嗚呼、ジョセフィーヌはいまいずこ

F 破壊兵器、太陽を浴びる
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午後13:48  エルベ周遊道 ───

 地響きが鳴り、立っていられない程の振動がアネラスとクローゼを襲う。さきほどまで微弱に感じていた振動は、これまで経験した事のない本格的な揺れへと変化していた。
 ジョセフィーヌを探していた二人は突然の出来事に戸惑うばかりか、あまりの振動でバランスを崩し、たまらず地面へと座り込んだ。

「わわっ! こんな地震、初めてだよ!」
「かなりの揺れですけど……それよりもこの…何かが削れるような音はなんでしょう? どんどん大きくなっているみたいです。」
 揺れに気をとられていたアネラスも、言われて初めてその音を捕らえた。確かに振動以外の、何か激しい音がする。

「この音、なん───、っ! い、痛…舌噛んだぁ〜。」
「大丈夫ですか? 気をつけないと。」
「あはは、大丈夫だいじょうぶ。でも本当に揺れが大きくなってるみたいだね。…地震にしては長いような。」
「やっぱり、地震じゃありません。なにより、とても……近い!」

 確かに、その振動は通常の地震で感じるものとは違った。普通の地震ならば、まず大地の全体が揺れる。そして大きくても1分程度で収縮するものだが……震源を地中からだとこの身に感じる事、微震も含め、すでに5分以上の揺れを感じている事を考慮すれば、これはただの地震ではない、と思える。

 一瞬、全てが静まり、時間さえも止まったかと思う静寂せいじゃくが訪れる。

「あれ? いきなり……なんで静かに。」
「───っ! アネラスさん、伏せて!」

 次の瞬間、激しい爆裂が起った! それに伴う土砂の雨、そして甲高かんだかい奇音に襲われた!
 咄嗟とっさに伏せた二人は、爆裂には巻き込まれなかったものの、あまりの音量と不快さに、たまらず耳をふさぐ。まるで地面が悲鳴を上げて裂けていくような轟音ごうおん。そして金属がれ合う悲鳴のような音まで混じる不快な音である。

 このとんでもない音量、そしてさらに大きくなる振動。普段では有り得ないこの状況に、アネラスはなぜか既視感デジャビュを覚えた。

「なんか…、工事みたいな感じがする。岩を削るような……。」
「工事…ですか?」
 百日戦争後、大きく破壊されたボース市を復興させるために行われた工事。ボース育ちのアネラスは、当時その様子を毎日のように見聞きしていた。じっくり見学していたわけではないが、この振動や音はその当時感じていた街道工事を間近で見学しているような感覚に似ている。工事と言っても家を建てる時のものではなく、地面を掘り、整備するあれである。──規模は途方もなく大きいが、アネラスに体にみたその感覚に懐かしさを感じていた。

「それにしても、す、すごい音だよ! クローゼちゃん! 大丈夫!?」
「はい! 私はなんとか! すぐ近くで何かが───! ……………えっ!?」


 それは、大地から生まれた。


 彼女達が目にしたのは、地面から盛り上がるように出現した山のような巨体。途方もなく大きな黒い影が地中から突然現れ、二人を陽光からさえぎっていく。大地をかき分け這い出してくるそれは金属の壁のようなもので、4本の腕のようなモノが絶えず動き、もがいているように見えた。


「あ、あれは人形兵器オーバーマペット!? なんて大きさっ!」
 クローゼはあまりの衝撃に声を上げた。これまでの持っていた常識を遥かに上回るモノが目の前に現れたからだ。

 周囲に咲き乱れる春雪の木々が小さく見えるほどの巨体。全長40アージュ以上あるであろうそれは、不気味な駆動音をさせながら、今、完全に地中から姿を現したのだ。
 一口に40アージュと言うのは簡単だが、実際に目にする大きさ、威圧感は図りしれない。あの高速巡洋艦アルセイユでさえ全長は42アージュ。それを縦にしたのに等しい大きさ(高さ)なのだ。しかも間近に迫る人形兵器はアルセイユのように細身ではない。がっしりとした鎧に守られた要塞然としていたのである。

 彼女の知る大型の人形兵器オーバーマペットは【セプト=テリオン】の遺産[トロイメライ]か、 【身喰らう蛇】の持つ[パテル=マテル]くらいのものだが、いま目の前にそびえる巨体は、そのどちらよりもさらに大きい。いや、大きいどころの話ではない。まるで大人と子供のような差だ。

「な、なにあれ……? 人形兵器オーバーマペット? あんなに……大きいの?」
 アネラスは激しい揺れの中、初めてみるその巨大人形兵器オーバーマペットを呆然と見ていた。エステル達が封印区画で繰り広げた激戦の事は、ル=ロックルでの遊撃士研修中に聞いてはいた。それに、身食らう蛇の赤い巨体もグランセルの港で少しだけ目にしている。あの時だってその巨大さに驚いたものだ。

 ……しかしこの人形兵器はさらに2周り以上も大きい! 横幅なんか地元ボースにある市長さんの邸宅程もあるんじゃないだろうか?


「私、研修の時に、エステルちゃん達が封印区画で戦ったっていうトロなんとかって人形兵器の事を聞いたんだけれど、もしかしてこれがトロなんとか? あれ、えーと…、なんだっけ? トノイラ…、トロメラ……。」
「え? ……あ、はい、トロイメライです。確かにこれはトロイメライに似ています。似てはいるんですけど……。」
 クローゼも記憶に新しいかつての戦いでの細部を思い出していた。

 この地中から這い出てくる巨大人形兵器は、かつてはグランセル城の地下封印区画で戦ったトロイメライに酷似こくじしている。あれよりも巨大ではあるが、白色であり、デザインなども共通部分が多い事からかんがみれば、同系統の機体なのだと想像できる。
 しかしこの巨体は、あの時トロイメライが変形した最終形態ジェノサイドモード、つまり鋭角なキツネに似た姿とは違う。どちらかと言えば、あれが初めて出てきた時のような重量型の…、3つ目姿を連想させた。

 だが、あれと大きく異なるのは、体全体が大きな外殻がいかくに覆われている事。そして腕部には太い4本の腕。それぞれの腕の先にはハンマーや円錐えんすいのドリルを装備している。……えて言うならば、1段階目のトロイメライが鎧を着込んだ、そういう印象を受けた。武装を変更した亜種あしゅに見えない事もない。

 あくまで可能性の話であり、同型であるという確証は何もないけれど、あのトロイメライと同じ系譜の機体だとしたら、身食らう蛇の開発した[トロイメライ=ドラギオン]がそうであったように、彼女の知っている機能とはまた別の、なんらかの脅威を秘めている可能性は大きい。
 クローゼの中で警鐘が鳴る。あれは危険な存在だと、これまでの経験がそう教えてくれる。三度の災厄の来訪ではないかと、心臓の鼓動が早まっていた。

 そうしている間に、巨大人形兵器は完全にその身を太陽にさらした。


 まだ肌寒さの残りる外気を大きく吸いこむように、そして日の光を全身で浴びるように大きく腕を広げる。
 輝きに包まれた体は、地中より生まれた自らの存在を誇示するかのようにも見え、各部を動かす度に奏でられる駆動音は、生命の雄たけびにも似ていた。

 陽光を十分に得たそれは、充電完了とばかりに動き始める。ゆっくりとその身を移動させていくと共に、周囲の木々は容易くへし折られ、咲く事に生命を賭けた木々達は一瞬にしてその命を奪われていく。
 さらに、無差別に振りまわされる4本の豪腕が、先ほどまでみやびな風景を楽しませてくれた春雪の樹木をも巻きこんで、手当たり次第になぎ倒していく…。あの美しかった風景は見る影もない。

「なんて事を…!」
 クローゼは表情を曇らせる。無秩序に破壊するその光景が堪らなく悲しい。人であれ、物であれ、どうしてそんな簡単に壊せるというのだろうか?

 ──そんな彼女の悲しみなど知る由もなく、謎のトロイメライが向きを変えて移動をし始めた。こちらには気がつかなかったようだが、どこへ向かうのかはわからない。しかし、あれは放置していいものじゃない。
 幸い、巨体が動く度に腹の底に響く振動が伝わってくるものの、先ほどまでのような揺れもない。問題無く動けそうだ。

 行かなければ。あの人形兵器は止めなければならない。

「………クローゼちゃんは安全な所へ。私はあれを調べてみるから!」
 そんなクローゼの横で、アネラスはすでに戦闘準備を終えていた。戦闘に関わる事の多い遊撃士として、危機を感じ取る能力は一般人の比ではない。すでに手持ちの装備を確認し、戦いの準備を終えている。

 彼女も感じているのだ。あの巨体が、得体の知れない禍禍まがまがしい気に満ちているという事を。災厄をき散らす根源こんげんであるという事を。

「い、いえ、……私も、私も行きます! あの人形兵器は止めないと!」
 自分は確かに一般人だし、自己の安全を考えなければならない王太子の身だ。前の様に冒険していい身ではなくなっているのは承知している。本来なら行くべきではない、それが王族として当然の判断である。だからといって、あれをそのままにして行くわけにはいかない。

「足手まといにはなりません! 私も一緒に───」
「……ごめんね。連れていけないよ。」
 そんな想いを込めたクローゼの申し出を、アネラスはにっこりと笑って断った。絶対に危険とわかる場所へ連れていく事は出来ない。自分は遊撃士だから危険に飛び込むのは当然だけど、彼女は違う。クローディア王女なのだ。次期女王様なのだ。

 リベルアクーク出現の時のように前線に出すような事はもうできない。絶対ダメだ。彼女はもう、それが許される身ではないのだから。
 だから笑顔で、平気な顔で断ってみせる。あの巨体が危険だと思えば、そう言うしかなかったのである。

「はい、わかりました。」
「なんと言っても連れてはいけな───、はい?」

 意外にも、クローゼはあっさり承諾した。絶対に着いていくと引き下がらないと思っていただけに、その返事に虚をつかれてしまう。

「アネラスさん。確かに私は、次期女王として着いていく事はできません。遊撃士の意見は素直に受け入れます。でも、確かに私は王太女ですけど、まだ女王になったわけじゃありません。今はただの学生です。」
 クローゼは少しだけ困ったように微笑む。

「だから私は、あの人形兵器の追撃は諦めて、アネラスさんのお友達としてお手伝いに行きます。」
「え、えっと、だって…その……それは結局ついて来るというわけで……。」
「私は、アネラスさんのお友達でいちゃいけませんか?」
 アネラスはその頼み込むような顔にやられた、と思った。そんな言い方をされたら、断ろうにも断れない。

 最初から、こちらが断るのはなんとなく予想していて、自分が王太子の身という事も理解していながら、それでいて断りにくい答えを返してきたのだ。

 アネラスは心の中で苦笑する。
 とても自分的だけど、遊撃士としては失格なのかもしれないけど、お友達、なんて後輩みたいな可愛い子に言われたら断れるわけがないよ。う〜ん、なんだか手馴れているというか、場慣れしているというか…。

「は〜、お姉さん一本取られたなぁ〜。………じゃ、行こっか。行くからには全力で!」
「はい。全力ですね。」
 二人はふっと笑顔を残し、そして駆けていく。

 さっき出会ったばかりだけど、少ししか話てないけれど、もう二人は友達だから、どんな危険にも立ち向かっていける。信頼があれば困難も乗り越えていける。
 リベールが平和であるために、いや、私達がもっともっとずっと友達でいるために、いまは全力で戦おう。

 ここから先は間違いなく戦場になる。だから笑顔はここまで。

 巨体を追うアネラスとクローゼ。その二人の表情は戦士の横顔。
 もう何が起こるのか予想もできない戦場へと、駆けて行くのみだ。

 だが、彼女達は想像以上の事態に直面している事までは誰も知らない。
 彼女達を待つ、いや、リベールを飲み込もうとする破壊の旋律せんりつは既に流れ始めたのである。











午後13:50  エルベ周遊道 トロイメライ=カプトゲイエン内部───

【─── 搭乗者に報告致します。トロイメライ=カプトゲイエン一次起動致しました。オートモードがOFFにされているため、掘削くっさく作業の効率が31%低下しています。】
 機械的な音声が狭い空間に流れた。そこには一人の青年、ギルバートが座席に腰を落ちつけ、額に汗を浮かべながら操作パネルと格闘している。

「待て! 僕はまだ操作が完璧じゃないんだ。まったく、移動がキャタピラなのは助かったが、4本も腕があっては動かすのに一苦労だ。……マニュアルは…と……。」

 このカプトゲイエンの大きな特徴は”人が搭乗できるタイプ”である事のようで、トロイメライ・シリーズには珍しく人間一人分のシートが用意されている。ギルバートはそこに汗だくになって座していた。

「くそっ! 前進したのはいいけど空調が効かないぞ? まだ春だというのになんでこんなに熱いんだ? まったく…、しかもマニュアルが3つもあるなんて不親切な…、これがこうで……これは? うわぁ!」

ゴツンッ!
 カプトゲイエンの巨体が大きく振りまわされる。シートベルトをしていなかったギルバートは、正面の外風景が見渡せる透明ガラス、キャノピーへと頭をぶつけ頭を押さえた。
「い、痛っ〜……、こらカプトゲイエン! シートベルトを絞めてないんだから動くなよ!」


【 当機は緊急時の稼動措置そちとして、シートベルト着用前であっても搭乗者とうじょうしゃの操作による一定範囲内の行動が可能です。しかしその場合の活動は移動とアーム稼動のみと限定され、対隔壁破砕用たいかくへきはさいよう装備・胸部第一レーザーカノン、第二レーザーカノンの使用ができません。
 なお、掘削作業時においてはシートベルト着用が義務付けられており、これを遵守じゅんしゅしないまま作業を継続した場合、27分後に警告アラームが鳴動めいどうし、30分後に強制動作終了となります。】


「いだだだ…、もういい、わかったよ! ようするに僕がシートベルトを絞めればいいんだろ? わかってるさ。まったくもう……いちいち説明が多い機械だな。ええと、ここをこうだな……?」
 操作盤、コンソールの右上に配置されたスイッチを操作し、ギルバートは口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。

ブォォォォォ!!
 すると、蒸し風呂のように加熱したコクピットに涼やかな風が送りこまれた。どうやらエアコンの使い方を習得したようだ。
「フフフ……このギルバートにかかればこの程度は造作ぞうさも無い。なんたって僕はエリート中のエリート。古代兵器であろうとも僕の手にかかれば簡単に動い───」

ぐるりっ! ゴツンッ!
 操作を間違えたのか、またカプトゲイエンが体を大きく回し、まだシートベルトを着用していなかったギルバートは同じようにキャノピーに頭をぶつけた。

【 ─── 当機は緊急時の稼動措置として、シートベルト着用前であっても搭乗者の操作による一定範囲内の行動が可能です。しかしその場合の活動は移動とアーム稼動のみと限定され、対隔壁破砕用───】

「う、うるさいな! 同じ事言わなくていいだろ! 融通ゆうずうの利かない奴だな!」
 ギルバートはぶつくさ言いながら、狭いコクピットの中でシートベルトを装着した。これでもう頭をぶつけて泣く事もない。完璧だ。

【─── 搭乗者に報告致します。アウスレーゼ反応を3体確認。因子適合率いんしてきごうりつ73%、70%、88%が半径282アージュ内に存在します。基本設定変更がない場合、もっとも確率の高い標的を追尾を開始する事となります】

 カプトゲイエンの報告にギルバートはニヤリと口の端を吊り上げた。(最近この笑い方にも慣れてきた)
 まさかこの王都に3人共揃っているとは思わなかった。少なくとも一人、クローディア姫はジェニス学園にいるものとばかり思っていたからだ。

「よぉし、僕にも運が向いてきたぞ。カプトゲイエン! もっとも確率の高いアウスレーゼ因子へと向かうんだ。」


【───搭乗者の命令確認。因子適合率最高値の標的へと向かいます。到着時間は7分27秒後です】


 カプトゲイエンはそのまま進路を北東へと向ける。そこはエルベ離宮の方向だ。ギルバートも何度かおもむいた事がある美しい庭園ではあるが、今となっては無用の場所、アウスレーゼの隠れる場所という認識しかない。

「ふん。クローディア姫が因子適合率最高値であろう事は予測がつく。それしかありえないからな。次がアリシア女王といったところか。一番低そうなデュナン公爵は後回しでもいいだろう。」
 そんな確証かくしょうなどどこにもないし、実際にはいきなり間違っているのだが、自分の言っている事に少しの疑いも持たない。

 そんな彼は片手に操縦桿そうじゅうかんを握り、もう一方でマニュアルを器用にめくりながら、目先の成果に気分を良くした彼は鼻歌まじりで様々な戦闘系の操作を覚えていく。

 まずはメイン武器となる4本の腕、それぞれにドリルやハンマー、パワーショベルなどの掘削用装備がとりつけられた豪腕を操作し、眼下に林立する木々をなぎ倒してみた。根の深い樹齢何百年という大木がまるで紙のように折れ、周囲を瓦礫がれきの山と変えていく。その威力を確認していくことで、これを自分が操縦しているのだと自覚し、心は歓喜に震えていった。

「そうさ。このギルバートこそが選ばれる値する存在だ。このカプトゲイエンを使えば出世街道は開かれたも同然! さあ、景気付けに一発撃ってみるか。カプトゲイエン! 胸部レーザーカノンの発射だ!」
 巨体の胸部に装備された2門のレーザーカノン。それは通常トロイメライの腹部に通常装備されているものと同一の威力を持つ破壊兵器である。それを2発同時に打ち出す事で、単体の攻撃目標において通常の2倍以上の破壊を生み出す恐るべき兵器である。

「くっくっくっ……さあ! 出世祝いの祝砲を撃て!!」
 ギルバートの脳内ではすでに輝かしい未来だけが映し出されていた。しかし……。

「あれ? なんだ? 早く撃て! なぜ撃たないんだ?」


【─── 搭乗者へ通達致します。隔壁破壊用レーザーカノン使用には、チャージ時間38分が必要です。現在、充填じゅうてんを開始より14秒しか経過していないため、残り37分46秒のチャージ時間が必要となります】


「な、なんだって!? そんなにかかるのかっ!」
 ギルバートはマニュアルを手早くめくると、レーザーカノンの説明書きを見つけた。そこには今の説明と同じ内容の文章が、緻密ちみつに書かれている……と思う。

「だめだぁぁー! 古代語がさらに難しくて読めたもんじゃない! ええい、マニュアルなどいらん。カプトゲイエン! わかったからチャージしておけ!」
 読むのが面倒になったギルバートは、マニュアルを座席の後ろに放り投げると、飲みかけのドリンクを一気に飲み干す。すると、進行方向に見えてきた建物を確認し、悪党っぽく口の端を吊り上げた。(もう板についた)


「見えてきた! エルベ離宮が見えてきたぞぉ! さあ、クローディア姫、今回こそチェックメイトだ! よぉし、カプトゲイエン! 栄光のためにつき進むんだ!」


【─── ワードエラーです。命令名”栄光のために突き進む”は指示項目に該当がありません。行動可能な指示を再度入力してください】


「……カプトゲイエン…、それくらい判別してくれよ……。」











 誰も居ない何処かで、一人その景色を楽しむ者がいた。

「──プロローグはこんなものかな。さて、【主役のいない物語】が始まりだ。」
 それは道化師と呼ばれる少年。彼はいつもと変らぬ笑みを浮かべ、楽しそうにその様を眺めている。

「まずは【主役に華を添える脇役】が一人に【エキストラ】が一人。二人組みでも所詮しょせんは脇役ってところが面白いね。……そしてやっと【物足りない敵役】が登場ってところかな」
 少年は懐から小さな機械を取り出すと、それを耳に当てて話始める。

「やあ、出し物の準備はどうだい? ………うん、そう。よろしく頼むよ。」
 どうやら、どこかと通信していたようではあるが、その会話は短く切られて終る。何かの確認だけしたような内容らしい。彼は手馴れた様子でその小型通信機のようなものを懐へと戻した。
 少年の口ぶりからすると、その”出し物”と称されたモノの準備は順調であると判断できる。それが証拠に、彼はとても機嫌が良さそうだ。

「ふふ……、手のひらの上で動く人形達。一体どんな劇を演じてくれるのかな?」



 暖かな日差しの中にも冬は残っている。駆け抜けた一陣の風はとても冷たく、リベールに訪れつつあった春を足踏みさせる。人々に訪れるはずの平穏は、いままた、冷気に包まれた風に遮られようとしていた。

 全土を凍りに包み込む冷気が、嵐となって吹き荒れようとしているのだった。






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