セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプター1 『どういうわけか俺様が小娘になってた件』
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BGM:セブンスドラゴン2020「某月某日、新宿にて」(サントラDisk:1・02)




 俺様の強靭きょうじんな肉体はどこへいった!? 美しく頑強がんきょううろこは?! 自慢の角に、死をもたらす爪は!?
 なんで俺様が小娘の姿になっているのだっ!!

 なんだこの細い腕は! 白くて長い足は!? 吹けば飛びそうな胴は! 爪がなんで桃色に染まってるんだ?
 それどころか鉄すら噛み砕く自慢のあごは牙が一本もないじゃねぇか! ぐああっ! なめらかな尻尾しっぽもねーぞ!?

 うく〜…、いやしかし、頭いて〜…。
 ぶつけたひたいがとても痛いので、夢ではないらしい。

 どういうわけか、俺は小娘になってるようだ!
 何を言っているのかと聞かれても、そうとしか答えられないのだから仕方がない。

 この誇り高き竜王たる俺様が、どうしてこんなれ木のような細い体になっているというのか? まさかこれもニアラの仕業というわけでもあるまい。

 俺はしこたま打ちつけた額を押さえながら、混乱の極みにあった。

 どうしてこうなったのかは不明だ。元に戻る方法も分からない。俺の体はどうしたのか? 竜王たるあの無敵の肉体は何処どこへ消えたのか? 最後の攻撃が空振りに終わったあの時、意識が途切れてしまった事で、その後に起こった事態が把握はあくできない。
 …だが、今の俺は小娘の身体である、というのはまぎれもない事実らしい。夢でも幻影でもない現実であるという事だけは理解した。いくられても身体そのものが小娘のままなのだから、これこそが現実だ。納得など欠片も出来ないが、事実は受け入れなければならない。

 そこへ、扉…というのか? 出入口の板が開かれ何かが入ってきた。

「あ、ユカリ…?! 起きたの?」
 扉?という出入口から小走りで近寄ってきたのは、この小娘よりさらに小さいチビだった。色素の薄い若草色の短髪に、赤い帯のような服を着たチビ。いまの俺、…この小娘の身体よりもさらに細くて小さい人間の子供だ。見間違いがなければメスだろう。しかし乳房にゅうぼうはないから、あまり自信がない。

「良かった! 起きないから心配してたよ! 大丈夫?」
 俺の目の前まで駆け寄ったチビは、目に涙…というんだったか? それをあふれんばかりに溜めて俺を見上げている。

 ……………。

 俺はその小動物を目にして動きを止めた。どういうわけか完全に魅入っていた。

 な、何だこの…けなげな生き物は?
 なんという…なんという愛らしい生き物なのだっ!

 俺はいま猛烈もうれつなまでの衝撃に打ち震えていた。生まれてよりこれまで、こんな目で見られた事がない。無限に湧き上がる愛でていたいという衝動しょうどう! まったく分からん感情だがくるおしい程に愛らしい! お、俺はどうなってしまったのか?

「ユ、ユカリ? どうしたの?」
 チビが何か不安そうな顔をしているが、俺はもう気が気ではない。心臓の鼓動が高鳴る。  …俺はいつのまにか腕を広げて優しくチビに抱きつき、

 そのひたいにパクッと噛み付いた。

「いひゃあああああああ! ユカリが噛んだっ! 噛み付かれたぁー! うぁぁぁあああん!」
 俺は本能のおもむくままに噛み付いていた。いきなりの行動におどろ戸惑とまどっているらしいチビは俺から飛びのき、取り乱して声を上げ泣き出す。ああああああ、なぜ泣くーー?! 俺が何か悪い事をしたのか? 何をそんなに驚いているのだ?!

「い、いや待てチビ! 俺様は竜として当然の感情表現をしたまでで……」
「ふぇえええええええん!!」
 うっとおしくわめくヤツは息の根を止めればそれで済む話だが、チビはどう見ても非戦闘員だ。下級竜やクソニアラはどうだか知らんが、非戦闘員は俺が殺す対象ではない。俺は戦士か戦士をけがす者以外は殺さないからだ。

 だからつまりだ、こういう場合にどう対処たいしょしたらいいのか分からん!

 小動物が鳴く…いや、泣くというのは完全に俺の専門外だ。何がいけなかったのか分からんが、とにかく俺は悪くない。竜王たるこの俺が何をじる事があるか。グハハハハハ!

 …しかしどういうわけか俺の心中は穏やかではない。猛烈なまでの罪悪感が押し寄せ、悪くないはずの俺がいたたまれない気持ちである。
 だが、まあ…泣いているチビもまた愛らしいというか…。これもまたよい。

「おやおや、一体なんの騒ぎだい?」
 そこへ入ってきたのは長身の優男だった。チビとは違う濃い緑色をした髪に、温和だが少し弱そうな表情、目玉の辺りに眼鏡とかいうモノを顔に装着した男だった。乳房がないので間違いなく男だろう。

「キリノ〜!」
 チビはそいつの方へと駆け寄り、ヤツの背中、後ろに隠れてグスグスと泣いている。くそっ、チビめ! なんで俺から逃げる様にソイツの後ろに隠れる? チッ! 気に入らない男だ。…俺はその瞬間から緑頭が嫌いになった。

「はは…、何があったかは知らないけど、ユカリ君の目が覚めて良かったよ」
 緑は困ったような安心した顔で俺に言うが、ユカリクンというのは何の事だ? 人間の言葉の使い方は複雑ふくざつでまだ理解できない。…だが、気に食わない緑なんぞに聞くのはしゃくなのでだまっている事にした。どうせ…ユカリクンの目が覚めて、と言っていたから呼び名かなにかだろう。そういえばチビも俺をユカリ、と呼んでいたか。そうなると、この小娘の個体名がユカリ、という事なのか。…弱そうな名前だ。

「それでユカリ君、体調はどうだい? 右目は痛まない?」
 言われて気がついたのだが、俺の右目には布が巻かれている。これはきっと俺が最後に放った空振りの一撃で切り裂いたものだろう。もしもあの一撃が決まっていれば、小娘は頭部をけずり取られて生存していなかったハズ。…しかし、いまは俺自身の傷となってしまった体の右目。確かに鈍痛どんつうはあるが、激しい痛みをうったえる程でもないようだ。

「あの…、隠しておいても仕方がないから言うけど、落ち着いて聞いて欲しい。その───」
「なんだ? ハッキリと言え」
 緑は少し考えた様子だったが、あきらめたように溜息をついて言葉を続けた。

「君のその右目に眼球はもうない。ウォークライとの戦闘で潰されてしまった。視力が回復する事はもうないんだ。…ごめんよ、君の奮闘で都庁を取り戻せたっていうのに、僕らは無力だ。…すまない」
「フン、そんな事か」
 この緑は実におろかな男だ。戦場での負傷は名誉な事。いかに深い傷を負う事になろうとも、それは強者が持つ戦いの証、誇りとも言えるものだ。目玉を失ったからと謝罪しゃざいするなど筋違いもいいところ。最後におびえてはいたが、それでもこの小娘は出来る限りで俺様と全力で戦った。ならば小娘の傷は名誉めいよあるもの。…少なくとも緑ごとき他者が口にする言葉ではない。

「チッ、くだらん。そんな事はどうでもいい」
「え…、ええ?!」
 なぜか戸惑っている緑だが、それよりも俺は聞きたいことがあった。

「それよりもウォークライというのは俺様…じゃなかった。戦った竜の事だな?」
「へ? …あ、ああ、うん。そうだよ? 命名はうちの研究員がやっているみたいだけど…それが何か?」

「ふむ、なかなか勇猛そうでいい名前ではないか。めてやる」
「はぁ??」
 別に人間などを喜ばしてやる気はないのだが、俺は存外、あのウォークライという名が気に入っていた。最初に呼ばれた時は分からなかったが、幾度いくどか俺に投げられた事でそれが俺の名だと知った。

 この地に送られてきた最上七体の指揮官竜には人間以上の知能があるが、俺達は今まで個体名には特にこだわらなかった。そういう習慣がなかったからな。だが、名を呼ばれた事で俺はそれを気に入っていたのだ。きっと他の六匹も同じように思っているだろう。

「ふふん、やはりウォークライか。ユカリなんぞより強そうだ」
「……あの、ユカリ…君?」
 緑が俺を驚いた様子で見ている。いや、緑だけでなく、チビまでもが目を丸くして俺を見ていた。チビは可愛いから構わないが、クソ緑までもが俺を不思議そうに見ているのは気に食わない。

「なんだキサマ、何が言いたい?」
「いや、あの…ユカリ君ってそういう性格だったかな、と思って…さ」
「俺様は元からこうだ。何も変わってなどいない」
 当たり前だ。そのような意味不明な質問を投げられても答えは変わらん。俺は俺だ。

「ユカリ…、いま俺様って言った?」
 チビが小首をかしけ、可愛らしく言った。その言葉に俺はやっとコイツらの真意に気づく。

 そうか。…つまり、コイツらはいま小娘の姿をしているのが俺が、人間どもがウォークライと呼んだ竜王たる俺様だという事実に気づいていないのだ。ククク…、それはそうだろう。いまの俺の姿は小娘そのもの。よもや中身が敵であるなど理解できるはずもない。
 コイツらはあのガトウという戦士の仲間だというのは推測できる。ならば、俺にとっては敵であるわけだ。俺が生きていたという事を知れば、さぞや驚き戸惑う事だろう。それも中々面白そうだ。

「…どうしたのユカリ? ニヤニヤして。もしかして、まだ混乱してる…のかな?」
「クククク…、は? へ? …な、何だチビ。俺は問題ないぞ。まったく問題ないぞ」
 不思議そうにしているチビと苦笑している緑。う〜む、コイツらを恐怖に震え上がらせるのは簡単だが、チビを泣かせるのは正直、気が引ける。緑は心底どうでもいいが、チビの泣き顔というのは心臓に悪い。…なんで俺はチビに弱いのだろうな?

 …この時点で俺はまだ気が付いていないのだが、どうも俺のこの”チビ好き”は、身体の持ち主であるユカリという小娘の趣味が多大に影響しているらしかった。甘いものと可愛いものが大大大好き!…という小娘の嗜好しこうが強く働いていたらしい。だが、当然ながらそんな事を知る由もない俺は、理由も分からないままチビの愛くるしさに戦意をごっそり削ぎ落とされるしかなかったのである。
 まあ、気づいたところで、抵抗は無駄だった気もしないでもないが…。

「はは…、記憶の混乱はともかく、まだ顔色は良くないみたいだ。ちょっと栄養剤を投与しておこうか。今日はこのまま休んでおいた方がいいね」
 そういうと緑は、腰の袋より白い小さな筒を取り出して、ちょっとごめんよ、と言って俺の腕を軽くつかんだ。

 何しやがる!…と、俺は掴まれた腕を振り払おうとする…が、チビが悲しそうな顔をするので大人しく振舞う事にした。栄養うんたら…と言っていたので悪影響を及ぼすものではないのだろう。ところでその栄養なんとかはどう吸収するのだ? 飲むのではなさそうだが??

 緑のヤツは取り出した白い筒を俺の腕に当てると、その先端の、やけに細い部分が俺の腕に突き刺した。
 その瞬間、全身の鱗が逆立つようなおぞましい感覚が押し寄せる!

「ぬあああ!! ななな、な、なんだそれは! チクッとしたぞ! キサマ、お、おれに何する気だ!」
 びっくりして飛びのいた俺は、寝床の上を逃げるように後退し、壁際まで逃げて固まっていた。一体、緑は何をしようとしたのだ? チクっとしたぞ! なんでチクッとしたんだ?!

「え? え?? あの…、ユカリ君? 注射…嫌いだったっけ?」
 緑が困惑こんわくしているようだが、俺はそれ以上に怯えていた。普通の攻撃ならば多少の傷など気にすらとどめないが、攻撃したそぶりもないのに、チクリとする異常さが恐ろしい。

「チューシャ…とはなんだ? それの事か?」
「そ、そうだけど…? あれ? 都庁攻略の前は全然平気だった…よね?」

「ダメだ! 許さん! あっち行け! どっか行け! チクッとするのは許さん! 俺にはそんなモノ必要ない! チューシャはいらない! 許さんからなっ! チクッとやるのは終わりだ!!」
「は、はあ。本人がそう言うんなら仕方ない…ね。はは、ははは…」
 緑は相変わらず気弱な様子で笑いながら、白い筒を元に戻した。ふう、やれやれ…なんと恐ろしい攻撃なのか。人間め、とんでもない隠し兵器を用意してやがったな。俺様はチューシャが嫌いだ。みさいる、とかいう兵器より、チューシャのがよっぽど恐ろしい。

 そんな俺のうろたえ…、ではなく、反発に口を出してこなかったチビはというと…、巣穴…ではなく部屋だったか? その入り口付近の一角に置かれている白い箱の扉を開けて何かを取り出していた。透明の液体が入った透明の入れ物?? …ああ、あれは水が入っているのか。人間はみょうなモノに水を入れるのだなー。

 俺が初めて見るそれらを興味深そうに眺めていると、また出入口から誰かが入ってくる。
 そいつを見て、驚きの声を上げた。

 壮年の、人間にしては体格のよい男。首に巻いた紫色のスカーフに短く切り込んだ髪。そしてその凄まじく鋭く深い眼光は、俺にすら脅威を感じさせる…。そんな人間など、ヤツ以外にはあり得ない。

「て、てめぇ!! ガトウ…かっ!?」
 間違いない。俺と互角の勝負をした人間。そして俺に心の底からの喜びと、死を意識させた戦士。見間違えるわけがない! ヤツだ、ガトウだ!!

 ガトウは立って歩いてはいるものの満身創痍まんしんそうい、かなりひどい傷を負っていた。頭部と右腕、それに左足には俺の右目をおおっているのと同じ白い布が巻かれている。歩行に使う左足を補佐するらしき棒を扱い、不自由そうに、そして苦しげに歩いてくる。だが、その眼光は少しもにぶってはいない、まさしく強靭きょうじんな戦士のそれだ。いかに傷を負っていようとも、ガトウは屈強くっきょうの戦士である事に変わりはない。

「あ、まだ動いちゃだめだよ、ガトウ!」
「ガトウさん! 貴方は動き回れる状態じゃないんですよ! こんなところにまで来ては…」
 チビと緑が驚きの声を上げてヤツを静止させようと寄るが、ヤツの目には俺しか映っていないのが分かる。

「……………」
 ヤツは何もしゃべらず、少しの距離を置いて俺を見下ろすにとどまる。俺が小娘でない事を知っているのか、それとも最初から見抜いているのか。しかし、間合いを置くというのならば、それは警戒しているという証拠だろう。

「キリノ、ミイナ、…悪いが二人とも席を外してくれ。コイツと話がしたい」
 ガトウの言葉に誰よりも最初に驚いたのは俺だった。その言葉を心の中で 反芻はんすうする。

「キリノに…ミイナ、だと!?」
 そうか、そうだったのか! チビは…、ミイナという名なのか!!
 なんと愛らしい名だ…。

 こんな事に反応している自分がやけに情けなかった。

 俺がそのようにほうけている間に退出したらしい緑とミイナ。俺は再び気を引き締めてガトウに向き合った。ヤツのするどい眼光がさらに強さを増した。やはり確信してやがる。俺が敵だと。

 そしておたがいがにらみあったまま時間が流れる。…腹の探り合いだ。カチコチというなにかの音が規則的に耳に届いているが、それが余計に緊張きんちょうを高まらせていく。

 最初に口を開いたのは、ヤツの方だった。

「おい、ユカリ。一つ確認させてもらうぜ。…お前は、お前、か?」
「クックククク…、その問いは否定ひていだ。問うまでもないんだろう? お前のその目はすでに承知しているハズ。…俺様が何者かをな」

「………やはり、か。お前の中身はあの時の、帝竜…ウォークライだな?」
「そうだ!! 俺はお前達がそう呼ぶ竜の中の王だ! 俺は生きているぞ! さあ、喜べ。俺様の無事を盛大に祝え!」
 さすがはガトウだ。微動びどうだにしないまま殺気だけを増大させている。だがそれは俺も同じ事。いまここで再戦というのは願ってもない展開だ。あの時の決着をのぞめるとは思ってもみなかった。

「テメェが……、ナガレを…」
「ナガレ? …ああ、お前と一緒にいたあの若造か。うっとおしくキサマをフォローしていたな。だから先に殺しておいた。調子に乗ってやがったからな」

「フン、何が殺しておいた、だ。…あの時点ですでに劣勢れっせいだったヤツが何言ってやがる。運良く始末できて助かった、じゃあねぇのか?」
えてんじゃねーぞ、ガトウ。小娘があの場に駆けつけなければ、キサマはそのまま俺様につぶされていた。その程度の虫ごときが、口先だけの強がりを吐いて満足かよ。戦士のくせにいやしいヤツだな」

「その小娘に殺されそうになってたテメェは何様だ? そんな貧弱野郎が竜の王だと? 笑わせるなよトカゲの王様が!」
「クハハハハ! そのトカゲに手も足も出ずに、最後は口で騒ぐだけかよ。笑える話だな!」

 ののしりあいの応酬おうしゅう、だがそれはいつでも飛びかかれるようにタイミングをはかるという臨戦態勢である。この状況を言い表すならそう表現するのが一番だろう。俺もガトウも双方がすきを狙っていた。一瞬で飛び掛って敵の心臓をえぐる事を望んでいた。殺意と殺意が交錯こうさくし、殺戮さつりくの意志を持つ眼光をより強くする。今度こそ決着をつけろ! 確実に殺せ!と俺の中の戦士がうったえかける。

 …しかし、その均衡きんこうくずしたのはガトウだった。

「どういう仕組みでユカリに取りいた? ドラゴンってのは皆そういう事をしでかすのか?」
 不意の問いに少々戦意をがれはしたものの、俺もヤツの問いに乗る事にした。俺が意識を無くしたあの場で、俺の知らないその後で起こった現象、俺が小娘になった理由を目にしていたかもしれない唯一の目撃者がガトウだけだったからだ。その理由は俺も知りたい。だから悪戯いたずらさげすむことはせず、正直に答えた。

「どういう仕組みか…など、俺様にさえ不明だ。意識を取り戻したらこうなっていたのだからな。…逆に問うぞ、キサマは俺が倒れた後を見ていたはずだ。そこで何を見た?」
「………」
 しかしガトウは答えずだまり込んでいた。思考をめぐらせているようだが、それを口にすべきかを悩んでいるようにも見える。確証がない、という事なのだろう。…そして程なく口を開いた。

「…俺が見たのは、あの最後の激突の後、倒れたユカリの中に何か影のようなモノが吸い込まれていくように見えたって事だ。ウォークライ、テメェの巨体そのものが霧となってユカリに入り込んでいくようにな。実際に竜の…ウォークライの死体は欠片も残っちゃいなかったからな。幻覚じゃあねぇんだろう」
「吸い込まれた…だと?」
 まったく理解の及ばない現象だ。俺達、ドラゴンがそのような事になった例など聞いたことがない。しかし、現実として俺は小娘の身体で生き延びている。…これもまたニアラの仕組んだ事なのだろうか? 

「おい、ウォークライ。ユカリ本人がどうなったか、…を聞いても今のテメェじゃ答えられそうにねぇか…。少なくとも、元のユカリってむすめ臆病おくびょうな面が強かった。今のテメェの粗野そや粗暴そぼうな性格とは完全に違うのだけは分かる。完全に別人だ」
「なんだそのソヤデソボウってのは。俺にも分かる言葉で話せクズ野郎」
 ガトウのヤツめ、俺様に分からない言葉で侮辱ぶじょくしたな? それを怒りを込めて言い返すと、事もあろうにガトウは大声を上げて笑い出した。

「ガハハハハハハハッ! 頭悪りぃなぁウォークライ! まあ、トカゲじゃあその程度の知能だろうよ! それにしたって馬鹿すぎだろーよ! 少しくらい日本語を教えてやろうか? クッハハハハッ!」
「なんだキサマ! 殺されたいのか! なんなら今すぐ殺してやるぞ!」

「フン、いきがってるとこ悪ぃんだがな、テメェがいくらにらみつけて怒声を上げようと、恐ろしさなんて欠片かけらも感じねーんだよ」
 ガトウは口のはしを釣上げて、俺を小馬鹿にしたような意地の悪い笑みを浮かべて続ける。

「気づいてねーんだろうなぁ、テメェのその声、ユカリそのままなんだぜ? あの嬢ちゃんの声ですごんだってチリ程にも怖くねーんだよ。殺してやるぞー、ってガキが騒いでるのを見ても微笑ほほえましいだけだ」
 そうやって俺を見下したガトウは、腹を抱えて笑わんばかりの様子で、この俺様を嘲笑ちょうしょうした。俺はここまでおとしめられて黙っている程に温厚じゃあない。望みどおり殺してやる!

「ガトウ! 息の根を止めて、その汚い口をつぶしてやるっ!」
 俺はありったけの殺意を隠しもせず、寝床から飛び降りてガトウの首をねらう! こんな死にぞこないなど小娘の身体で十分だ!!
 だが、…俺はなぜかそのまま真下へと落ちた。潰れたカエルのようにべったりと床に転がってしまう。
 ガトウが何かをしたわけじゃない。俺が勝手に床に落ちただけだ。

「いって〜…、くそ、なんだ…こりゃ? どうなってる?!」
 俺は必死に立ち上がり、もう一度ガトウに飛び掛ろうとするが、飛び掛るどころか満足に立つ事も歩く事すらできずに、またしても床に転がった。床も寝床程じゃないが、布という素材なせいか弾力があってさほどの痛さはないが、俺にとってはそれどころではない!

 もう一度、なんとか立ち上がってみるが…、立って姿勢を留める事がまず難しい。いつものように上体を前へにし、足を横に開いて尻尾でバランス安定させる。それが当たり前のはずなのだが…、どうやっても普通に立てない。今まで意識もせずにそうやってきた。そんなもの間違えるハズもない!

 そして、俺様は気がついた。
 そうだ! 人間には尻尾しっぽがない!! だからバランスが取れず姿勢をたもてないのだ!!

「ぐぬ! くっ、むむむむ…」
「どうしたウォークライ。俺を殺すんじゃなかったのか? 歩くどころか立つ事もできねーじゃねぇか」
「だ、だだ、だ、だまれガトウ! 俺様が殺してやるから、もう少しまって…うぴゃあ!」
 どういう事だか不明だが、この竜王ともあろう者が移動すらできない。いかに尻尾がないとはいえ、ここまで立てないものなのか? これではまるで生まれたて竜のようではないか!

 …そこでガトウが溜息ためいきをついて俺に告げた。

「馬鹿だな、テメーはよ。…少し前まで竜としての動きをしていたヤツが、いきなり人間と同じように動けるわけねーだろ。体格どころか種族自体が違うんだからな。当然の結果だ」
「な、な、なんでそんな事が、わ、分かる? お、俺様だっていま気がついたんだぞ? わたたたた!!」
 姿勢を保つ事で精一杯な俺は、殺気どころか会話しているガトウを見る事すら出来ないままだ。足元を見ていないと、いつ倒れるか分からない。そんな俺を知っているのか、ガトウは失笑させると言わんばかりに続けた。

「クックククク…、この部屋に入った時点でテメェがちゃんと動けてねぇのは分かってたぜ。確かに俺は瀕死の重症だが…、お前はそれ以下だ。まあ、この分じゃ再戦ってのは不可能だな。せいぜい人間の身体に慣れておく事だ。ガハハハハハハ!」
 そう言って、ガトウは重い足を引き吊りながら出口へと向かった。しかし俺にはなす術もない!

「まままま、待てガトウ! お、俺が、いまっすぐっ! …ひにゃああっ!」
 追いかけようと身動きすれば、簡単にコロリと転ぶ始末。
 すでに5回を越えた転倒に、俺様は屈辱以上に情けなさを感じつつも、それでも立ち上がろうとしてまた転ぶ。

「おーおー、可愛らしいねぇ。竜王様のそんな一面が見られて光栄の極みだ」
「う、うるせーぞ! 用がないなら出て行け! 今日は見逃してやるっ!」

「分かった分かった。じゃあな、ユカリちゃんよ。せいぜい頑張ってくれ。俺はぐっすり眠らせてもらうぜ」
「ユカリって呼ぶな! 俺様はウォークライだっ!!」
 やっと巣穴を出た…ガトウ。いや、部屋というのか。そんな事はどうでもいい!
 とにかくヤツは出て行ったわけだが、俺様は相変わらず床にいつくばっていた。立っては転び、また立っては転んでを繰り返す。俺様のストレスはうなぎ登りだ…。


「くそーーー! なんで人間ってのはこんなに不便なんだーーーーーー! がるるるるるるー!」
 俺は涙目で咆哮ほうこうを上げたが、あとからやってきたチビに”夜は静かに”と怒られて言い返す事も出来なかった。

 まったく…、どうしてこうなったんだ?








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