水竜クーと虹のかけら

第一部・06−02 「ユニスの懸念」
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 さて、商店街の修繕しゅうぜん手配をしたユニスは、ようやく飯屋『グラン・ママン』へと戻ってきた。

 すると、クーとランバルトがカウンター席で食事しながら力尽きている。飯を食う事をすっかり忘れて空き腹に酒を飲んだものだから、酔いが回るのが早かったらしい。天下無敵の水竜様でもアルコールには弱いのである。
 ムキになってドラゴンブレスを発射し続けたため、酒が回って泥酔でいすいしたのだ。酒でなく、水でやれば良かったのだと思うが、いまさら何を言っても手遅れというもの。ユニスはダクレーヌにお礼を言ってクー達と共に店を後にした。

 …そして今、ユニスは雑踏ざっとうの中をクーとランバルトをおぶって歩いている。

「……GUGAAAAー、GUGAAAA〜…。」
「こーか〜…、こーか〜…。」
 背中から聞こえるクーの寝息。肩にひっかけた袋から聞こえるイビキ。とてもじゃないが、天下の水竜様と、世界崩壊の魔神とは思えない二人である。ユニスは背中で吐かれなかった事だけを安堵あんどしながらも、彼女らの目が覚めるまで時間をつぶそうと歩いていた。どこかの店に落ち着こうにも、このイビキの大合唱では迷惑になるばかりだから。

 ちなみにウルサイ方がクーの寝息である。彼女は寝ている時だけ竜本来の声帯が戻るのだ。その音量は並ではない。

「本当に仲がいいんだから、この二人は…。」
 ユニスはこの二人と出会った頃から仲の良さを目にしている。常にうるさいこの二人を見ていると、いやがおうにも平和を感じる。本当に困った事件ばかりだが、この飽きることのない毎日をユニスは好いている。

 しかし、今の彼には懸念けねんはあった。
 それは1週間後にひかえた国をげての水竜の祭典、『返還の儀』がり行われるという事にある。

 …50余年の昔、クーの父である水竜バオスクーレが人間に預けた『太陽の宝珠』を、水竜クーが受け取る式典。それは約束されていた区切りの日だ。人々にとっては、さらなる恩恵おんけいを受けるため。そしてクーにとってはが成人を意味する日。

 だが、残念な事に、ラファイナがさらなる繁栄はんえいを歩みだすその日を阻止そししようと、他国よりの暗殺者が動いてもいる。クーが力を手にする事は、このラファイナ王国の繁栄にはなるだろう。しかし、近隣諸国からすればラファイナが突出とっしゅつした力を持つ事を良く思わないはずだ。今現在の微妙びみょうな力関係が平和を支えているとも言えるからである。

 果たして、クーが力を得る事が、本当に国の繁栄につながるものなのだろうか? 

 しかし、ユニスはそこでその考えを打ち払った。友人として喜ぶべき成人式を、そのように考えてはいけない。クーが力を持つ事で平和が崩れないよう支えるのが自分の役目である。


「申し訳ありません。母上…。」
 きっと、女王である母はこの式典が失敗してはならないものだと何年も前から動いていたはず。本来なら、自分もそれに手を貸さなければならない立場であった。国のために尽力する立場に自分は生まれた。だけど、自分はクー達と共にいる事を選んでしまった。己に課せられた責務から逃げ出してしまった。

 それが矛盾むじゅん/RT>を呼び、ユニスの中で大きな葛藤かっとうとして渦巻く。
 クー達のためにくしたい。しかし、母の仕事を手伝うべき立場でもある…と。
 どちらかを尊重そんちょうする事など自分には出来ない。だが、事態を軽く見てもいられない。

 そんな答えの出ない回答を求め、ユニスは心の奥底で悩み続けている…。

 二人を背負って歩いていたユニスは、ようやく港へと到着した。ここは王都唯一のファカロ港である。王都イスガルド、そして城下町ガルドは一応は海に面してはいるものの、浅瀬が多く、岩の隆起が険しいため港には適していない。貿易船や大型漁船では入港できず、小船を止めるのがせいぜいだ。
 女王イメルザはこれを埋め立てる事なく、景観重視をかかげてここを保護区として解放している。もちろん小船での出入りもあるが、それは限られた場所にしかない。だからこそ、騒がしい王都でも静かなこの海は人々のいこいの場として親しまれてもいる。

「うっぷ…、あ、海に来たですか〜。」
「ああ、クー。もう目が覚めたの?」
 クーは背中から降りて地面へと足をつけた。しかしながら、あの騒ぎから30分ほどだというのに随分ずいぶんと回復しているようであった。さすがに竜なだけあり回復は早い。きっともう数分もすればケロッと全快してしまうだろう。

「あれ、クー…、どこいくの?」
 すると、彼女はトボトボと海の方へと歩き出した。ユニスが声を掛けると、こういう返事が返ってくる。

「ちょっと海に栄養を与えてくるですよ。」
 …どうやら、気持ち悪いので吐きに行ったらしい。ランバルトはまだ寝ているが、起きていたら絶対にこう言うはずだ。
 さすがは水竜! 自らのしぼじるまでも海にかえすとはなんたる慈悲じひ…とか。あの人はクーに対してポジティブすぎる。

 戻ってくるまで時間がかかるかも、と思いつつ、ユニスは彼女の帰りを待っている事にした。
 何気なく埠頭ふとうの先へと座り、海をながめる。春になったとはいえ、未だ海から吹き付ける風は冷たく、彼の身体をまんべんなく吹き付ける。…だが、寒いというほどでもなかった。ラファイナという地は南に位置しているため、冬も極寒ごっかんという程にはならないからである。


 海風は未だ冷たいものの、どこか優しい。
 そしてユニスには、この優しい風が今の幸せを感じさせてくれるかのように思えて心地よい。

 …3年前まで、クー達と出会うまではこんな生活を送ることになるとは夢にも思わなかった。今では当たり前となっているクー達との毎日はあまりにも楽しい。ハチャメチャな行動に悩まされる時もあるし、暗殺者に襲われる事も多い。だけど、この今の生き方が自然であり、幸せなのかと思うと、自分がいかに恵まれているのかを噛み締める事もできた。

 ずっと続かないだろう事は理解していた。自分がラファイナ王国の後継者である以上、永遠には続かない。しかし、それを出来るだけ長く平穏を過ごすためには、どんな努力も惜しまない。かけがえの無い友人でもある、クーやランバルトのためにも、ユニスは身を削る決意を持っている。…なぜなら、この幸せは彼女達から貰っているものだからだ。

 だから、自身が王族だという立場に悩みながらも、それでもユニスにはゆずれない覚悟がある。
 どんな事があろうとも、クー達を苦しめるような事にはさせない。あの笑顔をやさせはしない、…と。



 …そんな時、ユニスは些細ささいな気配を感じ、そちらへと向いて声を掛けた。

「あまりいい趣味ではありませんね。バスターク司祭。」
「ったく…、お前はとんでもねえ奴だな、おい。」

 突然、何も無い空間からその男は現れた。白い神官服を身に付け、長く白く絹糸きぬいとのように美しい髪をした男、バスタークである。3年前からユニスのお目付け役をしており、元々は水竜神殿で5人しか許されない”司祭”の位を持つ男である。

 もっとも、現在の彼の仕事はお目付け役という名の「水竜クーとユニスの監視と報告」が主である。女王イメルザの勅命ちょくめいにより、ユニス達の行動を逐一ちくいち報告する役目にあるのだ。一応はボディガードでもあるのだが、完全にユニスの方が実力が上である現在、その意味合いはうすい。

「…透明化の魔法は、魔力感知ですぐ見分けがつきますからね。」
「バカ言え、探知魔法も使わず正確に居場所を割り出すなんざ、お前くらいしかいないだろうが。」
 …とはいえ、監視とボディガードの役目があるというのに、彼はいまの今までなかった。先ほどユニス達が暗殺者と対峙たいじしていた時にも顔を見せなかった。

 バスタークはふところからタバコを取り出すと、慣れた仕草しぐさで火をつける。

「でよぉ、さっきの6人だがな。ありゃカルバレッタ王国の刺客だな。お前らいろんな国からモテモテだなぁ。」
 やはり顔を見せなかっただけで調べてはいたようだ。あの暗殺者がどこの手の者かを確認していたらしい。彼はこの王都の裏社会を牛耳ぎゅうじる盗賊ギルドとも顔なじみであり、そういった情報には事欠ことかかない。単独で色々と手広く動けるこのバスタークだからこそ、女王イメルザから息子ユニスをまかされているのであり、自由行動も認められているのだ。

 …だが、ボディガード役をする気はまったくないようだ。使える男ではあっても、命を張るつもりは毛頭ないらしい。そういう真面目なのか不真面目なのかわからない男でもあるのだ。バスタークは。

「それはそうと司祭、もうすぐ返還の儀ですけど、司祭はどういう立場で出席なさるんです?」
「あん、俺? 俺は名目上お前さんの家庭教師だし。当然だけどお前とクーの嬢ちゃんの周りで見学させてもらうぜ?」
 タバコを吹かしながらそう答えるバスターク。彼はそのまま空に向かって輪を作るが、ユニスはそのまま言葉を続けた。

「…司祭は何かつかんでませんか?」
「なにをだ?」
諸々もろもろです。」
「諸々か。」
 バスタークはユニスの質問を聞き、溜息ためいきじりの笑顔を浮かべた。この王都は返還の儀という大イベントのため観光客が増えている。そういう人が集まる時、というのは必ず何かしらが起こるものだ。ましてや、今回の式典は歴史的なもの。

 それに簡単に撃退できてはいるが、ここのところ、週に一度はどこからか暗殺者が現れている。それを考えれば、どこかで、大掛かりな策謀さくぼうが動いている可能性もある。当事者だからこそ、ユニスは懸念けねんを抱いているのだ。他国からの干渉かんしょう、そしてその他の勢力の情報を集めておいてそんはない。クー達を守るためには、判断材料は必要で、多い方がいい。

 だから、ユニスはバスタークへと漠然ばくぜんとした質問する。これまでの全てを知っているバスタークが、状況をかんがみた上で何か情報をにぎっていないか、と。自身の持つ情報と照らし合わせるために。

「お前、本当に嫌な奴になったなぁ。3年前はただの貧相ひんそうな小僧だったくせによ。」
「司祭が式典に同席するなんて答えたからですよ。司祭はそういう面倒なの嫌いでしょ? あっさり同席するなんていうから。」
「ああ、そりゃあ失言だわ。」
 …そう、いつものバスタークなら、そういう面倒なモノには出席しない。例えそれが歴史的な式典だろうと、彼は面倒が嫌いなのだ。格式ばった式典でじっとしているなら酒場で酒を飲んでいる方がいい。そう考える男なのである。

 ただ、素直な男でもあり、言葉の端はしに本音が出たりもする。ユニスはそういう部分をツツいてみたわけだ。

「んー、まあ式典自体に手を出そうってやからはいないな。そんな事ができる警戒網じゃあない。白状しちまえば、俺が出席すると言ったのは、お前のおっかさんがええからだよ。」
「なるほど、僕はてっきりマリアさんが公式の場でお披露目ひろめになるから楽しみにしているのかと思ったのですが。」
「…おい、馬鹿言うなよ。あんな小娘に俺がどうこう思うわけないだろ? 俺は大人の女が趣味しゅみなの。」

「いえ、僕は司祭がマリアさんの師という立場だから見届ける義務があるのかな、とうかがったんです。ご婦人の趣味ついては聞いてませんよ。」
「お前…、本当に嫌な奴になったな。」

「僕はお似合いだと思いますけどね。」
「阿呆か。お前ちょっと黙ってろよ。殴んぞオラ!」
 苦笑するユニスを横に、不満顔のバスタークだが、もうその話はおしまいだと言わんばかりにタバコを噴かした。もちろんユニスも本題を忘れたりはしない。彼の握っている情報はここからが重要だと心得ている。

「まあ、少なくともこの南ラファイナでの問題はないハズだ。式典中は北のクロービス家や他国からの来賓らいひんもいる。少なくとも式典中に何かが起こる可能性は低い。それを許す女王陛下じゃあねえだろ? …もちろんその後は知らねえけどな。」

「ただなぁ、…もしかすれば北ラファイナで奴隷達の暴動があるかもしれねえ。クロービス家の留守を狙っての行動があるんじゃないかと警戒はされてる。」
「ただの抗議行動でしょうか?」
「俺に聞くなよ。これ以上は知らねーよ。…なんにしろ、今は色々と噂が飛びまわってて、どれにも確信はない。俺の持ってるのも盗賊ギルドで持っているのも、お前自身でつかんでる情報と大差ない状況だよ。そんなにがっつくなって。」
「……そうですか。」

 式典自体には問題が無い。それは見方として正しいはずなのだが、どうもユニスには安心きしれない胸騒ぎがしてならない。身元が割れる可能性を無視してまで暗殺者を送り込んでくる勢力がいる以上、式典を妨害ぼうがいしたいと考えているやからはいるはずなのだ。気を抜くわけにはいかないことは明白めいはくであった。それはバスタークも理解している事だが、今のところ決定打となる情報がないのも事実なのだ。

 結局は、一週間後にひかえた式典「返還の儀」になってみないとわからない事。

 何かが待ち受けていると考えた方が自然。ユニスはそう判断せずずにはいられなかった。







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