嗚呼、ジョセフィーヌはいまいずこ

O 空を駆ける翼のように
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「ここは……、一体…。」
 クローディアは空に浮いたように地面もない、不安定な場所に置かれたような間隔に囚われた。自分は敵の攻撃を受けて、異空間に飛ばされた、という事だけはわかる。

 実験都市リベルアークにおいて、エステル、ヨシュア、クローディア、ジョゼットとの4人でアンヘルワイスマンに挑んだ最終決戦で、ジョゼットが受けた攻撃を思い出していた。それがこの攻撃だろうという事も理解していた。
 あの時も異空間のような場所で戦ったが、地面が透けていたので、アンヘルワイスマンの尾が迫る前に逃げる事ができた。しかし、今回の足場は地面そのものだった。だから、その可能性はないはずだ、という固定観念を持ってしまった。

「なんて、事……迂闊うかつだった……。」
 クローディアは自分の愚かさを呪いながら、視線を巡らせる。すると、そこでは外の景色が見えた。剣を飛ばされたアネラスと、世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイが見える。空の上から彼らを見ているような感覚だ。

 手は動く、足も動く。重力を感じないだけで、体の感覚は全て持っていた。それと同時に、既視感が働く。……これはまるで、カプトゲイエンに囚われた時と同じような状況だ。もしかしたら、カプトゲイエンのあの捕虜収容スペースそのものが、この異空間を意識した作りになっていたのかもしれない。だとすれば……。

「出口はない……。」
 その事実が、クローディアを打ちのめす。こんな時になって戦えない自分が情けない。きっと、あの時のジョゼットさんもそう思っていた違いない。戦う姿が見えるのに、手を貸す事も出来ず、魔法も遮断されていた。もちろん、声を届ける事さえもできないのだ。

「それでも、私は囚われたまま泣いているのは、もう嫌だから!」
 不甲斐ない自分はもういらない。いま戦わなければ全てが水泡と化す。だから、絶対にここから出なければ! ……クローディアはアネラスの姿を人目見ると、とにかく出る方法を探そう、と様々な事を試みていく……。








◆ BGM:SC「Outskirts of Evolution」(SCサントラ2・14)







 全ての加護を失ったアネラスは立ち尽くすしかなかった。何も残っていなかった。
 ただ残されたのは、眼前に殺意を向けている敵のみ。

 頼れる友人は異空間へと送られ、武器もない。そして多大な加護を与えてくれた魔法も完全に消え去っていた。この状況で、勝つのは例え英雄と言われたものでも絶望的である。


《さあ! どうする!? 泣き叫ンデ許しを請うカ? 恐怖に怯えて絶命すルか!? 簡単には殺さサナイ。延々と地獄を味合わセテやる! 五体裂いテもなお、この怒りは収まらナい!》

 通常の能力に戻った彼女に敵の攻撃が迫る! 一瞬の攻撃に反応する事も覚束おぼつかず、なんとか転がって避けるものの、それを切り返しての攻撃もできない。なにしろ武器さえもないのだ。いくら敵を倒せばクローディアが戻るとはいえ、何もない状態で倒せるわけもない。

「こ、このままじゃあ……。」
 アネラスは吹き飛ばされた”カレー剣”を探して視線を巡らせる。剣は彼女の位置より後方、12セルジュ程離れた右後方に落ちているようだ。しかし、たったそれだけの距離でさえ、後ろを見せれば即死。敵は逃さず追撃してくるだろう。

《ドウした? 剣が欲しイんだろウ? 取りニ行けバいいじゃナイか! クハハハハ!》

 肌寒い夜気が漂う中、頬に汗が伝う。敵も彼女が剣を欲している事ぐらい承知している。当然のように持たせる気はないなろう。なぶり殺しにしたいがため、この状況を楽しんでいるのだ。

 不意に彼女の心に過ぎるのは不安感。自分一人じゃないという事が判ってはいても、この状況を前にしてそれを覆す事が容易ではないと知れば、誰であろうと不安を抱くのは当然である。しかも逃げる事は許されず、友人を救わなければならない。そういったプレッシャーにも彼女は潰されそうであった。
 だが、けして折れない。ここで自分が諦めてしまえば、それで全ては終わってしまう。死中に活あり、その言葉が示すとおり、生き延びさえすれば必ずチャンスは巡ってくるはず。それを信じて、いまは耐えなければならない。

「言っておきますけど、女の子にモテないって言ったのは取り消しませんから。」
 余裕などどこにもないというのに、わざとそういうセリフを吐いてみせる。弱気 見せれば付け込んでくるだろう。ここは時間を稼いで、じりじり下がって剣を手にするしかない。


《ククク……時間稼ぎデモ、シタイのか? 剣を取ルためニ必要なんダろう?》

 当然のように読まれている。だが、それで諦めるわけにはいかない。
 ……彼女は胸元に潜めてあるそれを確認し、ゆっくりと下がっていく。きっと1度しか剣を取るチャンスはないが、それでもそれを使うときまで時間を稼ぎつつ、下がらなければならない。
 アネラスは賭けに出るため、自ら時間を稼ごうと、敵へと話しかけた。

「さっき、クローゼちゃんに聞きましたよね? 現実問題として提示されている状況は、英雄が敵意に立ちふさがるものでしかないって……その答え、私知ってるんですけど、聞きたくありませんか?」

 敵が興味を持ちそうな話題といったら、これしか思いつかなかった。可愛い動物の話ならいくらでも知っていたが、そういうわけにもいかない。彼女は経験が浅い。だから、こういった取引的な窮地きゅうちを打開するようないい言葉が浮かんでこなかった。これで敵が乗ってくれる事を祈るしかない。


《ふん……まあイイ。では、お望み通り、時間を稼がセテヤろう。イくら英雄だトテ、英雄の定義が同じデハナイだろう。ドウセ殺す事にハ変わりがナイカラな。無駄だろうが聞いテやろう。》

 あまり歓迎はされていないようだが、一応は乗ってくれたようだ。アネラスはこの戦いが終ったら、少し交渉術でも学んでみようと反省しつつ、思い描いていた言葉を編み出していく。

「私はクローゼちゃんの意見に賛成ですけど、ちょっと違います。違うというか、補足です。」
 大きく息を吸い込んで、思い切って叫んだ!










「私はアイスクリームが大好きです!」




「特に! 西区のアイス屋さんのアルティメット・ロイヤルバージョンなんて最高です! もう想像しただけでヨダレものです! 毎週水曜日はポイントカード二倍押しなので、これは死んでも行かなければなりません! だから水曜日が大好きです!」













 妙な沈黙が生まれた。あの世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、その意味を探る事無くすぐに言葉を返す。



《………ダから…、なんダ?》








「私は、ヌイグルミも好きです。可愛い食器や、お財布、バッグにポーチにお洋服、全部ぜ〜〜〜んぶ大好きです! ……だけど、いくら英雄さんだって、アイス作るのが上手いわけじゃありません!」


「カシウスさんなら何でも出来ちゃうかもしれませんけど、アイス屋さんと味勝負したら、きっとアイス屋さんの方が美味しいはずです! ヌイグルミを作ってくれるのは職人さんです! カシウスさんなら器用に作るかもしれませんが、本職の人には真のプリティさは及びません!」


《……………?》

「でも、カシウスさんは軍人さんで、遊撃士でもあります。そっちの仕事を競ったら、きっとアイス屋さんもヌイグルミ職人さんも勝てません!!」







「確かに、いまこの国を支えているのはカシウスさんかもしれません。だけど、それ以外の人が頑張っていないかって言えば、そんな事ないはずです! カシウスさんにご飯を作るコックさんも気を配っているだろうし、会議資料をまとめてくれる秘書官さんがいるから、迅速な会議ができるんです!!」


「クローゼちゃんが言った通り、人は互いに折り合って歴史を作っているんだと思います。カシウスさんが居なくても困るけど、私はアイス屋さんが居なかった泣きます! 私から見たら、アイス屋さんも英雄です!!」



「みんな頑張っていて、それを欲する人達がいる! 戦ったりする人、生活を支える人、その人達みんなが居るからリベールなんです! だったら、英雄ってわざわざ分ける事に、なんの意味もないじゃないですか!?」





「英雄かどうだかなんて、そっちで勝手に言ってる、どうでもいい事なんですよ、そんなの!」



 その叫びと同時に、後ろを向いて駆け出す。目指す先はカレー剣である!

 話を聞いてはいたが、隙を作らず狙っていた世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、背中を向けた瞬間、槍のような七本の指を伸ばして襲う! だが、彼女とて無策ではない!
 アネラスは胸から下げていたオーブメントを捨てていた! 駆動魔法の発動場所を指定せず、そのオーブメント本体を軸として発現させた。それは風の駆動魔法【エアリアル】、小さな竜巻を起して敵を切り裂く下級魔法である。

 しかし、敵に魔法が効かない事は最初から判っている。それは敵に対して放ったものではない! 地面へ向けて撃たれたものである!!

 地面に向けられた【エアリアル】の魔法は、風を巻き起こして地面を削る! そしてそこで巻き起こったのは”土埃”だ。先程の手合わせで敵が視覚に頼った攻撃をしている事を察した彼女は、目くらましのために魔法を使ったのである。敵本体に魔法が届かなくとも、地面には関係ない。
 彼女の思惑通り、土埃が勢いよく舞い上がり敵の視線を遮った。剣を手にする唯一の策だ!

 全力で駆けるアネラスの背に感じた風圧は、敵の指が攻撃をしてきたもの。目くらましのおかげで、命中寸前で避ける事ができたらしい。彼女は気を緩める事無く、剣へと手を伸ばす。剣を手にしたからとて、劇的に状況が変化するわけではないが、それでも戦いに可能性を見出す事が出来る。


 あと、2歩! そこまで迫ったところで、彼女は───


《愚かな……》

「あああああっっ!!」
 あの、紫色の破壊の光を放つ、死へと誘う雷撃! それが彼女を襲った。全身に走る稲妻は彼女の全てを焼いてもなお苦痛を与える。どんな大型魔獣でさえ、一撃で仕留める程の強力無比な一撃に、アネラスは言葉もなく、倒れこむ。

「あ……ああ……あ……。」
 痛みを叫ぶわけでもなく、何かを話したいわけでもなく、彼女は声ののようで声ではないものが自分の口から出ていることにすら気がつかず、意識を混濁させた。


《ソンな子供騙しデ、俺ヲ欺こウとしたトハ、……浅はカと言うシカない。》

 幸いなことに、意識だけは保っていたアネラスが、うつぶせのままで、敵へと視線を向ける。彼女の意志は折られていない筈だというのに、命の灯火が薄らいで、それを出す事もできなかった。
 死はすでに、彼女の隣にある。もう一撃でも、どのような攻撃でも喰らえば、彼女は永遠なる死という末路を迎えるだろう。

 だが───。そんな彼女に魔法が掛けられた。回復魔法【ティア・オル】…。


《クハハハハハハ……楽には殺さント言っタハズだ。死んで貰ってハ困るノダ!》

 それは彼女を癒すための意志などなったく含まれていない。世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイが死なないようにと掛けたものだ。……なぶり殺す、その言葉が嘘ではないという証明であるかのように、敵はアネラスを癒したのである。敵は本気だ。殺さずに発狂するまで苦痛を与えるつもりなのだ。
 その回復魔法のおかげか、アネラスは意識をハッキリと取り戻した。さりとて、雷撃そのもののダメージを打ち消す事は出来ない。【ティア・オル】で治療できるのは体力のみ。彼女は多大なダメージで体が動かず、話すことすら難しい。

 しかも意識を残し倒れる彼女へと、あの七本の指が伸びる! 瞬時に伸びる破砕の槍は、彼女の体をわずかにかするように、地面へと突き刺さっていく! 腕に、足に、額に、体の様々な部位を攻撃し、血液を流させる。

「……あぅ!………ああああ……。」
 傷だらけにされたアネラスは、痛みと、動けない事への恐怖に身をすくませる。彼女自身を貫く事など簡単なはずなのに、わざと外して恐怖をあおっているのだ。そしてわずかな傷を残すことで、いたぶっている。

《ハハハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハ!! 怯えろ! 叫べ! コレが絶望ダ! オマエ達の理想なド、この程度デ吹き飛ブ砂上の楼閣ろうかく、所詮は戯言ざれごとにスギナイ。》


 雷撃のおかげで立ち上がる力も取り戻せていないアネラスを、敵は指を使って持ち上げる。そしてそのまま、地面へと叩き付けた!
「かっ……はぁ…、……あ……あああ…。」
 あまりの激痛で声すら出せず、しかも今の衝撃で左肩を骨折したのがわかった。それでも、くじけない。肺から空気を絞り出すように、敵へと視線を送って、言ってやる。

「口数が……多くて、悪趣味…だなんて、……ますます…女の子に持てない…ね。」



《構わナイサ。どうセ、コれカラ、コノ国そのものヲ滅ぼすんダカら。嫌わレヨウと、みな死ぬ》



 どんなに強気な発言をしても、この状況はくつがえせるものではなかった。

 頼るべき人もおらず、ユリア達もまだ来ない。戦場には今、本当に自分だけしかいないのだ。いくら支えられていると言っても、なんの頼りの綱もないこの場において、絶望しない者などいない。……まだ、18そこそこの娘はそこまでの度胸を持っているわけではないのだ。

「…みんな…ごめん…ね…。クローゼちゃん、ごめん……。助けて、あげられそうに……、ないよ……。」

 痛かった、苦しかった。……本当に怖かった。

 死への恐怖が自分をむしばんでいくのがわかった。だけど、なによりも悔しかった。ここまでリベールのみんなで頑張って戦ったっていうのに、肝心の自分が何も出来ない事が。クローディアがいなくなったからとて、戦うどころか反撃さえもできない自分が。どうしようもなく情けなかった。



 目を閉じる。もう、痛みと恐怖で、目を閉じていなければ耐えられそうになかった。彼女の心が闇に落ちていく。皆を救いたいと思うのに許されず、生きる事さえも否定されてしまった。


 もう、苦しむのは嫌だった……。













 ───では、あきらめるのか?




 いきなり、どこからかそんな声が聞こえた。
 目を見開いて周囲を見るが、近くには誰もいないし、敵から発せられたものでもない。今まで聞いた事のないその声が、彼女には聞こえたのだ。いや、聞こえたというより、思考に割りこんできた、とでも言うような感覚だ。敵と同じように直接頭に入りこんでくる。




 ───お前が立たなければ全てが無駄になる。それで、いいのか?




 誰かはわからない。だけど、よくはない。本当は諦めたくなんかない。みんなのために頑張りたい。それだけは絶対だ。負けてしまうなんて、それで人々が傷ついてしまうなんて、もう二度と見たくない!

 だけど、体が動かない。……雷撃を受けた体は、言う事を聞いてくれないのだ。








 ───耳をませ、お前には、まだ力を与えてくれる者がいるではないか?


 謎の声がそう言うと同じに、また、別の声が耳に届いてきた。









◆ BGM:FC「虚ろなる光の封土」(FCサントラ2・15)










『 おおい! クローディアよ、遊撃士の小娘よ! 気張って勝ってこい! 祝賀パーティが待っておるぞ! 』
 デュナン公爵の声。港の方角から、避難した彼が拡声器でしゃべっている。律儀りちぎにも、アネラスの事まで呼んでくれている。向うでの音だろうか、ガヤガヤと音がしたかと思うと、今度は別の声が耳に届いた。

『 おらー、姫さん! アネラス! とっとと倒して取材させろ! 俺達は今回まだ取材してねぇ───っと、待てよドロシー、俺がまだ話してんだろーよ!』
 この声はナイアルだ。そして近くにドロシーもいるようである。

『 アネラスちゃーん、ちょっと聞いてー! さっき西区のアイス屋さんと会ってね、勝ったらアルティメット・ロイヤルバージョン1個プレゼントだってー! やったよ〜、あとで食べにいこうね〜 』

 嬉しそうな声に混じって、今度はメルツの声が聞こえてくる。

『 クローゼさ〜ん! 帰りの飛行船はルーアンまで一緒に乗りま───、ぬぎゃっ! また噛んだっす! だからどうして噛むんすか〜! 』

『 わう〜〜わうう〜! 』



 自然と笑みがこぼれた。

 痛みと絶望が襲うアネラスの心に、失いつつあった意志がよみがってくる。自分でも判っていたはずなのに、今また言葉を耳にした事で自分の気持ちがわかった。
 謎の声の言うとおりだ。まだあきらめてはいけないし、泣き言なんて言ってる場合じゃない。痛みなんか、気合で吹き飛ばさなくちゃいけなかった。

 消えかけていた闘争本能が炎と燃える! とにかく剣を握ろう。剣さえ持てば、きっと道は開けるはず。敵が油断しているいましかチャンスはない!




 私が立たなくちゃ、いけないんだ!



《ククククク……。港のザコどもカ。こノマま攻め込ンデ、焼き払ってクレよう。》

 敵がそちらに気をやった瞬間、アネラスはあらん限りの力を振り絞り、飛び起きて剣へと走る! 痛みの全てを我慢がまんして、敵の攻撃を避けるように前転、そして、とうとう剣をつかんだ!
 同時に、剣はその闘志を身に受けて燃え上がるように力を取り戻す。本当に最初の固いだけの役立たずとは違う、闘志そのものを力として溜め込んでいるかのようである。

 ───左上だ! なぎ払え!

 放たれる雷撃! しかしまた、あの声が聞こえて、彼の言う通りに剣を振るう。光の速度よりも先に剣が切り裂かれていた。あの時のスピードはもう無いというのに、また声が届いて彼女へと教えたのだ。



「……今わかったよ。この声、おいしいカレー剣さん。…あなた、だったんだね。教えてくれたんでしょ?」

 アネラスの声に剣が反応した。活性化した力が爆発するように輝きを帯び、闘志を力としてその身にたくわえる。彼女はやっとその剣の真の力を知った。これは、闘志を攻撃力に変換する剣だったのだ。

 さきほどまで戦っていたカプトゲイエン戦では、闘志を力と変える技・Sブレイク『光破斬』を多用した事により、闘志を消費し、一定以上に力を蓄える事がなかった。しかし、いまの戦いでは光破斬を使うための集中時間さえなかったから、結果的に力を溜め込む事になった。

 この剣は闘志を力に変える。しかも本来なら、通常の2倍、200%程度までにしか上げられない闘志を、この剣は際限なくたくわえ、力と化すのだ。だから、どんなに敵が固くとも、闘志さえたくわえればそれ以上の破壊力を得る。そういう能力を持っていたのである。



 ───私の名は『鳳凰の翼フェニックス・ウイング』、遥か遠い過去より生み出されし者。
 ───戦士よ、我が身を戦いの場へ戻してくれた事に感謝する。


「ううん、私はたまたまバラルさんから借りただけだよ。私の方こそ、お礼を言わなくちゃ。力を貸してくれてありがとう。あなたが居てくれて良かったよ。」

 『鳳凰の翼』はそれを肯定こうていするかのように、輝いて言葉を続けた。



 ───私は闘志を受けなければ力を発揮する事ができない半端者でな、カルバードで発掘された私は、白衣を着た者達に様々な解析を受けたが、闘志のない者に私を解析できるはずもなく、放置される事となった。

 そして、まねかれる事が運命であったかのように、このリベールという国へとたどり着いたのだ。


 ここでの暮らしは戦闘という我が身の運命ではなく、看板という役割だった。
 私は初め、それを屈辱くつじょくと感じたが、街をながめているうちに違う感情を抱いてもきた。


 人々が暮らす平穏な街並には、安息があった。
 暗い遺跡の中ではなく、研究施設にもない温かさがこの国にはあふれていた。
 看板として、客をながめていた私は様々な人を見てきた。

 談笑だんしょうする者、
 仕事の疲れをいやす者、
 走り去る子供達、
 居眠りをする老人、

 そうした人としての喜び、暮らしがここには在った。




 私は、いつしか看板としての暮らしも悪くはないと感じた。
 この国に生きづく人という者達を好ましく思うようになってきたのだ。

 他者を倒すために生まれ、破壊する事を本分と置く私が、まさかこのように思うなどと、不思議なものだ。





 ───戦士よ、…いや、娘よ。この国に住む一人として聞かせてくれ。
 お前は、この国が好きか?




「うん。大好きだよ。このグランセルだけじゃなくて、地元のボースも活気があるし、ルーアンのお魚は美味しいし、ロレントは穏やかだし、ツァイスはいつ行っても驚きだらけだし。それだけじゃなくて、色んな見所が満載だもの。……私は、リベール全部が大好き。」



 ───そうか……、では、私も付き合わせてくれまいか。ただの破壊の道具ではなく、カレー屋の看板として、この地を慕う命の一つとして、力を貸すことを許してはくれまいか?



「うん! もちろんだよ! 一緒に戦おう。」

 その言葉と共に、アネラスの体に力が戻ってきた。それは回復魔法のように体力を戻すものではなく、クローディアのリヒトクライスのように肉体の疲労の全てを癒すような力。まるで、回復というより再生とでもいうべきなのかもしれない。



 ───私は破壊と再生を司る幻獣『鳳凰』の翼をかんするモノ。しかし、今はコーヒーハウス・バラルの看板、おいしいカレー剣と名乗り、リベールと共に戦おう。



 それは刹那の時間でのやり取りだった。
 アネラスが剣で雷撃を打ち払ったままの体制を戻す瞬間に行われたもの。敵もそんな会話が一瞬にも満たない間にあったとは気がつかない。しかも───。
「あ、あれ? 痛くないよ?? 雷に打たれて泣くほど痛かったのに、なんだか調子がいいや。」
 アネラスの体が雷撃のダメージから回復しているという事実に困惑する。これまで負った擦り傷も、その箇所が熱を帯びているだけで、もう痛くない。どういうわけかさっぱりだ。まさか、自分の体が剣によって再生されているなど、信じられるはずもなかった。


《キサマ! なにヲしタ! ナゼ、体の傷が、回復シテいる!?》

 完全に元通りとなったアネラスは剣を構えた。
 確かにこれまでのような速度はない。しかし、それ以上に、彼女の剣は力を持っていた。元々ない刃の部分にはみぞが掘られていたが、そこから赤の光を放つ刃が、エネルギーの集約された真紅の刃として形勢けいせいされている。

 彼女の闘志が刃と化した。
 そしてそれは、大きく翼を広げた伝説の炎の鳥、鳳凰の翼のごとく空を凪ぐ。



 このリベールという空をかける翼となって、敵たる主をなぎ払わんと構えられた。






 その時! 彼女の復活と同時に、世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイにいくつもの麻で編まれた袋が投げつけられた。
 敵は反射的にそれを腕で払う。中身は小麦粉や片栗粉など様々な調理用食材である。敵を中心として、それは空中を舞い、視野をさえぎる。


《誰ダカ知らなイが、馬鹿にシテいるのカ!? コンな子供だまシナど!》


 恐るべき力を持つ世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイに、たかが食材を投げつける。それはあまりにも馬鹿した遊びだと叫び散らす。しかし投擲とうてきは終らず、敵は警戒感から全ての袋を切り裂いた。中から大量に白い粉がまかれて、あたりは煙に覆われる。


「ふふ……払いのけましたわね? お・馬・鹿・さ・ん。それを自滅を言いますのよ。」


 その謎の攻撃を行ったのは……、多くの兵士達を引き連れたカノーネだった。彼女は作業クレーン車を利用して、投石器カタパルトのような物を用意し、その様々な粉を詰めた袋を投げつけたのだ。
「今よ! 銃撃隊、一斉射!」
 そして、兵士達が敵へ向けて発砲する。だが、それは火薬の詰ったものではない。カノーネが先程使った煙を出す信号弾。威力のない煙が飛ぶだけのものだ。

 それと同時に、世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイの周囲が爆発する!! 何の細工もしていない、ただの調理食材が、信号弾のかすかな火の子を受けて爆発したのだ。


「おほほほほ……。いくら強くなっても、頭の程度は私に敵わないようね。……粉塵ふんじん爆発ってご存知かしら? 空気中に蔓延まんえんする粉塵は異常に燃えやすい性質があるのです。───時には、爆発をともないますのよ?」

 グランセルにはすでに火薬はない。しかし発火するものはある。港に存在する無数の倉庫には、大量の食材が眠っていたのだ。カノーネはそれに気がつき、攻撃を仕掛けた。いくら敵が強固であろうとも、爆発と粉塵で目潰しの効果は十分である。


「アネラス! 早く下がって! ユリア達の攻撃が始まりますわ!」
 カノーネの言葉と共に、二人が後退する。粉塵爆裂が収まったと同時に、今度は小型の哨戒しょうかい任務仕様の飛空挺が突っ込んでくる! その機体からはワイヤーが伸ばされ、その先には───。

《船のいかり──ダと!?》
 飛行艇の最高速度はアルセイユに及ばないが、それでも高速を名乗る能力があれば、錨には速度と重さが加わる。真正面から、それを受ければいかに防御が優れていたとしても、受け止める事などできるはずもない!

 1機! 2機! そして3機!! ───同時に3機の飛行艇が錨を下げて一撃を加える!

 まともに喰らい、胴体に錨がめり込む。世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイの体がひしゃげて、球体であるはずの胴体部分が大きく凹んでいた。
 これはカプトゲイエンとの戦いの際に考案された攻撃であったが、不意打ちに近い攻撃であるために、1度しか行えないという理由で採用されなかったものだ。しかも、攻撃後の飛行艇は、錨の重さにより機敏な行動が取れないため、錨を放棄するしかない。
 対カプトゲイエン作戦には使えなかった攻撃だが、今はそれを使う事ができた。そして最大限の効果を与えた。粉塵爆発と併用した事で、確実に命中させる事ができたのだ。


《キさマら……、コロサれルだけでハ、足らナいヨウだなぁ!!》

 完全に口調が変わっていた。もはや、頭脳としてのカンパネルラが居たという片鱗へんりんさえなく、ただ破壊する意志だけを発する眼が、そこにある。体中に雷撃をまとわせ、薄紫の体液を体から流している。しなる腕を苛立いらだたしげに振るい、地面をむち打つ。───冷静さを失っている。

 だが、その分、能力の抑止よくしが効いておらず、攻撃速度が飛躍的に増していた。あの200%でさえも敵わなかった速度をさらに越えているのである!

「みんな……!」
 アネラスは集まってくる兵士達を見た。誰もが少なからずの恐れを抱えて後退していったというのに、今の彼らはその欠片さえもない。守るべきモノのために、人と共にあるべき英雄の心を胸に駆けつけてきたのだ。

「アネラス! 姫様はどうされたの?」
 駆け寄ってくるカノーネにアネラスは振り向く事なく、叫ぶように声を出した。



「異空間とかに跳ばされましたけど、きっと大丈夫! だってクローゼちゃんですから!」


「アネラス君!」
 そこへ、足をひきずりながらもユリアが現れた。彼女は親衛隊員に肩を狩りながらも、実際に戦うアネラスへと作戦を伝える。
「君の言葉、私も信じよう。……とにかく話は後だ。これから我々も攻撃を行うが、……次の不意打ちが限界だ。攻撃前に合図を送る。だから、君はそれを承知で戦って欲しい。」
「任せてください!」
 力強い返事を耳にして、ユリアは飛行艇へと戻っていく。先程の不意打ちはもう効かないという事を承知している。だが、もう一つだけ手が残されている。親衛隊はその最後の作戦を実行するため、残された飛行艇に乗って飛び立っていく。


「いいですわね! あなた方は魔法効果範囲のギリギリから、アネラス一人に魔法を集中させるのです! 速度上昇の時アーツ【クロックアップ】、移動力を上昇させる風アーツ【シルファリオン】、攻撃力とスピードの双方を上昇させる幻アーツ【セイント】、もちろん【フォルテ】も忘れないように!」

 リタイヤした者を除いてもまだ100名以上が残っているのだが、それでも複数での戦闘を仕掛けようとはしない。アネラス並みに動ける者でなければ、即時瞬殺されるだろう相手である事は、判りきっいてからだ。それに、彼女の戦いを邪魔する事にもなりかねない。……アネラスは今、リベールの命運を託されたのだ。

 確かに、カノーネや普通の者達が魔法を使った場合、クローディアのようにオーブメントの限界制約を超えた使い方はできない。だが、他の魔法を補う事である程度のフォローはできる!


「今度こそ最後だよ。───私達は絶対に負けないっ!!」
 クローディアはいない。だが、全ての力を結集したアネラスは大いなる破壊の翼を手にして駆ける。さすがに350%よりは遅いが、それでも150%の速度と様々な付加魔法で支えられている。


《人間ナドが、どれダケ力を集めヨウト! 闇はおとずれルのだ! 終わリハ必ずヤッテくる!》


 世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイが咆哮を上げた。その声は怒りに満ちたもの。たかが矮小わいしょうなる存在が、神たる力を持った存在に弓を引く行為に怒りをあらわにしたのだ。

 同時に、七本の指が真上から延びた! アネラスはそれを予期していたためにステップで避けて紅の翼を一閃させる。すると、まるで紙でも切り裂くかのように、やすやすと肉体を切断する!
 しかし、腕はもう一本ある。正面から攻めてくるそれを、アネラスは少し身をよじっただけで避けた。

 これは見切り、という技術だが、これは正直なところ、かなりの危険をともなう。
 大きく動いて回避する方が着実だが、ヘタに動くとスピードが追いつかずに一撃されてしまう。150%の速度は得ていても、その程度ではほんとんど役に立たないのだ。だから、危険でも見切って避けるしかないのである。
 だが、それと同時に敵の腕の長さというメリットをデメリットとして扱う。……つまり、腕の長さは攻撃するのに有利だが、一度寸前で回避してしまえば、伸びきった腕が戻るまでの間、完全に攻撃を受けないのだ。

「てええええい!」
 アネラスが大きく剣を振る! 伸びきった腕に向かって剣を付きたて、戻る力を利用して、切り裂いていくのだ。見切りで避けた直後は完全に攻撃が当てられる瞬間でもある。敵は自らの長所をそのまま短所として扱うしかない。

 ───右斜め上、前方より雷撃、くるぞ!

「イエッサー!」
 カレー剣の指示によりアネラスは剣を振るう! それは完璧なタイミングで雷撃を裂いて無効化する。敵の最大攻撃は、完璧に封じられていた。だが、敵の攻撃はもう一つ残っている!

《バカどもガ! 全てをこの世界から跳ばしてくれる!》

 【バニッシュ】という攻撃、対象を異空間へと吹き飛ばす最悪の攻撃だ。これを受けてしまえば、敵を倒さない限りクローディアのように戻ってこれなくなる。世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイの狙いは、カノーネ達、魔法付与を続けている兵士達だ。腕は届かない位置にいるが尾は届く! 動きが機敏ではない彼らを狙ってクローディア同様に異空間に送り込もうと一撃を加えた!!

 9人、一気にそれだけの兵士が異空間に跳ばされる。アネラス達は人数が増えた事で有利にはなったが、時間と共に兵力がけずられていくのは承知していた。だが味方の間にほんの少しの動揺どうようが走る。カノーネはそれが恐怖へと変わる前に、先んじて声をあげた。

「大丈夫ですわ! この敵を倒せば元に戻るはずよ! 怯える前にアネラスをフォローなさい!」
 その声に動揺を消した者達は、飛ばされることも覚悟で魔法に集中する。どちらにしろ、怯えて倒せなければ、この国は救えないのだ。飛ばされるくらいなら、どこへでも飛ばしてくれ、とでも言うように、兵士達は魔法を唱える。

 だが、さらに17人が異空間へと送られる。そこへカノーネが一声を上げて彼らを制した。まだ陣形はくずれず、保っているのは彼女の力でもある。



 ……だが、ここで異変が起った。

 空に……なんと、亀裂きれつが生じていたのだ!




「もう少し、皆さんお願いです! 後ろから魔法で援護を!!」

 それはまぎれも無くクローディアの声! 彼女は、仲間が送り込まれてきた瞬間を狙って、生じたはずの亀裂にサンクタスノヴァを打ち込んだ。中から、強引にこじ開けようとしているのだ。

 しかも、多人数が送り込まれた事で、彼女を援護する力も増えた。一人では支えきれなかった空間突破を、跳ばされた仲間と共に行っているのだ!

《そんなバカな! 異空間を破ル……だと?!》

 世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、その在り得ない行動に目をうたがう。創造した異空間は確かに本体から生じた魔力によって形成されたものだ。強大な力で生まれたそれを、さらに強い力でこじ開けるなど、少数とはいえ、たった一握りの人間程度が為しえる事ではない!


「お願いします! 外から、この空間目掛けて、魔法を!」
 空間の切れ目から、クローディアの声がひびく。それを受けて、カノーネが隊の半数に魔法を放つように指示した。敵もそれを阻止しようと魔力を送り、強引に空間を閉じようとするが、それをアネラスが許さない!


「女の子を無理矢理に監禁だなんて、最低君も確実だよ!」
 アネラスの持つカレー剣は燃える翼のように羽ばたき、押し寄せる指、そして腕を切り裂く! 確かに速度は足りなかったが、動揺している世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイにとっては、それでさえも十分に有効な手段であった。


《オノレ……人間がっ!》
 この叫びと同時に、カノーネが信号弾を放った! ユリアからの合図が来たのだ!



 ───戦士よ、伏せろ!

「わかってますって!」
 アネラスは全力で伏せた。それと同時に、頭の上を何か巨大な物が通り過ぎる! それは空を飛ぶ”オルグイユ”だった!

 飛ぶといっても、オルグイユ自体が飛んでいるわけではない。さきほどの哨戒任務仕様の飛空挺3機が、ワイヤーで持ち上げているのだ! さきほど船の錨をぶち当てたのと同じく、今度はオルグイユをぶつけようとしていた!

 こんな巨大で重量がある金属の塊を、最大速度をもってぶち当てる! そんな芸当を可能にするのは、ユリアが指揮するアルセイユのクルー以外にありえない。ルクス、エコー、リオンがそれぞれに搭乗し、その1機に搭乗するユリアが指揮をする!

 飛空挺をぶつけるという手もあったが、空を飛ぶこと、速度を上げる事を目的とした機体を衝突させてもダメージには至らない。しかし、戦車は違う。まったく強度が違う構造を持つ戦車という重装甲兵器がぶつかった時、その衝撃は計り知れないだろう。
 彼女らは、一度目の錨を使った攻撃で、タイミングと速度の微調整を知らなければならなかった。その一撃を与えた事で、同時に、オルグイユをぶつけるために何が必要であるかを学んだのである!

「隊長! 行きます!」
「ああ、親衛隊、最大の一撃だ。喰らえ───! 化物っ!!」


《な───っ?!》


 グランセルの全てを震撼させるほどの轟音ごうおん! 凄まじい衝撃音が天を突く。
 オルグイユがクオーツの中心に炸裂さくれつした!!

 金属と金属が、かつてない速度で激突した事で生じる炸裂音!! その破壊にともない、戦車に詰まれたエンジンまでもが爆発する! 世界最高のエンジンであるオルグイユのそれは、空に浮いた状態であってもオーバーヒート寸前まで、最大値を維持していた。それによる衝撃と共に爆発したのだ!


 再度、爆炎が舞い上がり、それが世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイに完璧な打撃となった事を知らせた。オルグイユはすでに影も形もなく、鉄塊と化している。
 だが、その爆発においても、まだ敵は生き延びていた。巨大クオーツに大きなひびが入り、もはや満身創痍まんしんそうい

 丸い球体であったはずのクオーツは、ほぼ完全に半壊し、両側に生えた人間の腕の一本はすでにもげている。尾でさえも先がなく、残った右腕と、上部に残る目玉だけが殺意に満ちている。



《───キ、……キサマら! よくも……!! コロす! 粉々に砕き、屠ってくれる!!》
 だが、まだだ。それでもまだ、これだけの攻撃を受けてもなお、世界の全てを屠るだけの力を秘めている。半壊した体でさえ脅威は去らずここに在る。片腕しかなくとも、十分にアネラス達を葬れるのだ!

 しかしながら、それにより敵の気はクローディアより反れていた。注意が別に向けられた事で、彼女もあと少しで空間を破る事ができそうだった。それを好機とみた彼女は、全力をもってサンクタスノヴァに力を込める。近くで援護してくれている、共に跳ばされた兵士達も全てが、全力を尽くしていた。

 しかし、敵は恐るべき行動を開始した!

「魔力を集中している!?」
 クローディアが叫ぶ! 彼女を震え上がらせる程の力が発動しようとしていたのだ。世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、とうとうその世界を屠る力を発動させようとしていた!



《ク、ククク………!! オ遊びは…もうヤメダ! アトミック・レーザーカノン……全てを吹き飛ばす!》

 目玉だ。世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイの頂点に位置するその殺意の目玉の前にエネルギーが集約していく! それはカプトゲイエンが使ったツイン・レーザーカノンなど比較にもならない程のパワーである。そのエネルギーの躍動やくどうだけで、大地が揺れ始めたからだ!

 空間をこじ開けようと力を振り絞るクローディアは、そのあまりのパワーに絶句する。もしこれが放たれたとしたら、きっとあの空中都市リベルアークでさえ一撃で沈めてしまうだろ威力が内包されていると感じる!

「みんな! その砲撃を止めてください! もし撃たれたら、グランセルどころではなく、射線上全てのものが消滅します!!」
 その声にアネラスが反応し、阻止せんと駆けるが、残された腕の攻撃で前に出る事ができない。もうそんな速度はないのである! なんとか見切って避けるものの、それだけで精一杯だ。

「くっ! カタパルト用意!」
 カノーネも攻撃を試みる。残された手は粉塵爆発以外にない。もう一度それを撃たんとするが、突如として襲った雷撃により、先に投石器カタパルトが破壊されてしまう!

 さらにユリア達の哨戒しょうかい任務仕様の飛空挺が突撃を仕掛けてくるが、それさえも尾の一撃でなぎ払われる! だというのに、敵のエネルギーチャージは続き、目玉が太陽のような輝きを持ち始めた。昼間を照らす絶対的な支配者、途方もない膨大ぼうだいな光を持つ恐るべき輝き、それが、破壊のいしずえとなって蓄えられていく!!


《消失シろ! 悪魔に喧嘩を売った代償ヲ、受け取ルガいい!!》



「そうはいかない! それよりも先に、私とフィリップ殿へのびを入れてもらおうか!」



 破壊の閃光とは違う光輝く銀色の何かが空を走った。その銀色の輝きは一筋の光槍となって目玉を貫く! わずかに湾曲わんきょくしたその刃が、全ての妨害ぼうがいの外より、敵の目玉をブチ抜いたのだ。
 その声の主は、誰でもないリシャールのものであった。人形兵器の爆発に巻き込まれたはずの彼が、愛刀を投げたのである!

 それと共に、破壊のエネルギーが収束していく。充填させるために目玉が傷ついた事で、全魔力の集約ができなくなったのである。太陽のように輝いていたそれが、まるで空気の抜けた風船であるかのように力を失っていった。


《グオオオオオオオオ!! キ、サマ! 生きてイタのかぁ!》

「生きていたさ! フィリップ殿がかばってくれなければ死んでいただろう。彼が身をていしてくれたからこそ、私は今ここにいる!!」
 だが、彼はその場に膝をつく。彼ほどの精神力を持つ男が、これまでの戦いで受けた傷は想像以上に大きい。それでも彼はここへ着た。戦うために、守るためにいまここへ現れたのだ。

「リシャール様!」
 カノーネの喜びと心配が入り混じった声に、リシャールは苦しげではあるが笑ってみせる。彼女は、彼が無事だっただけでそれ以上の言葉が出なかったが、諦めないで良かったと思う。これでもう、自分に何が起っても、構わないとさえ感じた。
 リシャールにとって、今の一撃で最後だった。全ての戦う力を失ってはいたが、安心もしていた。今の自分以上に戦える戦士がいる。そしてその戦士と共に戦える者が、戻ってきていた事も理解していた。


 ───空間が割れた。
 地上より数アージュの高さに生じた亀裂が完全に破壊され、そこから彼女が出てくる。


「───お待たせしました。敵を、倒しましょう」
 まるで空から舞い降りる御使いであるかのように、彼女、クローディアは地面へと降り立つ。そして落ち着いた様子で述べた。……多くの人々の力を借りて、そして戻ってこれた。自分のからに閉じこもる事もなく、再びここに戻ってこれた。
 だからもう、やるべきことをさなくてはならない。



 アネラスが親指を立ててウインク。待ってたよ、と言わんばかりで笑顔を向ける。カノーネや兵士達、墜落ついらくさせられたユリア達も、その無事の帰還を喜びで迎えた。

「アネラスさん、やりましょう。」
「うん、いつでもOKだよ。もう350でも、600でもなんでも掛けていいよ。」
 二人は顔を見合わせると、互いの意志を確認しうなずいた。そして、あの力をもう一度呼び起こす。烈風のごときあのスピードを得て、そして敵を打ち滅ぼす。


《許さナイイイイ! キサマらなど! ちりとケシテ!! 消しテ……ヤ、ル!》




 アネラスは一人、戦場に立つ。
 しかし一人ではなく、魔法効果範囲のギリギリにサポートをする兵士達がいる。そしてその中心にクローディアが居た。港からは人々の声が届き、全ての意志が敵をくだく意思として集まっていく。

 兵士達が受け持つのは、攻撃力を上昇させる駆動魔法【フォルテ】、そして体力回復をさせる【ティア・オル】である。
 さらに移動力を上昇させる風アーツ【シルファリオン】、攻撃力とスピードの双方を上昇させる幻アーツ【セイント】。これらを効果時間の切れ目なく付与していく。




「───閃光の果て、刹那せつなさえも穏やかな刻、あまねく世界の唯一を越えて、駆動魔法【クロックオーバー】!」

 そしてクローディアの手により、あの魔法がアネラスに注がれた。
 350%の加速を身に受け、そしてその手には、おいしいカレー剣がある。何者をの追随ついずいさえも許さない、その戦闘能力は、リベールの力そのもの。どんな敵であろうとも、全ての困難を切り開く。



 目の前では、あの世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイが狂ったように苦しげな声を上げていた。体の各部から、無秩序に腕や尾を生やしているのが見える。
 まるで、怒りに我を忘れ、制御が利かなくなっているようにも見える。

《ころズ! かン……カンぜんなるワレを、邪魔セしモのは、ハ、ハイイジョすルる!》


 生物として完全を見せていたはずの敵は、怒りという生物だけが持つ”感情”という不安定要素により自制を失くした。機械であれば、着実に命令こなす以外の行動を起こさないはずなのに、自我を乱した事で自己崩壊を招いていたのである。




「ねえ、元カンパンニラさん。貴方が負けちゃう理由ってわかるかな?」


《ク、ハハハハハハ! ハイじょスる! 排除スる! グヴァハハハハ!!》

 さらにおぞましい姿へと変貌していく世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、もはや知性というモノを失くし、ただ目の前のアネラスへと敵意を向けている。アネラスはそれをあわれむように言葉を続けた。



「ちょっとやりすぎちゃったね。たぶん、アナタの敗因はさぁ……」


 その瞬間、駆けた! 全ての加護と力を結集された彼女は、リベールそのものの力を受けて、これまでとは、まったく次元の違う戦闘能力を持っていた。きっと、いまの全ての人々に支えられた彼女の力は、誰よりも高みに到達してたのだろう。

 体が軽い。まるで、空を飛ぶように駆ける彼女は、ゆっくりと流れるように、大きく剣を振った。それだけで、敵の5本に増殖した腕の一つが宙に舞う。だが、それさえも一瞬だった。様々な加護により、限界速度350%さえも超えるように見える。
 振り返れば、さそりの尾が自分へと攻撃を仕掛けてきていた。もちろん、それさえも遅い。軽いステップで避けると同時に、節目を狙って切り捨てる。そしてさらに上から落ちてくる七本の指、全ての攻撃を避けて切り裂く。

 クローディアはアネラスの言葉を引き継ぐように、言葉を続けた。


「貴方は人を弱い者とあなどり、決め付け、意志さえも持たない人形として物語を作った。……でも、人は運命を自ら切り開いて進んでいきます。物語なんて枠の中で生きていく事が人の進むべき道ではない。───それを貴方は認識しなかった。だから負けるんです!」

 クローディアの持つオーブメントは稼動させすぎて熱を発している。限界まで駆動させていたが、それでもまだ魔法を強めて、アネラスへと力を注ぐ! そしてとうとう、加速は372%まで上昇。彼女は自分の限界のさらに上をたたき出した!

 アネラスはその力を受け、正真正銘、最後の一撃のために構えた。
 もう誰も傷つけないために、もう誰も悲しませないために、彼女の心は前へと跳ぶ。


 英雄は確かにいまここに居た。
 でもそれはたった一人の彼女を指すのではなく、力を合わせた人々に送られる言葉だ。

 全ての者が悪意にあらがい、あきらめず、戦い抜いた。だからこそ、強大な敵と戦えていた。
 真の英雄とは、心の中にある勇気。誰もが持っている自身の壁を乗り越えていく力なのだ。


 そして、その大きな力として意志を受け止めてくれたのは、”おいしいカレー剣”という燃える剣、真紅の光が剣にまとわり、刃そのものが彼女の身長よりも広がる。振るう姿は、まさしく鳳凰たる幻の鳥が空を駆けるがごとく、───風を裂き、雷撃を打ち破り、悪意を退ける自由の翼となる。

 それはまるで、今ここに在るリベールという国の形であるかのように、羽ばたく。



《フハハハハハ! アッハハハハハハハハ!!》


 自我を損じた世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイより生じた破壊は、豪雨吹き荒れる様相ようそう、まさしく嵐とも言える攻撃が、滅茶苦茶に繰り出されていく。
 だが、敵の攻撃の全てを真正面から切り裂き、迫り来る腕さえもいで、アネラスは駆ける!

 全ての力を翼へと注ぎ、自分の持つ最大破砕力を有するSブレイクと共に撃ち出す。




「今日は特別にっ! ありったけのスパイスを入れた───っ!」


 輝く胴体へとそのまま、剣の威力を限界さえも越えて、最大、最後の、






「激からだよ!」










 斬撃───っ!


 Sブレイク 零距離・光破斬!!






 剣の威力そのままで敵を凪ぐ、勢い余ってすっ転んだアネラスは、砂ほこりを上げて3セルジュほど転がって、止まった。どこもかしこも泥だらけ。せっかくの可愛いリボンもすっかり汚れてしまった。
 仰向あおむけに倒れた彼女は、ゆっくりと左腕を上げてピースサイン。



 世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイは、完全にその胴をまっぷたつに別たれ、力そのものを急速に失っていった。










《ガッ……ハッ……!》



《まっ……たく……。やって……くれたね。……まさか、倒されるとは思ってなかった…よ。》


 元の、カンパネルラの声を取り戻した世界を屠る者ワーズ・オブ・デストロイが崩れていく。あるで、砂の城が波に浚われて形を失くしていくように、少しづつ、夜の闇に飲まれていくように消えていった。

 闇夜に輝く邪悪な月は、とうとう、リベールの戦士達によって朽ち果てたのであった。
























◆ BGM:FC「四輪の塔」(FCサントラ1・08)










 夜の世界が終り、また太陽が昇る。

 ヴァレリア湖の湖畔で、なぜか脱出用のシートに座っていたギルバートは、2時間前に目を覚ましていた。なぜ自分がそんなところ居たのか理解不能だったが、とにかく集合場所へ戻って待機していなければ、あの性悪上司のカンパネルラに何をされるかわかったもんじゃない。

 しかし、なんで僕はシートに座ってたんだ??


 集合場所には、カモフラージュ用のネットがかけられた飛空挺がある。今回の任務は、執行者カンパネルラの輸送だった。なんで沢山いる兵士から自分が選ばれたのか? ……きっとジェニス学園での事をいつまでも根に持っているのだろう。

「なんて心のせまい奴なんだ!」

 そう叫んで、いきなり不安になり、口を押さえて周囲を見回してみる。……危なかった。また、聞かれでもしたら、今度こそ何をされるかわからない。きっとエゲツない事をしてくるに決まっている。
 ……とまあ、彼は彼なりにストレス解消していたのだが、考えてみればもう集合時間を過ぎていた。今回の作戦について、自分は何も聞かされていないが、どこで道草を食っているのだろうか?

「まあ、仕事だしなぁ。……いや、ここは僕がさらにエリートだと証明するためにも、カンパネルラ様の右腕たる手腕を見せなければ!!」
 さきほどまで、さんざん文句を言っていたくせに、いきなり〜様付けで呼ぶのは、彼の調子がいいと言われる所以であったが、それにしたって直立のまま敬礼しっぱなしで待つ事もないのだろうに、彼はまじめにその体制を続けた……。


 それから……さらに2時間が経過した───。


「はぁ…はぁ…、お、遅いじゃあないか! 僕にいつまで敬礼させれば気が済むんだ? いくらなんでも遅すぎだ!」
 近くの木に座り込んで、すっかり痺れてしまった足を揉み解すために靴を脱ぐ。ちょうどいい事に、ヴァレリア湖の湖畔であったため、澄んだ水もある。
「そうだ、ついでに足も洗っておこう!」
 無駄な任務を遂行し、すっかり上機嫌となったギルバートは、靴下を脱いで足を水に入れた。まだ水温が低く冷たく感じるが、それがむしろ心地よい。鼻歌交じりで足を、そして指の間を洗っていく。

「ずいぶん機嫌が良さそうじゃないか。」
「ああ、そりゃあもう、気持ちいいのなんの───。」

 振り向いた彼の前には、ボロボロになったスーツの、カンパネルラが恐ろしい顔でギルバートを睨んでいた。
「し、失礼しましたぁぁぁぁっぁーーーー!!!」



 赤にいろどられた結社の飛空挺が空へと浮かんだ。ギルバートは結局、裸足のままそれを操縦する事となり、カンパネルラは横長のソファーに座り込んで目をつむる……。

 発進して10分程経った頃だろうか? カンパネルラは不意に、ギルバートへと話しかけた。

「そういえば、今回の作戦を君には話していなかったっけ?」
「え? あ、はぁ。そうですけど、作戦ですから聞くわけにもいかないかと……。」
 ギルバートだって作戦の内容まで教えてもらえるとは思っていない。こちらの目的は、あくまでカンパネルラの輸送なのだから、隊長クラスとはいえ、まだ一介の兵士である自分がそれ以上の事を知る立場にはない。

「まあ、いいんだよ。せっかくだから、教えてあげよう。……今回の作戦はね、2つの目的があったんだよ。」
 ギルバートの返答を聞くまでもなく、カンパネルラはまるで独り言のように話し始めた。
 彼も教えてくれるというならば、興味がないわけでもなかったので、素直に聞いておく事にする。

「一つはね、新型の調整さ。」
「新型……ですか?」
「そう。いま十三工房で、人形兵器以外の戦力を調整しているって話は耳にした事があるだろう?」

 ギルバートもそれは耳に知っている。新たに生物系の戦力を導入するらしい、という話は兵士の中では噂になっている事だ。なぜそれが注目されるかというと、それを扱うのは現場で戦う兵士達だからだ。人形兵器ならまだしも、生物と聞いて、それが自分達で扱えるのか?という疑問は少なくない。

「今回、僕はその実践テストを行ってきたんだ。完全に負けちゃったけど、いいデータは取れたよ。生命だけが持つ感情というものの調整、その抑止………ここが課題かな。」
「は、はぁ……。」

 ギルバートにはよくわからないが、カンパネルラが遅れたのもその関係なのだろう、と妙に納得した。それと同時に、もう一つの目的とやらが気になる。

「あのぅ、それでもう一つ目的、というのは……?」
 やたら素直に聞きたがるギルバートに、カンパネルラは不気味に笑って見せるだけで答えない。一つ聞かせておいて、後は知らない、だなんて、なんとも腹立たしい。

「ははははは、ウソウソ。教えてあげるよ。もう一つはなんて事のない、在庫処分さ。」
「は? 在庫処分??」
 わざわざ執行者が出向いて、なぜ在庫処分をするのか? そんなもの……自分で言うのもなんだが、下っ端に任せておけばいいのではないか、と疑問符が浮かぶ。

「ワイスマンが統括した『福音計画』は終ったけれど、使っていない人形兵器はまだ大量に在庫があったんだ。……でも、僕らがいま整えている戦力はなんだい?」
「あ、生物系ってやつですよね?」
 さきほど言われた通り、素直にそういう答えが出てくる。……ああ、そうか、つまり在庫処分なのだ。ギルバートはようやく理解した。

 人形兵器の在庫は大量に残っている。しかし、これから使うのは生物系の戦力。警備に使うならともかく、それ以上に人形兵器自体に使い道がなくなってしまう。だから、中途半端な在庫はもう役に立たない。……つまりは処分するしかないのである。

「技術が進歩して、生物系が主流になったとする。人形兵器がさらなる進歩を遂げるかもしれない。……どちらにしろ今の在庫はいらなくなるんだよ。だから、ちょうどいい場所と使い処で全部廃棄しちゃおう。……それが2つめの目的さ。」

「まあ、リベールの諸君には申し訳ないけど、各都市にたっぷり捨てたからね、一生懸命に片付けてもらうとしようかな、あははははは。」
「そ、それは……なんとも楽しそうです…ね。はは……。」
 なんて性悪なんだ、と心の中で思いながらも口には出さない。愛想笑いなら、ダルモア市長の秘書時代に何度でも見せている。きっと、これだけなら執行者にも劣るまい。(あんまり意味がないけど…)

 会話が途切れ、急に静かになった船内。ギルバートは何か悪寒を感じて身震いする。

「そうそう、ギルバート君。さっき脱出用のシートに座って寝てなかった?」
「……はっ? え?? どうしてそれを……。」

 カンパネルラは、また一人で納得したように笑って、今度は何も言ってはくれなかった。ギルバートは、それの意味する事がわからず、きっと居眠りをした間に細工されたのだ、と思った。
 そして、あわてて自分の顔を鏡で見ると……鼻の下に、マジックでヒゲが描かれていた。


「わああ! な、なんて事をするんですか!」
「ふふ…、面白いだろう? そうだよね、実に滑稽こっけいだよ、君はさ。ふふふふ…。あはははははは……。」
「う、うう〜…。」
 カンパネルラは今度こそ口を閉じた。そして基地に到着するまでに、一言だけ、こんなセリフを残した。




「さあ、リベールの諸君。残念ながら、君達にとって第三の災厄はこれが終わりじゃない。あれは言うなればプロローグ。これから始まる”真の第3幕”の始まりに過ぎない……。さて、今度はどうなるかな? 楽しみだ……。」













◆ BGM:FC「旅立ちの小径」(FCサントラ1・03)










 ───あれから5日が過ぎた。

 多くの兵士が大小を問わず傷を負い、荒れたグランセルではあったが、それも少しづつ復興ふっこうされつつある。1カ月もしないうちに元通りになる事だろう。今まさに、土木作業員はこの街の英雄だった。

 もちろんそれはグランセルだけではなく、被害の出た街や村も兵士が力を貸す事で落ち着きを取り戻している。各地へと散っていた遊撃士も戻り、復興に尽力している。

「うーっす! アネラス、いるかー?」
 ナイアルがやってきたのは医療施設の一室だった。そこでは、一生懸命にリンゴをかじっているアネラスがベッドに座っていた。

「あ、こんにち───いづづづづづ!! 筋肉痛がぁぁぁぁ〜〜〜!」
「お前、まだ筋肉痛なのか? だらしねぇなぁ。」
 アネラスは戦いにおいて無茶に無茶を重ねて動いた。クローディアのリヒトクライスや、カレー剣の再生により体の疲労は取り除かれてはいたが、根本的に、度を越えて動きすぎたため、日ごろ使わない筋肉が悲鳴を上げていた。そんなところまで魔法も再生も面倒をみてくれなかったらしい。

 そして、5日経った今でも、筋肉痛に悩まされている、というわけだ。

「アネラスちゃ〜ん、おみやげだよ〜。」
「あああ〜! そ、それはルーアン市で大人気の一日限定50個のシュークリームぅ!」
「あ〜、それ、メルツ君からの差し入れだよ。なんだかクローゼちゃんにどうぞ、とか言ってたけ……って、お〜い、アネラスちゃーん、聞こえてる〜?」
 ドロシーが持ってきた包みに、アネラスがその瞳を輝かせていると、そこへクローディアが入ってきた。彼女は花瓶の花を交換に行ってたらしい。春らしい花の香りがベッドまで届いてくる。

「あ、ナイアルさん、ドロシーさん。いらしてたんですか。」
「おかえり。ねぇ! クローゼちゃん、シュークリームだよ、メルツしゅーくりーむ!」
「…………まだ、食べるんですか?」
 ヨダレを垂らさんばかりのアネラスに、クローディアはなんとも言い様のない愛想笑いを浮かべつつ、メルツが送ってくれたという事に感謝した。感謝はしたが、”お菓子は困ったかな”…という表情でもある。

 せっかく治療のために入院したというのに、訪れる人訪れる人、みんな食べ物を置いていくのだ。しかも、アネラスはその全部をありがたく頂戴しているのである。……きっと、退院する頃には鎧が装備不可になっている事だろう。

「姫さんは今日はどうしたんだ? 学校はいいのか?」
「はい、今日はエルベ離宮で会議がありまして、それに出席するんですよ。」
 クローディアはアネラスのそばに居てあげたかったが、自分もやるべき事が多く残されている。それを放り投げてまで、一緒にいる事はできなかった。もちろんそれはアネラスだって了承している。……それに、会える時間などこれからいくらでもあるのだ。

 ナイアル、ドロシーが腰を下ろし、クローディアは菓子に合う紅茶を入れている。アネラスはその姿をにこやかに見ている。シュークリームが嬉しいのか、クローディアがいるから嬉しいのか、その答えを聞くのが嫌である。

「そうそう、アネラスよ。お前のおかげでコーヒーハウスのバラルが大行列だぞ?」
「え? なんでですか?」
 彼女の素っ頓狂な声に、相槌あいづちを打つようにドロシーが答える。その顔はなにか途轍とてつもない大問題であるかのような表情である。
「そーなんですよー。あそこって、うちの新聞社が入ってるビルの真横なんですけどぉ、大大大人気になっちゃったので、出るのにも困る有様で〜。」
「ああ、特に兵士の間では激辛が人気だそうだ……。」
 そしてナイアルも難しい顔で腕を組んだ。


「ぷっ──」
「ふふふふふ……。」
「あははははは。」
 誰とも言わず、笑いがこみ上げてくる。あのカレー剣の宣伝がかなり効いたらしい。

 ナイアルの好意で、事件の記事には、剣について詳細は掲載されなかったのだが、現場に居た兵士達には、それを見て感動を覚えた者までいるようである。それでカレーが大人気なんだそうだ。元々、大衆性のある品であるために、好かれるのも納得だ。

「そういえば、アネラスさん。あの剣はどうするんですか??」
 クローディアが思い出したように問う。彼女と共に戦ったあの”おいしいカレー剣”は、いまだに彼女が持ったままであった。確かにこの5日、筋肉痛で苦しんでたため、外出禁止にはなっていただのが、ああまで共に戦った武器である。アネラスとて、愛着が湧いているのではないか、と思った。

「あ、それなんだけどねー。昨日、クローゼちゃんがいない時に、ユリアさんが着てくれたんだよ。いや〜その時のカスタードケーキがまた美味しかったのなんの……。」
 夢のようなヒトトキを思い出し、うっとりしているアネラス。取り残された3人は瞬時に輪を作り、ひそひそ話を始める。
「装備不可……だな。」
「う〜ん、無理そうです〜」
「ええ、ちょっと不可そうですね……。」

「へ? なに?」

「「「なんでもありません。」」」

 アネラスが言うにはこうだった。バラル氏によれば、十分すぎるほど宣伝として役に立ったのだから返してもらわなくともいい、という事だ。逆に、いまそれを元に戻しても、心無い者が盗んでしまうかもしれない。元々、なかったものなのだし。本来の使い道があるなら、そのほうが剣も喜ぶんじゃないか……という事だった。

 ユリアは、それを聞き届け教えに来てくれたのだ。
 つまり、その剣はアネラスがもらってよいのだ、という事を。

「そうでしたか。なら、その剣はきっとアネラスさんの力になってくれると思いますよ。」
 クローディアはそれを素直に喜んだが、当の彼女はあまり喜んだ節が見られない。剣を手に取り、さやからも抜かずにまじまじとそれを見ていた。

「んー、でもね。私はこれ、使わないつもりなんだ。」

「なんだよ、勿体もったいねぇじゃねえか。……なぁ?」
「そーですよ〜。もったいないですよ。どうしてですか?」

 アネラスはただ、剣を高くかかげて言う。その表情は希望に満ちたものであった。

「私はまだ強くない。剣の腕なんかない。……もっともっと修行して、剣のことわり辿たどりつかない限り、これに頼っちゃいけないんだと思う。まず、自分ができるところまで頑張って、頑張りぬいて、それでももし、本当にダメだったら、その時は頼むかもしれない。」

「まずはさ、努力しなくちゃね。……だめなんだよ…。」

 ちょっと気取ったようなセリフを語ってしまった事に、顔を赤らめながらアネラスはちょろりと舌を出して笑ってみせる。しかし、クローディアには、その言葉が何よりも胸に届いた。

 それは女王という立場も同じ事だ。自分で努力して、力を高めなかればいけない。安易にお婆様という力に頼っては、きっと自分のためにならない。だから、今を大切にするのだ。いつか誰かの役に立つために努力して、どうしても助けがいるなら、その時はまた、人々と共に立ち向かわねばならない。


 アネラスには夢がある。
 クローディアにだって夢がある。
 
 その夢はまだ遠く、遥か先にある”高み”につながっている。

 きっとこれから、多くの困難や危機に直面するだろう。
 しかし、彼女達はきっと、自らの力でそれを乗り越え、成長していくのだろう。








◆ BGM:SC「夢の続き」(SCサントラ1・12)








「しまったな。早く着き過ぎてしまったか。」
 様々な作業に追われていたモルガンは、なんとか区切りをつけて、このエルベ離宮へとやってきていた。
 今日は、敵の襲撃以後、初の女王を含む軍議の日であった。気合を入れてやってきた彼であったが、いささか早めに到着してしまったようである。

 本来なら軍議はグランセル城で行うはずなのだが、敵の砲撃を受けてその中心を撃ち抜かれた事で、修繕が必要だった。だから、今回に限りこのエルベで行う事となったのである。
 ここは敵の襲撃により半壊していたものの、無事な部屋も数多く残されている。デュナンもここに泊まっているという事だし、回復した兵士達も常駐している。破壊はされていたが、辺りはもう平穏そのもの。日差しは、温かく注いでいる。

「……まあ、たまにはよい。こうして待つのも仕事……、いや、息抜きと考えなければならんな。」
 自分を仕事ばかりで固めては、物事を見誤るきっかけを作る。息を抜くべきところでは抜き、自身を保たなければいけない。それが彼の学んだ事だ。

カリカリ…カリ…カリ…。

 会議室の扉を、何かが触れている。なんだろうか?
 モルガンが気になって扉を開けてみると、そこには赤のベストを着た子犬、ジョセフィーヌの姿があった。珍しく、一人で散歩していたようである。

「ああ、ジョセフィーヌだったな。珍しい。今日はデュナン公爵は一緒ではないのか?」
「ふぁぁ〜〜わふ…。」
 モルガンの問いかけに欠伸あくびで答えるジョセフィーヌ。どうやら、いまの今まで眠っていたらしい。暢気のんきなものだ。

「いや、しかし困ったな……。これ、ジョセフィーヌよ、お前がここに一人では、閣下もご心配されるだろう。誰かに知らせておかなくてはならんな。」
 そういうと、モルガンはジョセフィーヌを抱き上げ、しばらく部屋をうろうろとしてみる。堅物で有名なモルガン将軍だが、こういった珍事に対してはまるで免疫めんえきがない。先日も、孫のままごとに付き合えずに、そっぽ向かれてしまった程だ。あれはどんなに落ち込んだ事か……。

 当のジョセフィーヌは、なんで一人でここに居るかというと、何の事はない。ただベッドの下で眠っていただけなのだ。そうしたら、勝手にデュナンが騒ぎ出して部屋を飛び出て行ってしまった。
「わふぅ〜。(まったく、おかっぱも落ち着きがないのだ。僕みたいに大人になるのだ。)」

 さんざんな言われようである。

 ジョセフィーヌを連れてエルベの廊下に出るが、そこに兵士の姿はなく、一般人の立ち入りも許可していないため閑散としていた。モルガンは、試しにデュナン公爵の宿泊している部屋を訪れるが、扉は開け放たれたままで布団も乱れっぱなしだ。よほど焦っていたのだろう。

「くぅぅ〜ん……。(おかっぱー、いないよ…。)」
 なんだかさびしそうな声で鳴く子犬に、モルガン将軍ともあろう者が慌てだした。

「まいった。これはまいったぞ……、こ、こういう時はどうすればいいのだ?」
 家にいれば妻やダリアに孫のリアンヌを任せておけば良かった。仕事人間だったせいで、少し子犬が淋しそうにしただけで、汗が出てくる。彼は目を閉じると、戦闘でもないというのに意識を集中させた。

 待て! 落ち着くのだモルガンよ!
 私は誓ったではないか? 冷静に物事を見て、判断を下さねば勝利はない、と!

 そんな事を考えている時点で、すでに冷静ではないような気がするモルガンだったが、それでも彼にしてみれば大問題である。どんな屈強の男も泣き喚く子供には敵わないのだ。

「そうだ、ミルクだ! 腹が減っているのかもしれんぞ。」
 我ながら名案とばかりにバーカウンターへ向かう。その部屋専属の者は離宮修理のために今は来ていないが、ここにならミルクくらいは用意してあるだろう。

 ジョセフィーヌをひとまず置き、様々なビンからミルクを探す。まさか、こんなところでミルク探しをするとは思ってもみなかった。子犬は未だ、淋しそうな声で鳴いている。その度にモルガンは瓶を取り落とし、貴重な酒を割っていた。




「たった5日で足が治るわけないじゃない。無茶は禁物よ、ユリア。」
「いい医者に見て貰った。杖だけで職務をこなしてみせるさ。」

 廊下を歩いてくるのは、ユリアとカノーネだ。ユリアはリベール各地の現状視察のために現地から飛行艇で直行した。医者の元から直接きたために少々早く着いてしまったようである。
 それを出迎えたのはカノーネだった。彼女は今、エルベ離宮、周遊道の警備に加え、グランセルの巡回警備も臨時で行っている。とにかく人手が足りず、今回はこの会議の護衛隊長として駆り出されたのだ。

 お互いに多忙を極めているため、事件後から5日もの間、会うどころの話ではなかったのだが、たまたまこうして時間を作る事ができた。
「それにしてもカノーネ、この忙しい時だというのに、退役とは……まったく腹立たしい事、この上ないな。」
 ユリアは少々、憤慨ふんがいした様子で友人たる彼女を見る。カノーネはそんな視線をものともせず、調子よく言い返した。

「あら。夢に向かって羽ばたく友人に、祝福の言葉もかけられませんの? 心の狭い女ね。そんな事だから、娘ばかりが言い寄ってくるんですわよ。」
 無論、ユリアの言葉が冗談だという事を知っている彼女は、言い返せないであろう言葉をそのままお返ししてやった。
「わ、私は、まだそういう相手と……どうこうしているひまはない。私の職務は今まさに重大な局面を……。」
「まあ、ではいつその重大な局面が終りますの? 干物ひものになってから探すつもりかしら?」
 こういうネタで口を競わせたら彼女の右に出る者はいない。ユリアは、自分の事をたなに上げて何を言うのか、と言いたかったが、ちょっかいの炎が燃え上がりそうなのでやめておいた。



 そんな時、開け放たれた部屋から、何かを探すような物音がする。
 まさか、こんな時に、こんな所で泥棒だなどと……。

 二人は互いの顔を見合わせると、武器を取り出し一気に駆けて、部屋に潜む何者かに狙いをつけた!

「っな、なんだお前達。武器を構えて……何をしておる?」

「モ、モルガン将軍!?」
「……将軍、一体……何をしておいでだったのですか?」
 ユリアは部屋を見渡して途方とほうに暮れる。山と積み上げられた酒瓶や、割れてしまった高級酒、使うはずのないアイスボールにアイスピックのセット。みれば部屋中がどろどろで、足の踏み場もない。

「ワシは、ミルクを探そうと思っただけなのだがな……。少々、散らかしたか?」
 大きく溜息をつく二人に、まったく状況がつかめていないモルガン。その下でのんびりと二度寝を開始したジョセフィーヌは、なんとも気持ち良さそうであった。











◆ BGM:SC「空を見上げて」








 クローディアは出席する会議のため、アネラスはリハビリを兼ねて外出をする。行き先はエルベ離宮。ナイアルとドロシーも取材許可を取っていた事で、彼らに同行する事となった。

 あの事件から5日して、初めてアネラスは外へ出た。
 そこにある空は蒼く澄み渡り、病室の中から見る空より広く、どこまでも続いている……。


 エルベ周遊道はあの事件が嘘であったかのように穏やかで、カプトゲイエンに倒された木々も市民の尽力により修復されつつある。春に舞う薄いピンクの花びらが降る中を、彼女達は歩いていく。この幸せを噛み締めていくように、のんびりとした足取りで道を歩いていく。


「綺麗だね……。」
「ええ…、守れて……良かった……。」


 これまで、二人は仕事で通る事が多かったこの周遊道。本来の在り方は、このようにゆったりと散歩道としての役割が普通なのだ。なのに、今まで通ったっここは、魔獣退治や緊急事態ばかりで、ただの移動手段として使う事が多かった。

 目をつむり、そよぐ風に身をゆだねて歩く。
 散歩というものが、こんなにも心地よい事を彼女達は忘れていたのかもしれない。


 いつも何かを抱えて、走り続けた彼女達は、いまこの時の気持ちを忘れないようにしたい、と心から願う。
 それは、いつまでも心に残る宝物なのだから。
 どんなに辛いことがあっても、この気持ちを忘れなければ、歩いていける。




 道の合流点。
 そこへ……、リシャール、そして女王アリシアが姿を見せた。


「まあ、クローディア。…それにアネラスさん。お身体の方はもう大丈夫ですか?」
 柔和にゅうわな笑みを浮かべる女王は、いつも通りの優しさで彼女らを迎える。
 しかし、アネラスにとっては自分の筋肉痛なんかより、石化していたという女王陛下の方が心配だった。彼女の入院した初日に、突然お見舞いに来てくれた事を思い出すと、実はちょっと痛いなどと本音をらしてもいられない。ましてや、お菓子ばっかり食べてます、などと……どうして言えようか?


「ありがとうございます! でも、私はリシャールさんの方が心配ですよ。あんなにひどい火傷って5日そこそこで直るものじゃないと思うし……。」
 うまいこと話を振られたリシャールは、痛いところを突かれた、とばかりに苦笑する。

「それを言わないでくれ。こうして陛下の護衛ができるのも残り少ないんだ。せめて今は職務を真っ当したい。」
「やはり、やめられるのですか?」
 クローディアの少し淋しそうな声に、リシャールは静かに頷く。その瞳は消して絶望したものではない。未来へ向かっての決意に満ちたものだ。

「私は、人の中で仕事をし、また、今回の事件を通じて思うところがあったんだ。陛下には申し訳がないと思ったのだが、それでもね、……やってみたいと思う。」
 彼の決意は固く。それを静止する事はできないだろう。彼なりにこの国を憂い、人と接した事で感じとったものなのだ。もしカシウスがそれを止めても彼は行くだろう。彼が目指す未来のため、そしてリベールがこの平穏を守れるように。


「私は名残惜しいと説得差し上げたのですが…。残念ながら彼の意志は固いようです。しかももう一人、有能な部下を連れて行くというのですから、惜しまずしてどうすべきか、と……。」
 女王は少しだけ、わざとらしく溜息をついた。もちろん、それは彼を困らせるための演技であり、本心ではその前途を祝っている。もしかしたら、いまは亡き彼女の息子を想う気持ちをだぶらせているのかもしれない。

「え〜、それでカノーネさんも連れていくんですか? もしかして、もしかしなくとも愛の逃避行?! …っていうか、実際のところはどうなんですか?」
「い、いや、彼女とはそういう間柄ではなくて……だな…。」
 ここぞとばかりに聞いたアネラスに合わせて、ドロシーがオーバルカメラのシャッターを切る、ものの見事に、狼狽ろうばいした彼の顔が激写されてしまった。ドロシーだからこそ逃さなかった瞬間。これはまさしくレアである。

「もう、アネラスさん、ドロシーさん。二人ともあまり困らせては……。」
「あ〜〜、見てくださいアネラスちゃん、そんな事言って、クローゼちゃんが一番聞きたそうですよ〜。」
「そりゃあラッキーだね。なにせ次期女王陛下だよ? その権限で聞きたい放題だよ。」
「もう! 二人共……、た、確かに私も、興味がないというと嘘になってしまいますけど……。」

「ふふふ……、女3人寄らばかしましいと申しますからね。それが4人ともなれば、男性など口をはさむ事もできないでしょう。」
 面白そうに笑う女王陛下の裏で、こっそり身を潜めるナイアルは、自分にそれが飛び火しないように、と身を縮めた。こりゃ姦しいどころじゃなくて、災難だ。




「うおおおおおん! ジョセフィーヌぅ! ジョセフィーヌよぉぉぉ!」

 そこへ、もっと五月蝿うるさいのが来た。

 相変わらずの大胆なヘアースタイルに、中年らしいそのお腹。ドスドスと音が立ちなほどの勢いで、デュナン公爵が駆けて来る。しかもまた、あのネグリジェだ……。その後ろには、頭に包帯を巻いたフィリップが困った様子で追いかけていた。

「おかっぱ公爵さ……じゃなくて、デュナン公爵閣下、またそのネグリジェ……。」
「まあ、叔父様、どうなさったのですか? まさか、またジョセフィーヌちゃんが?」
 そう言ったのはクローディアだ。その声に、やっとこちらに気づいたように泣き顔のままで近寄ってくるデュナン。フィリップは息も切らさず、怪我も感じさせずにいつも通りのお辞儀をした。

 クローディアの問いに盛大に頷いたデュナンは、言葉も出せずに涙を拭っている。それを代弁するかのように、フィリップが説明をした。

「これは女王陛下、それにお嬢様方。手短にお話すれば、閣下のベッドで寝ておられたジョセフィーヌ様が今朝になったら姿が消えておりまして……またも行方不明になってしまった、という状況でして……。」
 それで、デュナンが泣いて、フィリップが付き合っている、と。……本当にわかりやすい人々である。

「嗚呼、ジョセフィーヌはいまいずこ……。」
 デュナンががっくりとうな垂れた。まさか今頃、モルガンの近くで昼寝をしているとは、気がつくはずもなかった。むしろ、飛び出す前にベッドの下を確認するべきだった。



「なるほど、それは見逃せませんね。」
 その第一声を発したのは女王アリシアだった。彼女は同年代の娘達へ振り返ると、少し楽しげな様子でそれを伝えた。

「クローディア、それにアネラスさん。お願いがあります。ジョセフィーヌを探すのを手伝ってあげてくれませんか? ジョセフィーヌも大事な家族。どこかで遊んでいるのかもしれませんが、また襲われないとも限りませんからね。」



 二人は顔を見合わせ、頷いた。これもきっといい思い出になる。
 だから、一生懸命に探してみよう。精一杯に、この春うららかな空の下をどこまでも。



「わっかりました! 遊撃士アネラス=エルフィード、これよりジョセフィーヌたん救出作戦に行ってまいります!」
「お婆様、あの……会議に遅れたらごめんなさい。でも、行ってきます!」





 二人は楽しげに駆けていく。

 この素晴らしい時間を、共に過ごすために。
 穏やかなるこの日を忘れられない時間にするために。



 空という希望の続く世界へ、夢の先に繋がる道へと、大いなる翼を広げて。


 今、走り出す───。











 ─── The story continues to 3rd. ───








本当に「あとがき」
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