピンクちゃんは一緒に飲み込まれたものの、ベヒーモスののどにひっかかっていたようでした。……で、今になってここを見つけて、到着とうちゃくしたという事です。

「おっと、こいつはウマそうな肉だなぁ。…そこのチビ竜! 逃げんなよ? テメエは俺のデザートだ。」
「ぎゃあああああああ! なにアレ! 顔が悪い人だよ! 怖いんじゃないの!?」
 なさけない悲鳴をあげて、ピンクちゃんはアカさんの背中にかくれました。しかし、いつもならピンクちゃんにツッコミを入れるアカさんでしたが、いまはこれ以上の余裕よゆうがありません。
 それどころか、ピンクちゃんや水ポケさんをかばうようにしています。アカさんは気力を取り戻そうと、絶体絶命なのは変わりがないのです。


「アカさんなんとかしてよ! このままじゃ僕が食べられちゃうよ! 主人公がいなくなっちゃうよ! ありえないよ!」
「桃太郎サン。オチツキマショウ。」

「だからピンクだってば!! 桃太郎は鬼を退治に行くボランティアの人だよ! どこに鬼退治にいくんだよ! お供がいればこんな大荷物持ってないよ!っていうか、アンタも持ってよ!」

 その言葉に、……アカさんが気づきます。アレの事を思い出したのです!

「桃A! 荷物からアレ出して、アレだよアレ!」
「なんだよAって、名前じゃないよそれ! 記号かよ! ついに記号かよ! ドラクエで言うスライムAとかスライムBとかと同じかよ! あんまりでしょそれ! レパートリーなくなったからって、記号はねぇよ!」
 ピンクちゃんの大抗議こうぎなど気にもせず、アカさんはピンクちゃんから荷物をひったくって、”アレ”を取り出しました。それこそこの状況を打破だはする、唯一の逆転につながるアイテムだったのです!

「どこだ……! 確かにあれが……。」
「おい、もういいだろう? …俺は気が短いんだ。心臓ごとにぎつぶすぞ、オラ!」
 しびれを切らし始めたトク様の威圧いあつ。それはこれまで以上の脅威きょういとなってアカさん達へとぶつけられます。戦闘能力のない水ポケさんにはどうする事もできず、ピンクちゃんはただふるえるだけ。そしてアカさんは……。

「クックックッ……悪いねぇ。残念だけど、もうお前の負けさね。負け負け。」
 いつも通りの、ニヤリとした意地の悪いイタズラ大好きな笑顔を浮かべてました。その手に持っているのは、小さな回復ポーションです。

「ああん? なんだそりゃあ。ただの回復POTじゃねぇか。」
「はっはーん! 違うよ。これは究極きゅうきょく絶対ぜったい臨界りんかい最終手段。絶対に使ってはいけない禁断の手。不幸にしかならない悪魔の薬さ。」
 アカさんはその薬を飲んで、体を回復しました。他の回復アイテムと同じように体をいやしていきます。



「なんだぁ? ハハハハ……アハハハハハ! 気に食わねぇなぁ……。」







「その笑いが気に食わねぇぇぇーー!」

 今まで余裕でいたぶっていた赤髪、アカさんが急に余裕になり、こちらを馬鹿にした態度で見る。圧倒的なLV差があるというのに、いきなり態度たいどが変わる。
 彼は逆上していました。せっかくの獲物えものをじわじわる事を楽しんでいたのに、気分がぶち壊し! …トク様はそのように感じていたのです。

「まずはぁ! その腕をたたき折ってやるかぁぁぁ!」
「くっ! うわああっ!!」
 トク様の攻撃がアカさんへと命中! せっかく回復したというのに、アカさんはまたも手痛いダメージを受けてしまいます!
 ですが、その瞬間! なんとアカさんが反撃します!! かなりのダメージを受けたというのに、まったく痛みを感じる間もなく、攻撃後の硬直こうちょくねらったカウンター攻撃! それがトク様に直撃しました!

「ぐがっ───! な、なんだとぉぉ!?」
 油断があったトク様とはいえ、傷つけたはずの相手から、渾身の一撃を喰らっては驚愕きょうがくせざるを得ません。本来なら激痛げきつうみで動けないはずだというのに、どういう事なのでしょうか?

 トク様はさらに大きく槍を旋回せんかい、今度はさらに強大な攻撃を与えます! 骨をまとめてほどの…、内臓そのものを叩きつぶす最大の一撃です!

「ぎゃふっ!」
 アカさんは今度も避ける間さえなく、確実に動けなくなる程の痛手を受けてしまいました!

 しかし、それでも踏みとどまり、まったく痛みもないかのように、渾身こんしんの力をトク様へとたたきつけます! クリティカルヒット!
 トク様がのけぞったすきを狙ってさらに攻撃! そのあごめがけてを槍を炸裂さくれつさせます! 確かに痛手を与えたという確信を持っていた彼は、引きつった表情のままで自ら飛び、距離きょりを置きました。


「な、なんだ…?! なんだってんだ! テメぇ!! 何しやがったぁ!!」
 よく見れば、アカさんの口には、先ほどの回復ポーションがくわえられていました。小さなPOTを、赤子のおしゃぶりのようにしていたのです。

「ひはふいはほうはへ! ほへはほひほん、はひんほっほは!」
「口から離してしゃべれ! このクソガキが!」
 アカさんはやっと気がついたというように、口からそれを離してもう一度答えました。

「仕方ないナァ、じゃあ、もう一回言うよ。……気がついたようだね! これはもちろん、課金かきんPOTさ!…って言ったんだよーだ!」
 放浪者だけが使う事ができるアイテム。その中でも、使い続ければHPが減る事のない回復アイテムがあります。それが課金かきんPOT。プレイヤーの財力という意味不明の能力をけずることで、存分に使う事ができる特殊とくしゅアイテムです。
 もちろん、これは最終手段なのです。安易あんいに使ってしまうと、プレイヤーそのものが生活できなくなり、いづれ餓死がししてしまう…。あまりにも…あまりにも危険な道具なのでした。

「か、課金??? な、なんだそりゃあ?! この俺様がぁ! 知らないだとぉぉぉぉぉ!」
 いかに彼が戦闘能力を持っていたとしても、NPCという立場のトク様には使えない。アカさんにしか使う事ができないものです。だからこそ、消費さえし続ければ負けることは絶対にありえない!

「……よし、セットしたからこれでOKだね。」
 アカさんは課金POTをショートカットにセットし、わざわざ使わなくてもプレイヤーが勝手に使ってくれるようにしました。

 さあ、第二ラウンド開始です!

「なんだか知らねえがっ! 俺に敵うはずがねえええ!!」
 これまで以上の邪念を振りまいて、トク様が強大な横凪よこなぎの一撃を放ってきます! すさまじいまでの破壊力!!
「ぎゃうぅ!!! だけど───、一撃で死ななければ! 速攻で回復して反撃だぁ!!」
 そしてアカさんの言葉通りにHPが即座そくざに回復! 一瞬で傷がいええて反撃をします。トク様が攻撃した直後のすきねらっての一撃、これならばダメージを与える事もむずかしくありません。


「ぐおお!! キ、キサマぁ! そんな程度の威力の攻撃のくせに、調子にのるな!!」
 さきほどと同じように、非力なように見える腕からのパンチがアカさんの腹にヒット! しかし、アカさんに伝わる痛みはほんの一瞬。それがわかっているから、アカさんは防御さえ構わず、そのまま頭突きを食らわせます!
「へへん! 効かないって言ってるんだよ!」
 困惑こんわくしているトク様をさらに攻撃! 彼がいくら強くとも、一撃で倒せない以上、回復されてしまう。逆にトク様はどんどん傷ついていくだけ…。そうであれば、どう考えてもアカさんが優位!


「お、おのれぇ!!!」
「いっでぇー! でも回復して反撃だ!」
 イニシアチブしゅどうけんはアカさんが取ったも同然。回復が続く限り、カウンター攻撃を与え続ければいいのです。いかにトク様が強大な敵であっても、結果は見えてきます。

「こ、殺してやる!」
「ぐはっ! だけど…またまた回復して反撃ぃ!!」
 強烈きょうれつな一撃であっても、問題なく一瞬で回復。痛みもなくなり、アカさんは容赦ようしゃなく反撃します!


「ならば! チリも残さず丸焦まるこげにしてやる!」
 槍を地面へと突き立て、電撃を放つトク様! 激しいイナズマが地面をって、アカさんへと直撃します! あまりの電撃に、アカさんのガイコツが見えるほど! これでは一溜ひとたまりもありません!

「ぎゃはあああああっ! ──でも残念、回復しちゃうよん。」
 それでも効果はHP回復によって、無傷にされてしまいます。



「うおおおおおお!!」
「あらさっ!」



「く、くそぉぉぉぉ!!」
「よいやさっ!」




「ひきちぎってやるっ!!!」
「たらら〜〜ん♪」








 ─── このやりとりを、90回ほど省略しょうりゃくします。












「ふざけるなぁぁぁーー!!」

 悪魔の咆哮ほうこう! 怒りの形相ぎょうそうで攻撃してくるトク様、しかしアカさん自身、決して倒れない事がわかっているので、その攻撃をこらえて、そのまま反撃します。一気にダメージを受けても、その瞬間に回復する。これではトク様もたまりません。

「ギャグメインの話とはいえ、ストーリーもので課金POTはどうかと思うけどなぁ…。」
 ピンクちゃんの小さなつぶやきが、むなしい風に乗って、消えてゆきました。


たねぇ……、汚ねえだろうが!」
「え〜〜、だって仕方しかたないじゃん。そういうルールなんだもの。…ボクを一撃でたおほどの攻撃力がない以上、ボクはたたかつづけられる。そしてお前は、いつか倒れる!!」

 勝負あり。圧倒的な差があろうとも、お金の力は恐ろしいものでした。こんなにキタナイ手は、いまだかつて見た事がありません。なんというヒドいゲームなのでしょう!
 ……一方、屈辱感くつじょくかんまみれたトク様は憎憎にくにくしげな渋面じゅうめんを作ります。これ以上の戦闘は自分の敗北。つまり今の彼には、引き下がるしか選択肢せんたくしがないのです。

「クソが……。テメエの顔は覚えたぞ。いつかきっと、俺がバラバラにしてやる!!」
 その言葉と共に、トク様は突然とつぜん現れた闇の中へと消えていきました。その瞬間に注がれた眼光がんこうは、まさしく邪眼じゃがんとも言うべき恐ろしいモノ。その場にいた全員は、心の底よりの戦慄せんりつを覚えたのでした。







「ご飯食べようよ〜。フルーレ〜。」
「ちゃんと説明してからです!」
 せっかくのピクニックが台無しになったので、この日のちょっとおそいお昼は、龍京のお店で取る事になりました。目の前に並んだ中華風料理…。しかしアカさんの目の前に座ったフルーレさんは、とってもキビシイ顔のままでした。

 だけど、食事を我慢がまんしているのはアカさんとフルーレさんだけ。ピンクちゃんだけは、テーブルの上でガツガツと食べ歩いております。

「どれだけ心配したか、わかってるんですか? エリアスの捜索隊そうさくたいの兵士さん達も、みんな心配してくれたんですから。」
「わかったわかった。…めちゃう前にいただきまーす!」
「ぎゃああ! アカさん! いただきますと同時に僕のおさらを狙うってどういう事なの!?」

「なんだよー。お前先に食ってんじゃん! 遠慮えんりょしろよ!」
「も〜〜〜〜〜〜、喧嘩けんかしないの! …ほら、水ポケモンもしっかり食べておくんですよ?」
了解りょうかいデス。」

「それと水ポケさん。アカさん達を助けてくれたんですってね。ありがとう。」
 にっこり微笑んだフルーレさんを見て、水ポケさんは一瞬動きを止めてしまいます。

「……イ、イエ……。タイシタコトデハ……。」
 そう言うと、水ポケさんは水のくせに、どういうわけか顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。…二人の間には、なんとも言えない温かい空気が流れております。

「アカさん……、あの二人アヤシイよ? なんか目と目で通じてるよ?」
「しっ、声が大きい! ヤツらの空間を邪魔するとこちらが危ない。見ないように見るんだ。」
 飼い主とペットは似るといいますが…、こっちも大して変わりはないようです。

「シカシ、アノ狂気キョウキヲ持ッタ男、最後ニ向ケタ視線…。私ニハオソロシクテ…。」
 そうです。水ポケさんが言う事も忘れてはいけません。あの言葉の通り、彼は今回の敗北を忘れないでしょう。そしてこの勝利もいまだけのものなのです。
 元々が貧乏な二人。これ以上の負担をかけては、プレイヤーは本当に餓死してしまうでしょう。二度と同じ手は使う事ができそうにありません。マジで無理です。今月もイッパイイッパイです。

「そうですね。今回はアカさんの……ある意味ハッタリが利いたから良かったようなものの…。」
 水ポケさんから状況説明を受けたフルーレさんは、ショックを受けている水ポケさんをなぐさめながらも、同様のショックを受けているであろうアカさん、そしてピンクさんを見ました。

 きっと…、楽しそうにおさらうばい合いをしているのは、恐怖をおおかくすためのものなのでしょう。あんな事があった後で、ここまでいつも通りに食事がのどをが通るはずがありません。

「……あの…アカさん、ピンクさん。トクという男の事ですが…。あまり気にしない方が……。」

「は? 誰それ?」
「は? 誰それ?」
 二人とも、口の周りをソースでべっちゃりにしながら、真顔で答えました。
 本気で忘れていたのでした。


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