ティータとアガット ファイナルブレイク!

その3 『冗談じゃない!』
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BGM:FC「奴を逃がすな!」(サントラ1・32)




 僕とアガット先輩は走っていた。

 すっかり日も暮れて、夜のとばりが降りたメーヴェ街道はもう暗くて真夜中みたい。僕らは導力灯の明かりをたよりに全力で走っている。目指すのは海岸、オアネラが指定した海辺の砂浜、ティータちゃんがいる場所っス!

 …あの脅迫きょうはくじみた呼び出し状を受け取ったアガット先輩は、ティータちゃんを救うか、街の安全を考えてシャムシール団を確保するかを選択しなければならなかった。メチャクチャな話だ! そりゃあ僕だって大いにあせった! そしてティータちゃんが人質にとらわれた事で、アガット先輩はどうるすのかと心臓がバクバク鳴っていた。

 だけど、意外な事にアガット先輩は冷静だったっス。

 クルツ先輩がなぜか起きない事を知り、次いでシャムシール団がいる仮拘置所へと向かった。
 だけど彼らは逃げるどころか、なごんでいた。

 そんな確認をしていたから、当然のように指定の時間は過ぎてしまったけれど、アガット先輩は自分は冷静だと言っていた。僕にはさっぱりわからない。わからないけど、これだけは確信が持てる。ティータちゃんはまだ無事だという事だ。それがわかっているから、先輩は走っているんだと思う。



 ほどなく到着!

 昼間と変わらぬ穏やかな波が打ち寄せる砂浜と、遥かな先まで水平線の広がる蒼い海原。しかし今は海の先に日が沈み、暗く不気味な海があるだけだ。そんな中、この騒ぎの張本人であるオアネラが岩に腰を下ろして待っていた。海風に髪を揺らし、月の輝きに頬を照らされて、まるで完成された美術品であるかのように、ただ唯一の存在感としてそこに居る。

 …ぐっ! くそっ! さすがに美女だ。ただ岩に座っているだけだというのに、ああいう姿も絵になるのか…。闇にも負けぬその美貌びぼうは絶世と言うべきもの。あれだけの悪女だというのに、それでも僕を魅了してやまないあの物憂ものうげな表情。恋なんてしていないというのに、胸が締め付けられる程に高鳴たかなるこの鼓動こどう…。

 僕はいまこの手にオーバルカメラがない事を猛烈もうれつ後悔こうかいした。そして───!!
 …次のお給料で自分用オーバルカメラを買おうと決心した。今がダメでも、チャンスを見つけてジェニス学園のカワイイ子達の写真を撮りまくるっス。

「ケェヘヘヘ…。ようやくご到着ね。待ちわびたわよぉ〜。」
 暗がりの中でも異彩を放つような超がつく美人のオアネラは、片膝かたひざを立てて座ったまま、妖艶ようえんな笑みで出迎えた。しかしアガット先輩はけわしい表情のままで、長距離走で荒れた呼吸を整えている。…しかし、そこは体力のカタマリのような先輩。まったく疲れた様子もなく、オアネラに対峙たいじしている。

 ちなみに僕はというと、”ほどなく到着!”…の辺りですでに体力がゼロ、間違いなく力尽きているので、必然的に離れた場所から体育座りで見学モードです。申し訳ない…、どうか、この不甲斐ふがいない僕を許して欲しいっす…。

 どちらにしろ、いまの先輩に近寄ると危ないので、ヘタに手を出すより後方で大人しくしていたほうがいいと思いました。
 言い分けじゃないもんねー! そう思ったんですー!


「ティータは……どこだっ!!!」
 先輩の表情には動揺どうよう焦燥しょうそうりもない。ただ静かな怒りを感じられた。僕もこんな先輩を見るのは初めてだ。しかし、オアネラは気にした様子もなく、前を向いたまま微笑びしょうを浮かべ、後ろ側を指差した。
 そこは小高こだかい岩場、…高さは9〜10アージュくらいだろうか? 家で言うなら3階建ての屋根にいるかのような高さに小さな人影が立っていた。…いや、ただ立っているわけじゃない! 十字架のようなものにくくられていたっス!!

「ティータっ!!」
 アガット先輩の響き渡る叫びを耳にし、僕もただ唖然あぜんとするばかりだった。

 ここから見えるのは背中側だし、暗いからよくは見えないんだけど…、あの腰までの長い金髪に、赤いツナギは間違いなく今日ティータちゃんが着ていたもの。彼女は身じろぎもせずに、海の方へと向かされていた。こころなしか、ぐったりしているようにも見えるけど…、やっぱり位置的に顔までは確認できない。アガット先輩の声がしても動かないところを見ると気を失っているのかもしれない。

「嬢ちゃんには眠ってもらってるわよ。ヘタに暴れられても厄介やっかいだからね。先に救出されても困るからさ、遠ざけてもある。」
「ティータをどうするつもりだ! …いや、テメェのやっている事は遊撃士がやるべき事じゃねぇ!! 犯罪者の手口だ!!」

「あらぁん、どうしてそう思うわけ? アタシは子猫ちゃんの依頼でこうやってるワケ。本人からの依頼を素直に聞いて解決するのが遊撃士のお仕事じゃなぁい? 違うかしら?」
「ケッ! 馬鹿言ってんじゃねぇ。最初から全部が計画だったんだろうが。シャムシール団はともかく、クルツを睡眠薬で眠らせてみょうな口を出されないようにした。戦力として組まれる事も警戒していたんだろ? …そしてティータをエサとして俺を呼び寄せた。最初から俺がねらいだったんだろうからな。」

「あらやだ。そんなのクルツちゃんがいなくとも、他の支部に連絡すれば済む事じゃないの☆」
「フン、どうせ他の支部には手を回してあるんだろ? テメェは古株だし、テメェのやり口で黙らせる事もできた。…俺がこの場に現れるまで、全部テメェの筋書き通りってわけだ。」

 う〜む、先輩の推理からすると、オアネラはどうやらアガット先輩をこの場にまねくために色々と画策かくさくしたという事なのか。そこで戦力にもなり、頭も回るクルツ先輩はキスの時に睡眠薬を飲ませて排除はいじょした、と。…だとすれば、最初の登場から計画されていた、という事になるのかな? そうなるよね。


 ……ん! 待てよ!!
 じゃ、じゃあ! じゃあなんで僕は平気でいるの!?

 なんで僕だけ被害を受けず、足止めも喰らわないでいたの!? 一体…どうして!?

「せ、先輩! いや、オアネラでもいいから質問です!! どうして僕は無事なんすか!? いまの話だと僕だけ無事なのおかしくない?? 戦力が増えたらマズイんじゃないっスか!?」
「そんなの決まってるじゃな〜い。 イ・イ・オ・ト・コ、だからさ。」
「えええええええええええええ!!! 僕ってそんなに贔屓ひいきされるほど、美男子だったんスか!」
 ほんのりほおを染めてみる僕。ちょっと髪を整えたりして照れていました。
 手持ちの手鏡を出して、ナナメからの角度で鏡をのぞいてみると、そこにはヨシュア君並みの美少年が映っていた。

 …僕ってば実はイケテる男だったッス!

 すると…、アガット先輩はこうおっしゃりました。

「…お前を放置しても、何の影響もなかったからだろ?」
「イッヒヒヒヒッ!! チェリーは本当に面白いねぇ。最高よ〜!」

 絶望を感じました…。
 戦力にもならず、頭も回らない僕。少しもイケテませんでした。……心が泣いていました。


「ふぅん、タネ明かしが終わったところを悪いけどさ、ボウヤはこれからどうしたいわけ? この身体が欲しいなら、力づくでなくちゃイヤよ〜。」
 胸の下で腕を組んで胸を寄せたオアネラ。くそっ! なんというボリューム! はちきれんばかりとは、まさしくこの事!! オーバルカメラさえあれば…!! なんでカメラ持ってないんだ! …僕は改めて絶望した。

「ふざけられるのも今のうちだぜ、犯罪者さんよ。これは依頼なんかじゃねぇ。テメェがやった事は遊撃士の枠から逸脱いつだつしすぎている。今はただの悪党だ。」
「えー、だったらどうするの? このアタシを捕まえちゃう? すでにアタシはボウヤのとりこなのよ〜。」



「ふざけんじゃねぇ!!」

 まるで大気そのものが震えるかのような先輩の咆哮ほうこう! ける竜であるかのようなその気合のかたまりは、それだけで周囲の全てを破壊しそうな程の威力が込められている! 少し離れた場所で見ている僕でさえ、アガット先輩の気迫が恐ろしくて腰を抜かしてしまいました! …これが…、これが先輩の本気という事なんでしょう!

「俺だけならともかく、ティータまで巻き込みやがって…。」
 身体から闘気が吹き出しているかのようなアガット先輩。その双眸そうぼうには明確な敵意を宿し、それは眼前の美女へと向かっています! 完全に怒り爆発状態です!

「オアネラ! テメェは俺が叩きのめす!」
 背中より重剣を引き抜き、それを正面に構えて戦闘態勢を取る先輩。
 それに対しオアネラは、それでも動じる事なく殺意にも似た視線を軽く受け流していました。いつもの余裕の表情は少しもかげっていません。これほどまでの圧倒的なパワーをまったく感じていないかのような、すずしげな顔をしています。アガット先輩の本気の気迫、僕なら腰を抜かすだけでなく、その場で泣き出してしまいそうなすさまじさだというのに、…彼女には怖くないのでしょうか?

「あら〜ん、怖いわね。…そんなおっきなモノを向けちゃって、若いからってあせっちゃイヤよん☆」
「黙れ! この売女ばいたがっ!」


「ふふ、威勢だけはいいのねぇ。でも、そういう事を言えるのかな〜??」
 かなり場違いな、屈託くったくのない笑みを浮かべたオアネラの手には何かがにぎられていました。だけどよく見えません。暗い、というのもあるのですが…、遠くてよく見えない。…でも、確かに何かを持っています。

「じゃあ、ポチっと押しちゃうんだから〜。」
 その言葉と共に、ボン!という小さな爆発音のようなのが耳に届きました。それはなんとティータちゃんのいる岩場!! しかも、くくりつけられているティータちゃんの足元での爆発です! 小さな爆発と共に、なんと折れた十字架ごと海へと落ちていくではありませんか!

 十字架に括りつけられたままのティータちゃん!! そのまま海にまっさかさまにダイブ!
 手足を縛られた状態だっていうのに、こんな事をしたら、どんな達人だって死んじゃう!


「ティ、ティータ!!!」
 戦おうと闘気を宿していたアガット先輩が悲鳴ひめいにも似た叫び声をあげ、そして重剣を打ち捨て、そのまま全力で海へと走り、飛び込みます!! オアネラを気にしているひまなどありません、当たり前です!! 僕もドびっくりして先輩を追いかけるように走りました! このままではティータちゃんがおぼれてしまいます!

 疲れた体を無理矢理に動かして、僕もアガット先輩を追います! しかし───、


「ぐぎゃ!」
 なんとオアネラが長い足を出して、僕をひっかけ転ばしやがりました!! ちくしょー、何しやがるんスか!!

「お待ち。チェリーの出る幕じゃあないさ。」
 と、ほざいて、倒れている僕の背中をハイヒールで踏みつけます。ぐぇ…、ぐるじい〜……。

 一方、アガット先輩は危険な夜の海をモノともせず、全力でティータちゃんの元へと泳いでいます! いまだ気を失っているのか、ティータちゃんは身体を十字架の下! 海の中に沈めながらもピクリともしません。このままでは溺死できしは確実です!

「ティ、ティータ! しっかりしろ! 今、俺が───」
 まさに死に物狂いというアガット先輩は、ようやくティータちゃんの元へと泳ぎ着きました。そして十字架ごと海水に沈んだティータちゃんをなんとかひっくり返し、抱き上げようとしたのですが……。

「なんだこりゃあ!! 人形じゃねえかっ!!」
「────は?」
 再び絶叫を上げたアガット先輩。その腕の中でぐったりとしている身体は、確かにティータちゃんの服を着ていますが…、顔も身体も布で出来た、のっぺらぼう!! なんとそれは人形でした!!
 外れたらしき長い金髪のカツラが、波にただよい、プカプカと浮いていました…。

「イーーーヒッヒッヒッヒッ! ひっかかったひっかかった! あっはははは! オカシイの〜! 遊撃士のアタシが、一般人まで巻き込むわけないじゃないさ。あの子は宿屋で寝てるわよぉ、服だけ貰っちゃったんだけどね☆」
「く、くそおおおおおおお! オアネラぁぁぁぁぁ!!」
 なんと! オアネラはティータちゃんを巻き込んではいなかったのです! アガット先輩は様々な謎を解き明かしましたが、まさか肝心かんじんのティータちゃんがさらわれた、という内容まで嘘だとは思わなかった。そんなの、僕だってだまされるよ!

 ん……、あれ…??? そういえばオアネラが言ってたような…。

 ティータちゃんとの話があるって別れた時、自分の誇りに賭けてこの子は傷つけないとか…。
 あれって、冗談とかじゃなかったの???

「クソ女がっ! 今度こそ叩きのめしてやる!」
 アガット先輩は限界をさらに越えた怒りで超爆発しそうな物凄い顔で、全力で泳いで戻ろうとしていました。しかし、オアネラはニンマリと口のはしを釣上げ、アガット先輩に向かって、とんでもない事を仕掛けようとしていたのです!


「 ────氷結のことわり 普遍と極限の凍土よ きらめく世界を包み込め───」
 なんと、オアネラがアーツ魔法を唱えます! これは僕も一度だけ聞いた事がある! これは、この魔法はっ!!

「駆動魔法! 【コキュートス】!!」
 オアネラの声と共に、水属性最大の攻撃アーツ魔法が炸裂したっス! しかもその標的はアガット先輩! 海でけようのない先輩に、なんの容赦ようしゃもなく凍結魔法をブチ込みやがったのです!!

「ぐああああっ!!」
「まだまだボウヤって事かしらね、アガットちゃん。ざ〜んねんでした☆」
 泳ぐのに精一杯で、回避などできるはずもないアガット先輩が、みるみるうちに氷ついていきます…。周囲の海と共に固まっていく先輩にはす術もありません。これはいくらなんでもあんまりです…。
 ですが! アガット先輩はそれで終わる戦士ではありませんでした!! なんと完全に氷結し、氷壁に包まれた周囲を膂力りょりょくに任せて突き破り、中から強引にい出て来たのです! コキュートスにより痛烈なダメージを受けた先輩は、根性でそれを耐え切ったのでした!

 そして…、ボロボロになりながらも、なんとか浜辺へと泳ぎ着いた先輩。すでに体力を使い切っている先輩ですが、それでもオアネラと戦うために、重剣をひろって構えようとしています。本当に凄いっス…。いまだオアネラの足にみつけられている僕とは、何もかもが違うっス。

「しつっこいわね〜。ボウヤはもう寝る時間よ?」
「だ、だ、黙れ……、こ、このクソ女が……。」
 構えてはいるものの、立っているのがやっとのアガット先輩。それを見るオアネラは、イライラするのを解消するかのように、より強く僕を踏みつけます。ぎゃあああああああ! 先輩HELP!

 重剣を構えた先輩は、疲労で倒れそうになりながらも、呼吸を整え攻撃の間合いを詰めています。
 いくら疲労していようとも、戦う意思は折れたりしないのです!


「ふぅん。あの頃よりは少しだけ成長したって事ね。めてあげるわよん。」
「………………。」
 アガット先輩はもう何も反論せず、剣だけに集中しているようでした。しゃべる体力さえ温存し、そして相手にまどわされないための戦術という事なのかもしれません。
 そして、オアネラだけが何も変わらぬままです。腰に手を当てて余裕をくずしませんでした。もっとも、僕は足の下にいるので表情まではわかりませんが。

「いいわ。それならアガットちゃんにはご褒美ほうびをあげちゃおうかしら。」
「せ、先輩! 助け……ふんぎゃー!」
 そう言うと、オアネラは僕を思い切り蹴り飛ばし開放したっス!! 僕は痛みをこらえつつも立ち上がり、必死になってアガット先輩の元へと駆け寄ります。なんとかあの女から離れられました。

「………メルツ、お前は下がれ…。あの女、また何か仕掛けてくるぞ。」
「は、はいぃぃぃ!!」
 ですが、そのやりとりの間にも、すでにオアネラは次のアーツ魔法の詠唱を行っていました!



「───深淵よりも仄暗ほのぐらき、煉獄輪廻れんごくりんねが久遠なる闇雲よ、我が敵を縛るくさびとなれ───」


「駆動魔法【ディアボロス・オー】!」

 な、なにそれっ!? 今度はまったく聞いた事のない詠唱っス! 普段は耳にしない系統であるようにも思うけど、それを冷静に考える前に、異変は起こった。

 突然、周囲が暗くなる! 夜の闇より暗くなる! 目は見えているのに、真夜中であるような夜がさらに濃く深くなり、足元でさえ見えなくなる! この感覚を例えるなら、急に暗い場所へ入った時、目が慣れるまで周囲がまったく見えないのに似ている。…しかしこの闇には、少し目が慣れてはくれなかった! 暗闇のままで完全に視界をさえぎられてしまった!

 ただひたすらに暗い。完全な闇なのだ!


「ど、どうなってるんスか! アガット先輩! どこですかー!?」
「動くな、メルツ! 位置まで変わったわけじゃねぇ! しかし…、俺もこんなアーツは見たことがねぇ…。」

「そうだろうさ。滅多に使わないオリジナルだからね。」
 オアネラの声は、さきほど居た位置からではなく、周囲のあらゆる場所で反響している。一体どこに居るのか、声で判別つけるのは難しい。…いや、無理だ。

「これは地の底、煉獄に広がる闇を召還する技よ。生ける者には越える事かなわぬ無明むみょう……。どう? 居心地は。」

「出てきやがれ! オアネラ!」
 アガット先輩はどこへともなく大声を上げた。しかし、それへの返答はなく、ただどこかよりオアネラのくすくすと笑う声が届く。周囲は完全な闇。次第に僕は不安に駆られる。……ちょうどその時、アガット先輩が苦痛の声を上げた!

「ぐあっ! ───がほっ…!」
「ど、どうしたんスか!? アガット先輩っ!」
 見えない中で、アガット先輩は攻撃されているのだろうか? うめき声だけが届く事で僕の不安は恐怖へと変わっていく。何が起こっているのかがわからない状況で、僕は完全に闇を恐れていた。

「くっ、くそっ! ぐはっ!!」
 だけどそれでも、先輩の苦悶の叫びは止まらない。肉を打つ音だけが耳に届く。オアネラはこの暗闇を利用し、何度も何度も攻撃しているという事だけはわかった。アガット先輩はこの暗闇の中で、何も見えないまま攻撃され続けているんだ!


「さあ、アガットちゃん。まだやる気? やめた方がいいんじゃない?」
「───ぐっ…、ちくしょ……。オアネラ…、てめぇは…オレが…。ぐあああああ!!」

「ケェヘヘヘヘヘ!! イーヒヒヒヒヒ!!」
 悲鳴にも似た先輩の苦痛、そしてオアネラの狂ったような笑いが暗闇に木霊こだまする。
 これはもう戦いじゃない。もっと一方的な───、リンチだ。

 僕はもう、どうする事もできずに、ただひたすらに恐ろしくて、両手で耳をふさいで震えているしかなかった。こんな事になるなんて予想もしなかった。

 そこでふと、僕は思い出した。ジャンさんが言ってたあの言葉。




「誰がとも無く付いた二つ名は、───【夜の帝王】…だよ。」



 深夜の飲み屋さんみたいなイメージを連想してしまった自分が情けない。
 あの姿ですっかりそうだと思い込んでしまった。それこそが一番の嘘だったんだ。

 夜の帝王、それは完全な闇にまぎれて一方的に敵を攻撃する。この暗闇で彼女に勝てる者は誰一人いない。
 だからこそ付いた二つ名だったんだ!


 …だとしたら、こんなヤツを相手にできるわけがない!



 冗談じゃない!





「さぁて…、この赤毛のボウヤが終わったら、次はチェリーの番よ。徹底的に叩きのめすから期待しててね☆」
「やめてえええええええええ!」

 本当に本当に冗談じゃない!!




 僕はあまりの恐怖で、サックリ気を失った───。







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