セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプターEX04 『ゼロ・ブルーのこれまで』
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BGM:セブンスドラゴン2020「都庁の夜明け」(サントラDisk:1・09)




「どうにも理解に苦しむな、この湯に浸かるというのは。…肉体を暖めるなど、氷結世界をを好むこの氷竜にとって自虐行為に他ならない」
 広々とした湯銭に浸かりながら疑問を口にするのは福矢馬ジュンという少年だ。
 つい先日、この新宿都庁に所属する魔物討伐機関ムラクモに登録されたサイキック能力者である。

 容姿において最も目に付くのは白髪。十六歳程の瑞々しい肉体を持つ若者だというのに、その頭部に据えられているのは老躯のごとき白髪。それは彼が手を掛け染めているわけでもなく、自然のものとして揺らいでいる。

 服装は学生服そのもの。一般的なガクランに近いその制服は、東京、台場にある高校のもので、髪が白い以外はどこにでもいる歳相応の少年といった風貌だ。

 彼はいま、この新宿都庁の大浴場にて人類の偉大なる文明の象徴、風呂というモノを体験している。


「だが、この風呂という設備は毛なし猿どもにとって重要なのだろう? キミ達毛なし猿という種には一定の肉体温度の保持が必須だという。だが、この湯銭の温度はそれよりも上ではないのか? 肉体保持温度以上の湯銭に身を置く事にどのような意味があるのか? 温度調節であれば服を着ればいいだけの事。だというのに、どんな理屈でこのような設備を利用するのだ?」

(う〜ん、僕も理論的に口が出せるわけじゃないけど…、身体を暖める事で血液循環という代謝が良くなる事と、身体は生きている事で老廃物を生み出すので、それを落とすために入る、というのが正しいんだと思うよ。衛生面の話だよ)

「…ふん、不便な生物だな。毛なし猿とは」

(氷竜、約束したよね。そういう呼び方は…)


「分っている。人間と呼べばいいのだな」

 この内から囁(ささや)く声の主は、いま彼がその精神を宿している人間のものだ。氷竜は死の淵において、同じく死を迎えようとしていたこの人間、福矢馬ジュンという人の身体に入り込む事で生を繋いだのである。
 その結果、こうして風呂というモノに疑問を抱く事になっているのだ。

(でも、お風呂の情報なら僕と精神を共有しているんだから、理屈も何も分ってるはずじゃないの?)

 そう。彼の持つ知識は、この少年と共有し、自らの術として活用する事ができる。まさか殲滅しに来た星の生物の文明、文化を自身が行使するとは思ってもみなかったわけだが、いかに知識を共有しているとはいえ、生態そのものがまるで違う生物の行動など、容易く受け入れられるものでもない。

「理解はできるさ。だが、僕自身がこれを体験しない限り実感は持てない事には変わりない」

(あー、そうなのかもね。初めて入るなら、そうなんだろうね)


 そのように取り止めのない会話をしていると、同様に風呂を利用している雄が声を掛けてきた。彼は氷竜がこの湯銭に浸かる前から入っていた者の一人で、どういう理由か、入浴する前から見開いた目で少年をまじまじと観察していた。
 氷竜は思う。この人間…、種としてはすでに劣化した老体であり、生命力も低い。いわゆる老人という部類の人間だろう。その老人とやらは、実に困ったような、難しいような不思議な態度でこちらに話しかけてくる。

「…な、なあ、あのキミ…」
「なんだ? 僕に用があるのか?」
 氷竜はこの劣化と会った事などない。加えて思い当たる節もない。人間的観点からして不審な点もないはずだ。もしかすれば、これが同じ湯銭に身を置くことで発生するイベント、コミュニケイションという行動なのかもしれないが、そうであるならば実に面倒だ。

「いや、あの…個人の好みはあると思うんだけどねぇ…」
「含むところがあるのなら、それを臆さず発声すればいいだろう? 躊躇(ちゅうちょ)する理由がない」

 老人はもごもごと煮え切らない態度を取り、氷竜の精神を苛立たせる。人間ごとき輩(やから)が、上級生命体たるこの氷竜の精神に波風を立てようとは片腹痛い。面倒なので凍らせてしまってもいいのだが、それでは湯銭を理解するという彼の実験が無駄になってしまう。

(僕からすれば、お爺さんの言いにくいのは十分納得できる事だから、ちゃんと言う事を聞いて欲しいと思う)

 宿主たるジュンがそう言うのであれば間違いない。彼は嘘を言わない。彼の言う事は全て正しい事は氷竜が知っている。ならばこの老人の声にも耳を貸さねばなるまい。


「う〜ん。その…キミね、ここは大衆浴場みたいなものだから言うんだけどね」
「ほう、大衆浴場というのは不特定多数の人間が集う風呂のようなものだな。それがどうした?」

 老人は頭に手をやり後頭部をさすりながら、それを声にした。

「服を着たまま風呂に入るというのは…、あんまり良くないというか、看過できないというか…」
「…なに?」

 おかしな話だ。体温保持と体液循環の促進が目的であるなら、この服という外装を取り払う理由がどこにある? 服を身に着けていれば効果もより一層高くなるではないか? ではなぜそのような問いが出てくるのだ?

(ほら、言われたじゃない。だから僕は服を脱ごうって何度も言ったのに…)


 人間の文化というのは理解できないモノばかりだ。納得はいかないが、その納得いかない事が正常であるという理屈が分らない。困ったものである。














 僕の名は氷竜。真竜ニアラに属する群(むれ)の竜だ。
 ヤツの手駒としてこの地球という星に訪れ、文明を崩壊させるために降り立った。

 だが、それはけして本位ではない。
 僕は僕のために動くのであって、ニアラごときの命令を嬉々として受け入れたわけではないのだ。

 さりとて、この星に蟻のごとく蔓延し、生物の頂点だと不遜な顔を向ける毛なし猿どもが好ましいかというと、そういうわけでもない。そうではないのだが、実際のところはどうでもいい。

 毛なし猿…人間という知恵ある生物がどうなろうとも、僕にとっては興味の対象外なのである。

 ニアラはそんな人間どもを殺す事で、その精神の揺れを己の食料としている。ヤツは生物の精神を喰らって生命を得るからだ。だから単純に、文明を持つ人間を殲滅するだけでヤツの目的は満たされるわけだ。そしてそれを達成するための手駒が我々という事になる。

 そうであれば、僕にとっては非常に面白くない。
 実に不愉快だ。

 そもそも、なぜ僕があのような無能に従わなければならない? 頂点にいるから有能だというのは見当違いで、あれは実に能のない生物だ。知能としての幅が狭く既存定義の反復しかできぬ無能である。

 その程度の低級竜が、我らを駒として使うなどと不遜もいいところだ。
 しかし、我ら竜という生物は、我と我らを生み出したニアラに魂が繋がっている。

 真竜の生命があるからこそ、我々は生み出された。

 この星の毛なし猿…いいや、人間の世界風に言い表すのであれば、ニアラは電源、我々は電球といったところだ。我らが生命の輝きを保つには、源であるニアラが存在しなければならない。だから無能にでも服従するしかないのだ。

 まったく! 腹が立つことこの上ない!!
 なんとくだらないシガラミなのかと憤慨を覚えない日はなかった。

 だが、人の身体を得た事でその境遇から抜け出せたのだ。福矢馬ジュンには感謝してもし切れない程である。
 こうなったらもうやる事は決まっている。僕自身がヤツをブチ殺せばいいのだ。

 そのために僕はムラクモに入り、他の同士たる竜と合流する事になった…。




 わけではない!




 合流したのは結果的にそうなっただけで、ニアラなどという無能を殺すのなら僕が一人で済む事。
 それよりも大切な事がある! 僕にとって最も大切なの事、そんなのは決まりきっている!!



「ユカリたんハァハァ…、カワイイよユカリたんカワイイヨ、チュッチュしたいお!」
「…さっきから何をブツブツ言っておるのだ、氷殿」

「さあ、ユカリたん、お、お、お兄さんと…、た、楽しい遊びを……ぬっ!」

 ファンタジーな世界に近づいていた僕をこちら側へと引き戻したのは、近くを泳いでいた豚。
 そうだった。僕はいま、他の帝竜らと共に風呂に入っているのだった。

 そういうわけで…、いまこの大浴場という湯銭の、僕の周囲にはニアラがこの東京地区に送り込んだ帝竜が二匹いる。正確には人間型が一匹と家畜型が一匹である。


「ハロ〜! ダイナマイトボディのシンちゃんでぇ〜す! 三週間ぶりのお風呂はナイスよ! ナイスー!」
「ぶふー。やはり湯というのはよいのう…、ふご〜」

 これらは人間風に言うと”同僚”である。ふむ、ジュンにはまだ紹介してなかったな。

「…ジュン、こっちのうさん臭い女体に見えるバケモノはだな、渋谷を支配していた草竜で…」
「誰が化物なの!? アチキ!? アチキの事を呼称してるのっ?!…っていうかアンタ誰に話してるの!?」

(説明が口に出てるよ、氷竜)
「ああ、すまんな」

「それにアチキは花竜! 花よ! 草なんて花弁の抜けた華のない呼び方はやめて!!」
「黙れ雑草」

「花 だ っ て ば ! ! 」

 こいつは同僚のうちの一匹で、草竜というヤツだ。本人は花竜だと断言するが、僕にとっては草でも花でも森でも何でもいい。どうやら僕と同じように人間の身体に魂を宿しているようだ。元より僕にとってはどうでもいい雑魚竜の一匹という位置づけであるのだが、僕の大嫌いな脳筋赤竜によく絡んでいる事でその姿くらいは覚えがある。

 ちなみに草は僕とは違い、水着という服を着用しているようだが、それでも周囲の劣化どもが逃げるように湯銭から出て行く姿は不思議なものである。このような化物の何に怯えているというのか? そうか、化物だから逃げるのか。


「ぶふ〜、よい湯じゃの〜…、こればかりはあの巨体では味わえぬ、ふぶー」

 そして、このコロコロ丸々とした豚という名の小型畜生(ちくしょう)は地竜殿だそうだ。彼の事は前から知っている。いいや、地竜と聞いて知らない者などいないだろう。竜としては最古であり、多くの知恵を持つ我ら竜の長老的な存在である。尊敬こそすれ、蔑(さげす)むなど有り得ない相手だ。

 実はこの草の事も彼に聞いてその正体を知った。彼が人間側にいる事には驚いたが、味方であるというのは純粋に頼もしく思える。

「地竜殿にはこのような姿でお会いしようとは思いませんでした。本来ならば、こちらから挨拶に出向かねばならないというのに」
「いや、氷殿。ここではその名で呼んでくれるな。他人の目もある。ワシの名はミミズでいいよ」

 地竜殿、いやさミミズ殿はそのように仰りながら、湯銭に浮いた身体で前足及び後ろ足をバタつかせて、わずかばかりの推進力を得ている。あの足の短さで、しかも不得手な水上での行動だというのに、なんとも見事な振る舞いと言えよう。


「でもさ〜ぁ? ミミズ様が喋ってるのに周りの人、全然驚かないのね? 不思議だわ」
「ワシが波長を調節しておるからよ。竜としての会話は人間には届かない。それを実践させている」

 そのような草の質問に、ミミズ殿がばバシャバシャと湯を掻き分け進みながら答える。なるほど、周囲の人間からしてみれば、我らの会話は人のそれと異なる故に届かない、という事か。さすがは思慮深き古竜だ。僕はそこまで考えが及んでいなかったからな。

「ふ〜ん、さすがはミミズ様と言ったところねー」
「お前に関心されんでもその程度は造作もない。お前はせいぜいワシの居ぬ場でボロを出さぬようにしておれ」

「いやだわ! ボロだなんてぇ〜」
「お前が企んだ悪事は一時的に隠蔽してある事を忘れるな。バラされたくなければ都庁のために死ぬ気で働け」

「うっ! …おーけーよ、ボス」
 きっと音を御する彼の事、この場の我らの会話自体も周囲に聞こえづらくしていると察する。周囲の人間にとっては、こちらが会話はしているが何を話しているのかイマイチ聞こえず、逆に彼らからのアプローチは遮らずに届くようにしている。それくらいは簡単にできるのだろう。


「ところで氷殿。ずいぶんと長い間この都庁から離れておったようだが、どこへ行っていたのかね? ワシがこの都庁に来た日に出て行ってから、ほとんど出かけていたそうじゃないか」
「あら〜ん、そうなの? もしかしてアチキみたいに旅してたの? 右も左も分らない旅って不安爆発よね!」

「黙れ。お前と一緒にするなよ草。…僕は重要文化財の保護に精を出していただけだ。お前と一緒にするな」

(東京中の同人ショップ巡りをしてただけですけどね…)


 氷竜は筋金入りのアニメオタクである。崩壊した世界といえど、やるべき事はその辺のオタクと変わらない。むしろ、魔物や竜が徘徊する世界で一人気ままに歩き回れる彼の趣味を阻める者などいまのこの世に存在しない。

 ちなみに東京を歩き回る、というのは無茶なことではない。成人男性でも四日ほど少しも休まず歩き続ければ大抵の場所は回れるものだ。氷竜にとっては造作もない事である。

 もちろん、少しくらい道がなくなっていたとしても、それを苦もなく通ってこれるのは帝竜たる彼くらいだろうが。


「フッ…、漫画喫茶とビデオ鑑賞をハシゴしていたのだが…、あれはまさしく至福の時であった…」

 つまり、彼は帰ることすら忘れて趣味に没頭していたのである。当初の計画では日帰りで都庁に帰るつもりだったのだが、漫画を読み始めたら、そのシリーズ作品全巻を制覇するまで読むのは当然だったし、アニメも同じく制覇には恐ろしく時間を要したというわけだ。
 しかし、こんな世界だというのに、いまだに映像機器を動かせる電気が使えるというのは、近年の太陽電池普及の賜物といえよう。使われる理由がアニメ鑑賞というのも悲しいものではあるのだが。


「しかし目的はそれだけではない!! ユカリたん、いやさ、ウォーたんに似合うメイド服も調達きたのだ!!」
「…ウォー…たん…だと?」
 シンイチロウがドン引きした顔で後ずさりしながら復唱するが、氷竜のテンションは上昇しっぱなしである。

「そう! 愛しいウォーたんになっ! ああ…カワイイよ…ウォーたんぺろぺろ!」
 氷竜は湯船から勢いよく立ち上がると、両手で自身を抱きしめ悶(もだ)え始めた。もちろん着ていた学生服はずぶ濡れのまま。…湯船の中央で、服を着たまま身悶えしているという姿は実にシュールなものである。

「…くっ、彼女と会えない日々は実に過酷だった! まるで灼熱の砂漠の中を歩く渇ききった旅人であるかのように! だが僕は帰ってきた! 彼女の元に帰ってきたんだ!」
「そんだけ渇いてたくせに漫画喫茶に寄るのは忘れないとか…、頭おかしいんじゃないの?」

「痛いところを突くな、草。…だが僕はその程度の言葉で折れはしない! ウハハハハハハハ!!」
「あっさり認めつつ、完璧に開き直ってる辺りが実に手強いわね…」

 氷竜が学生服のまま腕を組み立ち尽くして爆笑している最中、シンイチロウは声を潜めて地竜へと問う。


「…ねぇ、ちょっとミミズ様? 竜ちゃんの事は教えなくていいわけ? アイツ元々は竜ちゃんの事が大嫌いでしょ? それが勘違いとはいえ、惚れたとかトボけた事を言ってるのよ?」
「どちらでも良いではないか。姿がどうあれ、それを好む事で無用な争いが回避されるのなら万々歳じゃ」

 地竜のスタンスは基本おおらか。正確に言うならおおざっぱなのである。必要性がない事にまで気を揉むような真似はしない。少なくとも危険性がないので放置しているのだろう。シンイチロウがいちいち口を挟まなくとも、それくらいは考えている。


「ところで氷殿。ワシらがこのような姿になった経緯は話した通りだが…」
「うむ。あの可憐なウォーたんとの戦いに敗れたのだったな。やはり可愛いは正義とは正論だったのか…」

「可愛いだけで勝てる世の中って常識的に考えて異常だと思うけど」
 シンイチロウはそのように呟くのだが、氷竜の聴覚は実にファジーであり、そういった戯言(たわごと)は届かない仕組みになっているらしい。便利なんだか不便なんだか実に不明瞭である。

 しかし、地竜は敢えてそこには触れずに話を進める。

「せっかくなので氷殿が人の身になった経緯を聞かせてくれぬか? 情報の共有は互いの理解と視野を広くするものだ」
「一理ある。情報とはその量により選択肢を増やすもの。ミミズ殿がそう言われるのであれば語り尽くそう」

 そうして氷竜はやっと湯船に浸かり直すと、目を閉じて話し始めた。


「あれはもう一ヶ月以上前になるだろうか。台場での出来事だ…」







BGM:セブンスドラゴン2020「台場 氷結都市」(サントラDisk:2・05)








 台場という地名を聞くと、お洒落な観光スポットとしてイメージする者は多いだろう。確かに、東京という難解なパズルじみたオフィス街が続く土地において、この台場という地域は行楽に向いた施設が揃っている。

 しかしもちろん、その大部分は生活居住区であり、有名なTV局や敷地面積の広い公園などの一部が行楽地として注目され、一人歩きしたが故のイメージが強い。そういった印象は間違いではないのだが、正確には東京らしい都市の一つである。

 主要都市の制圧を魂に命じられた氷竜は、ここに降り立った。

 とはいえ、最初から不愉快だったので、自身の棲みやすい環境にするため周囲を凍らせた以外は特に何かをする事もなかった。ぶっちゃけ、勝手に暴れる部下に任せて寝ていたのである。

 氷竜は竜の中では特殊で、外部よりの食料というものの摂取を必要としない。ニアラが人の精神波動を自らの食事とするのと同じく、彼は氷を補給するだけで事足りるのである。しかも氷自体も自分で生成できる。…つまりニアラとは違い、完全に自己完結できてしまうのだ。


「アンタ便利だわねぇ…。アチキはこの身体になってから、頻度は少ないけど人間向きな食事が必要になったわよ? 前は草木どころか色んな肉を食ったりしてたけど、いまはそれに加えて白米と魔物ガエルが美味しいわw」

「ふごふご…その姿で普通にゲテモノまで食うのか…。雑食この上ないのう。とはいえ、食事よりもチョコとハチミツをこの上なく愛する竜もいるわけだから、否定はせんがな」


「そんな話はどうでもいい。…ここからが僕が人の姿を得た話だ」
 食事を必要としないどころか命令さえ無視した僕は、当然のように暇だった。だから、仕方なく初めて見るこの世界をテリトリー拡大のために凍らせながら歩き回ってみる事にした。

 すると、すぐ近くにあった広場のような場所で多くの人間が凍っているのを見つけた。
 僕の冷気により瞬間冷凍されたのだろうが、そこは人間で言うところの、祭りを開いているようでもあった。

 やけに多くの人間がいたので、何かあるのかと近寄ってみたのだ。この時点では祭りという概念自体がなかったわけだから、それが何を意味するものなのかは当然理解もできない。


 そして、そこで見たんだ。




 巨 大 な 人 間 を ! !




 これにはさすがの僕も度肝を抜かれた。
 なんせヤツは僕よりさらに大きかったからだ!

 全身が白で、頭にはVの字のツノがある。
 首周りは黄色、胸の辺りは青、横腹の辺りは赤という、いわゆるトリコロールカラーをしていた。

 そして、やけに流線型なフォルムを持つそれは、直立不動の姿で立ち尽くしていたのだ。

 僕は息を飲んだ。動く事さえできなかった。

 だってそうだろう?
 こんな話は聞いていなかった。毛ナシ猿にこんなヤツがいるなどニアラの情報にはなかったのだから!


 …しかし、程なく理解した。
 それは動く事はない、ただの作り物だという事を。

 もちろん安堵を覚えたが…しかしそれ以上に引き寄せられた。メタリックなその姿に、無骨ながら洗礼されたその胴体に!

 こ、この感覚は…なんだ? 魅惑的…、そう、魅惑的だ。この人型はなんと魅惑的なのか?
 自身で氷を生成したからといって、このような精巧なモノは作れない。竜の生態には有り得ない造形物…。


「人型の像とな? 何かの催し物かの?」
「あ、分かった! アチキそれTVで見た。知ってるわ! 等身大のガンダ──むぶっ、ゴホッゴホッ!! …ちょっと! いきなりお湯かけないでよ!」

「黙って聞いていろ雑草!」

 そう、僕はそれに見惚れたのだ。
 生まれて初めて、造形物を見て素晴らしいという感覚に囚われたのである。

 人の時間にして小一時間といったところか。僕はすっかり魅入っていた。




 そんな時、悲劇は起こった!!



『Wririririri!! ゼンブ コワセ! Wririr!!』
『Gyagya…デカイサル ダ! コワセ! コロセ!』


『お、おい…、我が部下ども、待て! それは…』
 自由にやらせていた部下どもの二匹が近くまで来ていた。何を思ったのか、あの巨大人型を殺すべき毛ナシ猿だと思っている様子である。しかもヤツらは像と人間との区別が付かないのか、形が似ているから殺せと騒いでいるのだ!

『GYaaa! コイツ ヨワイ!! コロセコロセ!』
『ま、待てぇぇぇぇぇーーー!』





 下級竜の部下どもが…!





 事もあろうに!





 止める間もなく!!





 人 型 を ぶ っ 壊 し や が っ た の だ ! !





 僕は怒りを覚えた。心の底から吹き上がる負の感情。
 これ程の怒りを覚えたのは脳筋赤竜に我が氷の城を破壊された時以来だった。

『Gyaaa! サル コロシタ! サル コロシタ!』
『Wriririri!! ヨワイ! ヨワイ!』


『ふざけるな貴様らーーーーーーー!!!』


『Wri?? ボ、ボス! ナニヲ…,グギャアアアアア!!』

 そこから後の記憶は曖昧で詳細に覚えていない。怒りに身を任せた僕は、手当たり次第の下級竜どもを倒し、殺し、引きちぎり、悲しみを発散させるがごとく暴れ回った。
 もちろんだが、僕はほぼ無傷で勝利した。当然だ。それだけの実力差があったのだから。だが、さすがに下級とはいえ自身で率いてきた百以上の竜ども。気がつけば時間だけが過ぎ、夜となっていた。

 僕は健常な肉体とは裏腹に、深い心の傷を覚えるまま地面に伏した。
 虚無感に囚われ、脱力していたのだ…。


「…ひでー話だわ」
「どうしてそうなったのか…」



「だがここで! 次の悲劇はもう起こっていた!!」


 僕が下級どもを殺しながら暴れたせいなのだろう。伏したその視線の先に、傷ついた人型の像が半壊で立っていた。
 それはあの巨人よりも小さいながらも、見事な造形をした人間の幼体…いや、幼女達。その数は五体、それぞれがポーズを決めている像で、奇抜ながら目に嬉しいドレスを着こんでいた。

 色は五色、赤、青、黄色、緑、オレンジ…。
 五人で一グループの少女達である!!

 ここで初めて、僕の凍れる心に燃え滾る感情が芽生えた。いま思えばそれは萌えである!


「ふむ、児童用TV番組の子供達を模したものか?」
「知ってる! アチキそれも知ってる! プリキュ───あばばっ!! ちょ! 熱っ! それ熱湯じゃない!! マジやばいからヤメテ! 冗談抜きで熱いのよ!」

「話の腰を折るな馬鹿めが!!」

 僕は恐怖した!! 自らの悲しみを晴らすため、さらなる犠牲を払っていたという事実に!
 そして襲い来るのは絶望! 僕は初めて触れた新たなる世界を自身で踏みにじったのだ!


 うわああぁぁぁぁぁぁ!!! なんて事だぁぁぁぁ!!



「…とばっちりで死んだ下級の方が、よっぽど災難だと思うけど…」
「不幸な事故なんじゃろうなぁ」
 僕はこの素晴らしき世界に気がつくと同時にそれを破壊してしまっていた。その絶望は己の想像を遥かに越え、怒りに任せてビルに頭を打ち付けていた。自分が許せず、何度も、何度も…!!

 気が付けば…、僕は死に掛けていた…。


「これは阿呆だわ」
「阿呆じゃな」

 倒れこんだ巨体を恨めしく思いながらも、横たわりながら自らの視線を彷徨わせる。このまま僕が暴れれば、素晴らしき世界が傷ついてしまう。もしそれを回避できたとしても、ニアラが指令を下せば、僕は自らの手でそれらを破壊しなくてはならなくなる。そうであれば、僕はもうそれに耐えられない。

 どうせ最初から目的もなかったのだ。ただ何をする事もなく時間を潰すだけでいいというのなら、それは死んでいるのも同じだ。
 僕は食料を必要とせず、自己完結しているせいで他の竜と食料を巡って争うという行為がない。全てが不自由しない僕が、初めて手に入れた素晴らしいと思える世界を追い続けられないというのなら、僕の生命には何の価値もない。

「おい、草。お前だってそうなのだろう? 追い求める何かを見つけたから、人として生きているのではないか?」
「う、…まあ、そりゃそうなんだけど」

「ぶふー、氷殿とシンイチロウ。形は違えど、何かに目覚めて強烈に惹かれたという経緯があるのならば、それは正しい行いなのだろう。ワシ自身も執着がなければ、この姿にはならなかったのも事実」


 そこでだ。

 僕はどうせ死ぬなら巨人像のところにしようと身を這わせた。大量の出血でいまにも命尽き果てようとしていたが、その足元に到着するまでは死ぬわけにはいかない、と強い心で命を引き伸ばした。

 そして…ようやくたどり着くと、…そこに毛ナシ猿の…、いいや、人間の少年が倒れていたのだ。
 彼は何かを呟いた。

 その時点で毛ナシ猿の言葉が理解できたはずもない。だが、僕にはそれが理解できた。


「どうせ死ぬ…なら、…ンダムの隣で…」


 そこで彼は僕に気が付き、僕らは目を合わせる。
 その瞬間思ったのだ。



 目の前に、僕がいる…と。





「…フッ、これが聞くも涙、語るも涙の壮大な物語の始まりだ」
「うわ、最低…」

「何だと貴様!! 草の分際で何を言うか!」
「ただのアニオタ繋がりじゃないの!! キモいっ! ひたすらキモい!」

「黙れこの下級雑草!! この僕の崇高(すうこう)な信念が貴様などに理解されてたまるか!」
「どこが崇高よ! 同じどころか別モノだわ! 一緒にしないで頂戴!! ペッ! ペッペッ!」

「貴様ぁ!! 脳筋赤竜の腰巾着(こしぎんちゃく)のくせに、この氷竜にそれほどの無礼! 殺されたいのか!」
「まあ待て、両者とも落ち着くがよい」

「地竜殿は黙っていていただきたい。この草を始末しておかなければ、僕のプライドが許さない!」
「ハンッ! いいわよ、来なさいよ。ここが風呂場だって事忘れてるわよ。凍らせる前に電撃のサイキックが──」



「おーいお前ら! おふろばで何を騒いでるんだ?」
「ちょ、ちょっと先輩!! まだ男の人の入る時間ですよ! 待ってください! せめてタオルをー!!」

 そこで響いた声に、争いをしていた二人が…、二匹が動きを止めた。
 この声は間違いない。


「あれ? そこの白い頭のヤツ。この前見たっけか?」
 そこへ、風呂場の扉を開けて現れたのはユカリである。しかもその姿は…。

「あらぁん、竜ちゃんってばダイタンな格好じゃないのぉ〜ん!」
「これ、王よ! 年頃の乙女がそのような格好で殿方の前に出るものではありませんぞ」
「うお……おおおおおっ…………!!」
 湯船の中から飛び交うそれぞれの反応。

「ひゃああああ! 男の人が全員はだかーーーーー!!!」
 そして、離れた場所から耳に届いたのは裏返ったアオイの悲鳴。彼女は思ったより天然で純情ちゃんのようである。その動揺でアオイの反応が遅れた。ずかずかと風呂場に入るユカリを止める事ができなかったのだ。

 そしてもちろん、ウォークライの…ユカリの姿は当然ながら、ほとんど全裸!

 腰の部分は申し訳なさそうに巻かれたタオルにより、かろうじて隠れている…のだが、それがかえって扇情的でもあるのは困りモノだ。そして、惜しげもなくさらけだしている胸の膨らみは長い黒髪で見えそうで見えない位置に隠れている…。

 どうやらウォークライ自身は男性女性で分かれている入浴時間帯を間違えて入ってきたらしい。それにしたって年頃の乙女が異性の前で見せるような格好ではない。しかし本人は特に気にした様子もないのが悩ましい。ウォークライ自身に羞恥心というものがないのだから、気にするわけもないのだが。

 ウォークライ本人よりも、それを一番気にしているのは彼、氷竜である。


「パ…、パパ…パパ……」
「何こいつ、竜ちゃん見てから顔真っ赤じゃないの。まあ、イヤだわぁ〜年頃のオトコノコちゃんねぇ〜ん☆」

「王よ、アオイ殿の所に戻りなされ。いまは男子の入る時間帯ですぞ」
「いいじゃねーか。空いてるし、入れるんだからさー。アオイもすぐ来るから大丈夫だぞ」
 そう言いつつ、ウォークライがそのまま湯船に入ろうと、すらりと長い足を伸ばす…。

「こんな可愛い…女の子が、ボ、ボ、…ボクの目の…前に全裸で…?」

 氷竜は、そんな台詞を吐いた瞬間、…見事に壊れた。





「パパパ……パパパパパパ…」
「ぱぱぱ??」
 おうむ返しに聞くウォークライを目の前にして、壊れた玩具のように氷竜が弾ける!











「 パ ラ ダ イ ス ッ ! ! 」



 発声と同時に急激なまでの鼻血を噴出! まるで凄まじい勢いで発射されるペットボトル・ロケットのように勢いよく噴出す。別にその勢いで飛び出したわけではないのだが、ジャンプしたようにその場に立ち上がり、噴出すモノが尽きたと同時に湯船に沈む…。

 まさに打ち上げ鼻火! いや、花火!!

「わぁ! な、なんだよコイツ! いきなり鼻血出したぞ??」
「あ〜あ〜、湯船が一瞬にして血の池地獄だわ…」

 花火の散り際というのは寂しいもの。残された赤の湯船には、枯れた流木のように漂っている氷竜であった。怪しい同人誌類なぞを集めている割には、実物に弱いようである。







 ───それ以後、彼は声高に主張を繰り返した。

「風呂はやはり裸でなくてはならない! 服を着るなどと言語道断!! 裸の付き合いとはいいものだ」


 それと共に、何食わぬ顔をした彼が女性時間帯に風呂に入り込む事件が多発。
 女の敵として危険人物視されたのである。


 ムラクモ13班には変わり者しかいない。そう囁かれるようになるのも最もな話というものだろう。








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