水竜クーと虹のかけら

第一部・01−5 「クーの家出」
トップへ戻る

 


 夏特有の熱気に包まれた日も高い午後……。

「おお〜、ここがクーのおうちになるですか?」
 セミ達が大音響で聖歌をうたう林の中で、翠玉すいぎょくの瞳を輝かせているクーは、3人のお友達と共に湖のほとりにいた。
 そして、子供達の目の前には小さな小さな家がある。

 …家、というと語弊ごへいがある。それは大人が立って入ると精一杯の高さほどしかない小屋であった。
 これは冬にそなえてまきたくわえておくための薪小屋だ。この夏という真逆の季節には何も残っているわけもなく、完全に忘れ去られた場所となっている。

 ここは子供達の住む村より、ずいぶんはなれているようで、森の奥に設置されている事もあって、この時期は誰もおとれる事もない。だから、クーにとってはおあつらえ隠れ家である。

「いまは夏だから使ってないの。だから、とーぶんは大丈夫。明りも家からロウソクを持ってくるから、みんなで遊べるよ。」
 クーの友達で、3人の中の年長である女の子、ルイサが楽しそうに答える。クーはあまりのうれしさのせいか、短い尻尾しっぽをフリフリとさせながら、胸にいたペンギンのヌイグルミ、ペンコをさらに強く抱き締める。この薪小屋が、一時的とはいえクーの新しい家となるのだ。初めての一人暮らしを期待きたいせずにはいられない。

 そんなクーへ、もう一人のお友達である男の子、ルイサよりも一つ年下のロイが不思議そうな顔でたずねた。

「ねぇ、クーちゃん。クーちゃんは、おうちに帰らないでここにいるの?」
「いるですよ〜。」
「わぁい! クーおねえちゃんがずっといる〜!」
 その簡潔かんけつな答えに、一番年下の男の子リックが素直に喜んだ。しかし、年長のルイサはその答えが不思議なのか、クーへと聞き返す。

「え〜? クーちゃん、いままでは海に住んでたって言ってたのにー。私は海って見たことないけど、この湖のずっと先にあって、ここよりもっともっと広いんでしょ? 私、村から出たことないからあこがれてたんだけどな…。でも、なんでここに住む事にしたの〜?」

 その純粋じゅんすいな問いに、クーは躊躇ためらった様子で、しかしはっきりとした口調で答えた。


「え、え〜と…あそこは…、………怖いですよ…。とってもせまくて暗くて……恐ろしい…です。」



 ─── ペンコこと私、ランバルトはクーの胸元に抱かれており、なおかつ全力で締め付けられながらも、その小さな体が、心の底から恐怖に震えている事をはだで感じとっていた。
 クーは生まれてよりこれまで、長い長い50年もの間…、父親の意思により外へ出してはもらえなかったという不満はあれど、それ以外はなんの疑問ぎもんもなくらしていた。

 そんなクーはいま、その”我が家”という存在そのものにおびえていた。




 なぜか? その答えは実に簡単だ。


 父竜バオスクーレが私に見せた殺気を、クーはまともに受けたのだ。そういう事に免疫めんえきなどないクーがそれに恐怖するのは当然といえる。

 昨晩、あの時──、

 怨敵おんてきである私の正体に気付いたバオスクーレは、娘を守る事を何よりも優先ゆうせんした。クーを逃がし、私を殺すつもりで殺気を放っていた。親としての選択と考えれば普通の反応だろう。

 だが、ヤツは怒りに任せるがあまり、自身が何者か、までは考えがいたらなかったようだ。

 父竜バオスクーレは、クーを逃がすまでは殺気を押さえていたつもりらしい。しかし、子供なうえに世間知らずの箱入り娘であり、真に恐怖というものを知らないクーにとって、その”竜”という生物の本性が放つ殺気とは、がたい悪夢そのものであった。
 しかも、その後には全力での、神殿自体がふるえるほどの殺気を解放してしまった。如何いかなる生物さえもが恐怖する、絶対的な殺気を躊躇ためらう事無く解放したのだ。

 だとすれば、2階に避難したとはいえ、たかが20数メール程しか離れていない場所に隠れているクーが、何も感じずにいるわけがない。その殺気をまともに受けて平気でいられるわけがない。それがクーにどれほどの恐怖を与えるのかを、どうして想像できないのか?


 事実、あの後バオスクーレが太陽の間へと避難ひなんしていたクーをむかえに行った時、クーは父竜を見るや恐慌状態きょうこうじょうたいおちいり、泣き叫んだすえに、あまりの恐怖で白目をいて失神していたくらいだ。限度を越えた恐怖で、発狂しなかったのは奇跡的だと言える。……それだけの恐怖をクーは味わったのだ。

 バオスクーレはそれを愕然がくぜんとした表情で見ていた。
 害悪がいあくから娘を守るという事だけに目をきすぎて、自分が恐れられるとは考えてもいなかったのだ。





 ……ああいうのを、阿呆あほうというのである。






 所詮しょせん、ヤツはその程度ていどの男だった。クーを愛していると言いつつ、自分のためにしか娘を大事にしていなかった。だから、感情を抑制よくせいさえせずにいからして、結果的に大切なモノまでこわそうとする。

 …そう考えれば、あのような不出来な男に、”われていた”クーが逃げ出すのも当然の成り行きである。もし私がクーの立場であったとしても、いまのクーと同じように見捨てて逃げていただろう。

 たとえ血のつながりがあるとはいえ、粗雑そざつあつかわれてまで共にいる事は無い。
 逃げ出したのは正解だと言えよう。

 いかに住みれた家とはいえ、恐怖が同居しているとなれば、逃げない方がない。




「クーちゃん、クーちゃん! 大丈夫?」
「………え? …な、なんですルイサ?」
 クーはあの時の恐怖を思い出していたらしく、夏の日差しの中にいるというのに顔色が真っ青になり、冷や汗を流していた。…昨日の今日なのだから、相当にこたえているのだろう。無理をしているのがよくわかる。

 あのような阿呆を親に持ったこの子は、あまりに不憫ふびんだとは思うが、私もクーがおびえる事までを想像し、計画していたわけではない。…あのバオスクーレならともかく、私はいかに敵であろうとも、子供を甚振いたぶるような真似など絶対にしない。我が愛しき妹が同じような目にわされるように思えるからな。







 この娘に同情はする。



 ……だが、私に力さえ戻れば、最終的に殺す事には変わりない。
 いかに不憫ふびんだとはいえ、神側の敵をいつまでも生かしておくわけにはいかない。

 私は世界をほふった魔神なのだから、今更いまさら一人くらい殺す事など悩む問題ではない。姉と妹に再び会うという目標がある。それを見失うわけにはいかないのだ。
















「クーちゃん! また明日ねー!」
「明日ですよ〜!」
 日が暮れていく夕刻。薪小屋の掃除そうじと片付けが終った頃、村の子供達は家路いえじへとつく時間となっていた。昨日までなら家に戻っていたクーは、新居のわきで彼らの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 あの3人とは本当に仲の良い友達で、村では数少ない同年代だという。クーは本当にいい友達に出会えた。クーが望んでいた最良の形での出会いと言ってもよいだろう。

 3人の中では年長であるルイサという娘はかしこく、精神年齢的にもクーと近い事もあって、なんでも話せる一番の相談相手だ。クーに不審ふしんを抱くこともなく、女の子らしい優しさで純粋に喜んでくれる。

 一つ年下でワンパク。そして好奇心旺盛こうきしんおうせいな男の子ロイ。木登りやかけっこ、鬼ごっこもお手の物で、快活かいかつなクーとも気が合う気さくな子だ。じっとしているのが苦手らしく、率先そっせんして遊びだす、いわゆる”やんちゃ坊主”というヤツだろう。

 そして最年少、まだ舌足らずな話し方をする幼子リック。ルイサの弟らしく、どこへ行くにも姉の手をにぎって付いて回る子犬のような子だ。少々気が弱いけれど、動物や魚、自然を見るのが好きという、穏やかな気性を持つ。



 …クーはいい友達を持った。そして、そんな気の合う彼らを見送った後に残るのは、日中のセミの大合唱がうそであるかのような静寂せいじゃくの森。今日の仕事は終えたとばかりに、セミ達は眠りの準備でもしているのだろう。

 彼らに代わって登場するのは、煌々こうこうと小さな光を放つ甲虫こうちゅうや、夜の闇にすずやかな旋律せんりつかなでる羽虫達だ。夜の世界をむかえていく中で、虫達は、今度は自分達の演奏えんそうだと言わんばかりに、おだやかな曲をつづっていく。
 しかも面白い事に、クーがその虫とはどんなヤツがなのかと探しても、虫の姿はどこにもないように見える。近づくと近くの曲は聞こえなくなるのに、自然にかこまれた周囲からは絶え間なく、うるさいくらいに合唱が続くのだ。いったい何匹、何千匹、何万匹いるのか想像もできない。

 ……夜の地上世界を知らないクーにとって、これも新鮮しんせんおどろきである。…やっぱり外の世界は素晴らしい。いくら驚いても、驚き足りないほどすごい事ばかりだ。
 クーの我が家である(であった)水竜神殿は、目の前にある薪小屋からすれば比較ひかくにならないほど巨大ではあったけれど、……同時に、家という小さな世界でもあった。


 幼き水竜の娘クーは思いをせる。きっと世界というものは、この平原よりずっと、もっともっと広くて大きくて、自分の知らない世界はまだまだいくらでもあるように思える。だからそれを知りたい…と。

 まだ出会って2日目だけど、とても気の合う友達が出来た。だから、いつか彼らと一緒に、世界を巡って旅をしてみたい。想像も出来ない色々な驚きを知っていきたい。それはさぞ楽しい事だろう。



「クーは、一人じゃないです。」
 誰も友達がいない一人だけの世界は悲しい。だけどもう一人じゃない。クーはもう一人ではないのだ。
 かけがえのない友がいるというのは、あまりにも素晴らしい。



「さて、おうちに入るですよ。」
 今日からの新居。まき小屋に入るクーは、わらかれたゆかの上に寝転んだ。ベッドに比べれば、あまりに固いただの木製だけど、こういう経験のないクーには新鮮で、気にもならない。
 それと共に安心したせいか、お腹からグ〜というわかりやすい音がした。思い出したかのような腹ペコである。

 …そういえば、今日は今朝から何も口にしていない。昼前に目を醒ましてから神殿を飛び出し、遊び場へとやって来たら、ちょうど3人と合流して、……そしてこの薪小屋の準備を始めたら夕方になっていた…。
 今になって食べていない事を思い出すほど夢中で遊んでいたものだから、すっかり忘れて気にもしていなかった。それだけ楽しく、充実した時間を送っていたのである。

 いつもなら、父が用意してくれた夕食を食べて、お風呂に入って、すぐに寝る…という生活をしていたクー。だけど、ここは家ではない。自分は家から逃げ出したのだから。父というものが、恐怖の対象に変わったのだから、家に帰ることはできない。……あの恐ろしい咆哮ほうこうを思い出すだけで体がふるえる…。





 あれは、本当に父なのだろうか? 実は別の悪い生き物がいるのではないか?
 父ちゃんはあんな怖い顔などしない。父ちゃんはあんな恐ろしい生き物じゃない。


 いくら考えてもわからない。
 だけど、
 


 理由はどうあれ、あれほどの恐怖がる場所になど、戻れない。
 こわくて怖くて、どうしようもないから……。


















 いつの間にか……、クーの寝息が聞こえていた。
 さきほどまで全力ではしゃいだせいだろう。あの恐怖を忘れてしまおうとばかりに、空腹も忘れて深い眠りの世界へといざなわれていく。恐怖はあれどおびえる事は無い。目覚めれば、また友達と遊べるのだ。元来がんらい奔放ほんぽうな性格もあり、家へ帰らないという不安はいまはないのだろう。昨晩とはまったく違う、おだやかな呼吸だけが耳に届いてくる。


「(…さて、私は起きるとするか…。)」
 ほぼ一日中、…ずっときしめられていたランバルトは、そのうでからジタバタしながら抜け出し、なんとか薪小屋から外に出る。ヌイグルミのボディなので筋肉がる事などないのだが、さすがに、ほぼ一日中、クーに抱きしめられっぱなしはきびしかった。マジで死ぬかと思った。

 …心の底ではおびえている。その気持ちもわかるのだが、……ヌイグルミとしては苦しくてたまらない。

 クーは私をヌイグルミだと認識にんしきしているから、こちらが苦しいなどとはつゆとも思わない。
 それゆえに不安をぶつけるがごとく強く抱きしめるのだ。それは当たり前なのだろうが……、あのような子供だというのに、竜の筋力の恐ろしい事……。あまりに壮絶そうぜつなその腕力に、魔神たるこの私が死を覚悟させられた。

「ふぅ…まったくエライ一日だった…。」
 もうわけない程度ていどえられた小さな扉を後ろ手で静かに半分ほど閉める。小屋の前で、なんとなく運動をする私は、体を動かしながらも、自分のめぐらせたさくが順調である事に安堵あんどした。だが、敵とはいえ、子供ながらに恐怖をおさえ、無理をしているクーの事も気になってしまう。…どうにも、妹に似た年齢の子をみると妹を相手にしているようだ。性格はぜんぜん違うというのにな。

「しかし……、その妹グロリアも、トリニトラ姉さんの反応も……今日はナシか。」
 自身が追い求めている姉妹の気配。それは魔神ならば共鳴きょうめいしあえるはずの特有の気配だ。ランバルト自身そういうものをさっする能力は低いが、なにしろ姉は太陽に等しい程に膨大ぼうだいなエネルギーを扱う事ができる。ならば、世界のどこに居ても感知できてもいいはず。
 そして妹ならば、こちらで探さなくとも、あちらから私の反応を見つけ出してくれるはずだ。だが、2日目とはいえ、まったく反応がない。

 それに、

 他の……あの”魔人プロジェクト”により生み出された幾人いくにんかの魔人……いや、魔神達からの反応すらないのでは、二人を探す手がかりさえない。それに加え、自身の能力も大幅に制限せいげんされているとなれば、……正直、八方塞はっぽうふさがりである。

「まだ外へ出て2日目だ。…あせる事はないのだろうが……な。」
 短い手を前で組んで、考え込んでいるランバルトは、魔神とは違う別の気配を察知した。それは見るまでもなく知っている気配、…水竜バオスクーレのものであった。

 奴は竜に変化するわけでもなく、私に警戒けいかいするでもなく、…暗がりの先から、ただゆっくりと薪小屋へ歩み寄って来る…。
 その両手は大きな荷物でふさがっていた。視線は私にえられていたが、やはり戦闘をしに来たのではないらしい。


「ほう…、父親失格者がご登場か。クーをまた自分の箱庭に戻しに来たのか? 今度は発狂しなければいいがなぁ…。クックックッ……。」
 こちらに手を出せない事は承知しょうちしている。だから嫌味いやみめて、わざとらしく、バオスクーレの良心を逆撫さかなでするような言葉をかける。
 バオスクーレは少しだけ歩みを止めたが、それでもこちらへ向ってきた。……昨日の殺気はどこへやら、怨敵を前にしているというのに、覇気はきというものが感じられない。それどころか、幾分幾分衰弱すいじゃくしているようにさえ見える。

「…クーの食べられそうなものを持ってきた。」
 何かを言い返すわけでもなく、バオスクーレは手に抱えていたふくろをひっくり返し、山のように大量の果物を小屋の前に置いた。どうやら近辺でれたもののようだ。…なるほど、娘の心配はしてはいる、という事か。…まあ、この親馬鹿としては当然か。

「ほぅ、つみの意識は感じていたか。それとも……餌付えづけでもして再度懐柔かいじゅうする気か? 我が子というだけの血縁のくさりで、しばっておけるのは限界だというのにな。」
 ランバルトはこの父竜のやり方が非常に気に入らない。子供のあつかいの悪さに腹を立ててさえいた。敵である、という前提ぜんてい以前に感情的になり、さらに盛大せいだいな嫌味を聞かせてやる。

「私は……。」
 果物を置いたバオスクーレは、薪小屋の扉の奥で寝息を立てているクーへと視線を向け、何かなつかかしむように話し始めた。

「私は確かに…、親であるという権利をたてにクーを手元においてきた……。それというのも、昔、クーの母親は人でありながら、同郷どうきょうの者に殺されてな。…それ以来、人間をきらっていたという部分がある。だから余計に、人間どもとクーを接触せっしょくさせたくはなかった。」

「───だが、いまのこの状況を見れば、自分が間違っていたというのはわかる。私は自分の愛情というものを優先させすぎた。……その結果は受け入れるつもりだ。」
 親という名の阿呆あほうの言葉を、ただ静かに聞いてやったランバルトは、……一つだけ言い返しておいた。



「………敵の私に……、それをげてどうする? 赤の他人にまで言い訳か? なさけない男だ。後悔こうかいするくらいなら最初からやるな! ……どうしようもない阿呆だな、キサマは。」

「……そうだな…。まったくだ…。」
 バオスクーレは、そのまま背を向けると、振り向く事なく足早に立ち去った。それにしても、昨日とはまるで別人だ。あれが本当に昨晩と同一人物なのかとうたがうほどに意気消沈いきしょうちんしている。私という最大の敵を目の前にしているというのにあのていたらく……、相当の重傷のようである。
 あの阿呆は自分本位とはいえクーを溺愛できあいしていた。それが一転、娘にてられたのだから、ああもなるか…。



「ふん……、まあ、いい気味だ。」
 敵という立場を考えると、何がどういい気味なのか、ランバルト自身にもハッキリとはわからなかったが、ポロリと出た言葉はそれだった。自分で発言して、なぜそう思ったのか? たかが敵の親子の話で何をそんなに怒っているのかがわからず、ランバルトは短い腕を組んで、しばらくなやんでいた。


 ただ静かな夜。一人立ち尽くしていた彼女は、ふと気がつく。

 そういえば、目の前にはバオスクーレが置いていった大量の果物がある…。どうみても一人では食べきれないほどの数で、ヌイグルミであるランバルトの背丈せたけえている程の山積み。クーがいかに育ち盛りだとはいえ、食べきるには5〜6日はかかるだろう。だが、今は夏場である。せいぜい2日の保存ほぞんがいいところだ。どう考えても多い。絶対にあまってくさるだろう。

 …あの阿呆、そういう事を考えもせずに持ってきたに違いない。クーを心配し、手当たり次第に集めてきたのだろう。親馬鹿というのは判断力をいちじるしくくるわせるもののようだ。
 …私はいくら妹が可愛いからとて、このような阿呆な行動はしない。そこまで姉馬鹿ではないからな。ああはなりたくないものだ。



 ひとしきり、自分のセリフに満足したランバルトは、唐突とうとつにヤバい事に気がついてしまった。

「…ぬ?」
 大量の果実をながめて、だんだんその事実に気が付いていく…。


「……ちょっと待てよ…? これだけの量の果実を、誰がどう持ってきたとクーに説明するのだ…?」
 クーが目覚めれば、当然これを見て腹を満たす。だが、1個ならまだしも、これだけ大量の果実がまとまって置かれていれば、間違いなく”誰が置いたのか?”を考えるはずだ。いかに子供とはいえ、考えないはずがない。

 しかも私はしゃべるわけにはいかないのだから、置いた人物について推測すいそくする事になるだろう…。




 ………奴はやはり阿呆だ。阿呆すぎる…。



 クーが心配のあまり、食べきれないだけの量を持って来ておいて、バレる可能性をすっかり失念しているではないか。クーならば、これらを持ってくる可能性が一番高いとまず考えるのが父バオスクーレであるとわかるはずだ。
 だが、いまのクーは、父が持ってきた果物だと知れれば余計におびえてしまう……。





 これは、ヤバイぞ……。非常に非常にヤバイのではないか?



 私が。







 考えてもみろ! 今日のクーでさえ、私を全力で抱きしめていたのだ。
 これ以上あの竜の筋力で強烈に抱かれ続ければ、私はミンチになってしまうではないか!


 め殺す気かっ!



「ええい! 本当に阿呆だな、あのバカ竜はっ!」
 ランバルトはかくしポケットに閉まってあった、紙とペンと取り出し、この大量の果物がどこからやってきたのかを必死で考えた。このままでは絞め殺されてしまう! それを阻止そしするためには、テキトウな理由で回避するしか方法が無い。
  一番つかえなく、不自然ではない理由。知られてこまらない理由…。それはそれで案外あんがい難しい。
 ペンを取り出したまま、かたまってしまうランバルト。そんな都合つごうのよい理由など…どうしたらいいのか?




 固まる事、1時間……ついに私は会心の答えを見つけた。これしかない!




 おはよう、クーちゃん。

 僕は先日、お友達をおそったクマです。あの時はごめんなさい。美味おいししそうに見えたので、なんとなく襲ってみました。いまは後悔こうかいしてやる。 います。

 実はあの阿呆あほうではなく、近所に住むクマ次郎さんが、山で撮って来た 捕って  採ってきたクダモノをおすそ分けしてくれました。

 でも僕には食べきれません。たくさん食べてください。あー、でも、一気に食べると腹を下すので、食べてはいけません。

 いや、食べていいのですが、夏なのでくさるのが早いかもしれないように思えるけれど、予測不能よそくふのうであり、たぶん、2日くらいは大丈夫なんじゃないかと思います。
 だがな、 ですが、色がおかしかったり、においいが変だったら捨てればいいです。

 また今度会ったら仲良くしてくださ  してはいけません。僕は危険なので、見かけたらなぐって追い払ってください。僕が近寄っても、殴っていいです。危ないです。

 それから、ヌイグルミを抱きしめすぎるとかわいそうです。まじで死ぬからやめてください。これだけは本当にお願いします。

 花が痛 鼻が痛いクマより


 ランバルトはこういう手紙を偽造ぎぞうするの大の苦手である。
 先日、クーを地上にさそい出した手紙の文面でさえ、あんな程度でも、ずいぶん時間をけたのだ。何度も何度も下書きをし、考え抜いたのだ。…なのに現在は紙のストックがない上に、時間も無い。……とりあえず、これでバレないようには思う。

 そんな手紙を書き終えたランバルトは、なにかのどまったかのような、暗澹あんたんたる気分でため息をついた。
 その正体が何であるのか? 彼女にはさっぱりわからないでいた……。











NEXT→ 第一部・01−6 「この想いは水泡と消えて」
トップへ戻る