セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプター9 『洞穴探査C・それはきっと大切なもの』
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BGM:セブンスドラゴン2020「地下道−洞穴探査」(サントラDisk:2・03)



 都営地下鉄・私鉄新宿駅───


 非常灯だけが点々と、細く頼りなく輝く地下鉄構内。仄(ほの)暗さがどこまでも続くそこには生物の気配はない。
 その駅、都営地下鉄の…新宿駅付近にまで辿りついていた俺は、白髪の学生・福矢馬と向かい合っていた。

 白髪少年が俺へ、この横山へと向ける鋭い眼光は友好的なそれではない。それまでの道程で会話を重ね、打ち解けようとしていた相手に向けるものではない。明らかな不審、いいや、不愉快を越えた敵視と言ってもよいものに見える。

 状況が掴めない。なんだ? どうしてそんな目で俺を見る?

 今までの流れで敵視されるようなヘマは犯していない。それに、いましがた自衛官を殺してみせても、福矢馬はさほど関心なさげで駅の案内板を見ていたではないか。最初に会った時からそうだ。コイツは他者の命など気にしていない。
 だというのに、なぜいまこの場で不快感を示すのだ?

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する新宿界隈(かいわい)でその名を轟かせた俺が、どんな相手にも巧みな話術で切り抜け攻略してきたこの俺が、何が理由でこのような視線を浴びせられているのか理解できていない。どうしてこうなったというのだ?
 だが、少年の向けるそれは確実にマイナスの感情であった。不適切な言葉により不機嫌を抱かせてしまった程度ではなく、大きな疑心が向けられているのは明らかだった。


「もう猿芝居はいいだろう。…お互いに」

 福矢馬は確かにそう言った。つまり、俺がヤツを利用していた事がバレたのか? それともそれ以外の何か?
 …くっ、どちらにせよ、これはマズイ。この場を上手く切り抜けるためには冷静さを取り戻さなければならない。

 落ち着け!! 俺は…俺は横山だっ! 蛇と呼ばれた男だ!! 裏社会で知らぬ者はいない知性派ヤクザなんだ!!

 そうだ! 俺は……いいや、私は横山。
 私はこの名で世間を渡ってきた。この程度の修羅場など日常茶飯事。怯える必要はないはずだ。


 クールになれ、そうだ! こういう時こそ冷静さを取り戻せ!
 さあ、横山! 落ち着け、落ち着いてみせろ。


 深呼吸だ、頭を冷やせ! そうだ、頭を冷やせ! 冷やせ!! 冷やせっ!!!





 フーー…。



 そう、私は横山だ。何も臆する事はない。私はだらしなく呆気に取られていた表情を徐々に変え、弱ったような表情を作る。さらに頬を触って不安感を強調。頼りない雰囲気をかもし出す。どうだ! これだけ無能を装えば…。


「それが猿芝居だと言うんだ。僕が気づいていないとでも思ったか?」
「きっ!! 何を───」


 このガキャァァァーーーーー!!

 俺を猿だと言うのかぁ!! 俺を! 俺を馬鹿にしているってのかぁ?!
 クソ野郎がっ! 調子乗りやがってぇえええ!!

 俺のハラワタが煮えくり返っている間にも、福矢馬は少しも変わらず、落ち着き払った態度で立っていた。
 そして変わらぬ澄ました態度でメガネを指で押し上げると、片手をポケットに入れるというお決まりのスタイルで、表情を変える事なく話し始めた。


「あれは僕が台場から出て二日目の事だった。竜によって破壊され尽くした諸々の建築物が立ち並ぶ住宅街を歩いている時、一人の幼体…、いや、人間の場合は子供と言うんだったか。それと出会った。正確には瓦礫の中に隠れていたのを、たまたま見つけたんだがね」

「周囲には魔物も竜も徘徊(はいかい)しているというのに、その子供は奇跡的にも五体満足ではあった。しかし、目に見えて頬がこけ、衰弱し切っていた。僕を見ても身体がほとんど動かせないほどだった…まあ、死に掛けだったんだ」


「その子供が最後に言ったんだ。紫色の背広を着たおじさんが、パパとママを銃で殺して自分を外に放り投げた。その人はなぜか笑っていた、とね。聞き取れないような擦(かす)れた声でそう言うんだ。涙を流しながら」


「…パパとママ、というのは人間の”つがい”だったな。人間は産み主が子を成体になるまで育てると、僕の中の知識は言っている」



 なんだと…? 親を殺して子供を…?
 そんな馬鹿な…、そんな偶然があるわけない!

 まさか、本当にあの時の…、シェルターから蹴り出したガキだってのか?! ガキが生き延びていただと!?

 い、いくら生きていたとはいえ、こんな肉食生物が徘徊御する世界で、コイツとガキが出会う確率なんてどれだけあるというんだ? しかもその犯人である俺をも見つけるなどと、そんな偶然があるというのか?

 しかしこういう事態になっている以上、それを考えても仕方がない。いまは状況を打開しなければならない。
 これくらいならば…、言葉で切り替えしてしまえばいい!


「…あ、ああ! ああああああああ、そうか! 思い出した! いいや、片時も忘れてなどいなかった! それは俺…いや、私が殺した人間の男女の子供だろう。その男女、つまり両親と話し合いをしているうちに小競り合いとなり、その間に子供はどこかへ行ってしまっていたんだ」

「結果的に両親は殺す事になってしまったんだが…、私はその子の事が気がかりで仕方なかったんだ。そうか、福矢馬君はその子と会っていたのか。そうだったのか」


「しかし、その子の言うのは事実じゃあない! 私は笑って人を殺す?! とんでもない! とんでもない言い掛かりだ!! なんて事だ! そんな事が出来るわけないじゃないか! ああそうとも、出来るはずがない!」


「確かに私は善良とはいえない人間だろう。残念ながら一般人からすれば私はまっとうな人生を送ってはいない人種かもしれない。残念ながらね! 残念な事だがね!」


「だが、けして本意じゃあなかった! 私はそこまでするような外道じゃない! 人を殺して愉悦を覚えるなどと、そんな人道から外れた人間ではない! 何かの間違いだ。間違いなんだ! 私はそんな悪辣(あくらつ)じゃあない!」
 福矢馬は何も言わずに俺へと視線を向けている。まるで真実はどうなんだと俺の口から言わせたいかのように。自衛官を殺した時の態度が淡白だった事には疑問を覚えたままではあるが、いまはそれを考えている場合ではない。
 俺は説得をしなければならない。福矢馬をどうにかなだめるため、ここは納得させるしかないのだ。


「あれは…、仕方なかったんだ! あのシェルターには食料がほとんどなく、全員で分け合っていたら数日で餓死していた! 殺し合いだって起こったかもしれない! 誰だってそうだろう? 最後には自分の命が大切なんだ!」

 俺は涙まで流してみせて訴える。追い詰められたからこそ仕方なくやったのだと。
 そうだ、そういえばコイツは氷竜だとか何とか言っていたな。それも利用できるなら使っておこう。


「キミだって…、その…竜はそうだろう? それが当然だとは思わないか?」
 身振り手振りを添えての渾身の訴え。少し大袈裟だが、それが相手を恐縮させるというのも知っている。嘘はバレなければ嘘ではない。信じさせてしまえば嘘ではなくなるのだ。

「なあ? 福矢馬君、竜ならば理解できるだろう?」
「その通りだ」
 ここでまた呆気に取られた。必死の言い訳に何を返してくるのかと思えば、それは完全な同意であった。
 俺を責める様な言い回しをしておいて肯定するなど…意味がわからない。


「竜ならばそうだ。いちいち自分以外など気にしない。…だが、君は竜ではない。ただの人間だろう?」
「くっ…」

「もう一つ当てようか。…横山、キミは僕を利用するつもりでいる。僕の戦闘能力を使えると思い、自身の手駒にしようと画策している。だからそこまで必死に声を荒げている。…違うかい?」

 くそ、バレている! 上手く理解を得られていると思っていたが、福矢馬め! 知っていながら俺を謀(たばか)っていたわけか! 理解者である振りをして、この俺を逆に騙していた。だから、お互いに猿芝居って事か! クソッ! クソクソクソクソッ!


 俺は素早くスーツの懐(ふところ)へと手を伸ばす───。


 そして、躊躇(ためら)うことなく発砲!
 会話をだらだらと引き伸ばして立場と状況を悪化させるくらいなら、さっさと殺す。それが俺のやり方だ。

 手持ちの銃はコルトガバメント。倒れた自衛官から奪い取ってあった装填数10発のオートリロード式拳銃だ。引き金を引くだけで弾が発射、その反動で次の弾丸がオートで装填され発射するという連射に向いた実践的な銃である。

 携帯するには少々重く、ハンドガンとしては大型。
 しかし、その威力は折り紙つきだ。

 自衛隊らが竜や魔物との戦いで使用している程の信頼のおける威力を備えている。仮にこの銃弾を防げたとしても人間大の大きさなら衝撃で吹き飛ぶ程度の効果は期待できるシロモノ。つまり、強力な殺人道具だという事だ。

 俺は腕を正面へと振り上げ、前に歩み寄るようにして引き金を引く!
 そしてそれは、不意を突かれた福矢馬へと見事に命中する!


「ぅぐあぁ…!!」
 馬鹿め! まんまと当たりやがった! 俺が急に撃つとまでは思っていなかったらしい!

「あぐっ! …が……!!」
「イヒヒヒヒ! ほら、ほら! 死ねよ! 死ね死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね!! ギャハハハハハハ!!」

 撃つ! 間髪いれずに撃つ、撃つ撃つ撃つ撃つ! その全てが面白いように命中し、踊り狂うように舞い続ける福矢馬。倒れる前に次々と弾丸が身体を貫き、突き刺さり、倒れることを許さない。


 勝利の鉄則。それは不意を突く事。

 どんな強い相手でも、予期しない間の攻撃には無防備だ。いくら強くとも身体に鉛弾を十発も喰らえばひとたまりもあるまい! 俺はチビ竜だって殺してるんだ。本気になればあんなガキの一匹くらい…。

 カチ! カチ! カチッ!

 愉悦を遮(さえぎ)るように弾切れの音が続いた。引き金を引いても弾が出ない。こんなに楽しい気分に水を注されたのは気に喰わないが、それでも残り全弾くれてやった。馬鹿なヤツだ。大人しく俺に使われていれば、そんな死に方をしなくとも良かったというのにな。

 まあいい。溜飲は下げられた。
 ヤツの戦力は非常に惜しいがもう殺してしまったのだから別の手でも考えるとしよう。


「ふへ……ひひひひひひ……ひひひひひひひひ……」
 まいったな。どうも殺しの恍惚を味わってしまうと心がうずく。しかも相手が生意気な程その度合いが大きい。知らない間に笑いが浮かんでしまうのは悪い癖だ。


「あひひひひひ……ひひ…ヒハハハハハハハ!!!」
 いやはや、実に困った。残念ながら俺は人殺しが好きらしい。いいや、らしいではないな。好きだ。こんなに楽しい事はない。シェルターで愚民どもを殺した時、ガキどもを外に投げ捨てた時、竜と戦う自衛官を後ろから撃った時、俺の秘密を知って驚いた自衛官を即座に射殺した時、そしていま、生意気なガキを撃ち殺した時。


「ヒーーーヒヒヒヒヒ! ヒャハハハハハハハハアアアア!!」
 俺は喜んでいる。間違いない。俺は殺しが好きで好きで堪らないのだ。



「ふむ、楽しそうじゃないか横山。やはり人を殺すと興が乗る人間なんだろうな、君は」
「ヒヒヒ……ヒ………はへ……?」

 咄嗟(とっさ)に声を掛けられた俺は声の方へ、真後ろから届いたその声の方へと振り向いた。
 そこにいたのは福矢馬。間違いなく福矢馬だ。あの澄ました表情と片手をポケットにいれ、眼鏡を指で押し上げるお決まりのポーズは見間違いなんかじゃない。

 な…んで…、なんで…なんで生きている!? どうしてコイツは生きている!!?

 俺は慌てて今しがた殺した相手をみる。
 だが、そこには蜂の巣にされて倒れた福矢馬の姿もある!!


 福矢馬が二人いる…? なぜ福矢馬が二人もいるというんだ?!

 まったく負傷がない福矢馬と、目の前で血みどろになって死んでいる福矢馬…。
 だが、そこで俺の目はハッキリと捉えた。銃弾をブチ込んだ方の福矢馬の形が揺らぎ、そして掻き消える様を。


 その消失と共に福矢馬が呟く。

「銃器の扱いは出来ても、サイキック能力には疎いようだな。これはデコイミラーという特異現象でね、サイキック能力で自分にそっくりな造形を顕現させる事ができる」

「残念ながら、デコイには声まで付随しないものだからね。サービスで撃たれた声真似はしておいたよ。猿芝居はキミのお気に入りだろう?」


 ク…、クク…クソ…! クソがっ! クソがぁ!!!

 この俺で遊んでやがる! 俺をおちょくってんのかぁ!! フザケやがって! フザケやがってぇぇぇぇ!!
 蛇と恐れられたこの俺をこれほど侮辱し、上から見下ろすだと!?


 殺してやる! 殺してやる! 殺してやるぞ、このガキがぁ!!

 絶対に、絶対に後悔させてやる! もう手加減はやめだ!
 顔面ブチ砕いて目玉くり抜いてハラワタ引きずり出して肋骨引き抜いて心臓ブッ潰してやる! 殺してやるぇぇ!



 そして俺は、一目散に逃げ出した。














 横山が猛烈な勢いで逃げ去ったその後…。

 何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしていた福矢馬は独り言を呟き始める。
 しかし、それは奇妙な事に会話であった。たった一人で、会話が成立していたからである。

 普通の人間からすれば精神を病んでいる者に映ったかもしれないが、しかし彼にしてみれば当然の事であり、精神を病んでいるわけでもない。なぜなら彼は今、もう一人の自分と対話していたからである。


「───いいか、ジュン。繰り返すが僕はこの今回の対応に納得していないぞ」

「確かに横山はただの人間で、僕に嘘をついて利用しようとしている節があった。人間に慣れていない僕にすら分るひどい芝居を演じてはいたのは理解している。あれがキミが教えてくれた猿芝居というヤツなのだと理解できた」


 ”ひどい芝居どころじゃないよ、完全に支離滅裂だったじゃないか”

 その声を耳にしたのは彼、福矢馬だけだ。正確には彼の脳内でのみ響き渡っている思念である。
 声の主と福矢馬はやけに親しげで、横山との会話よりも親密そうに聞こえる。

「彼の嘘はさておきだ。横山という彼自身の実質的な内面は非常に竜向きであったから、僕としては友好であっても差し支えなかったんだ。竜であると偽(いつわ)っていたという点は冗句の範疇(はんちゅう)として許容は出来たしな。僕はこれでも懐の深い竜と自負している。その程度で気分を害するような狭量ではないつもりだ」

「しかし、キミは彼を絶対に許せないという。…そんなに横山が許せないのか?」


 そんな福矢馬の問いかけに、彼の心の内よりもう一つの声が響いた。その声は福矢馬よりも幾分(いくぶん)控えめで穏やか、大人しい印象のあるものであったが、横山という男に対しての怒気を感じさせるものであった。


 ”…だって、彼は自分が生き残るために何人も殺してるじゃあないか。しかもそれで快楽を得ている”
 ”そんなヤツを許すだなんて、僕にはできないよ”

 そんな返答に対し、人の姿の福矢馬はそれを疑問として返す。

「…なるほどな。人間の基準からすれば彼の行いは誤りという事か。だが、僕達のような竜の視点からすればああいう行為は個人の趣味嗜好であって、取るに足らない瑣末(さまつ)な問題だ。我々からすれば強者こそが全てを決める権利を持つからな」

「だが、ジュンよ。お前だって敵視すべき相手が居た時、それは排除すべきだと考えないのか?」

 ”そんな事思わないよ! 排除だなんて…”


「では、あの横山が先程と同じようにお前を殺そうとしたらどうする? 相手を殺さなければ自分は死ぬぞ?」

 ”う〜ん、とりあえず逃げるかな”


「もしサイキック能力もなく、逃げられない状況に置かれたとしたらの話だ」

 ”どうしようもないなら戦うかもしれないけど…、きっと殺しはしないと思うかな”



「…なんとも理解できんな。まったく同意できないというのに、なぜ僕とキミは共生したのか不思議でならないよ」
 福矢馬から発せられる内なる声。それはもう一人の彼であり、この身体の本来の持ち主である福矢馬ジュンであった。彼はいま、ウォークライと同じように台場に降り立った帝竜である「氷竜」の意思と肉体を共有しているのだ。
 そしてその口ぶりから察するに、彼と氷竜の間に上下関係は生じていないようである。純粋な相談相手として互いが共生関係にあるようだ。意見の相異はあるにしろ、それは敵対という形ではない。

 現在この身体を自身として使っている氷竜は、ポケットに左手を突っ込み、残った右でメガネの位置を調整するという、少々キザな態度で再び福矢馬ジュンへと質問を投げかけている。


 氷竜には分らない事がたくさんあった。だから脳裏に生じた疑問をそのままを元から人間であり、嘘を付くことがない福矢馬ジュンに正直に問うているのである。


「…なあ、ジュン。僕にしてみれば、今回のキミの提案には理解できない部分が多々あった」

「そもそも、なぜ人間を殺してはいけないかの理由が明確ではない。あの男のように好きに殺して何が悪い? 僕自身はそういう弱者を嬲(なぶ)るような下劣な趣味を持ってはいないが、それでも他者のやる事だ。否定まではしない。強者が弱者を屠(ほふ)る事は当たり前の事。それに異議を唱えるのはナゼだ?」

「横山は殺しを楽しんではいたが、それも自身の生存という目的があったからことの行動だった。ならばなぜ悪い?」

「キミの知識によれば、人間の世界には法というものがある。人間が己を守るために人間全体に命じた指令が他者の殺害を禁ずる法というものだ。倫理などという建前はさておき、殺害防止という自己保身の究極がそれであって、それは正常な世界でのみ機能していたものだ」

「だが、今のこの現状を見てみろ。人間社会がその体裁を成していない現状においては、そんなモノに意味はないだろう? むしろ、忠実に実行する事で共倒れする場合だってある。それは自己防衛と相反する行動ではないのか?」
「弱肉強食は自然の摂理のはずだ。人間のさもしい知恵が保身を生み出したのであって、それ以外の生物はみんなそうしているというのに」


「だから僕には、他者を守って自分が傷付くなどという馬鹿げた精神は理解できない。僕は横山の行動は自身の欲に準じた正しい行為だと思っているよ。生物としての当たり前の行動をしただけだからな」


 ”う〜ん、氷竜の考えは…なんか違うかなぁ。理屈では確かにそうなんだけど、気持ちの問題というのかな…”

 ”あのね、キミの言う事は的を得ているけれど、でもそれだけで全てが済むとすれば、それはとても悲しい事だよ。君にもそういう気持ちが少しでもあれば、と思うのだけど”


「悲しい…か。なんとも難しい表現方法だな。キミの知識から悲しいというモノが伝わってはくるけれど、僕にはそれが実感を伴わない違和感となっている。キミと出会ったあの時の感情と似ているが、それともまた違う気もする」

 竜である氷竜には人間の持つ感情というものが理解できていない。あくまで効率を優先して考え、理屈を下地に考察をするスタイルをとっている。人間が当たり前のように感情そのものを理解できていないのだ。

 だから、福矢馬ジュンと氷竜は共生関係でありながらも、理解には齟齬(そご)が生じている。

 だが、氷竜は福矢馬少年を邪険に扱っているわけではない。福矢馬もそうだ。お互いが意見がかみ合わない事を承知した上で、互いを信頼し、協力しているのだ。

 それがこの福矢馬ジュンという存在。一人に二つの魂が存在し、理解し合う個なのである。


「ただ、まあ…なんとなくではあるのだが───、」
 腕を組んで思案にふける氷竜は言葉を噛み締めるように言う。

「あの死にかけた子供が、いいや、すでに息を引き取った子供の姿が脳裏に焼きついてもいる。あれがどうしても頭から離れない。あのような結果を生んだ横山の行動に対して、僕の精神はその片隅でささくれ立っている。それをイマイチ気に入らないと思う面もある。目の前で死に行く者の念を感じ取ったとでもいうのだろうか? それがどんな精神からくるモノなのかまでは理解できていないがね」


 ”ねえ、氷竜。…それはね、人として大切な感情なんだよ。きっとね、…何よりも一番、大切なモノなんだよ”

 福矢馬の透き通る声が脳裏に響いた。
 氷竜はその言葉に対して何の感慨もなく素直な感想を口にする。


「まったく…、理解できないね、僕には」

 そんな諦めと、理解できない面倒臭さが込められた言葉と共に吐き出されたのは大きな溜息。呼気は周囲の温度よりも温かいようで、吐く息は白い玉のような形をしていた。それと共に、氷竜は自分の内に眠るもう一つの精神、ジュンに向かって釘を刺しておく。

「いいかジュン。僕はキミという良きパートナーに出会えた事には感謝している。いまこうして人間として活動できているのは君という存在があるからだ。あの憎き真竜ニアラの束縛から解放され、新しい世界への開眼は感動以外の言葉では言い顕(あらわ)せない素晴らしいモノだ」

「しかし、僕はあくまで僕だ。あまり君という精神に感化しないでくれ。…いや、させないでくれ。僕は竜であり、人間になる気は毛頭ない。それだけはハッキリさせておきたい」


 …彼はわずかに精神的な疲労を感じつつも、忘れそうになっていた人間へと手を伸ばす。

 それは倒れている自衛隊の男だ。近くには破壊された彼の人型が崩れて消えつつある。横山が殺したと勘違いしたのは、サイキック能力で生み出したデコイミラーの産物であった。だから銃で撃たれた時も気にしていなかったのだ。
 そもそも氷竜自身はこの自衛官という人間に大した興味を持っていなかった。生きようが死のうが、どうでもいいというのが本音だからだ。しかし、福矢馬ジュンの精神はそれを許さなかった。

 氷竜はジュンを信用しているから、横山の行動を一応は警戒してもいた。また、氷竜は横山の「騙まし討ち」という攻撃方法は非常に気に喰わなかったというのもある。だから、二人は横山と敵対するに至ったのだろう。

 しかし問題は残っている。人間の基準からすれば、結果的に助けたという行為になるようではあるが、助けたならば助けたなりの責任がある。放置していくわけにもいかない。これはこれで面倒な荷物である。


 ”ねぇ、氷竜。自衛官さんの腕時計から聞こえる音声と、ここに一人で居た事を考えると、彼は遭難者みたいだね”

 ジュンはいま自分の身体を扱っている氷竜に頼んで、自衛官の身に着けている腕時計を操作してみた。しかし、相手の音声は届くようだが、残念な事にコチラから相手に通信する装置は壊れているようだった。だが、発信源が新宿都庁だという事だけは理解できる。


 ”とにかく彼を新宿都庁へ送り届けよう。大きな傷はないようだけど、このままというワケにもいかないものね”

「まったく…、助けなければ余計な荷物を増やす事もなかったんだ。目的地であるJR新宿駅南口は目と鼻の先だというのに! 僕はすぐにでもアレを手にしなければならんというのに!! 完全に遠回りじゃあないか!」

 珍しく感情を表に出す氷竜。常に冷静で感情を表に出さない彼には珍しい光景である。
 そんな相棒に向けて、ジュンは穏やかになだめるだけだ。

 ”いや、あっちの方は逃げやしないよ。まあ、今までも歩いてきたんだし、もう少しくらいいいでしょ?”
 ”やっぱり人命のが大事だよ”


「いいや、僕にとって優先順位はコレよりもあちらが上だ! 重要文化財だぞ!? 分っているのか!?」

 氷竜こと福矢馬の姿をしている彼は、ぶつくさと文句を言いながらも気を失っている自衛官を羽毛でも拾うかのように持ち上げては肩に乗せる。
 …すると、男はうめき声を上げながら、うっすらと意識を回復したようだった。


「う…、ここは…、君は…誰なん…」
「うるさい黙れ」
 これ以上のさらなる面倒が増えては困るので、少し強めに殴ってやったらそのまま静かになって動かなくなった。
 この方が静かで運び易かろう。

 ”乱暴だよ!”

 ジュンから異議アリの声が聞こえるが、そんなモノは無視する氷竜。

 そこで彼はふと思い出す。最初に横山と出会った時の自衛官二名はどうなっただろうか? 不本意にも足を撃ち抜かれては公平な勝負にならないため、竜の方の足も凍らせておいたのだ。あれでいい勝負になったとは思うが…。

 戦士の勝負というモノは常に対当であるべきだからな。その上で勝敗を決するのは至極当然。
 氷竜は生存競争に異議を唱える事はしないが、勝負そのものを崇高だと感じている。


「…僕のそういう潔癖主義が、事もあろうにあの”脳筋赤竜”と同一の方向性だというのは途轍(とてつ)もなく気に喰わないが、それでも戦士の勝負を穢(けが)す行いは感心しない。そういう事を鑑(かんが)みるならば、横山と縁を切ったのは相応なのかもしれない。彼は勝負というモノを理解しない部類のようだった」

 ”僕は好きだよ、そういう考え方。たぶんあのまま横山と一緒にいても結局意見が食い違った気がするよ”

「…そうかもしれんな」
 様々な理由をつけてはいても、結局は傷ついた者を救っている氷竜を感じながら、身体の持ち主・福矢馬ジュンは素直な気持ちで彼を見ていた。そして考えていた。


 ”ねぇ、氷竜。君はさっき横山に怒りを抱いていたよね? 僕の感情に影響されたわけでもないのに、子供がああいう死を迎えた経緯に君は怒りを感じていた”

 ”だから、僕に言われたから演技したと言いつつ、横山を敵視も出来たんじゃないのかな?”


「ん? なんだジュン。何か言ったのか? キミは肝の小さい雄なのだから発言くらいは大きくした方がいいぞ」

 その言葉を聞き取れなかったのか、聞き流したのか不明ではあるが、氷竜はそれを気に留めた様子もなく、自衛官という軽い荷物を背負ったまま地上出口へと向かう。
 昼間の地上は竜や魔物が徘徊する危険極まりない場所だが、彼にしてみれば迷路のような地下を歩いて迷うよりも、雑魚を蹴散らすだけで道が開けている地上の方がマシなのだ。


「ところでジュン。新宿都庁とやらへの順路は知っているのか? キミの記憶にはないようだが」

 ”知らないけど、標識を見ながら行けばなんとかなるでしょ。テキトーに行けばなんとかなるよ”



「テキトーとは適当の意味か? だとすればその言葉の意味が正しくないな。正しい解ではない」

 ”いや、テキトーと適当はちょっとニュアンスが違くてね…”


 そんなごく一般的な意味不明の日本語を話しながら、彼と彼はひとつの命を抱えて都庁へと向かった。














 地下鉄坑道内・洞穴───



 エサだ、食料だ、食い物だ…! この腹を満たす毛ナシ猿が紛れ込んでいる!
 あそこだ、二匹…、間違いなく二匹いる!

 歓喜せよ! 久方ぶりの食料だ!!


 さあ、早いもの勝ちだ! 誰よりも早く食いついた奴がその権利を得る。腹を満たす事ができる。
 喰うのは俺だ! 最初に見つけた俺が食らうのだ。俺の腹を満たす糧となるのだ!!

 喰らいつけ! 噛み砕け! したたる体液を飲み干せ!



「てめー! 邪魔すんじゃねー! 道を明けろザコども!」

 Grororor…、毛ナシ猿が何かを叫んでいる。これは噂に聞く命乞いというモノか。この地に生息する毛ナシ猿は、他のどんな生物とも違い、途中で逃げることをやめて地に頭をこすり付け始めると聞いた。これがそうなのか。

 俺は、俺より先に毛ナシ猿に喰らいつこうとする小型竜どもを踏み潰し、腕を振るって叩きつける。これは俺が食うべき獲物だ。早いモノ勝ちは自然界の鉄則だが、そこに強者と弱者が一同に介すれば、当然獲物は強者が得る。それが摂理だ。

 俺はこの暗がりで一番強い。それどころか竜の中でも飛びぬけて強い。
 王と地竜以外で、俺より強いヤツなどいないのだ。

 この場に王はいない。王は地上らしい。
 地竜は近くにいるが、ヤツは毛ナシ猿など食わない。

 ならばこの獲物は俺が喰うべきだ。俺の腹を満たすためだけにこの場にいるのだ。


 なぜなら、俺の腕は何よりも強固な盾がある。この盾が何者の攻撃も防ぐ。そして叩きつければ簡単にひしゃげる。
 そうだ、俺は強い。もしかすれば王よりも強い。地竜よりも強い!!

 だが、あの毛ナシ猿は喰うトコロがあまりに少ないのが残念だ。
 まるで枝のような手足で、肉らしい部分が少なすぎる。

 毛ナシ猿は食料にはなるが、数を喰わないと腹が満たされない。


 まあいい。いまは食事だ。
 まずはこの自慢の盾で動かなくしよう。叩いて潰せば逃がさなくてよい。


「くそっ! 馬鹿なヤツらだ。俺様はお前らを殺したくて来たんじゃねぇ! アオイを助けたいだけなんだ!」

「おい、トカゲ野郎! 俺を放せ! 俺を戦わせろっ! このデカブツはシールドドラグだ。戦闘LV41の戦闘特化型、テメェごときが一人でどうこうできる相手じゃねーんだよ!」
「うっせーぞガトウ! テメーは寝てろ! …竜の問題は、俺が片をつける」

 Grooo…俺と戦う気のようだ。食料が俺に牙を剥くとは驚きだ。
 あんな枝のような手足で何ができる? 下等生物にすら劣る戦闘能力で何が出来る?


 身の程知らずとは、こういう事か。

 毛ナシ猿が枝のような手から、さらに細い枝を取り出した。黒光りするそれは細い金属か何からしい。
 Grorororo…!! 馬鹿なヤツめ!

 そんな枝で何ができる?! そんな枯れ枝のような金属で何が出来る!?
 王より強い俺を攻撃する気か!? あんなモノで俺を倒すというのか?


 愚かな! 実に愚かな毛ナシ猿よ! 何をしようとお前は俺の食料にな─────。


 何かが一閃すると同時に凄まじい衝撃が巻き起こる。この俺が…、巨体が吹き飛んだ。
 生まれて初めて背中から倒され、地面を転げ回って身もだえする。

 そこで気がつく。腕が妙に軽い。
 自慢の盾を身に宿した腕があまりにも軽い。



 驚愕する!


 盾が砕けて落ちていたからだ。
 な…んだ…? なぜ、俺の自慢の盾が…砕け散っている? 何があった…?

 目の前には、先程と変わらず一匹の毛ナシ猿がいた。だが、どういうわけか今までと雰囲気が違う。身体の周りに赤い靄(もや)のようなモノが取り巻いており、そして何よりも目立つのはその眼光。両の眼(まなこ)が黄金に輝いている。

 それを目にしたと同時に俺を襲う恐怖。…とてつもない恐怖が俺を襲う。
 これは経験した事がある。


 …かつて俺の群(むれ)のボスが戦いを挑み、たった一撃で、腕を振るっただけで肉体をバラバラにされたあの光景が、脳裏に焼きついた絶望的な恐怖が呼び起こされる。…そして俺は、いや、俺達は本能にそれを刻み込んだ。


 あれを逆らってはならない。
 戦いを挑んではならない。

 そしてなにより、絶対に怒らせてはならない!!



 あれこそが我らの王。

 我らが王の機嫌を損ねた愚か者は、地に這いつくばって死を迎えるしかない。
 抵抗する間も与えられず、一撃で殺される事になるのだから。


「おい、デカブツ! 邪魔だって言ってんだ。動かねーんならバラして通りやすくしてやる!」

 もし俺が、毛ナシ猿の言葉というモノを理解できていたら、すぐに道を明けただろう。ほんの少しの気力が残っていたのなら、全力で逃げ出す事が出来ただろう。

 ナゼあの毛ナシ猿から王の気配を感じたのかは分らない。理解できない。
 だが、俺はあの猿から同じ恐怖を味わっている。

 王より強いなどと欠片でも思考に留めた事が驕(おご)りだと気づく知能があれば逃げられたのかもしれない。
 最初から目の前の毛ナシ猿が王だと気がついていれば、こうはならなかったのかもしれない。



『GRororororororoo───!!』

 本能が呼び覚ます恐怖が俺の全身を襲うのと同時だった。
 俺はその巨体を、四肢をバラバラに切り裂かれ、四散させていた。

 飛び散る四肢をその目に捉え、絶望を感じていた。
 かすかに残る思考で思う。

 俺以下の思考しか持たない下等な竜達は、そこにいる毛ナシ猿が王だと気づく事もなく死ぬだろう。
 いいや…、気づいても、それを理解できずに向かっていくのだろう。腹を満たすために。


 王に逆らってはならない。
 戦いを挑んではならない。

 そしてなにより、絶対を怒らせてはならない。



 王の怒りを買ったモノは、俺のように…死……あるのみ……。














「雨瀬ちゃん大丈夫? 足元に気をつけるのよ?」
「はい、なんとか…」
 暗く暗く、長〜い単調な直線通路。どこまでも続くこの通路を言い表すならばトンネルというのが一番近いと思う。アチキと、そして雨瀬ちゃんがいまいるのは地下鉄の線路内。どこから電力が供給されてるのかは不明だけど、各所で非常灯が点灯しているせいか、暗闇という程の暗さじゃない。

 静寂の中で足音だけがする中で、アチキらは歩みを進めている。でも、どこからか気配はする。この地下の暗闇へと入り込んだ魔物が、竜が、微動だにせず、息を殺して獲物を捕食しようと隠れているのが分る。

 確かに地上に比べれば数は少ない。遭遇率から見れば比較にならない程だろう。しかし、ここに入り込む獲物も相応に限られるため、食料を確実に手に入れなければならない事をヤツらは知っている。

 でも、もっと性質(タチ)が悪いのは大型の”盾竜”だ。アイツらは主に暗闇や建物内を好んで生息する。巨体の割りに食料をそれほど必要としない種なのだけれど、その代わりナワバリ意識が強い。どんな弱者も、…いえ、強者であろうとも、自分の領域を侵犯した者を許さない。執拗なまでに敵を襲う習性がある。


 こんな風に。


『Grororororo!!』

 この地下線路の天井すれすれまでの背丈を持つ大型竜には首がなく、その代わりとでも言うように、両腕に盾状の板のようなモノを持っている。…盾状というよりも、盾そのものだわね。
 生半可な攻撃は通さない。少し鋭い程度の牙や爪、かなりのパワーがあるだろう豪腕や体当たり、そういったモノを全て受け止め、盾自体に装備されたトゲで突き刺す。防御したまま攻撃するというスタンスを取っている。
 しかもその巨体は受け止めるのに十分な重量があり、普通の威力ではなんの効果も得られない。


「くっ! なんて硬さ! こんな銃なんかじゃ…」
 雨瀬ちゃんは手持ちの銃を連射するものの、まったくと言っていい程に無意味な攻撃になってる。まあ、そりゃそうでしょ、盾竜からすれば、そんなもん石のツブテと大差ないでしょうし。

「シンイチロウさん、気をつけて!! こいつが自衛隊が遭遇したっていうシールドドラグです! 戦闘LV41の強敵です! ここで複数の目撃情報が───!」

「ま、倒しちゃえば同じだけどね」
 アチキは必死で叫ぶ雨瀬ちゃんを余所に、まったく慌てる事なく腕を掲げた。


「はいは〜い! 愛の電撃に痺れちゃってぇん☆」

 その刹那、稲妻の嵐のような強烈な光と音が響き渡る! 凄まじい熱量が瞬時にして生まれ、その全てが盾竜へと収束する! 激しく轟く雷撃、それは生きた光の蛇であるかのように、巨体へと纏わりつき、細胞の全てを焼き切っていく!
 炎で焼かれるよりも、氷で凍結させられるよりも、電撃はえげつない殺し方だ。炎は払うことができるし、氷は割る事ができる。だけど、電撃はその全てが無効。電という光は何より速い。つまり逃げる事すら不可能なんだもの。どんなに抵抗しようとも、踊り狂って死ぬしかないって事。

「クキキキキ…」
 技を繰り出しながら、アチキの口からは愉悦が洩れ出している。
 その身に術を受けた敵は、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ぬ。それは盾竜だろうと例外ではない。

 スパークする破壊エネルギーは、アチキのサイキックパワーが凝縮されたもの。しかもその威力は人間が使った電撃と同じじゃあない。だってアチキの中身は帝竜だもの。当然ながら人間程度の許容量(キャパシティ)なんかとは比べ物にならない精神力が扱えるってわけ。  狭苦しい坑内は放出されるエネルギーを拡散させる事なく巨体を貫き、強靭な肉体を余すところなく焼く。
 むしろ、巨体だからこそ、鈍重で動くことも身じろぎする事もできずに死ぬしかなかった事に同情さえする。


「あらぁん、ゴメンねぇ〜☆ やりすぎちゃった、テヘッ!」
 こんな残虐な術を使う術者だなんて、やっぱり牧シンイチロウは人間版のアチキみたいなモンだったってわけだわね。


「…これがシンイチロウさんの実力…」
 近くで腰を抜かしたように座り込んでいる雨瀬ちゃんも呆けたように敵の死骸を見ている。ここまでの力を持ってるとは想像してなかったって事かしら。

「ほら、雨瀬ちゃんってば、こんなので驚かないでよ」
「すごすぎ…です。びっくりしました」
 雨瀬ちゃんもそれなりに強いってのは知ってるけど、所詮は人間では少し出来る程度だもの。SKYのネコちゃんやダイゴっちと大差ないくらいの実力なのはすぐ分るわ。

 でもさー、アチキってばまだ半分の力も出してないのよねー。アンタ達とどれだけの差があるかはアチキが一番よく知ってるわ。だからその気になれば、新宿都庁ごとき滅ぼすくらいワケないのよ。わりとマジで。それが一時的とはいえ味方してあげてるんだから感謝の一つもして欲しいもんだわ。


「私…、シンイチロウさんが十三班に選ばれる程の実力者なんだって納得しました。感動モノです」
「あらやだー! そんなにおだてても何も出ないわよ〜! オホホホホホホホホホホホホホホホホ!!」

 でも、そう言われちゃうといい気分になっちゃうのよね。そんなアチキとは反対に、未だに戸惑いを隠せない素直な雨瀬ちゃんは、これなら先輩がいなくてもナントカなりそうですね、と嬉しそうに答えた。

「あ、いけない!」
 そして、雨瀬ちゃんは思い出したようにそれへと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 隊員さん、怪我はないですか?」
「はは…、いやビックリした。さすがはムラクモってとこか! 地獄に仏とはこういう事だな」

 雨瀬ちゃんが駆け寄りながら声を掛けると、存外元気そうな声が帰ってくる。

 アチキらが進んだ先に居たのは流石(さすが)という名の隊員だった。身長は百八十ちょいで顔つきは精悍さと愛嬌がある感じ。イメージで言うと運動部出身のちょっとイケメン…みたいな好青年ってトコかしら。

 彼は思いのほか元気で、所々の負傷はしているものの、まだまだ戦えそうな程は威勢がいい。ちょっぴり無理をしているみたいだけど、それは気を使わせないための配慮なんでしょうね。

 青年自衛官の流石がよっこらせ、と立ち上がるけど…、動きを見ている限り正直あまり大丈夫ではない様子だわ。気持ちは急いているけど身体がついてこないってトコかしら。少しよろけている彼を雨瀬ちゃんが支えている。


「ありがとう。しかし、まさか俺のピンチにこんなカワイ子ちゃんが二人も来てくれるだなんて…、本当にあの世のお迎えが来たのかと思ったよ。ここまで生き延びてみるもんだな」

「まぁ!! アチキがカワイ子ちゃんですって! もうキスしちゃう! キスしちゃうんだからぁ!」
「マ、マジですか? 俺も綺麗なお姉さんは大好きですけど、ここでっていうのは…」

「あの…、恋愛の形は自由なので止めませんけど…」
 青年自衛官さんとの甘いひと時を過ごしたい気持ちはあったんだけど浮気はダメ。それはダメなのよん!  アチキの身体は全てタケハヤのモノなの。この唇も、この豊満シリコン乳も、ついでにチンコも全部彼のモノ。


「それはともかく、俺以外のメンバーはどうなったのか教えてくれないか? 本隊は? 千葉と蒲池(かまち)は無事なのか?」
 先程のくだけた表情は完全に消え去り、青年自衛官が真剣な表情で聞いてくる。どうやらそれが一番の関心事項らしい。そりゃそうよね。自分が犠牲になってまで仲間を救いたかったんですから。

「安心してください。本隊の皆さんは無事です。ただ、千葉さん、蒲池さんの二名はこれから捜索です。貴方が最初に見つかったので…」
「…そうか、俺が最初に救出か…。いや、いいんだ。助けてくれてありがとう」
 青年自衛官…流石くんはそういうと、急に気がついた様子で雨瀬ちゃんに借りていた肩から離れた。

「もう平気だ。一人で歩けるよ。支えてくれてありがとう。俺はこう見えてピンピンしてるからね。…それよりここ数日風呂にもは入れてないからなぁ、フケツが移っちまう。綺麗な人に失礼させられないよ」

 そんな事をおどけて言う流石くん。
 しかし、そこで意外にも雨瀬ちゃんが怒った。そして再び手をとって肩を貸す。

「もう! 冗談を言うような状態ですか! どこがピンピンしてるんです? 満身創痍じゃないですか! 救助される相手がやせ我慢をしてどうするんです?」
「……はは、さすがはムラクモ。お見通しか。…情けないな、俺は」

 アチキも彼がまともに歩ける状態じゃない事は分ってたけど、それを口にしたら、責任もって背負ったり肩を貸したりしなきゃいけないじゃない? そんな面倒イヤなのよね。本人が頑張りたいっていうんだから歩かせりゃ良かったのよ。
 気落ちしている彼を見た雨瀬ちゃんは、なんとかフォローしようと声を掛ける。


「大丈夫ですよ、あなたが圧倒的に臭いのは足だけですから、口で息をすれば耐えられますし」
「うえ!? 足臭いっすか! そんなに臭いですか!?」

「それはもう、ごめんなさいとしか言えないくらい…」
「そうですか…、そうですよね…ううう…」
 文字通りしょんぼり苦笑いをしている流石くんに対し、なんでそんなに気落ちしているのか理解できない、といった表情の雨瀬ちゃん。いまの彼女の顔を例えるなら、弱った顔のビーバーみたいな顔をしてクエスチョンマークを浮かべているってトコかしら。

 まあ、この子のボケは天然みたいだから、それくらい愛嬌(あいきょう)という事で許してやってよね。



 …さて、アチキらは途中、何ヶ所か不自然な横穴があったものの、迷うこともなくここへと到着できた。

 でも気になってるのは、地下鉄坑内とは違うあの妙な横穴…、あれはきっと地竜様が無理矢理こじ開けた穴だわ。壁をブチ抜いて通っていったんでしょうね。一度見かけたサイズを思い出せば、ピッタリ合いそうな感じだもの。
 生駒ちゃんの話を聞く限りじゃ大した事のない通路かと思えば、元々の線路より無数に枝分かれしてるから、移動は想像よりも面倒。でもまあ、ここまで難なく抜けられたんだから、アチキにとって脅威ではないって事よね。良かったわ。アチキああいう地形ってニガテだものね。

 とにかく、

 他の二人を救出してポイントを稼ぐのもそうだけど、雨瀬ちゃんを殺すタイミングも考えておかないといけない。

 雨瀬ちゃんもそれなりに体力が削れてるはずなのに、今も流石くんに肩を貸してるから今後はさらに疲労していくはず。現状、自分が戦力にならないのが明確な事実だから、戦闘はアチキに任せて自分は支援をする。彼女ならそう考える。

 なら、そういう真面目を利用させてもら────




 突然、轟…!という耳から直接脳をつんざく凄まじい音が響き渡る!!
 そして大地の全てが震えた。その揺れは一向に収まる気配がない!

 波間に揺れる小船のように、その場に立ち尽くす全てのモノの平衡感覚を狂わせる。
 地面へと吸い寄せられる。それでも震動は止まらない。激震は終わらない。

 これが何を意味するかなど問うまでもない。その答えは誰もが知っている。


 この地下の全てを支配する巨大帝竜 ザ・スカヴァーだ。
 向かっている。ここへ、この場所へ! 徐々に近づく震動が身体を伝って真意を知らせている。

 まさかここで標的をコチラに向けてくるとは誰が予想しただろうか?


「嘘でしょ…? まさか地竜様ってば、アチキらを狙ってるっていうの?」
「こ、これが帝竜!? そんな…」

 時間がない。いますぐこの場を離れなければ、きっと地竜様はアチキらなんて構わず踏み潰していく。そうなったらオシマイ。アチキの夢も愛も野望も欲情も、その全部がパー!

 仕方がない。予定通りにはいかなかったけど、雨瀬ちゃんはここで死んでもらうしかない。


「雨瀬ちゃん! ちょっと!」
「な、なんです!?」

 耳朶(じだ)を打つ轟音と震動の中、アチキは彼女を呼んだ。
 振り返った瞬間、口から吐いた息を吹きかける。


「え、何を…、……甘い匂い…、あれ? 私……」
「おい、ポニテの姉さん、急にどうし………、なんだ…急に…眠く…」
 アチキの息を吸い込んだ二人は、徐々にその動きを緩慢にし、地面へとへたり込む。
 やがて、糸が人形のように地面へと突っ伏し、その意識を失った。


「特殊な植物の香りよ。この甘い匂いは睡眠導入効果がバツグンってわけ」
 激しい揺れがさらに強さを増していく中、アチキはその姿を見届ける前に全力で駆け出した。あの二人にはここで地竜様に攻撃されて死んでもらう。わざわざ眠りなんて手を使わず毒を使えば手っ取り早いかもしれないけど、万が一にでも遺体が残った時に、遺体解剖で死因が毒殺だと特定されたら困るしね。

 雨瀬ちゃんどころか自衛官まで犠牲にしたらアチキの評価が下がる事もありうるけど、ここで犬死するよりマシよ。一時的にはマイナスとなるだろうアチキへの評価だって、名誉挽回のチャンスは今後いくらでもあるし、他の行方不明者を探してポイントを稼ぐという手もある。

 それよりも、雨瀬ちゃんを殺す機会はこの場しかないのなら、アチキは選択を間違えない。


「じゃあね雨瀬ちゃん、竜ちゃんはアチキが人形として使ってあげる。クキキキキキキ…!!」


 暗闇を走る。か細い灯りを感じながら、飛ぶように駆けて行く。

 アチキは地竜様の脅威を感じつつも、殺人計画が問題なく遂行された事の方が満足で、そのまま卑しい笑いを浮かべながら走った。あとはあの無能で馬鹿な竜ちゃんを上手く宥(なだ)めて使えばいいだけ。


 ちょろいモンよね。サ・ヨ・ナ・ラ!








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