セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプター2 『繁花樹海@・イオコマと、ムカつく桃色頭』
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BGM:セブンスドラゴン2020「渋谷−密林航行」(サントラDisk:1・12)




「おお、すげー! 家がどんどん流れてくぞ! すげーなこれ!」
 俺様は生まれて初めて”車”というモノに乗って喜んでいた。車という乗り物は人間が使う移動手段というのを知ってはいたのだが、それを深く考えた事はなかった。俺達みたいな竜の多くは飛行できる。だから、地をう車というものが便利だという考えがまずおよばなかったのだ。

 その車の後ろ側の椅子、…座席というのに座り、車自体はジエータイというのが操作をしていた。俺は乗っているだけだったが、…扉についている透明の板から見える風景がどんどん後ろに流れていくのが非常に面白い!
 空からながめていた時はそんな事など考えなかったが、人間の視点で見るとこんなにも面白いモノだとは! 俺様は今日とてもかしこくなった気がする。これはスゴイ発見だぞ。

「なあ、ムラクモの…ユカリ君。そろそろ渋谷に到着するが…、作戦の話を…」
「うおー! デンチューがたくさん折れてるぞ! すげーなー! いろいろ壊れてんなー! グハハハハハ!」

「あの…キミ、本当に大丈夫なのか?」
「うっせーな! 俺はいま忙しいんだ。話掛けるな。…おお! 竜もけっこう死んでんなー! 骨だらけだぞ!」
 ジエータイのオスが何か話していたようだが、いま俺様は学習中なのだ。それどころではない。どうせ最初に話していた、シブヤという場所にいるスカエ…だか、スイカだかの話だろう。

 事の始まりはこうだ。

 俺達がいる建物、シンジクトチョーという場所には、ムラクモという戦士集団が住んでいる。ガトウやチビ、それにさっき話したナツメとかいうメスのボスがいる軍団だ。そつらが使う”クスリ”とかいう道具をトチョーに持ってくる間に、スイカとかいう軍団に奪われたらしい。
 メスボスが言うには、そいつらは殺していいからクスリを奪い返せ、という話だった。…ふむ。別に殺すのは構わないんだが、少しくらい強くないとコチラも面白くないし、ガトウと再戦する体慣らしにもならない。とりあえず、殺しまくればいいんだな?と答えたらメスボスはとても喜んでいた。人間のくせに気が合うヤツではある。

 俺がメスボスをボスと認めた話は、まあ…そのうちにしよう。

 それと、クソ緑が言っていた事なのだが、どうもいま向かっているシブヤという場所には、俺と同じ指揮官竜…、ヤツらは”帝竜”と呼んでいる内の一匹も潜伏しているらしい。出てくるかどうかは不明らしいが、遭遇したら俺様がブッ殺して、そいつも体慣らしの練習相手にするつもりだ。同じ指揮官竜…帝竜同士ではあるが、特につるんでいるわけじゃないからな。

 真竜ニアラを除けば指揮官竜は全部で七匹。そのうちで最強が俺様というのは言うまでもないが、その他に知ってるのは…、まず、大嫌いな氷竜、いけ好かない夜竜、ニガテな虫竜…の三匹といったところだ。残りは見た事もねー。まあ、その三匹は顔見知りとはいえ仲がいいわけでもねーから殺すのは構わない。どうせ俺が一番強いのだから、強いヤツが何をどうしようと関係ない。竜は強さこそが全てでありルールだからな。

 しかし、だ。…正直言うと、虫野郎だけは来ないでくれると助かる。
 アレだけは殺すのはイヤだ。それ以前に触るのもイヤだ。気持ち悪いんだよな、アイツ。

「ユカリ君、シブヤに到着したぞ。用意はいいか?」
 そんな事を思い出しながらも、やけに木々が増えてきたなー、と思っていたら車が停止した。ジエータイのオス三匹が先に車から降り、俺も続いて足を付けた。見上げたそこは、まさに森林と言うべき世界だった。

「うおー…、なんかスゲー場所だな」
 トチョーの周辺にもビルという縦長の家が沢山あるが、どれも倒れたり半壊しているモノが多い。しかしここのビルはシンジクトチョーとは違い、すべて内部から植物に突き破られた、といった風貌ふうぼうで、固い地面の…アスファルト?とかいうのも押し上げられて木の根が張りめぐらされている。なかなか面白い光景だ。

「ふん。ここにスイカがいるのか」
「…いや、ユカリ君。何度も言うがSKYだ。…とにかく、彼らに物資を強奪されてからまだ時間は経っていない。もしかすれば我々の方が早かった可能性もある」
 主に俺と話しているのは、ジエータイのオスボスでイオコマというヤツだ。ジエータイというのは、俺が…というか身体の持ち主ユカリがいるムラクモとは別の軍団で、俺様が分析したところによると…、弱すぎて使えない戦士が仕方なく集まって細かい仕事をするだけの弱小集団らしい。
 しかし、俺様としては車が面白かったので、ザコだが使えるヤツらだと思った。竜の中でも、そういうどうでもいい下級竜がけっこういるしな。人間にも色々いるんで驚いたくらいだ。

「おい、イオコマ!」
「…私の名前はイコマなんだが…、なんだい?」
 ヤツらは銃という装備を手にして出発準備を整えているが、俺にとっては不満である。

「俺一人でいい。お前らは付いてくんな。邪魔になる」
「そうはいかないさ。いくらキミが強いからって、たった一人で渋谷探索だなんて、無茶にも程がある」
 俺がわざわざ一人でいいと言ってやったにも関わらず、なぜか納得していない様子のイオコマ。コイツら弱いから邪魔だってのが分かってねーのか? 俺は強いヤツを殺して体を慣らさないとならないのだ。マトモに動けなければガトウとの再戦も出来やしない。だからゴチャゴチャ動き回られるのは嫌いなのだ。

 しかし、イオコマの小僧はまだ何か言ってくる。

「でも〜、ねぇ…? キミのその老人みたいな歩き方を見ていると…」
「う、うるさい! これはあれだ! シュギョウチュウというやつだ!」
 昨日からの血のにじむような努力のおかげで、なんとか立ち上がれるようになった俺様だが、それでも歩くのには杖が必要不可欠だった。うまく歩けない俺はガトウが持っていた棒…、確か杖というアレをヒントにしてようやく移動できるようになったのである。上体を杖にあずけ、横に開いた足は後ろから付いてこさせる。今朝、トチョー内ですれ違った年老いた人間、老人とかいうヤツを参考にして効率よく歩けるようにはなった。あんまり早くはないが、頑張がんばれば老人よりもちょっとだけ早いぞ。

 そしてだ、俺が手にしているのはユカリが武器として使っていたカタナというモノだ。敵が出てくればこれでブッ殺せばいい。杖にもなるし武器にもなる。一石二鳥というわけだ。グハハハハハハ! 俺様はやっぱり頭いいな!

「しかしキミ…、それ以前にそれで戦えるのかい?」
「だ、だだだ、大丈夫だ! 俺様は強いからな! さっさと帰れ。スイカとか帝竜とかを殺したら呼んでやる」
 俺様が四苦八苦しながら歩き出すと、イオコマ達は複雑そうな顔をしながらも俺の後ろを無言で付いてくる。俺が帰れと言っても聞かないとは、まったくメスボスはしつけが行き届いていない! 俺様が指揮官竜だった頃は、咆哮ひとつで下級竜どもは大人しくなったもんだ。

 …だがなぁ、この姿で咆哮ほうこうをあげるとチビに怒られるからなぁ…。人間は実に面倒くさい。

「ん? いや待てよ?」
 そこで俺様は気づいた。考えてみたらそうだった。

「そうか、バレなきゃいいのか」
 考えてみれば、ここにはチビはいないんだから、いくらでも咆哮あげればいいし、邪魔な人間は殺しちまえばいいのだ。別にイオコマなんて俺が守ってやる必要などないのだからな。そもそも俺様は竜なのだから、人間は敵だ。いくら殺しても関係ない。

「ククク…、そうか。殺した方がてっとり早いな」
 俺様はゆっくりと歩きながら、こっそりと少し離れて後ろを付いてくるイオコマらへと視線を送った。ヤツらの武器は銃という弾を撃つやつだ。昔に戦った時を思い出す。あの武器は低級竜やマモノ程度なら殺せるが、俺の鱗には傷すらつけられなかった。前に喰らって少しだけビックリしたのは、グレネードなんたらとかいう爆発するやつくらいだったか? …しかし、イオコマ達はそれを持っている様子がない。ならばヤツらは大した攻撃力はない、という事になる。
 いや…、逆に問題があるとすれば俺の方だろう。

 俺が武器として使えるのは、いま杖代わりにしているカタナのみ。金属の片側に刃がついた武器だが、当然ながら俺はこれを使った事がない。今までなら体力に任せて爪を振るい、炎を吐けばそれで済んでいたが、いまはそれが出来ない。
 …そういえば、ガトウも似たような武器を持っていたが、あれは刃が小さく両刃だった。そしてその後にユカリと戦ったわけだが、このカタナという武器は刃が長く、使い方もガトウのそれとは少し違っているようにも見えた。何がどう違うのか、そういう差が今の俺には分からない。

「う〜〜む」
 これは意外と難しいぞ。戦士たるもの油断は禁物。そして敵を過小評価し、ナメているとガトウの時のように手痛い先制攻撃を喰らう事になる。イオコマ達は使えない弱小ザコ集団だとはいえ、俺様は満足に動けもしないのだから、戦力差はあちらが上とも考えられるしな…。

「───えないのかっ!? ……リ君! おい!」
「ん〜…」
 うるさいな。いま考え中なのだから静かにしろ! まったく、俺様が珍しく頭を使っているというのに、あの弱小ザコ集団は殺されるまで大人しく待てないのか。

「──しろ! 後ろだ! ドラゴンが現れたぞ!」
「うるせーぞ!! 俺様はいま忙しいのだ! 黙ってないならブチ殺すぞ!」
 イオコマと仲間が何やら騒いでいる。なんだあの連中は! どれだけ俺様の邪魔をすれば気が済むんだ?

『Geeeeeee!!』
 なんかヤケに騒がしいが、俺様はそれどころではないのだ。再び戦術を考えるために思案にふける。とにかくだ、このカタナがないという事はあれだぞ。俺様がうまく歩けないという事になるんだよな。そうするとカタナを使っている時はどうやって動けばいいのだ?? …ふむ〜。

『Gyayayaeeeee!』
「ユカリ君! どうしたというんだ! ユカリ君っ!!」


 …はっ! なんだと!! 俺様ともあろうのが!

 どうもひたいが熱いと思ったら、どうやら考えすぎて熱が出てきたらしい…。最近こんなに頭使ってなかったしな。
 う〜む、カタナを使いながら歩くというのはどうしたものか〜…。




*アナウンス
 これより、敵出現にまったく気がついていない竜王様に変わり、一時的にイコマの視点に変わります。




『Greeeeeeeーーー!!』
 私は驚愕きょうがくに目を見開く。ちたビルの残骸より姿を現したのは、フライドラゴニカという虫型ドラゴンだった!

 四枚の虫のような羽をせわしく動かしながらホバリング状態を保っている。昆虫的な眼球はまさにトンボそのもの。竜の中では小型とされるヤツの大きさは成人男性と同等。…しかし、あなどってはならない。ヤツの動きは空を自在に舞う昆虫と同等、我々人間が目で追うことの難しい速さを兼ね備えているのである!

 データによれば戦闘レベルは三十四、それに対し我々三人の総合戦力はレベル二十にも満たない。銃で武装してもなお、これほどの差がある。まともに戦えば死はまぬがれないだろう。

「ユカリ君! 気づいてくれ!! くっ…、ダメか! 仕方ない! 我々だけでドラゴンを討伐しよう! 自衛隊の意地を見せるんだ!」
「隊長! 任せてください!」
「俺達も戦えるってとこ、ムラクモに見せ付けてやりましょう!」

 私を含む三人は散会し、出現したフライドラゴニカへとフォーメーションを取る。一人が接近戦で注意を引きつけ、残りの二人がドラゴンを狙い撃ちにする陣形だ。敵は空を超高速で、しかも自在に飛び回る。あれを相手に私達が取れる戦術はこれしかない。

 そして戦闘が開始された。私がおとりとなって銃を乱射! それは敵を狙うのではなく、けん制のためのものだ。敵ドラゴンが広範囲に動き回らないために、そしてこちらに近づきにくくするために、うまく弾幕を張っておく。

 このけん制は効果があった。動きを生かしきれないフライドラゴニカに対し、部下の二人がドラゴンへと集中砲火をかける! 生半可な火力では倒せない事は分かっている。だが、近寄らせたら終わりだ。噛み付かれでもすれば、身体の四肢ごと引きちぎられ、即死さえありうる! 絶対に近寄らせてはならない!

「イコマ隊長! いい調子です! このまま一気に倒してしまいましょう!」
「油断はするな! 敵は我々よりも総合力が高いんだ。気を抜いた時点で死ぬぞ!」
 ドラゴンの動きは恐ろしく早い、だが、確かに私達の攻撃は命中していた。このままいけば倒せるかもしれない! 私は気をゆるめる事無く、けん制射撃を続けた。

 だが、我々の善戦もそこまでだった。

「くっ! なんだこの音は…っ!」
 耳の奥にひびき、聴覚を破砕するかのような不快な音波が周囲に拡散していた。それと同時に視界が揺れる! 脳がふるえているような感覚にとららわれ、地面に立っていることすら難しい。いま自分達は攻撃できているのか? 倒れているのか? その判断すらできないのだ。  これはまさか、ドラゴンの持つ能力か? この羽音が我々の感覚を狂わせているというのか!?

「た、隊長! ど、どこですか!? 助けてください! 自分は! 自分はぁ!!」
「うわああああ! 来るな! ドラゴンめ!」
「くぅ! 落ち着け! 二人とも落ち着くんだ! 冷静に状況を…ぐあっ!」

 私達がその怪音波により混乱しているところをドラゴンは攻撃してくる。これまで味わった事のないような、とてつもない衝撃が腹部を直撃した!
 ヤツにとってはただの体当たりかもしれないが、その衝撃はビルの二階から落とされたかのような凄まじい痛みである。私は呼吸すら出来ずにもがいて、大きく咳き込む。

 だが、死んではいないようだ。防護服のおかげで落下によるダメージも軽減できている。…正直、生きているのが不思議なくらいだ。これもムラクモが新開発したこの服のおかげという事か。
 しかし、かろうじて死ななかっただけで、状況は悪化している! このままでは全滅も時間の問題だ。

「な、なんという事だ…。こ、これがドラゴンの強さなのか…」
 絶望感が私達を襲う。すでに全滅へのカウントダウンは迫っていた。私達はたった一匹のドラゴンに敗北する。これがドラゴンというものの強さなのだと身をもって見せ付けられた。自衛隊の身でありながら、身を震わせる以外の選択肢を持つことができない。なんと無力なのだろうか?

『Gueeeeeeeee!!』
 勝ち誇ったように咆哮をあげるフライドラゴニカ。昆虫型ドラゴンに表情などはないが、トドメを刺そうとしている事だけは理解できた。もう、ダメ…なのか?

 怪音波を発生させたまま空に舞ったドラゴンは、そのまま凄まじい速度で突進してくる! 私は…、あまりの恐怖にどうする事も出来ず、目を閉じることすらできずにいた…。走馬灯のように顔が浮かぶ仲間達。怪我をしながらも笑顔を絶やさない仲間達の顔が浮かんでは消えていった。

 そして最後の瞬間…、私は驚くべき光景を目にした。


 弾丸のような凄まじい”何か”が私のすぐ横を通過し、ドラゴンの腹部に直撃!!
 銃すらも効果がない鱗をものともせず陥没かんぼつする!


「俺は う る さ い と言ったぞ。 聞こえなかったのか?」

 なんと、ムラクモのユカリ君が…岩を投げて叩き落したのだ!
 予想外の大ダメージを負ったドラゴンは、そのまま地面へと墜落ついらくした。

「さっきからギーギーガーガー、うるっさいんだよ! この下級がっ!」
 そして彼女は、あの老人のような足取りで墜落したフライドラゴニカへと近づき、その首を掴んで持ち上げる。あの細い腕で、大人一人分はあろうかというドラゴンを軽々と、しかも片手で持ち上げているのだ!

「…ふん、なんだ小物か。お前じゃ練習にもならん」
 ユカリ君に捕まれ、必死にもがいているフライドラゴニカ。彼女はそんな竜を一瞥すると、その消火器ほどもある竜の太い首に握力を込め、締めつける!
 めちゃくちゃに動いて逃れようとしていたドラゴンは、ベキリ…という嫌な破砕音と共に一切の動きを止めた。

 彼女は…、なんともあっさりとドラゴンを締め殺してしまったのだ。片手一本で。

「ちぇっ! まったく…いい考えが浮かびそうだったのに…」
 あれほどの高速で飛翔していたドラゴンをいとも簡単に撃墜し捕えた上に、なんと握力だけで締め殺した! しかも、興味なさげにそのまま放り投げ、老人のように杖をつきながら歩いていく。いま物凄い事をやったはずなのに、興味すらないとでもいわんばかりだ。

「あ〜、手が汚れちまった。汚ねーなー。……あん? なんだお前ら、俺様に何か用なのか?」
「え、いや…その…」
 私は、いや自衛隊そのものは、なにか重大な勘違いをしていたのかもしれない。竜の恐ろしさの事じゃない。ムラクモというマモノ討伐組織の実力が、人間のそれを大きく超えているという決定的な事実をだ。

「すまない! 私達は邪魔だったようだ!」
「んあ?」
 とんだ勘違いをしていた。確かに彼女は普通の女子高生だが、それ以前にムラクモなのだ。少しくらい歩き方がおかしかったり、言動が変だったりするのも、ムラクモという戦士であるという事を考えれば、別段おかしな事ではないのかもしれない。そもそも、彼らムラクモは普通の人間とはまるっきり違うのだ。だからこそ、あれほどの力を持っているのかもしれない。

「私達は撤収てっしゅうする。頑張ってくれ!」
 竜狩りの戦士に笑顔で敬礼をし、車両の位置まで退避たいひする。

 彼女はさっぱり状況が飲み込めてないような顔をしていたが、それを問う事はしない。我々は車両を守り、彼女が使命を終えて帰るという作戦行動のサポートだけをすればいい。それこそ適材適所、という事なのだろう。














 う〜む、どういうわけかイオコマ達が勝手に帰っていったわけだが、はて…? なんでアイツらはいきなり帰る気になったんだ? 俺様、何かやったっけ??

 そういえば、うっとおしい小型を捕まえて潰したような気がしたが、…どうしてそれでイオコマが笑顔で戻ってったんだ? さっぱり分からん。
 まあいいや、帰ったんだし。しかし人間はよくわからんなー。


 そんな事より、さっさとこれ食っちまおう!
 俺はその手にしているネバネバドロドロしたモノを勢いよく口に放り込み、咀嚼そしゃくする。

「…………………」

「うげー! なんだこりゃ! ゲホッゲホッ!」
 腹が減った。そう思った俺様は、前によく食っていたスライムを発見し、引きちぎって食ってみたのだが…。

 口の中に広がるドロドロした肉片はうまく噛み切れないどころか、汚泥を口に入れたような、この世のものとは思えないムゴい味をしていた。しかもよくよく臭いをげば、吐き気をもよおす腐臭をただよわせており、こぼれて垂れた体液がほおについて、これまたヒドく臭い。

「ぺっ! ペッ! うぇぇ…、どうなってんだこりゃ…」
 竜の頃は好物だったというのに、人間の身体になって食ったら毒の塊のようなモノに感じた。竜と人間ではここまで食い物の好みが違うとは思わなかった。本気で気持ち悪い。胃の中のモノを全て吐き出しす程マズかった。

「うう…腹減った…気持ち悪い…」
 そういえば俺様、小娘の身体になってから何にも食ってなかった。チビから水を貰っただけだ。そう意識すると余計に腹が減る。目が回ってきた。しかも困った事に、俺様は人間の食い物というものを知らない。こんな事ならイオコマ達をあのまま帰すんじゃなかった。

 ふと気がついて手首を見る。チビに言われて付けた変な道具が巻かれていた。この”つうしんきがたうでどけい”という道具で、遠くの人間と話が出来たり、この周辺の”地図”というのが見れるようだが…、残念ながら俺様は使い方が分からない。なんか押せとか言われた気がするがまるで覚えがない。この俺様がそんな難しい事を覚えているワケがないではないか。
 中央のガラス玉をのぞき込むと数字のようなものが読めるが、それが何かはもちろん不明である。…まったく難儀なんぎな話だ。

 そこで俺様は気がついた。それでちょっと悩む。

「うぬ? そういえば俺様はどうやってシンジクトチョーに戻るのだ??」
 考えてみれば俺は竜なのだし、別に戻ってやる必要はないのだが、ガトウと再戦するためには戻らなければならないし、チビには戻ると約束してしまった。少なくとも一回は戻らねばなるまい。

 だが、周囲を見渡してもどこも同じに見えて、右に進むのか左に進むのか分からない。そもそも、ここまでどうやって歩いてきたかも不明である。完全に迷っていた。そして腹も減った。

「どうしたもんか…。チビを連れてくれば良かったかもしれんが…」
 道はまあいい。そのうちどこかに着くだろう。それよりも腹が減ったぞ。だがしかし、俺様は人間というのが何を食うのか分からない。まさかスライムが食えないとは思えなかったからな。この計算ミスは痛い。なんだか絶望的だ。誇り高き竜王たるこの俺様だが、ちょっとだけ不安になってきた。うう…、おなかすいた。

 仕方なく適当に歩くわけだが、時折ときおり出てきたマモノを食おうと思ったら、いきなり逃げ出しやがって捕まえる事もできなかった。それに、このシブヤにいるというスイカどもも姿を現さない。もうそいつらを見つけて食い物を奪うしか道はない…というのに、人間の姿など一向に見当たらない。おなかすいた。ひもじい。

 しかし俺様はツイていた! 俺の方へ人間が二人走って来たからだ。
 乳房があるという事は両方ともメスだな。メスが二匹らしい。

 んむ? よく見ると、その後ろから地響きを上げて大型竜が迫っている。どうやらアレから逃げているようだ。

「そうか、アイツも腹が減ってるんだな。それで人間を食おうと追ってんのか」
 実は俺は竜だった頃には、人間を食った事はない。下級どもから”数は多いがあんまり美味くない”といううわさは聞いていたし、それよりもスライムを食う方に夢中だったからだ。柔らかくて喉ごしが良かったんだがなー。俺的には他にスライムを食うヤツがいないので、存分に食えてシアワセだった。
 しかし、下級竜は基本的に人間が主食なのは変わらないらしい。だからあそこでメスを追いかけてる大型竜も食事をしたくて追っているんだろう。

 普段であれば、別にあの人間どもがどうなろうが知った事ではないが、…俺もいまは緊急事態中だ。
 とにかくひもじいのである。

 俺も腹が減っている以上は何か食わねばならない。いまコチラへ逃げてきている人間二人を、あの大型竜と分けて食うという手もあるのだが…、いまの俺様が人間を食うというのは共食いになっちまうからなぁ…。それもどうかと考える。
 だったら、逆に人間を助けて食い物を奪い、殴りつけてシンジクトチョーの帰り方を吐かせた方が得な気がするな。おお、一石二鳥じゃあないか! そうか、俺様はやっぱり頭いいな!

「やい、そこのメス二匹! 俺様はひもじい! こっち来い!」
 まず聞かなければならないのは、ヤツらが食い物を持っているかだ。持ってなければ助けてもガッカリだ。でもまあ、シンジクトチョーに帰る件があるから助けてやるがな。

 すると、人間二人のうち前方を走る桃色の髪のメスがこちらに気づいたようで、そのまま後ろから追ってくる大型を振り返って見ると、いきなり別の方角へと曲がった! なんと、俺の声が聞こえていたにも関わらず、俺を無視して方向を変えたのである! 桃色頭はもう一人の人間の手を引いて全力で走っていく。そして大型もその後を追うように曲がっていった!!

「な、な…」
 なんという屈辱だ! 俺を…この竜王たるこの俺様を…無視しやがった!

「あの桃色頭のメスっ!! ふざけんなーーーー!」
 俺は完璧に怒ってヤツらを追いかける。俺様が来いと言ったら全力で向かってくるのは当然だろうがっ! それを無視したどころか違う方向へ逃げるとは何事だ!

 俺はカタナを杖にしてズルズルと歩くわけだが、これだとのろい。あまりにも鈍い。さっきのムカつく桃色頭のメスのように素早く走る、というのさえ出来れば、一瞬で追いつき、無礼なメスを有無を言わさずブッ殺してやれるというのに!

 ここだけの話だが、実は俺様…、少し人間に憧れていた部分がある。ヤツらは逃げる時に走る、という行為をするのだが、その動きがやけに素早いのだ。ガトウと戦った時も俺はその素早さに翻弄ほんろうされたという部分があり、あのように素早く動けたらなぁ、という願望はあった。
 もちろん俺は圧倒的なパワーで攻める事が何よりも好きなので、見習おうとは思わなかったが、それでも素早く動くというモノへの憧れはあったのだ。無い物ねだり、というやつだろう。

 まさか人間の身体になるとは思わなかったが、こうなった事でもしかしたら素早く動けるかもしれない、という期待感は持っていた。だが、実際はこの有様だ。せめて歩くという行為さえ出来れば良かったのだが、どうして俺様はこんな杖を突くような移動しかできないのか? それがなんとも歯がゆい。


 そんな事を考えながら亀の歩みを続けていくと、ようやく…桃色頭らが曲がった道へとたどり着いた。そこはあまり奥行きのない行き止まりの道らしく、桃色頭のメスらは逃げ道をふさがれた様子で大型と対峙たいじしていた。俺様が実力を見立てたところ…、大型竜の方が圧倒的に上だ。桃色頭は勝つことも逃げることもできないだろう。

「まいったなぁ…。これは勝てないや」
 そんな声が俺の耳に届いた。どうやら桃色頭がつぶやいた言葉らしい。しかし俺にはそんな事はどうでも良かった。俺様を無視した代償は命でつぐなってもらう。それはすでに決定事項だからだ!

「おい! そこの下級竜の大型! お前は邪魔だ! そこどけ!!」
 桃色頭を殺すのにはこの大型竜が非常に邪魔である。デカすぎて道をふさいでいるからだ。こっちは苦労して歩いているのだから、このように邪魔されると通れない。大型とはいえ所詮しょせんは下級なのだ。竜王たる俺様が道を開けろといえば開けるのが道理である。

「そこの女の子! なんでこっちに?! ダメ! 早く逃げて!」
 こちらに気づいたらしい桃色頭はそんな事を俺に叫ぶが、まったく意味がわからん。俺様を無視しておいて逃げろとは何事だ? 無視したと思えば逃げろとは、あいつ頭おかしいぞ。…まったく、人間というのはナゼこうも理解できない生き物なのか?


 ”あの人、助けてくれたんだよ。私達が狙われないように道を変えたんだ”


 ───その時、俺の頭の中で不思議な…鈴の鳴るような音がした。…いや、声か…?

 俺は不意の声に驚き、周囲を見渡す。しかし、俺の周りには誰もいない。あの桃色頭は少し離れた場所にいるし、一緒に居る人間は頭を抱えて座り込んでいるだけだ。とてもじゃないが、俺の耳元でささくような芸当ができるようには思えない。

 何の声なのかは分からない。だが、みょうにひっかかる。

『GUuuuuuu…、Gyaooooo!!』
 興奮した大型が俺に気づいた。そしてその敵意はなぜか俺に向かっている。きっと食事の横取りされると思ったのだろう。俺が竜王だという事には気づいていない様子だ。

「………ちっ、助けてくれただと? 俺が襲われると思って道を変えた? 誰だか知らないが意味のわからん事をほざやがって。いいだろう、とにかくこの無礼なデカブツを始末してから聞いてやる! 食い物が欲しいのは俺も同じだからな!」

 そして俺は、その大型竜へとカタナを抜いた。







BGM:セブンスドラゴン2020「戦場−更に荒れ狂うもの」(サントラDisk:1・12)








 でかい! 俺は改めて大型を見上げ、その大きさに少しばかりの驚きを持った。

 俺が竜の身体であったなら、俺はこの下級竜を上から見下ろしていただろう。コイツの体格から推測するなら、俺の方がふた回りはデカかった。戦闘においても勝負にすらならず、腕でいだだけで頭を吹き飛ばせる程度のザコだったハズだ。

 しかし、いまこの小娘の身体になってみると、大きさの基準がまるで違う。俺より小さかった下級竜を見上げる事になっている。
 そしてこの下級は、こともあろうに俺をザコだと思っているようだ。俺が竜王だという事にすら気づかず、ナメている。フフン、無礼なヤツだ。

 …ならば、相応そうおうの力をもって殺してやらねばなるまい。

『Gyagooou!』
 咆哮をあげて俺へと腕を振るう大型。だが、俺はその攻撃をカタナで振り払う! そして俺の思い描いたとおりに切り裂く…はずだった。

「ぬあっ! た、倒れる!」
 しかし俺は簡単にバランスを崩して前へとつんのめってしまう。カタナを杖にしてようやく歩いていたのだ、杖であるカタナを失えば、歩くこと自体ができなかった!

 俺はあっさり地面へと倒れると、迫り来る大型の腕を転がって避ける!
 しかし、そのまま横にスライドするかのように華麗なままに転がり、再び体制を整えた。

「ククク…、俺の卓越たくえつした動きに驚いているようだな!」
 床を転がるだけなら俺様にかなうヤツはおるまい。なんせ昨夜は一晩中、床に転がり続け、最後は床で寝ていたくらいだからな! 地面を転がる技術だけならガトウより数段上のはずだ。俺はすさまじく早く転がれるからな! グハハハハハ! …いや、嬉しくはないな。むしろ恥ずかしすぎる。

 なんとか間合いを開いてカタナを手に体制を整える事ができたが、どうしたって杖がなければ動けなかった。しかも転がった方が移動が早い始末。転がっては攻撃はできないし、途中で向きも変えられないから転がり移動は却下だ。

 ぐぬぬ…攻撃さえ自在であったなら、こんなザコは簡単につぶせるのだが…。それは俺の本能が告げる確定事項。いまこのように攻撃が不自由であっても、まるで負ける気がしない。攻撃さえ当てられるのならば、一撃で倒す自信が俺にはある。
 だが、たったそれだけの事ができない。大型の更なる攻撃を、俺は一瞬だけカタナを振るうことでやっと凌いでいた。負ける気はしないが、攻撃できなければ倒すことができない。

「───な、なに! ぐあっ!」
 大きくしなった大型の尻尾が俺を吹き飛ばす! 歩くことが精一杯の俺様には、この尻尾の振り回す攻撃が回避できない。これは致命的だ。
 さいわい、ダメージは浅く、少し転ばされた程度で済んだが、それよりも下級の分際で俺様に攻撃する事の方が我慢ならん! 一気に片付けてやる!

「ならば、こうだ!」
 俺は大きく息を吸い込んで、吐き出した! 炎の息ならば………あれ?

 さらなる尻尾の攻撃が俺をまた吹き飛ばす! くそっ! そうだった! 俺は今、小娘の姿だった。炎など吐けるワケがなかった。ちくしょう! どうにも感覚が違う。
 今度こそ宙を舞うほどに吹き飛ばされた俺は、固い地面に叩きつけられ……なかったぞ??
 どういうわけか、何か柔らかいものに当たり、勢いを止められる。

「だ、大丈夫? どこかぶつけてない!?」
 なんと桃色頭が飛び出して、俺を抱きかかえたらしい。ちっ! 余計な真似をする。

「邪魔すんじゃねぇ! これは俺の戦いだ! ザコは下がってろ!」
「うん、邪魔はしません。わたしじゃアレには勝てないもの。だけど、あなた調子悪いみたいだから。足に怪我けがしてるの?」
 その瞬間、桃色頭が真上を見上げ、俺を思い切り突き飛ばす!

 突き飛ばされた直後、俺の真横には大型の顔あった。大型が一気に噛み付いてきたのだ! くそっ! 俺とした事が攻撃に気づかないとは! 桃色頭に抗議するのは後だ。まずはコイツをブチ殺す!

 尻をついたそのままの状態で俺はカタナを真横に一閃する! 大型の顔が大きく斬り付けられ、ヤツは絶叫をあげる。やっと一撃だ。…だが、この後をどうする?!

 またカタナを杖のようにして立ち上がるが、いまの一撃で怒り狂った大型は俺をにらみ付けた。こうなれば攻撃してきた時を狙い、逆に一撃を加えてやるしかない。

『Gaauoooo!』
 だが、ヤツの行動はそれを不可能にした。あの巨体から繰り出す体当たりだ! 俺は真後ろへと視線を送る。そこにあるのは大木だ。この密林と化したシブヤのどこにでも生えている巨木の一つが俺の背中側にある。これでは一撃喰らわせようとも、その勢いのまま潰されてしまう。

「やべーぞ! どうするよ、俺!」
 こんな事で負けていたらガトウに勝つなんてのは夢のまた夢だ。ならばこの状況をどうにかするしかない。じゃあ、どうする!?
 せまり来る大型、巨体から繰り出される絶望的な威力を持った突進! 俺は恥を捨てて、転がりながらヤツの体当たりを避ける。同時に、大きな震動と共に盛大な破砕音がとどろき、巨木が突き倒された。あの場で待ち構えていたら命はなかっただろう。少なくとも、この小娘の身体では耐えられない。

 さらにもう一度、あの巨体が俺をつぶそうと突っ込んでくる! だがこれも転がって避ける以外に選択肢がない。しかし、こうやっていつまでも逃げるだけではヤツを殺す事はできないだろう。

 くそっ! どうすりゃいい? どうやったらこのザコを倒せる?
 時間が欲しい。ほんの少しでいいから、突破口を開くために考える時間が欲しい!


 その時、大型は頭上より攻撃を受けた!
 桃色頭がいつの間にか半壊したビルの屋上に登り、砕けた岩の破片を投げつけていたのだ!

「───これなら、てやー!」
 桃色頭の投げた破片が大型の頭部に次々と命中する。それがヤツの気を引くこととなり、標的は桃色頭へと変更されたようだった。あいつ…、邪魔すんなって言ってんのが分からんメスだな!

 しかし、大型の殺気は本物だ。圧倒的な戦闘能力の差があるのは、あの桃色頭だって理解できているだろう。しかし、桃色頭はひるまない。大型が無理をしてビルに這い上がろうとしている中で、桃色頭は金属の棒を使い、巨大な巨岩を落とそうとしている!

 俺が不自由に歩いて大型に近づく間にも、桃色頭の足元にまで大型の腕が届いている。このままでは岩が落ちる前にあのメスは喰い殺されるだろう。

「せぇのー!」
 だが、桃色頭の行動は大型よりもわずかに早かった。到底動かないと思われた巨岩が、いままさに食いつこうとする大型の頭部にクリーンヒットする! 大型はその勢いと重さで登りかけたビルから落下し、そのまま盛大に倒れ込んで、もがいている。自重により自滅した形だ。だがまだ死んではいない。

 その間に桃色頭は躊躇ちゅうちょなくビルから飛び降り、俺の元に駆け寄ってきた。

「…ふん、おい、桃色頭。弱いくせに度胸あるじゃねーか」
「怖かったですよ〜。でも、結果オーライです」
 俺はこういうタイプの戦士を目にした事がない。俺が見た人間の戦士は、敵わないと思えばすぐ逃げていった。弱いからといって、それでも抵抗しようとする者はいなかった。…しかしこの桃色頭は勝てないと分かっていながら、敵の目を俺から逃すために動いた。

 俺様は弱い戦士などに価値はないと思っている。その考えはいまも変わらない。
 しかし、コイツの行動には戦士だけが持つ誇りを感じる事が出来た。

 そんな中、大型はこちらの事情と関係なく立ち上がって咆哮をあげた。俺にしてみればザコの遠吠えではあるが、いまの状況では笑うに笑えない。

「……くそ、ヤツめ…、タフなザコだな」
「あ、でも次はどうします? そろそろ襲ってきますよ、あれ」
 桃色頭の指摘通り、大型は左右を見渡し、俺達をすぐに発見していた。桃色頭の件はさておき、実質問題として確かにこちらには攻め手がない。

「手詰まりだな。…俺なら巨岩は投げられるだろうが…、さっきと同じじゃ通用しないだろうし、ヤツも律儀りちぎに喰らうほど馬鹿じゃなさそうだ」
「あの大きいドラゴンがジャンプしないだけマシですけどね。…でも、大きいから隠れられれば逃げられるような気もしてきました」

「…………いま、何て言った?」

「え? 隠れられれば逃げられるって」
「そうじゃない! その前だ」

「あれ? なんでしたっけ? ジャンプしないだけマシ…ってやつですか?」
「それだ!」
 攻略の糸口が見えた。まだ一度も試していないが、これなら勝てる。
 それはあまりにも、想像以上に簡単な回答だった。

 ならば、もう逃げ回る意味はない。ヤツをこの手でブッ潰すだけだ!

「クッククク…。もういいぞ桃色頭、お前は下がっ───」
「アオイです」

「…は?」
「ですから名前。わたしの」

「話の腰を折るな。いま俺様がいいところを見せようとしてだな…」
「あ、敵が来ましたよ! 協力してとっと倒しちゃいましょう!」

「なんだよもうっ!」
 ムカつくな! なんで俺の見せ場だってのにテンポずらすんだ! 頭くんなー、桃色頭め!

 大型が俺を見つけ、突進してくる! その勢いはこれまでの比ではなく、明らかに頭に血が上って興奮した状態だ。軽く見ていた相手に油断をしていた大型が、今度こそ死に物狂いで攻めてくる!

 俺は少しだけ後ろを振り返る。桃色頭は俺の後方に下がり、俺の行動を手助け…バックアップというのか?をするつもりのようだ。なるほど、役割を心得ている、というわけか。
 そういう役割を持つは竜の中にもいる。しかしそれは、そいつが生きるためだけの手段であり、意識的にやっているわけではない。竜はそもそも、複数そろっても連携れんけいして戦う事はまずない。数が増えようとも、個別で勝手に好きなように攻撃するだけだ。

 しかし人間はそうではない。

 こいつらは戦闘において役割を重んじ、臨機応変りんきおうへんに、柔軟じゅうなんに対応してくる。俺が知っている強敵は、ガトウとナガレはそうやって戦っていた。
 いまこうして、俺の後ろでひかえている桃色頭…アオイと言ったか。コイツがいる事で、俺は失敗を恐れず攻撃に集中できる。それは存外、悪くない気分だ。


「クク…、ちくしょうが! 面白れーじゃねーか!」
 俺は微動だにせず、片膝かたひざをついた。こうやって膝をつけばバランスはくずれず、両腕は自由になって杖は必要なくなる。だがそれではさっきと同じで体当たりでつぶされてしまう。

 それなら───。

 俺は全力でねた! 力の全てを足に集中し、近くの大木へと跳躍ちょうやくする!
 そのまま、大木を蹴りつけ、さらに上へと、宙へと舞った! そして向かってくる大型竜へと突撃する!


「空中ならっ! 両手が使えるだろうが!」
 地上で歩くことができないのなら、空中から攻めればいい。

 俺は思い出したのだ。最下級竜の中に、やけに前足後足の長い竜がいる。そいつは宙に跳ねる事で敵の上空から攻撃を仕掛けるという方法で戦うのだ。それと同じ事をすればいい。
 いま目の前にいる大型へと跳躍し、切りつける。そして動けないというマイナスを消すために、様々な壁や木々を足場にして動き続ければいいのだ。

 太いみきを蹴り、次は半壊したビルの側面を蹴る! そしてそのまま大型へと斬りつけ──っ!

 しかし、そんな上手くはいかなかった! 地上でうまく歩けないヤツが、中空でうまく動けるわけがない。しかも、俺様は空中戦などやった事がないのだ。ちくしょー! 竜王なのだから見よう見真似で出来ると思ったんだー!

 バランスを大きくくずし、すべもなく地面へと落ちる俺! その真下にあるのははいビルの残骸ざんがい、鉄骨だ。このまま落ちたら、さすがにマズイかもしれない。本来の肉体なら平気だろうが、この身体じゃ痛いどころじゃない!

 くずれた体制を戻すなんて芸当、いまの俺には無茶な相談だ。このまま落ちるしかねーのか?!

「くっ! ダメかぁぁぁああああ……んあ?」
 …だが、落下の衝撃はまた受け止められた。
 いつのまにか桃色頭が落下地点に移動し、また俺を受け止めたのだ。

「うく…、な、なんだテメーはっ! 余計な真似しやがって!!」
「任せてください。このアオイちゃんが何度でも受け止めてあげます」
「礼なんて言わねーぞ! 俺様一人でなんとでもなったんだからなー! テメーは邪魔したんだ!」
「ごめんなさい。でも、今だけでいいんです。…だから、ね? 協力して倒しましょう?」

 俺は一人で勝てた。絶対の絶対に勝てたんだ。この竜王たる俺様があんなザコに負けるハズがないのだ。ただちょっと体制を崩してヤバかっただけだ!

 …だが、しかし、残念無念ながら、俺はいまこうして手助けされている。絶対に余裕で勝てると思ったザコに勝てずに、こともあろうに人間に助けられている。悔しいのか情けないのか面倒くさいのか分からなくなってきた。

「ぐぬ〜〜〜〜ぅ! もう何でもいい! 何でもしろ!」
「ふふ…、ありがとう」
 桃色頭の笑顔が俺に向けられた。コイツは本当に弱いくせに、その笑顔を見るだけで、どういうわけか心強くなる。俺がうまくできなくとも気にせず、思い切りやってもいいと本気で思える。
 とても不思議な感覚だ。こんな感情は初めてだが、それは少しも悪い気分じゃない。

「おい、お前、確かアオイ…だったか。手伝わせてやるから俺様を落とすなよ?! 絶対だぞ?!」
「了解です。あんなヤツ、ボコボコにしちゃいましょう!」

 そして俺達の反撃が始まった。
 俺は落ちてもいい覚悟で何度でも跳ぶ、そしてアオイが失敗した俺を受け止める。

 大型はその巨体がわざわいし、俺の速度についてこれない。この路地がせまく、跳ぶことのできる足場が多いのも幸いした。ヤツは目で追う事すらできていない。所詮はデカイだけでノロマな下級だ。どこまでも強くなる俺のような竜王とは格が違う! 
 徐々じょじょに攻撃が当たり始めた。もちろん動きはまだ完全じゃない。だが、確実に精度は上がっている。一撃一撃はかすり傷程度だが、少しづつ狙い通りに当てられるようになってきた。


 そしてついに八度目の攻撃! これで俺は、ついに空中での動きを自分のものとした。
 だったら、このまま真正面から突貫してやる!

 正面に迫る大型! だが、ヤツはまだ俺を視認し切れていない!

 速度は十分! 俺はただ、振りかぶったカタナを全力で引き抜くだけだ! 大型の顔が正面にあるのなら、このまま輪切りにしちまえばいい! 一気に切り裂くっ!!

『Guoaaaaa!!』
「じゃあな、大型!! ザコのくせに手間を取らせんじゃねえーーーーっ!」
 カタナという俺の新しい牙が、大型の開いた口内へと達した! その勢いのまま切断していく! まったく止まる事なく、どんな抵抗があろうとも俺のパワーで全て押し切る! 自慢じゃないが俺だってパワータイプだ。こんなザコなんぞに、これ以上ナメられてられるか!

「おらああああああ!!」
 大型の強靭な肉体、その頭部を真横に裂いていく。一気にカタナを振り抜け、肉も、骨も全てを両断する!

 完全な輪切りにした大型の頭部。  そしてカタナを振り抜いた先には……もう何もない。




 その先に見えたのは、広い広いシブヤの街だった…。







BGM:セブンスドラゴン2020「束の間の安息」(サントラDisk:1・08)








「さ、立てますね。もう大丈夫ですよ」
 アオイは助けた人間のメスを立たせ、チビのように泣き出したのを軽く抱いてなぐさめている。まあ、非戦闘員というのはジエータイより弱いんだろうから、ああいうのも仕方がないんだろう。

 それはいいんだ。それはどうでもいいんだが…。

「おい、アオイ。…俺を忘れてねーか? 先に俺をなんとかするべきじゃねーのか?」
 ちょうやくして大型を倒せたのはいいが、勢いが強すぎたせいで、俺はその先にある大木に突っ込み、枝にひっかかってしまった。降りようと思えば降りられるのかもしれないが、けっこうな高さなので上手く着地できるか自信がない。別に怖くはないが、尻をしこたま打つかと思うと、さすがに悩む。

「もうちょっと待ってくださいね。彼女が落ち着くまで優しく見守ってください」
「そんなヤツほっとけ! それより俺を助けろ。俺様がヤツを倒したんだぞ? 勝利者を敬え!」

「元気な勝利者さんよりも、泣いてる救助者さんが優先です」
「俺もいまは要救助者だ!」

 くそー! やっぱりなんかテンポが狂うな。…俺、こいつニガテだ。ニガテって言っても俺がニガテな虫竜のヤツとはニガテの種類が違うんだが…。あーもう、ワケわからん!

「どうでもいいから早く降ろせー! 降ろせ降ろせおーろーせー!」
「わわ、暴れると支えてる枝が折れちゃいますよ〜!」

「ちくしょー! 俺様は腹へったんだっ! ひもじいんだ! アオイ〜!」






 ……この時から俺は、竜でありながら、竜を狩るムラクモとして戦っていく事になった。
 別に寝返ったとかそういうわけじゃない。人間は敵だったが、竜が味方だと思っていたわけでもなかったからな。

 ただ、

 常に一人だった俺に初めて”仲間”というものが出来た。それがたまたま人間だった。
 それだけの話だ。





 もっとも、それを意識するのは、もうちょっと後なんだけどな。








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