水竜クーと虹のかけら

第一部・01−1 「彼方よりの声」
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 私、魔神ランバルトの全てはいま、この暗闇にあった。

 ここは闇に沈む霧世界であり、現世と冥界の狭間はざまに位置する特殊領域りょういき那由他なゆたの果て』。
 全てのことわりから隔絶かくぜつされたそこに生命の息吹いぶきはなく、無限に等しい広さと高さを保ち、未来永劫えいごう普遍ふへんともいうべきときを重ねる果てなき世界である。

 その内にわずかに光る3つの魂がる。認識しうる距離をはるかに超越した、広大という言葉さえも生ぬるい空間で、たった3つ。砂漠でちりの一つを探すような中に私達はいた。
 四肢ししの自由を奪われ眠るだけの魂。皆、何一つ変わらぬまま、けして出会い交わる事もなく、ただ夢現ゆめうつつの中をただよいながら刻を過ごしている。私達は『咎人とがびと』と呼ばれていたからだ。



 ……遥かな昔、人の文明が神の手に届くほど時代に生まれ、
 それを崩壊ほうかいさせたという名目により『とが』を受け、ここへと封じられる事となった。



 それを行ったのは”奴”だ。
 奴の傲慢ごうまん極まる解釈かいしゃく卑劣ひれつな行いにより、我々はここで時間をきざむ事をいられた。そしてさらなる責め苦を与えられる。動けず、意識いしきも定まらないなかで、奴はある記憶を我らに見せたのだ。


 繰り返されし記憶……、それは文明が崩壊する一部始終を余さず写した映像である。
 我ら3人と、地上に蔓延はびこる異形の獣、そして”あれ”とが争った事で破壊していく人間の世界。神に届くかと思われた人類の英知は一瞬にして消し飛び、なすすべもなくつぶれる人間、壊れる人間、食われる人間達…。普通の人間ならば目をそむけたくなるような光景が、繰り返し、繰り返し、現実のように脳裏のうりに浮かぶ。
 強制的に見せ付けるのだ。つみ認識にんしきさせるのが目的らしい。



 ふん…、くだらない。人間などがどうちようと瑣末さまつな事だ。

 惰弱だじゃくで愚かな人間どもがいくら死のうと、私には関係がない。私には興味すらない。崩壊の記憶を何度も見せる事で罪の意識をやしなおうとでもいうのか? 情を喚起かんきさせようとでもいうのか? 姑息こそくな”奴”の考えそうな事だ。実にくだらない。

 しかしその記憶には、私がたった一部分だけ気に病むシーンがあった。
 何よりも苦痛だったのは、尊敬すべき姉が苦しむ姿、愛しき妹の泣く姿だ。封印される瞬間の、我が姉妹の痛ましい姿が繰る返される度に私は心を痛める。

 そして、繰り返される度に憎むのだ。
 我らをここへと封じた”奴”を、……あの『神』を名乗るあの男を!

 だが、どれだけの怨念を抱いても、復讐ふくしゅうを果たす事はかなわない。肉体は霧散むさんしてしまったかのように感覚を失い、動く事さえままならないのである。いく日、幾年を拘束こうそくされたまま過ごし、繰り返される記憶を見る。その分だけ恨みを増す事しかできなかったのだ。える事しか選択できなかったのである。

 ……かしこき姉ならばきっとこの屈辱さえ乗り切れるだろう。しかし妹は違う。あの子ははかなく、さびしがりやで、そしてまだ幼い。このような仕打ちを同じように受けているかと思うだけで、悲愴ひそうの念を感じずにはいられない。

 神め! なぜ姉や私だけでなく、妹までも同様の責めを問うのか? あの子が一体なにをしたというのだ?

 …だが、その叫びさえも闇に飲まれて消えうせる。けして動かぬ身体はかせとなり続ける。
 今はただ、耐える事しかできない事が、あまりにも口惜くちおしい。




 ───そんな無為むいな時間がどれだけ流れたのだろうか。

 もはや数える事さえわすれた年月のうちに、私は意識の奥で小さな声を聞いた。
 なにかなつかしいようではあるが、聞き覚えのない声。



 ……ただなんとなく、自分は呼ばれているのではないか、という気がする。半ば眠りのような状態にあった混濁こんだくする意識の中、それを頼りに意志を一つに重ね合わせていく。

 すると、その声はより一層、耳に届いてくるようだった。
 誰かが願っている。私を必要としている。

 そう認識すると、今度は四肢の感覚が戻ってきた。呼び声が封印を退けようとしている? たかが呼び声に神の封印が破られようとしているとでもいうのか?
 しかし、私への封印が弱まり、解け掛かっているのも確かだ。ならば、私はこの声に感謝し、すがりつかなければならない。元の在るべき”外”へと出るためならば。

 封印された身体は自由が利かないが、意識さえ戻ればこちらのものだ。まだ完全復活するには時間がかかるだろうが力はたくわえられる。隔絶かくぜつされた人の世に戻るためには、力を使わなければならないだろう。
 しかし問題があった。その呼び声が細ければ、私は力を維持いじできないようなのだ。声が弱まり届かなくなると共に、結集しつつある力さえも再び失われていく。私には、それが命のつなであり頼りであった。



 嗚呼、声が届きさえすれば、力を元に戻せるというのに!
 私の”境界を司る力”で、こんな程度の空間など切り裂いてしまえるというのに!

 声が聞こえると共に力を戻し、遠のいては消えるという奇妙きみょうな日々が何年も続いた。
 しかし、ここ数年はそれは次第しだいに大きく、強くなっているようにも思う。私はその度に力を蓄え、このまわしき封印よりだっするべく時を待つ。


 そして、とうとうその日はやって来た───。
 解放の日。

 姉と、そして妹を、このような目にあわせた敵、神を滅ぼすための復讐ふくしゅうが開始される日が。













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