レン・ブライトの一日

その2 『ド田舎の溜息』
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BGM:英伝・空の軌跡FC「地方都市ロレント」(サントラDisk:1・04)



────14:30 ロレント市内


「…それにしても田舎ね。リベール王国ってどこもこんなだけど。」
「そこがいいのさ。住めば味が出てくるものだ。」

 森にあるブライト家から目と鼻の先、木々が開けたすぐの場所にあるロレント市は、リベール王国の中でも一番自然に恵まれた都市である。もちろんレンの言う通り、そのまんま田舎と言えばその通りの、とても穏やかな街だ。
 石作りの住宅や、舗装ほそうされた道路などの文明レベルそのものが低いわけではないのだが、そこはかとなく自然が多く、どことなく長閑のどかな雰囲気というのは、どうしても残るもので、都会と比べれば本当に何もない、僻地へきちにあるド田舎と言われても否定ひていできない。

 …ほんの少し前まで、ゼムリア大陸において、導力技術の最先端の場と言っても過言ではないクロスベル自治州にいたレンにとっては、目の前の質素な田舎暮らしが遥か昔の古代文明のようにも思えた。

 今からおおよそ700年前…、七耀暦500年頃は中世と呼ばれ、導力技術など影も形もなく、蛮族ばんぞくを名乗る者達が剣を振るうだけの粗末そまつな文明だったというが…、このロレントには、そうした原始的な生活をわざと再現しているのかとも思える程に田舎の雰囲気がただよっている。オーバルカメラで写真を撮って700年前の街だといえば、信じる者もいるかもしれない。

 けっこう前にはなるが、それはレンがリベール王国の王都グランセルに出向いた時にも思った事だ。リベール最大の都市を見てもなお、この国は田舎すぎるように思えた。そして、その最たる都市ロレントという田舎を、改めてその街並みを見渡して、これからここで暮らすのかと思うと、少々の溜息が出なくもない。

 エステルやヨシュアらと暮らす事が不満なのではない。それはそれで嬉しい事なのはもちろんである。
 しかし、それはそれ、これはこれ、なのだ。

 あまりにもクロスベルと差がありすぎて、別世界に来たのではないかと錯覚さっかくしそうな程だったのだから、多少なりとも驚きを覚えても、それは仕方がない事だろう。

 この国は導力技術の先進国だと聞いてはいたが、このロレントを見る限り、とてもそうは思えない。
 エプスタイン財団や各国が注目するツァイス工房の導力技術が現存するのも確かな事ではあるが、それでもやっぱりこれだけは言える。

 リベール王国というのは、どうしようもない程に田舎である。

 自然が豊富な観光地として有名な国だが、それはつまり田舎を売りにしているからであり、つまりはそういう事なのだ。技術があるのは工房都市ツァイスだけであり、少なくともこのロレントでは、特産品そのものが田舎なのである。

 …もしも、クロスベルにいた頃、導力ネットで遊んでいた”ソバカス君”がここで暮らすとしたら、きっと田舎すぎて発狂するかもしれない。宅配ピザなど存在すらしないだろうから、発狂前に飢え死にするだろうが。

 そういえば、ソバカス君で思い出した。リベール王国での導力ネット導入はどうなっているだろうか?


「ねぇ、カシウス・ブライト。リベールって導力ネットを整備する予定はないの? 貴方なら知ってるんでしょう?」
 リベール王国軍の総司令であるカシウスがそういう国内事情にくわしいのは当然の事。レンは極々とぼしい希望をともしながら、一応、確認だけしてみる事にする。

「ふむ…、まったくないな。導入するにしてもエニグマなどの導力通信網の配備が優先だろう。まずは受送信のための基地局を各都市に設置しなけりゃならん。そもそもエニグマ特有の通信技術でさえ一般には普及ふきゅうさえしていない現状だしな。当然ネットうんぬんは先の話になる。」
「はぁ、そうよね…。」

 つまり、中世にネット環境を期待するようなものだ。ここはあきらめるしかないだろう。分かっていたが、なんとも無慈悲むじひな回答がやるせない。最先端の導力技術に大きくたずさわる生活や、様々な娯楽ごらくが身近にあった時期がそれなりの期間あっただけに、いきなりそれらが消えると少々きびしいものがある。

 人間は文明をどころとする生き物。一度文明というものを味わった人というのは、その便利さを忘れるのは難しいものなのだ。…つまるところ、文明を自在にあやるるレンにとっては、ロレントという田舎はどうにも困った街なのである。
 そんな、多少なりとも落胆らくたんの色が見えるレンに、話題転換でもするようにカシウスが問う。

「しかし、レンちゃん。…カシウス・ブライトという呼び名はやめてほしいな。一応は家族なんだ。このままフルネームで呼び続けるわけにもいかんだろう?」
「でも間違ってはいないわ。カシウス・ブライト。…それとも、パパとかお父様とかの悪趣味な呼び名がお望みかしら? うら若き少女に甘い呼び名をせがむなんて、リベールの英雄もいい趣味を持っているものね。うふふふふ…。」
「ふむ…、お姫様はお気に召す呼び名をご所望しょもうか。難儀なんぎだな。」

 別にレンはカシウスが嫌いなのではない。元から個人的にどうという感情はなかったし、エステルらと家族になれば、自動的に彼とも家族になるのは分かっていた事だ。それには納得しているし、抵抗したいわけではない。もちろん、彼を家族だと思う事に戸惑とまどいがなくもないが…、それはレンでなくとも、同じ立場になれば誰だってある戸惑いだ。仕方が無い部分でもある。

 しかし、今回のこれは、…言うなれば、なんとなくで思いついた気まぐれなお遊びである。実に彼女らしい言葉遊びをしている、そういう事なのだ。もちろん、カシウスという自分の上を行く天才をからかう程度の意趣返いしゅがえしもあるのだけれど。

「ん?」
 そんなやりとりをしながら、散策さんさくついでに新しいホウキを買うために雑貨屋へと足を向けていた二人は、思わぬ光景に出くわした。大通りをふさぐように人だかりができて騒いでいるのだ。二人は何事かとのぞき込む…。そこにはみょうな4人組の男達がさわいでいた。

「やいやい! この人質が見えないのか! 無事に返して欲しければ俺達にメシを寄こせ!!」
「俺達はこう見えて、かなりの悪党なんだぞ!」
「そうだぞっ! 新聞にも載ったんだ!」

「リーダー…、それ人質じゃなくて猫じゃないすか? 猫だから猫質だと思うんだけど…。」
「ニャ〜?」

 …どうやら、道の真ん中で、黒いタイツ姿の4人の男達が猫を人質にして騒いでいるらしい。猫の飼い主であるらしき女性…ご婦人は、おろおろとしながら、その子を返して〜!と訴えていた。そしてその足元には、その猫の子供だと思われる毛並みの2匹が、まったく興味もなさそうに丸くなって寝ている。もちろん人質…、もとい猫質であるその猫も、何がなんだかさっぱり理解していないようである。

「ハッハッハッ! 俺達は二週間ほど前、ルーアン市においてがたい恐怖を振りいた怪盗シャムシール団だ! 遊撃士だろうがなんだろうが、俺達にはどうって事ないぞ!」
「ちょっとリーダー! …ゆ、遊撃士は怒らせるとヤバイですよ。この前もナメてて痛い目みたじゃないですか?」
「ニャー。」
 黒タイツの男達はやる気があるのかないのか言い合いをしながらも、猫を開放する気はないようだ。周囲の人だかりも、あまり事件だとは思って様子もなく、どちらかというと大道芸人でも見ているかのような雰囲気である。必死なのはこのシャムシール団を名乗る男達だけなのだろう。…あとは飼い主のご婦人くらいか。ちなみに一番平和そうなのは、人質の猫らしい。捕らわれの身でありながらも、心地よい日差しに当てられ、あくびまでするノンキさである。

「…ねぇ、カシウス・ブライト。この街には面白いオジさん達がいるのね。少し見直したわ。」
「呼んだ憶えはないんだがなぁ…。確か連中、ルーアンで問題を起こした4人だったか。」

 そういえば、新聞の欄外らんがい掲載けいさいされていた窃盗せっとう集団の記事を思い出す。海港かいこう都市ルーアンにおいて、連続窃盗事件を起こしていた彼らは、悶着もんちゃくの末に遊撃士に捕縛ほばくされたものの、一週間の奉仕活動の末に開放されたという。
 その後、となりの街である商業都市ボースでまたしても窃盗せっとうを働いたらしい。しかし今度は、紅茶の葉っぱ、ハム1枚、破れたテーブルクロスなど…あまりにもどうでもいい品ばかりを盗んでいたため、再逮捕されるも、またもや一週間の奉仕活動で開放されたという話を耳にしている。

 何かと面倒な連中ではあるようだが、いまこうして元気なところをみると大した事でもなかったのだと分かる。…まあ、深く考えるまでもなく、見たままが全ての、なんとも理解し易い集団であるのも確かなようだ。

「あら、レンちゃんに先生。めずらしい組み合わせね。」
 そこへ声を掛けてきたのは、カシウスの弟子である遊撃士、シェラザードであった。浅黒の肌に銀髪を持つエキゾチックな美貌びぼうを持つ女性である。彼女はエステルの姉的な存在であり、そしてまた先輩としても頼りになる相応そうおうの実力を持っている。このリベールを支える柱と言える一人だ。彼女の持つ「銀閃」の二つ名は伊達だてではない。

 …とはいえ、堅苦かたくるしさは微塵みじんもなく、常に気さくな雰囲気をやさない。そんなせっやすい彼女は、ひと言で言うと”頼もしい姉貴”といった印象である。

「おおかた…、エステルにこき使われて逃げてきたってトコロですか?」
「いいや、成り行きに任せた買出しだ。のっぴきならない事情というものでな…。ここで油を売ってたなんてエステルにはだまっておいてくれ。」

「ふふ…、帰ったらどうなっても知りませんよ?」
 この二人は昔からこうである。笑顔で冗談を言い合える良き弟子、良き師匠であった。それはお互いがお互いの役割を熟知しているからこそ信頼し、任せられる。力を認めているからこそ親密であり続けられるのだ。

 だからシェラザードには、このレンとカシウス二人だけの外出が、まだロレントに慣れぬレンをおもんぱかってのものだろうと分かっていた。口に出さずとも師匠のやる事はちゃんと理解している。

「レンちゃんもどう? ロレントには慣れてきた?」
「…はぁ……。」
 笑顔で問うシェラザードに対し、レンは呆れたような溜息で返した。

「あら、どうしたの? 溜息なんて。」
「…エステルもそうだけど、銀閃のお姉さんも少し警戒心がらないんじゃないかしら? ふふ…、レンがその気になれば、こんな田舎町なんて一晩で壊滅かいめつできるのよ? さすがの銀閃でも、このレンを止める事は不可能ね。一応はエステル達と暮らす事にはしたけれど、別に遊撃士程度にくっしたつもりはな───」

 …と鋭い視線で語るレンは、その恐るべき宣言の途中で、

 むぎゅっ…と、あっさり抱きしめられていた。


「ん〜〜、やっぱり可愛いわねぇ。エステルがいると先輩として自重じちょうしなくちゃいけないから、こういうチャンスは逃さないようにしないと。」
「………ちょっと……、レンの話、ちゃんと聞いてる? どう解釈するとこうなるのか説明願いたいわ。」

 などと言いつつ、ハートマークの浮かんでいそうな表情のシェラザードに抱きつかれているレン。あまりにも自分という存在の脅威が伝わっておらず、なんとも歯がゆい状況であった。

 そういえば、ほんの先日…。影の国事件後、久しぶりにこのシェラザードと再会した時も抱きしめられた気がする。別にエステルが居ようが居まいが関係なく抱きしめられているような気がするのだが、きっとそれは錯覚ではないのだろう。
 影の国までは皆がいる手前、抱きつくまではしなかったのだが…、本当は抱きつきたかったらしい。

「はぁ…、きっとティータも同じように被害を受けているのかしらね。」
 レンとしては、この遊撃士のお姉さんなら、きっと今の台詞せりふに真面目に危機感を覚えてくれて、楽しい勝負をしてくれるのではないか…、と少しばかりの期待をしていただけに、ただただ残念である。

 レンは経験上、人の言う事を聞かずに問答無用で抱きしめてくるお姉さん達には、もう何を言っても無駄だと理解していた。いかに天才であろうとも、こういう人種には勝てないのである。どうにもエステルの関係者は調子が狂う人ばかりだ。

「やいテメーら! いい加減にしやがれっ!! 俺達の要求を飲むのか!?」
「俺達、少しばかり強いんだぜ! お前らなんか怖くないんだぜ! でも、遊撃士はやっぱり勘弁だぜ!」
「さっさとメシを出せよ! お願いですよ!」
「ニャー!」

「あら、そういえば…。」
 …すっかり忘れらていたシャムシール団と人質、…ではなく猫質の猫が興奮こうふんしていた。考えてみれば、シェラザードもレンで遊んでいる場合ではない。残念ながら、そろそろ遊撃士の仕事をしなければならないようだ。

「じゃあ、シェラザード。あいつらは任せたぞ。…さて、レンちゃん、行こうか。」
「まったく…。レンは一体何をしに来たのかしら?」
 もちろん、と言ってはなんだが、カシウスもレンもシャムシール団をまったく脅威だとは思っておらず、少し面白い風景を見た程度の認識しかない。しかもそのまま雑貨屋へと向かうために彼らの目の前を素通りする。…だが、これが良くなかったらしい。

「おい待て! そこのオッサン!」
「うん? 何か用か?」
 シャムシール団のリーダーらしき男が、カシウスをじろじろと見ながら口の端を釣上げていた。何か良からぬ事を思いついているようだ。

「ふふ〜ん、…お前、弱そうだな。よし! この猫の代わりに人質になれ! ククク…、遊びは終わりだ!」
 なんと、シャムシール団のリーダーがカシウスを指名し、人質になれとおどしてきた。おどろいたのはカシウス本人ではなく、見ていた街の人々であった。

 リベールの国民なら誰でも知っている英雄、カシウスは元々ロレントに住んでいる。その知名度は100%と言ってもいいだろう。そして彼の名声と実力を知らぬ者も皆無である。何せこの国を救った英雄であり、同時に、名の知れた超実力者でもあるのは周知の事。にも関わらず、その偉大な英雄を前にして、弱そうだな…、などとよく言えたものだ。無知というのは恐ろしいものである。

 そして、その宣言に別の意味で驚いていたのが、他のメンバーらであった。

「ちょ、ちょっとリーダー! そ、それはヤバイよ!」
「そうですよ!! そんな事したら、俺達が悪人になっちゃうじゃん!」
「この人、確かに見た感じ弱そうだけど、なんか親切そうだよ? それを人質だなんて良くないよー。」

 本当に悪人なのか?と疑うしかない台詞に周囲は首を傾げるばかりだ。そして見ていた野次馬すべてが、「こいつら、いままで苦労してきたんだろうなぁ…」と同情までしていた。ここまで情けない悪人も珍しい。

「ふむ、人質か。それは困ったな。俺はこれから雑貨屋に行くつもりなんだが。」
「あっ! そうなの!? じゃ、じゃあその用事が済んだら人質になれ! いいな!?」

「ねぇ、リーダー。用事ある人を呼び止めたら良くないんじゃない?」
「そうだよなぁ。俺っちもそれ、賛成だよ。」
「リーダー最近わがままだよな。ちょっと失礼な感じだよ。」
 結局何がしたいのかわからないシャムシール団。シェラザードがそろそろ仲裁ちゅうさいに入ろうかと思った時、ちょっとした悪知恵を働かせた者がいた。この楽しいイベントを終わらせるなんて勿体無もったいないと思う者…。それはもちろんレンである。


「…ねえ、オジさん達。人質が欲しいのなら、レンがなってあげるわ。」
 レンは今まさに最高の悪戯いたずらを考え付いたとばかりに瞳を輝かせてかたりかける。そして浮かべる笑顔はけして親しみからのものではなく、新しい悪戯いたずらを思いついた喜びからくる愉悦ゆえつであった。

「え? お嬢ちゃんがかい?」
「そうよ。そこのオジサンは弱そうでも男の人でしょ? だったら抵抗するかもしれないじゃない?」

「あー、うん。そうだよなぁ。それはそうだ。」
「だからレンが人質になってあげる。子供なら抵抗できないし、きっと要求だって通るわ。」
 人のいいシャムシール団を取り込み、カシウスにちょっとした悪戯いたずらに付き合ってもらう。もちろんそれなりの条件が付いた悪戯である。さきほどの戦闘で遅れを取った分、らしをさせてもらわないと割りに合わない。そういう事なのだ。

 世間を巻き込んでの大々的な悪戯をもよおす事を、彼女は”お茶会”などと称するが、これはお茶会とは程遠い、井戸端会議いどばたかいぎ程度の他愛たあいの無い遊びである。もちろん、カシウスにとっては多大な迷惑になるだろうレンらしい遊びでもあるわけだが。

「…先生、いいんですか? 遊ばれてますよ?」
「困ったな。どんな勝負をいどまれる事やら。」
 レンの行動をながめながら、カシウスとシェラザードは溜息をついていた。そしてレンの悪戯がどういう意味を持っているのかを理解している。

 2人ならこの場を強引に収束しゅうそくさせる事も容易たやすい。しかしそれではレンに不満が残るだろう。早くこのロレントに馴染なじんで欲しいカシウスにとっては、このレンからの勝負を受けるしかないのである。シェラザードもそういう問題を理解していたし、何より英雄と呼ばれる師匠なのだから、この場で口を出すのはどうかと、それ以上に手を出す事もない。
 そして、レンもカシウスらが自分の意図に気づいている事など百も承知している。それが好意であると理解していながらも意地悪をしてみたくもなる、という心境だったのだ。

 だから、カシウスがこの勝負を受けるしかない立場だという事は理解していた。全てを承知した上で、レンはここでシャムシール団を篭絡ろうらくする事に精を出している。知らぬは本人達ばかりである…。


 しかし、シャムシール団はくさっても悪党だ。
 それも一筋縄ひとすじなわでいくような、そんなヤワな悪党ではない! 彼らの行動はレンの予想をさらに越えていたのだ!

「ねぇ、リーダー、これじゃあ本当の誘拐ゆうかいになっちゃわない? 俺達、相当のワルだけど、誘拐はちょっとなぁ〜…」
「そうだよねー。ちょっと考えちゃうよね〜。いくらなんでも悪すぎるもんな。」
「でもさぁ、もしかしたら要求が通るかもしれないよ? 少しくらいなら…。」
「馬鹿野郎っ!! お前には良心ってもんがねぇのか! 子供を誘拐だと!? そんな悪事が許されるわけねぇだろうが!!」

「……………………困ったオジさん達ね。」
 レンも多くの悪党や暗殺者、達人などとの一発触発の、それも命に関わるような緊迫きんぱくした立会いを幾度いくどとなく経験してきたが、…ここまでダメな自称悪人は初めてである。何がどうなるとこういうヤワな自称悪の集団が誕生するのか? レンの天才的頭脳をもってしても、まったくもって理解できない。本当にリベールとはおかしな国である。
 …しかし、利用させてもらう事に変更はない。あとはこのままきつけるだけだ。

「え〜と、そうね。思い切って誘拐すれば、きっと要求は通ると思うわ。それにここで有名になれば、また新聞にも載るかもしれないわね。今度は1面に大きく取り上げられるかも。もちろん写真付きよ?」
「えっ! ウソまじで!? それすごくね?」
「本当に新聞でトップ記事になるの! 写真に写るの恥ずかしいかも…。」
「俺、今日まだ歯磨いてないや! やばい! 臭いとか付くかな!?」


「おい、待て待て! 決めるのはリーダーの俺だぞ! まだ俺はうんと言ってないんだぞ!」
 リーダーの意地なのか、一人で抵抗している男にレンがさらなる言葉を付け加える。

「新聞が一番に取り上げるのはリーダーよ。きっとリベールだけじゃなく、エレボニアやカルバード、クロスベルやレミフェリアまで話題になるわ。これはチャンスね。シャムシール団の起こした事件なら、話題の怪盗Bも形無しね。」
「な…、なんだとっ! おい、お前ら! ちょっと集合!」
 シャムシール団は人質を申し出たレンもそっちのけで、4人で円陣を組んで話し込む。今まで猫質だった猫も、あっさり開放され、すでに椅子の上で昼寝に入っていた。

 しかし彼らは、ああでもないこうでもないと相談を続け…、5分が経過した頃、ようやく結論が出たようだった。

「よし、予定変更だ! 誘拐を実施する! これは仕方が無い選択だ!」
「うおお!! さすがはリーダー!!」
 見ていた野次馬でさえ無茶苦茶だと思えるその説得に、当のシャムシール団は大喜びである。すでに有名人になったつもりで大騒ぎだ。ここまで喜んでしまうと、さすがのレンも罪悪感を感じないでもない。

「さあ、行きましょう。まずは誘拐を成功させなくちゃ。街から出て交渉するのよ。」
「「「オー!!」」」
 …すっかりその気に乗せられてしまったシャムシール団の面々は、上機嫌でレンの言うままに街の外へと歩いていく。しかも人質のはずの少女が背中を押すように外へと歩いていくのだ。とんだ誘拐事件である。

 そしてようやく、レンがカシウスへと振り返った。
 その表情に浮かぶのは、まさに悪戯いたずら好きの小悪魔のような、可愛らしくもよこしま微笑びしょう…。

「じゃあ、行ってくるわ。でも、これから1時間は追ってこないで欲しいものね。人質の少女が錯乱してオジさん達を攻撃しちゃうかもしれないもの。タイムリミットは3時間後よ。それを過ぎても攻撃しちゃうかも。…それじゃあね、英雄さん。」

 つまり、1時間の間に隠れるから、その後2時間内に見つけられなければカシウスの負けとなる。そういう遊びのようだ。今回はレンが得意な”かくれんぼ”で勝負、という事らしい。

 人質はもちろんシャムシール団。まったく無関係のこの集団が、五体満足で生きて戻れるかどうか?はカシウス次第という事になる。今のレンならば故意こいに命をうばわないだろうと楽観する見方もあるが、ゲームにはペナルティがなくては面白くない。
 レン自らが手を下さなくとも、色々なペナルティを科す事はできる。魔獣の集団の中に彼らを取り残して、自分だけ帰るくらいの事はやりかねない。死なないならば骨の一本、二本程度が折れようと知った事ではない。それしきは想像がつく。レンはカシウスが無視できない程度の悪意を残すつもりなのだ。そして事情を知っているカシウスは、それを無視できない。

「それと、是非ぜひとも一人で解決して欲しいわ。英雄には孤独が付き物だものね。うふふふふふ…。」
「いやはや…、骨が折れそうだな。」
 意気揚々いきようようと街を出るレンとシャムシール団の背中を見送りながら、カシウスは困ったモノだと口にしつつも、少なからずの笑顔を浮かべていた。

 類稀たぐいまれなる天才少女レンの挑んだ勝負を、カシウスは真正面から受ける事となったのだ。









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