ナイトメアがやってくる!

フルーレ・エピローグ 『 続いていく道 』
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BGM:「紫苑の家」 (3rd サントラ2・03)








 ───アルテリア法国。

 そこは七耀教会が本拠地を置く法治国家であり、その中の『封聖省』という部署に、彼らはいる。所属するアーティファクトの調査、回収を行う組織。それが星杯騎士団だ。


 古代文明の遺産を回収すべく立ち上げられたその組織は、いま、一人の女性が総指揮を取り、統制を律している。彼女は上層12名から成る特別に抜擢された人員達、そして多くの要員達の旗頭として日々を生きる司令塔。

 アイン=セルナート総長は、自室にて書類の閲覧をしていた。





 扉を軽くノックする音で意識を戻した彼女は、入れ、と言葉少なく返答だけして書類を置く。そこに入ってきたのは、一人の兵士と、それに従うように付き従う幼き少女であった。
 あでやかで流れるような白の髪、そしてエメラルドの光をたたえる瞳が、険のある視線でアインを注視している。


「例の子供を連れて参りました!」
 どうやら、警備の僧兵らしいその男は、荷物の搬送でも終えたかのようにアインへと報告する。

「ご苦労だった。……では、キミは下がりたまえ。」
「はっ! しかし報告の少女であります! 総長の身に危険があるやも知れません!」
 熱意ある愚直さは番兵としては悪くない。しかし、空気も読めないデリカシーの無さはいただけない。

「問題ない。……それとも、キミは私がその少女に手傷を負わされる。総長は弱そうなので放置できない。こう言いたいのだな?」
「い、いいえ…、自分はそのような事など……。」
「なら下がりたまえ。それに女同士にしか話せない事もある。……そういうのが好みか? キミは。」

「し、失礼しました!!」
 慌てて出て行く僧兵を目で追うアイン。しかし、目の前の少女はそんな彼には目もくれず、しっかりと彼女を見据えている。どうやら、友好的とは考えてくれないらしい。……まあ、立場をかんがみればもっともな話だ。


 邪魔者が消えて、部屋には二人だけになった。アインと、そして幼き少女フルーレ=イアソン。
 アインは椅子から立ち上がると、彼女を出迎えた。

「許してやってくれ。あれでも使命感は人一倍なんだ。彼なりに私の身を案じてくれている。」
「…………………。」
 フルーレは何も言わず、ただ、彼女を見る。……そしてようやく口を開いた。



「傷の手当て、リハビリテーション…。何から何までお世話になりました。ケビンさん達の口利きがあったとはいえ、それでも不自由なく完治する事ができました。ありがとうございます。」

 そう述べてお辞儀をする。あの日、セレストがきっかけを作り、教会で治療してくれたおかげで、フルーレは驚く程の短期間で体を元のように動かせるようになっていた。亡くなった両親の事は未だに辛かったが、それでも前向きの心で今日まで生きていた。

「それは何よりだ。教会の医療設備が優れている事が実証できたというもの。礼には及ばんよ。」



「さて、もう体調はいいようだな。では、感謝に見合う代償を払ってもらうとしようか。」
「………やはり、そう来ましたか。」

 フルーレが警戒していた理由、それがこの言葉だった。自分の能力を知った星杯騎士団がそれを手にしようと動くのではないかと思っていたのだ。ケビン達には感謝しているし、信頼も寄せている。しかし、騎士団の上層部はそうとは限らない。
 彼女の能力を利用しようとしても、なんらおかしくない話であったからだ。



「私はどんな者であっても、その精神世界を支配して容易に操作し、殺す事さえ出来ます。……たとえ、貴方がどれだけの力を持っていたとしても、私には関係ありません。」

「知っている。」

「そうですか、……もし、悪用を考えているというのなら考えがあります………。」
 フルーレは身構え、その力を発現させようとする。星杯騎士団のトップに選ばれた女性、アインと名乗る者がどれだけの力を持っているのかはわからない。しかし、それでも操られるわけにはいかない。

 たとえこの身が再び朽ちようとも、レン達と約束した生きるという言葉を違えたとしても、これだけは譲るわけにはいかなった。誰かを守るための以外の事に、この力を使うつもりはないからだ。



 アインは小さく笑うと、引き出しから書類を取り出した。そして、フルーレへと投げてよこす。

「…………なんです……? これは…………。」
「見たとおり、アルバイト申請書だ。これよりキミには、臨時シスターとして孤児院で働いてもらう。」













「……………………は?






「いま……なんと……?」

「だから、言った通り、ウチの付帯施設である”チコリの学び舎”という孤児院で、臨時シスターとして働いてもらうんだ。……ちょうど、院長のバアさんがギックリ腰になってな、人手不足でキリキリ舞いなんだ。」


「由々しき事態だったため、星杯騎士団の緊急特別任務として守護騎士ケビン=グラハムを先行して向わせたのだが……、2日で増援を求めてきた。赤子の夜泣きがひどくて寝られない、などと報告してきた。あれはダメだ。……根性のないヘタレだからなぁ……。今度の渾名は《赤子泣かし》に決まりだな。」








「…………………。」











「…………あの……、私の力を知っていて、それで利用したいのでは……ないのですか?」

「もちろん報告を受けたし知っているさ。……しかしな、思うんだが……言う事を聞かせたいなら、わざわざそんな能力など使わなくとも、殴った方が早いだろう? 尻を蹴り飛ばして言う事を聞かせた方がてっとり早い。」

「え…………ま、まあ………そういう手段も……なくは……ないですが……。」
 いくらなんでも、それは野蛮だとは思ったが、フルーレは口ごもる。これも自分を油断させる手なのではないか、と慎重に情報を整理し、アインの言葉が嘘ではないかと探る。……しかし、フルーレだからこそ、彼女の瞳には嘘偽りなどなく、本心からそう述べているのがわかってしまう。

 本気で殴った方が早いと思っているのだ。…まあ、正論といえば正論かもしれない。


「そ、それでは、うちの……イアソン家の財産が目当てなのでは?! 土地や家財を含めればそれなりの資産に……。」
「キミはさっきから何を言っとるんだ? ここは七耀教会だぞ? 毎日、頼みもしないのにキミの家2、3軒分の寄進があるんだ。くれてやるほどあるぞ?」

 フルーレはまたも彼女の心から真偽を確かめてみるが……、これも本心だ。星杯騎士団のトップにしては随分と不謹慎な発言のような気はするが、やはりまったく嘘がない。


 さすがのフルーレも、アインの言葉を信用せざるを得ない。本当に彼女は、自分の力など必要としていないらしい。
 手元にある書類に目を通す。それはアルバイト申請書というよりも、人事異動を示すものであった。シスターでもなんでもないフルーレを、シスターとして孤児院へと手伝いに行かせるつもりのようだ。


「………で、ですがこの書類は七耀教会のシスターに対するものではないですかっ! 私はシスターでもなんでもなく、聖典を読んだ事さえもない…。孤児院などには向いているわけがなくて……。」

「どうでもいい事をいちいち細かいな、キミは。ケビン君がワガママ嬢ちゃんと言っていたのがわかった。……シスターかどうかなど、大した問題じゃない。なんなら今からでもシスターという事にすればいいじゃないか。もし本物かと問われれば適当に聖典でも読んでやれば皆、信じるさ。」

「……………………。」
 フルーレは唖然とした。星杯騎士団のトップから、まさかこのような事を言われるとは思ってもみなかったからだ。一人で生きてきたせいもあり、まず疑う事を考える彼女からしてみれば、絶対に利用するつもりだ、としか考えていなかったのだ。

 ……というか、この人はズボラすぎだと思った。
 だが、能力の使い道や寄進など、その言葉は的を得ているようにも思う。




「前に、チコリの学び舎へ視察に行った事がある。……あそこは様々な不幸に巻き込まれて集まった、星杯騎士団がらみ事件で集められた幼い子が多くてな、なかなかデリケートなんだ。……だから、キミならば適任だと思った。幼い子の面倒を見るのには向いているんじゃないかと思ってな。」

「…あ…………。」
 心に傷のある子供達の面倒を見る。それは確かに、自分に向いている仕事なのかもしれない。過去に傷つき、今を生きる自分になら、怯え悲しむ子供達に何らかの力になれるのではないか、そんな風に思えた。
 ……それに自分の能力ならば、きっと精神的な面でも癒す事が出来るだろう。これ以上の適任はないのかもしれない。


「しかしな! 覚悟しておけ。…あそこは院長がリタイヤしてすでに2週間。あそこのガキ共の元気さを考えれば、もはや舎内は混沌カオスと化しているだろう。…いちおうは屈強の《守護騎士ドミニオン》が手に負えない始末だからな。」


「………でも、……私みたいな……、汚れた者でも………出来るので……しょうか?」
 申し出は素直に嬉しい。しかし、自分にはその手伝いをする資格があるのかを疑問に思う。娼館で働かされていた。《身喰らう蛇》に所属していた。……そんな自分が、幼い子供達を世話するような高尚な人物だなんて、とても思えない。純真な子供の心までを汚してしまうのではないかと、フルーレは苦悩する…。


「キミは、わざわざ子供達に過去を話してから仕事をする気なのか? 幼い子供に聞かせなくともいいような話を聞かせるつもりか?」
「………いえ…、それは……。」

「なら、話す必要などないだろう? 彼らが見るのは、いまのキミだ。過去のことなど関係がない。あの子らはただ、新任のシスターがどんな奴なのかを楽しみにしているだけだ。」





 ちょうどその時、扉をノックする音がした。それと共に聞こえるのは、自分の看護をしてくれた従騎士、リースのものであった。

「失礼します。総長……! あ、フルーレさん……ここに居たんですね。探しました…。」
「あ。はい……。書き置きしておけばよかったですね…。すいません。」
 どうやら、いつものようにフルーレの部屋に行ったリースが心配してくれていたらしい。ここを訪れたのはそれだけの理由ではないようだが。

「ふむ、リース。ちょうど良いところへ来たな。フルーレ君が納得してくれない時の助け舟に、と思って呼んでおいたのだが、どうやら彼女はわかってくれたらしい。……いいのだろう? フルーレ君。」

「あのっ! ……………いえ。…………喜んで受けさせていただきます。」

「そうでしたか。良かったですね、フルーレさん。」
「はい。」

 フルーレは涙を浮かべ、新しい道を進める事に喜ぶ。大変かもしれない。途中で音を上げてしまうかもしれない、だけど、それでも努力してみたい。頑張ってみたい……。心から、そう思えた。


「さて、どうせ出発は明日だ。今晩は祝杯でもあげにいくか。…どうだ、フルーレ君。よければ私が酒の飲み方も伝授しよう。」
「それは遠慮させていただきます。」
 アインのふしだらな誘いを、笑顔のまま即座にキッパリと断るフルーレ。しかし、その瞳にはすでに彼女への警戒心は消えていた。今はただ、感謝だけを述べたいと思っている。


「まったく、噂通りのワガママ嬢ちゃんだな。」
「わ、我侭って言わないでください……。ちょっと気にしてます。」

「まあ仕方がない。では、リース。彼女の分はキミの担当だ。フルーレ君が飲めない分、キミにトコトン付き合って貰うからな。」
「え”………。」





 夕暮れ時………その賑わう街を3人が歩いていく。
 その後姿は楽しげで、誰が見ても微笑ましいものであった。



 フルーレは生きる事に目標を見つけた。
 癒されても癒しきれない彼女の心を照らす道を見つけた。

 きっとそれはどこまでも続いている。どこまでもどこまでも、長く遠くへ続いている。



 いつか彼女が大人になり、自身が生きてきた道を振り返ったとき、辛く悲しい思い出が、たくさんの嬉しい思い出に塗りつぶされる事を願い、彼女はまっすぐに道を歩いていく。








「あの……アインさん、…ありがとうございます。」
「ほほう、殊勝しゅしょうだな。そんなに感謝してるなら、たまには私の書類整理でも手伝ってくれ。面倒すぎる。」

「遠慮します。」
 そうキッパリ断るフルーレは、どこか楽しそうであった。
 …まあ、少しくらいなら恩返しをしてもいいのかな、と思いながらも、いま彼女はただ……前を向いて歩いていた。暮れていく街並みを、……ただゆっくりと。










 未来へと続く、その道を─────。













〜 Fin 〜







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