セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプター5 『繁花樹海C・渋谷 in ドラマティック』
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BGM:セブンスドラゴン2020「戦場−ことごとく疾く」(サントラDisk:1・03)




 クキキキキキ…。ざまあないわね!
 まさか、あの竜ちゃんが本当にサルになってるだなんて思わなかったわ。

 人がぐっすりと安眠してたら、突然あの凶暴竜が咆哮をあげるんだもの。マジでびびって飛び起きたわよ!
 でも、あんな人間とかいうサルになってるなんてね、しかもチョー弱いじゃない? ウサ晴らしし放題だったわ。

 キッキッキッ! まったく大笑いだわ!

 …でもあれね、あの暴れん坊が珍しく頭使ってたのには驚いたわ。アイツってば基本的に馬鹿だから、なーんにも考えてないヤツだったのに。あれも人間とかになった影響なのかしら。

 人間になった竜…ねぇ。それも面白いかもしれないけど、とりあえず今はどうでもいいわ。安眠妨害してくれちゃった竜ちゃんでもっと遊ぶとしましょ。あそこに集まってた人間を全滅させれば、もう少しくらいは抵抗してくれそうだものね。

 アチキはそれなりの楽しみを見つけて、上機嫌のまま滑空していた。久しぶりのドラマティックが楽しめるから。
 そもそもアチキが寝たのは、面白い事が何もないからだものね。

 …だってさー、あのオバカ黄金竜のニアラが命令するから、それで最初は命令通りこの都市を攻撃してみたけど、別にそんな事がしたかったわけじゃなかったし。たくさんのサル…人間とかを混乱させて遊んでは見たけど別に面白くなかったし…。

 部下の下級竜達は食料が豊富だとかで人間を食べてたようだけど、アチキってば可憐な花竜じゃない? 花の蜜を少し吸えればそれで空腹にはならないのよね。…だから一匹も食べようとは思わなかったわ。見た目からしてマズそうだったし。それにぃ〜お肉なんてぇ、このプロポーションを保つのには不要だもの〜。

 このスリムな体型でお腹が膨れてるなんて、ちっとも美しくないものね! 

 だいたい、最初から乗り気じゃなかったのよ。
 それでもまだ面白いなら良かったけど、面白くないんじゃさぁ…。

 あー、いやだわ。部下の気持ちを察しない上司ってのは。

 はーあ…、しかし、なんでニアラの命令は逆らえないのかしら? あんな低脳トカゲが命令を出してるなんて、使われるコッチが不愉快になるだけだっつーの。

 もしかしたら竜ちゃんってば、あの姿だとニアラの命令とか聞かなくて済むって事なのかしら? それで人間姿を選んだのかしら? そう…考えると悪くないわね。うん、それはナイスアイデアだわ! それはちょっとドラマティックだわね。
 でもねー、人間になったとしても、こう…、燃えるような展開?がないなら寝てるのと変わらないわけだしー。


 アチキはとりあえず、先程いた人間の集団を全滅させてから考えようと思い、先を急いだ。この速度ならあのノロマな竜ちゃんは追って来れない。あの子がどれだけ急いでも、全滅させる方が早いはずだわ。

 高速のままで、見覚えのある路地を左折。そしてさらに直進して速度を上げる。


『Qubebebebebe!!(さぁて、そろそろ到着よぉ〜ん!)』
 人間どもにはこの咆哮が言葉には聞こえないらしく、ただの雄たけびのようなモノと認識しているみたい。竜しか分からない言葉、という事なのかしらね。もしかすれば話せれば、それはそれで面白いのかもしれないけれど、ドラマティックかどうかは別だし。

 もう目と鼻の先、早かったわね。…そこの路地を右折すればさっきの広場に出るわ。
 さぁて、アチキの姿を見たら、あのサルちゃん達はどんな面白い顔をするのかしら? クキキキキ…。

 どれだけ抵抗してくれるか楽しみだわ。さっきの竜ちゃんみたいに少しくらい頑張ってくれるといいわね!
 さあ、着いた! いくわよぉ〜!

『Qububuuuu!(驚くがいいわ! ここがアンタ達の死に場所よ!!)』
 周囲の木々や廃ビルに響き渡る咆哮! 広場全体が震えるような振動に包まれる!
 クキキキキ! さあ、驚きなさい! 慌てなさい! 恐怖に怯え慄(おのの)きなさい! この美貌に見とれても可よ!




 …………あれ?

 アチキが広場を見渡すと、そこは何もない行き止まりになっていた。人間の姿など影も形も見えない。
 あーらぁ? ここだった気がするけれど…。もしかしたら隠れてるのかしら?

 頭部を近づけ、物陰を見ても人の気配すらしない。

 もしかしてココじゃなかったかしら? …どうやら途中で道を間違えたらしいわね。まったく! この人間の都市は似たような地形ばかりでホントに紛らわしいのよ。せっかく急いでやってきたというのに、台無しになっちゃったじゃない!
 アチキは気を取り直して来た道を戻る。さっき大き目の道を右折したんだから、それが間違いだったって事ね。左折すれば人間どものいた広場に到着だわ。たぶんそう! アチキってば方向感覚には自信があるのよ! …でもまあ、そんなアチキでも多少のミスはあるもの。どんまいってやつ? …だけど、今度こそ人間どもの最後になるわ。
 クキキキキ! さっきの咆哮が聞こえてたら、アチキの居場所に気づかれてるかもしれないわね。

 しかし、その程度ならば大した問題じゃないわ。自身のスピードならば逃げる間も与えずに殲滅してやれる。むしろ、怯え震える人間は、想像以上に楽しませてくれるかもしれないものね。

 間違えた通路へと戻り、今度は左折する。これで間違いはない。間違いなく人間どもが集まっていた場所…。
 今度は怯える間も与えず攻撃してやる! 発狂させずに、アチキの尾の一撃でバラバラにしてやるわ!


『Qubebeeeee!!(見つけたわよサルどもがぁぁぁ!)』
 広場に響き渡る咆哮、それは先程以上の威圧となって、生物の全てを震え上がらせる!
 …生物がいれば、の話だけど。

 あれーーーーー!? いないじゃない! ここだったわよね!? 確かにココのハズよね!?
 ウソでしょ? 間違いないでしょ!?

 右を見ても左を見ても人間の姿はない。アチキだって必死だから隠れている気配もちゃんと調べた。だけど、人間なんてどこにも居やしない。どうなってるのよ! また間違えたっていうの?!

 きーーー! なんなのよここ! だから嫌いなのよ! 人間の街は!

 …ごめん、アチキちょっと嘘ついたわ。実は方向感覚には自信がない方なの。正直言っちゃうと、ちょっと迷子?みたいな…。自分のテリトリーたる森林ならば迷うことなどないんだけど、こうも無機質なビルというのが林立しているとモーだめね。ジャングルは大好きでも、コンクリート・ジャングルは嫌い! 大嫌い!

 だーかーらー、こんなトコ来るのはイヤだったのよ!!
 黄金トカゲのクソニアラ様がウザい事を命令しなきゃ、こんな苦労はしなくて済んだっていうのに!

 あームカつく! ニアラすげームカつく! めがっさムカつくぅー!


「見つけたぞ! テメーこのやろ!」
『(はぁん? 竜ちゃん?)』
 アチキが首を巡らせると、そこには半死半生で動けもしなかったハズの竜ちゃんが走って来た。あそこまで深手を負って動けなかったクセに追いつくなんて…、何があったのかしら?

 よくよく観察してみると、竜ちゃんは先程と何かが違っていた。まず身体から赤い霧のようなモヤモヤした何かが発している、アレは何なのかしら?? そして一番違うのは、その瞳だ。竜ちゃんの瞳がなぜか黄金に輝いていた。おっかしいわねー? さっきは黒だったような気がしたんだけど…。
 それにしても、やけに元気そうだわ。さっきあれだけ傷付いて立てなくなってたっていうのに。見た目は血で汚れているけど、中身はまったく痛みを感じているように見えない。…なんでかしら??

『(アンタさぁ、もう復活したの? あんなにボロボロだったの───イタッ!!)』
 喋りきろうとした直前、身体に痛みが走った。大きなトゲでも刺さったかのような痛み。何かが腹部に直撃したらしい。

「さんざん馬鹿にしやがって! もー許さん! おりゃ!!」
『(イタァい!) ちょっと竜ちゃん! 何してくれてんのよ!)』
 何をぶつけられてるのかと思えば、ただの岩。その辺の落ちている岩を拾ってブチ当てられているらしい。あまりに早くて避けられない。ただの岩なのに、なんでこんなに威力があるのよ?

『(ちょっとフザケないでよ! たかが岩なんか────)』



「 う る せ ー ー ー ー ! ! ! 」


 いつ飛び上がったのか分からない間に、竜ちゃんがアチキの頭部の正面にまで飛び上がっていた! しかもグーで握ったパンチで殴りつける! あんた馬鹿なの!? 人間姿でそんなの効くわけな…。

『(グホォ!!)』
 凄まじいパワーで頭部を叩きのめされ、アチキは身体ごと吹き飛び廃ビルへと激突する!
 あまりの衝撃と壮絶な痛み。その威力で崩落を始めたビルが、粉塵をあげてアチキの上に降り注いでくる!

 ちょ…、ちょっと待って…? ナ・ニ・コ・レ? どうなってんの?

「どぉーーーだーーー! グハハハハハハハ!」
 軽やかに一回転して地面へと降り立った竜ちゃんは、肩を怒らせて、俺様すごいだろ!と言わんばかりに大笑いしている。何がどうなると、こうなるっていうの? いまの一撃は、まるで本来の姿の竜ちゃんが、あの巨体そのもので殴りつけたかのような、そんな威力だった。

『(ちょ、ちょっとタンマよ)』
「さー、どんどん行くぞ! カクゴしろー!」
 元気一杯に攻撃する気満々だ。ホントに言う事を聞かない子ね!

『(ま、待ちなさいって言ってるじゃない! せっかち! このせっかち!)』
「うっせーぞ! 俺様は怒ってるのだ! すげー許さんから覚悟しろ」
 アチキは崩れたビルから這い出して、塵を叩いて落とすように大きく翅を動かして宙空へと戻る。

『(だから待てって言ってるのよ! なんで突然そんなになってるのよ! ワケくらい聞かせなせいよ!)』
「そんなってなんだ? ワケワカラン!」
『(この馬鹿チン! その赤いモヤモヤと黄金の眼の事よ! さっきの竜ちゃんはそんなのなかったじゃない? なんで突然そうなって、しかもメチャメチャ強くなってんのかって聞いてんの!)』

 すると竜ちゃんは自分の身体を見回してから、腕を組んで、うーんと首を傾げた。

「ワカラン」
『(なんでさ?!)』
 素早いツッコミを入れるアチキだけど、本人は本気で分かっていない様子だ。あの子は昔からこうだった。巨体で恐ろしく強いクセに、とことん馬鹿なのよね。だから楽しくてチョッカイ出してたってのもあるんだけど。

「いや、なんつーかよー、色々考えてたらワケわかんなくなったんだ。だから考えるのヤメたらこうなった」
『(え〜…………)』
 つまり、こういう事ね。馬鹿が考えても分かんないんだから、考えるな、と。
 考えない方が強いってのは、どうなのかしらね…。

『(で、でも、身体の傷も負傷も治ってるってどういう事!? あんなボロボロだったじゃないの!)』
「んむ…、それがなー、頭の中で鈴みたいな声がしてなー、それで治すっていうから任せたらだなー…」

『(よ、よく分らないわね。だいたい、その”鈴みたいな声”っていうのはナニ? っていうかそもそも鈴って何なの?)』
「あれ? お前、鈴しらねーのか?」
『(じゃあ、アンタは知ってんの?)』
「…ぬ? そう言われてみると知らねーな。鈴ってなんだ? …いや、知ってるような気がするけど俺様は知らん」
『(わっかんないわね! 結局どういう仕組みなのよ。説明になってないじゃないのさ)』
「知らねー」

『(なんで分らないのよ! 自分の事じゃないのさっ!)』
「うっせー! 面倒くさいからもういいんだ!」
 …ダメだこいつ。ホント馬鹿すぎ! どうしようもなくチョー馬鹿! むしろ、聞いたアチキが馬鹿だったわ。


「とにかくそーいうわけだ。もう負けねーぞ。ここからが勝負だ!」
 確かに、さっきとはまるで違う。尋常でない威圧と漲(みなぎ)るパワーがあの小さな身体から噴出している。あれは人間じゃないわね。人の姿をしただけの竜王そのものってトコ? こりゃ、ナメてかかると返り討ちに遭うのはコチラかもしれないわ。

『(…フン、いいわ。全力で殺してあげる。アチキにだって指揮官竜としての意地があるわ)』
「おう、いいぞ。ブッ潰してやるからな!」

 こうなったら手加減ナシよ! さっきみたいにアチキ自慢のスピードで翻弄(ほんろう)してやるわ! オスの乙女の実力で完膚なきまでに叩き潰してや───ちょっ、待っ! イタタタタ! やめてってば! 本当に痛いんだから!

 岩の礫(つぶて)が身体に命中した! 竜ちゃんは素早い動きで、地面に落ちている大小さまざまな岩を拾い集めながら連投してくる。そしてそれは一つ一つが恐ろしく速く、このアチキですら避ける事ができない。それに加えて恐ろしい威力!
 くぅ〜、ご自慢のパワーを、”石を投げる事でスピードに変える”だなんて、考えたじゃない?! 頭悪いくせに!

 でも、それくらいなによ! アチキに速度で勝とうなんて百万年早いのよ!

 地上でニヤけている竜ちゃんに全力での体当たりを仕掛けるため距離を取る。そして翅を打ち鳴ら始めた。これはただの体当たりじゃない。翅(はね)をうまくすり合わせる事で、異音を発生させて集中力を乱し、攻撃をを避けられなくする効果がある。アチキはこれを発狂飛行と名づけてる! これぞ最大最強の必殺技!!

 さあ、行くわよ! さっきみたいに立ち尽くして跳ね飛んじゃいなさいよ!


「ククク…、それもさっき鈴の声に教えてもらったぞ! もう喰らわねーよ!」
 竜ちゃんは口元に邪(よこしま)な笑みを浮かべながら、振り返り、手に持った武器でナナメ後ろにある大木を一刀両断! その一撃でアチキの胴よりも太い幹があっさり切断され、簡単に切り倒されていく…。

 ちっ、翅の効果がまったく効果がないってのは面倒ね。フン…、でも、何がやりたいのか知らないけど、何をどうしようが突撃の速度ならアチキの方が早いわ! 何かしでかす前にこのまま突撃よ!


 発狂飛行! アチキはこれで負けた事がない。これは燐粉なんて生易しい脅威じゃあないわよ。
 全てを狂わし、混乱させ、恐れさせ、死滅させてきた。これで全てを手に入れてきた。

 これがアチキが持つ最高の手段、最高の技、最高の脅威!!
 いくら敵があの竜王でも、これだけは攻略できるはずがない。攻略などできるはずがない!


 さあ、死ね! おどけて死ね! 心躍るドラマティックの糧(かて)となれ!





 ───が、アチキが突撃を開始したと同時に、竜ちゃんはこともあろうに、







「飛んでけーーーーー!」


 大 木 を 持 ち 上 げ 、 投 げ つ け て き た !


『(ゲェ!! ウソでしょ!?)』
 正面から高速で迫り来る大木! いくら発狂飛行が強力無比だからって、大木そのものに突撃するほど馬鹿じゃない。アチキは突撃をやめて全力で回避行動を取る! くっ、馬鹿にして!
 岩ほどの速さはないものの、かなりの速度で向かってくる大木! なんとか身体をヒネって避ける。

 あっきれた! あの細身でなんてパワーなの?! …だけど、発狂飛行を一回防いだくらいで、それがなんだってのよ! アチキは制空権を持っている。何度だって仕掛けられるのよ! そんなモノ投げたってその場しのぎだっつーの!

 地上へと目を凝らすして竜ちゃんの姿を探す、しかし、どこを見渡してその姿はない!

『(しまった! 大木は囮(おとり)か!?)』
 周囲へと視点を巡らせ、必死に探す。いない! 上空からの俯瞰(ふかん)視点という絶対的優位な場所から探しているというのに、なぜ猿一匹が見つからない!?

「───いくらテメーが素早くても、動いてなけりゃ意味ねーだろうがっ!!」
 なっ、真上に!? 大木を利用して、自分はアチキの真上に移動してたっての!? 声に気づいて見上げた瞬間、見えたのはスカートをはためかせながら落下してくる竜ちゃん!

 そしてそのまま、左後足(左足)のカカトという部分で、アチキの頭部を思い切り、───蹴る!!

『(あぎゃぁ…!!)』
 その圧倒的威力を受け、激痛と共に地面にめり込みながら思い出す。

 そう、アチキの得意なスピードというものは、敵の行動に素早く対応し、命中させ、回避することに優れている。そしてそれは、相手を見定めて行動する時に最大限の効果を持つ。

 しかし逆に、スピードは敵を見失った時点でその意味を失ってしまう。自身が相手を見失い、標的を探すまでの間、動くことをやめてしまえば、それが最大の隙となる! 自分から動きを止めてしまえば、スピードの利点を生かした回避などできるはずもない。
 アチキは大木に気を取られ、その動きを止めてしまった。最大の利点を自分から捨ててしまった!


『(ぐ…ぎゃあはぁ…!)』
 こんなのオカシイ! ありえない! あのお馬鹿さんがこんな手段を思いつくはずがない! いままでだって、一度も頭を使った攻撃なんてしてこなかったじゃないの! こんな戦い方するはずがない! あの子に知恵を与えているヤツでもいるっていうの?

 ぐふ…、それにしても凄まじいダメージだわ。どちらにしてもナメてたのはアチキのようね。正直侮(あなど)ってたわ。それに本気で力を取り戻しつつあるアイツと正面から殺しあうだなんて、正気の沙汰じゃあないわよ! よく分らない知恵の事もあるし、…このままじゃマズイわ。

「どーだ! 虫野郎! こっからが勝負だぞ。…テメーはギタギタにしてやる!」
 そんな事を吐く竜ちゃんのその顔は、背筋が凍るほど獰猛(どうもう)な悪意としか言いようがない。
 こりゃ、本気ヤバいわ。このままだと即死攻撃連発の大盤振る舞いになっちゃう…。


『(…というわけで逃げるわ! じゃあね〜!)』
「あー! 待てゴラァ! なにいきなり逃げてんだテメー!」
 そりゃ逃げるわよ! 馬鹿ヂカラを相手にこれ以上やってらんないっての。アチキはね、ニアラごときに従って地球に来たわけじゃないのよ。心踊る肉欲のドラマティックを見つけるために、この地球へ、このトーキョーへやってきたのよ! こんなトコロで死んでらんないってーの!

 アチキが本気で逃げれば、いくら竜ちゃんが力を取り戻してたって追いつけりゃしない。スピードはね、逃げる時にも役に立つのよ! むしろ、アチキが一番使ってんのは逃げるときだものね! いまは逃げて逃げまくって、隠れてしまえばコッチのもんだわ。

 あのオバカ黄金竜ニアラのおかげで、アチキはこの都市から出ることは出来ないし、ビル以上の高さまで飛ぶことは出来ない制約があるんだけど、それなりの広さはあるんだから逃げ切る自信はあるわ! なんたってここはアチキの庭みたいなモンなんだからね!

 そこの角を右折すれば、大通りに出るはずよ! ほぉら!




『(……………………)』
 いやね! アチキったら道間違えちゃった。あそこは直進! そうよ! 勘違いだわ! あそこを直進すれば大通りに行けるんだったわ! ほら、もうそこ。すぐそこよ! そこを曲がればすぐ! …そこよ!




『(…………あれ? 行き止まり…だわね)』
 ファイトよアチキ! 涙は見せちゃダメ! そうよ! こんなところで涙なんて勿体(もったい)ないわ。メスの心を持ったオスとして恥ずかしい限りよ。ううん、大丈夫。ここは気合よ! そう、気合で乗り切るの! せーの〜!

 ドリャァ! 気合入れろオラァ! うおっしゃぁ!!
 …ふぅ、こんなとこかしら。

 そんな可憐でケナゲなアチキの前に、広い敷地が飛び込んできた。なんと、さっきいた人間の集団がいる広場に到着してしまった! なんでこんな時に限って到着できちゃうのよ! 今更ここに着いたって意味ないじゃない!

「ぬぅ! ネコ、構えろ! あの巨大竜が来るぞ!」
「ちょ───、どうなってんの?! あのムラクモ少女は? アイツはどこに?」
 浅黒く大柄のオスと、頭部に巨大なネコ耳のような飾りが付いたメスは見覚えがある。人間の集団の中で唯一アチキの燐粉に耐えたヤツらだわ。人間のクセに根性あるから、さっきまでは最初に殺してやろうと考えてたんだけど…。
 どうする? ここでコイツらを殺しておけば、竜ちゃんは混乱するかしら? それとも、逆に怒りを買って凄まじい仕返しを喰らうかもしれない。どうするのアチキ! 考えてる余裕はないわよ!?

「見つけたぞーーーー!! すばしっこいヤツだな!」
『(ぎゃああああああ!)』
 逃げるに決まってるじゃないの! 相手にしてる余裕なんてないわ。あんな人間なんてどうでもいいから、今は逃げて逃げて逃げまくるの! で、でも後ろからは竜ちゃんが来てるし、逃げる道を見つけないと…!

「おい、デカ夫! ネコのヤツ! お前ら手伝え! アイツ捕まえるぞ!」
『(なんか不吉な相談が聞こえるような…)』

 アチキは左右を見回して、抜けられそうな道を見つけて飛び込む! 少しくらい狭い道でも構わない。とにかく今は竜ちゃんから離れるのが先決。迷っているヒマはないわ。前進あるのみよ!















 もうダメ…。もう逃げ尽くしたわ…。

 行く先々で浅黒いオスや巨大耳メスに道を塞がれる。たかが人間一匹が道を塞いだくらい、殺しちゃえば済むって思ったけど、アイツら最初から戦う気がないのか、逃げながら時間を稼ぐもんだから、そのうち竜ちゃんが到着してアチキが逃げるハメになる…。

 竜ちゃん達は協力してアチキを追い詰めているのは分ってたけど、だからって逃れる手はない。
 本気でマズイわ。このままじゃ狩られちゃう!

 イヤよ! アチキはドラマティックが欲しいのよ! こんな逃げ回る展開なんてイヤ。もっと何にも縛られず、強(し)いられない奔放(ほんぽう)な展開が欲しいの!

 あ、でも、身体を縛られてオシオキ喰らうのも、なんか甘美な響きかもしれないわぁ☆

 なーんて…、冗談抜きで本当にまいったわね。クソニアラのせいで、都市から出れないから逃げられやしない。ホントにロクな命令出さないヤツ。生き残れたら本気でブッ殺してやるわ。いまいましい金ピカトカゲめ!

 アチキは周囲を見回し気配を探る。…どうやらこの周辺には誰もいないらしい。
 しかし、このままこの場に留まるのも危険。寝床がある地下の穴倉に戻るまでは安心できない。

 もう一度だけ左右を確認し、路地へと飛び出す。…あら? ここは…覚えているわ。アチキが最初に寝床を作ろうか悩んで、大木を生やした場所だものね。
 この都市に生み出した大木はアチキの異界能力によるもの。アチキ達のような指揮官竜には、それぞれ自分の住み易い土地を作り出す能力がある。アチキはもちろん花竜だから、ジャングルであり森林を増やす事ができる。この樹木は最初に、ちゃんと生み出せるか確認しようと、ずっと眺めてたものだから覚えてるってわけ。

 …となると、今度こそ間違いなく大通りは近いわね。

 大通りに出ればこの都市の四方への道が開ける。いくら竜ちゃん達が追ってこようと、無数に伸びる道路のうちの、どこに逃げ込んだかまでは特定できないはず。つまり、逃げ切れるという算段。

 よし、まだ平気みたいね。今のうちに大通りに出ちゃいましょっと。
 アチキはこの不幸な逃亡劇からようやく抜け出せる、と安心感を覚えて翅を大きく羽ばたかせる。

 しかし、その目の前に、一人の人間が現れた!


『(くぅ! なんて運が悪いの!? こんなところでまた足止め!)』
 目の前にはオスが立ち塞がっていた。こちらを強く睨みつけ、アチキを相手に少しも引く様子がない。コイツはさっきの広場にも居なかったわね。これまでの逃亡中には見たことのない奴、…若いオス。アチキは観察がてら、よくその顔を見てみる。

 そしてその姿を見て……アチキは固まった。心臓が止まるかと思うくらいに衝撃を受けた!

「お前か! オレの…、オレ達の渋谷を荒らすヤツは! ここはオレ達の家だ。オレ達の居場所を荒らすテメエは許さねぇ!」
 そのオスは、指揮官竜にも負けない程の凄まじい怒号を轟(とどろ)かせると、背中の巨大な剣を引き抜いた。それは刀身が鈍い黄色のような色を放つ両刃の剣。だけど、本来あるべき刃がない。そして何よりも驚くべきなのは、その剣気を感じるだけで、心の底から震えるような脅威を感じさせている事。それはオスの持つ力であり、剣の持つ特異の能力にも思える。

 いいえ、そうじゃないわ。それは大きな問題じゃあない。
 正直、剣の事どうでも良かったの。アチキはそれより、そのオスから目が離せなかった。

「うぉおおおお!」
 雄たけびを上げて斬りかかって来るオス。しかし、固まったままのアチキはそれを避ける事すらない。まるで自分が樹木にでもなったかのように、その身を揺らす事だけしか出来なかった。…当然、その一撃が身体を深く傷つける!

『Qubbeb!(あぐっ…)』
 痛くなかった。ぜんぜん痛くない。…違う、凄まじく痛いんだけど、そんな事はどうでもよかった。

「どうした! 反撃する事もできないのか!?」
 威勢よく叫ぶ若いオス。しかし、アチキはそのオスを見続けている。傷付いた身体から流れる体液はアチキの体力を激しく奪っていくのが分かった。でも、どうでもいい。そんなくだらない事は後でいいのよ。


『(み、み、見つけた! …ア、アチキの…、アチキのドラマティック!!)』

 ああ、なんだろう? この言いようのない至福は? 見ているだけで気持ちが舞い上がってしまうこの感情は? 息が苦しい、見つめられているだけで喜びが止まらない。恥ずかしくて溜らない! どうしちゃったのアチキは?! これってナニ?
 違うわよ馬鹿! 傷が痛くてこうなってるんじゃないわよ! そういう話じゃないのよ!! もっとメンタルな話!

 見てよ! あの若いオス! すごい、すっごいイイのよ!!

 あの鋭い視線と、野性味溢れる表情、少しだけ長いアゴ!
 どこを見ても非の打ち所がない。あのオスの全てが愛らしい…。

 これって…なんなの? 食欲なんかじゃない、もっと純粋で恍惚(こうこつ)とさせる感情…、これって…!

 あまりの恥ずかしさに悶(もだ)えて身体をしならせると、尾の先端がオスに命中しそうになる! しかし、オスは華麗に舞って着地した。いやぁん! もうカッコいいじゃない!!

 だけど、彼はその場に膝を付いてしまう。

「くっ…、俺のカラダが…言う事を聞かねぇ…。もう少しだけ持ってくれ! コイツをブッ倒すまでは!!」
『(ああん! もう最高! めがっさカッコイイわ!)』
 弱い身体を圧して、自分の大切なモノのために戦う。いいわ! このオス、アチキのドラマティックが疼(うず)いて堪らない! ああ、どうしよう! このままじゃアチキ、恥ずかしくて破裂しちゃう!

 分ったわ! これが噂に聞く恋なのね! これこそが一目惚れってモノなのね!
 これこそドラマティック! アチキの真に求めていたドラマティックよ!


「あー! 見つけたぞ! テメー、こんなトコにいたのか! 虫野郎っ!」
『(あら竜ちゃん、やっと着いたの? でもアチキってばいま、それどころじゃないのよね)』
 理想のドラマティックを見つけたんだから、戦闘なんて馬鹿馬鹿しいイベントはもうオシマイ。このオスと戦うなんて有り得ないわ。それよりもアチキは彼と甘いひと時を過ごしたいのよ! ドキドキを感じていたいのよ!

 そこで、アチキは重大な事実に気づいた。
 アチキは竜で、彼は人間…、

 なんて事なの!
 このままじゃ悲恋確実じゃないの!!

「おい、そこのお前! この虫野郎は俺様の相手だぞ、手を出すんじゃねー! どりゃあああ!」
「フザケるな! この渋谷はオレが守る! うおおおおおっ!」
 竜ちゃんと彼との鬼気迫る同時攻撃がアチキの身体をズタズタに切り裂いていく! …だけど、痛みなんて気にならない。身体が傷つくなんて関係ない。心に負ったショックの方がよっぽど重大よ!

 このままじゃ、アチキのドラマティックは始まらない!
 目の前に、すぐそこのあるのに始まらないまま終わっちゃう!! そんなの嫌! 耐えられない!

『Quuuuuuuuuuuu!!(フザけないで! 冗談じゃないわよ!!)』

 アチキは残る力の全てを振り絞り、二人を弾き飛ばした。いきなりの反撃で対処できない竜ちゃんと、愛(いと)しい彼とが一緒に飛ばされて地面へと落ちる。ごめんなさい! 彼の傷付く姿に打ちひしがれながらも、アチキは大通りを目指して飛ぶ! 別に竜ちゃんが死のうが顔をぶつけて鼻を打って鼻血ブーだろうがそんなのは関係ないんけど、彼の倒れる姿だけが脳裏に焼きついて離れない。罪悪感で押しつぶされそう!

 呼吸が浅く、苦しくなってきた。飛翔する翅の羽ばたきも弱くなってきた。きっとアチキはこのままだと死ぬ。
 だけど、これ以上の戦闘をして彼を傷つけるのも、傷つけられるのも嫌! そんなのドラマティックじゃないわ!

 さいわい、竜ちゃんも彼もアチキを追ってこない。理由は分からないけど、いまだけは有難(ありがた)かった。
 …でも、そろそろ限界。

 ついに墜落。歪(いびつ)に歪んだ道路へと滑るように着地したアチキ。
 もう力尽きて翅が動かない…。っていうか傷だらけでボロボロだわ。

 いつの間にか切り落とされていた左の前足からは、体液が流れるだけで道を汚していく。
 視点が定まらなくなって、目を開いている事さえ辛くなってきた。

 このまま死ぬのかしら? アチキはこのまま何もなく、ドラマティックも遂げられないまま死ぬの?
 嫌、絶対に嫌よ! このまま死んでたまるか。アチキは絶対に死なない。死ぬわけにはいかない!





 …そんな時だった。自分の目の前に、目と鼻の先に一人の見知らぬ人間のオスが倒れているのを見つけた。
 そいつは人間のメスのような姿をしているのに、なぜかアチキにはオスだと分かった。

 そのオスは自分と同じく瀕死のようだけど、アチキの存在に気づいたのか、苦しげな顔をゆっくりと上げた。
 なんとなく…、お互いがその目を合わせる。なんの理由もなく、ただそれが自然な事だと思った。

 そしてお互いに驚く事さえせず、同時に呟いた。








「あれ? 目の前にアチキがいる…」
『(あれ? 目の前にアチキがいる…)』








BGM:セブンスドラゴン2020「束の間の安息」(サントラDisk:1・08)








「あーあ、ちくしょー…。逃がしちまったか。せっかく俺様の活躍がさー」
「そう言わないでください。先輩は十分戦ってくれましたよ」
 結局、虫野郎に逃げられちまったんで仕方なく広場に戻ると、アオイはスイカどもの車の中の後ろの椅子部分、後部座席という場所に寝かされていた。ネコの奴が言うにはまだ横になっていた方がいいって話だったけど、アオイはちゃんと起きてたし、さっき死んだかと思ったのとは比べ物にならない程に復調してた。なんか嬉しい。

「でもなー、お前元気良すぎだろ。なんでそんな元気になってんだ? 俺様はなー、その…なんだ…」
「ふふ、彼女のおかげです」
 アオイが見る方向にいたのは、スイカのメンバーらしい青くて長い髪の毛のメスだった。アイテルとかいう名前だったか? 変な名前はともかく、なんだか不思議なチカラを持ってるとかでアオイを治したらしい。斬った傷がすっかり元通りだ。うぬ…便利なヤツだな。

 でも、さっき俺とあのアゴながの、…タケなんとか?ってオスが虫野郎と戦ってた最中、あの青髪メスが急に出てきて俺の正体を当てたのにはビビったな。だからといって何をするわけでもなかったけど、…なんかヤバイ感じはした。強いっていうんじゃなくて、なんか近寄りたくない、みたいな感じだ。

「どうでもいいけどなー」
 んむ。別にどうでもいい話だ。アイツはアオイ治してくれたから、悪いヤツじゃないだろ。そんでまた虫野郎が出てきたら、そん時はブッ叩けばいいだけだ。俺様は色々と考えるのニガテだし、それでいいだろ。

 あー、でもアオイには色々と聞かなきゃいかんな。俺様的には上司としての威厳に関わるしな!

「おい、アオイ! ちょどいいから全部聞かせて貰うけどな、…まずは…なんだっけ? おお、あれだ! 俺様が歩くのをヤメると言った時、すんなりヤメただろ? あれはなんでだ?」
 俺様は息を飲むような真剣な顔つきでアオイを問い詰める。下手な言い訳したら俺様すげー怒るつもりだ。

「う〜ん、そんな事が気になってたなんて…」
「そんな事じゃねーから悩んでたんだ!」

「はい、先輩。ごめんなさい。…あれは無理矢理に続けても効果がないからなんです。先輩自身が歩きたいなって思わないまま練習しても、うまくならないんですよ。イヤイヤにやって変な歩き方とかになっても困るでしょ?」
「ぐぬ、それもそうか。変な歩き方は困るな」

「それに、一気にやっても良くないんですよ。すぐやって、すぐ歩けっていうのも難しいでしょう?」
「まったくだ」
 …ぐぬぬ。まったくツッコミどころのない回答だ。これには俺様もまいった。でも納得した。

「じゃあもう一つだ! 俺様が枝にひっかかってた時、なんですぐに助けてくれなかった? すげー腹立ったぞ!」
「あうう…、あ、あれはですね…」
 うぬ! アオイのヤツが言い澱(よど)んだぞ? これは怪しい。何か重大な事を隠している!

「やい、キサマ! 俺様を騙(だま)そうと嘘をついたらチョ…、チョコ十個だぞ! 十個もだぞ! わ、わかったら大人しく白状しろ!」
 自分で言ってて恐ろしい提案だ。チョコを十個も差し出すなどと俺様には到底出来ない。少しばかり厳しい詰問ではあるが、俺様は容赦がないのだ。…でも、そんな大量にチョコが貰えるならそれも嬉しいような気がしてくる。

「うう、あれはですね…。あの…先輩が…」
「俺様がなんだ!?」


「ねぇ、ちょっといいかな?」
 そこに現れたのは、ネコの頭の耳のヤツだった。

「なんだお前、いま俺様は大事な話をしてるんだ。どっか行け、しっしっ!」
「ほらこれ。アンタ達のでしょ?」
 ネコのヤツが差し出したのは、”つうしんきがたうでどけい”だった。さっきネコのヤツが色々といじってて話してるのを見た。こいつがこれを使えたとは知らなかったな。

『ユカリ、アオイ! また通信切って! どうして用も無く触って通信切っちゃうの!?』
 そこから聞こえる声はもちろんチビの声。あの可愛らしい声が俺様の耳に届くと、なんか安心するのだ。

「ん? つううしんき使ってたのはアオイじゃねーか。なんでチビが怒ってんだ?」
「あーそれなんですけどー…、どうもさっき焦ってて、スイッチ切っちゃったみたいでー」
 アオイは渇いた笑いを浮かべつつ困った感じに頬を指で掻いている。でもまあ、切っちゃったもんは仕方がない。

『全然難しい操作じゃないよ。そこの女性にもすぐ通信して貰えたくらいなのに。スイッチONかOFFだけだよ?』
「そこの女性?」
 俺様とアオイが視線を向けるのは、もちろんネコの頭の耳のヤツだ。うぬぬ…、俺様はいままでコイツを侮っていたようだ。あの難解なつうしんきがたうでどけい容易(たやす)く操ってしまうとは…。くそっ! ネコなどという下等生物のくせに、凄まじく高性能な頭脳を持っていやがる。俺様よりちょっとだけ上だな。認めよう。

「あの…アオイさんだっけ? アンタも最初、これ使えてたんじゃないの?」
「そーなんですけど…、よく分ってないまま使っていたもので…」

「へ? これ簡単だけど…、だってボタン三つで、右上が電源でしょ? しかも長押ししなきゃ消えなくない?」
「ははは…、私は機械オンチでして…。ビデオのスイッチ入れる手順を習得するのに二年を費やした程ですから…」
「う〜ん、2020年にもなってまだビデオデッキを使ってるご家庭があった事の方が驚きだけど…」

 ヤツらは何かムツカシイ話をしている。そんなネコどもに俺様は口を挟む余地などない。恐ろしく高度なギジュツの会話だ。おのれ人間め…、せめて甘いお菓子の話ならば抵抗できたものを…。

 …だが、そんな事は重要ではないのだ。そういえば俺様、チビに聞いておきたい事があったのだ。

「なー、チビ。さっき指揮官竜…帝竜というんだったか? そいつが出たんだが逃げられたんだ。そっちでドコに消えたか分かんねーか?」
『ごめんなさい。いまは消失してる。突然二つとも消えたの』
「ふたつ?」

『そう! さっき帝竜反応が二つ発生したの。そっちの状況が気になってたけど、通信はできないままだったし』

 どうして二つなんだ? 虫野郎の他に別のヤツが来てたってのか? そんなのなら俺様が気づかないわけがないんだがな。でも、周囲にはそんな気配もない。俺様が気づかない程のヤツって事か? ワケ分らんなー。

「あ〜……、それ、なんだけどさー」
 そんな事を考えていると、ネコのヤツが複雑そうな顔をしながら口を挟んできた。

「そっちのムラクモでは、この少女が特別な力を持ったS級なんでしょ? 帝竜に対抗できる程の力を持ってるって事で、それが反応したんじゃないの?」
『…そこまでは分りませんが、確かにムラクモでも帝竜と戦った経験は乏しいため、予想に反した力を察知している可能性はあります。ユカリが帝竜に匹敵する力を出したかの結論を出すことは今は出来ません』

「まあ、とにかくさ。帝竜は一匹、その…さっきアンタが言ったスリーピーホロウってヤツしか居なかったよ。きっとそういう力が働いたんだよ、うん」
『ええ…、目撃者がそう言うのでしたら、そういう事なのかもしれませんね。なんにせよ、現状では二つとも消えていますから、その周辺に危険はありません』

「……おい、アオイ。ムズカシくて俺様よく分らんぞ?」
「大丈夫です! 私にもさっぱり分りません」
 ネコのヤツがやれやれといった具合に疲れてこちらを見ているが、よくワカランので放置しておいた。

「それにしてもさ、アオイさんって機械音痴もそうですけど、状況説明もあんまり得意じゃなさそうなんだね。…さっきはあんなに立派だったのに…。なんかこう、ギャップを感じるよ」
「いえ〜、それほどでも〜」
 照れるアオイを余所に、ネコのヤツは疲れた顔をしながら服という布の腰辺りから妙な棒を取り出した。その短い棒の先には、なんだか丸いのが付いている。周囲を包んでいる紙を剥がすと…、なん…だと? あ、あれは食い物か?

「……な、なに? ムラクモ少女。その期待に満ち満ちた輝かしい顔は…?」
「それ、もしかしてチョコか? 甘いヤツか?」
 ネコの奴が今まさに加えようとしている物体。棒つきの食い物らしきモノはやはりお菓子という分類の食い物らしい。俺様の勘は外れた事がない。

「よ、良かったら、これ…いる?」
「うおおおお! まじか? まじで俺様にそれくれるのか?」
 俺様は期待を込めてそれを受け取ろうとするが、アオイはそれを許してくれなかった。

「ダメですよ先輩。そうやって人の物を取るような真似をしては。さっきの金頭さん達みたいになっちゃいます」
「えー! ダメなのか? でも、金バカみたいなのは良くないな…。そうだな…あれじゃ馬鹿だもんな…」

 それくらい俺様にも分る。あんな格好悪い生き物になったらオシマイだ。俺様はひどく絶望した。

「ねー、グチ、イノ! アンタ達、深刻に言われてるよ。追いはぎ強盗なんてする奴は馬鹿だってさー」
「分ってるっての! もう頼まれたってしねーよ! こりごりだ!」
「さすがにもう、まっぴらゴメンよ〜」
 ああ、危なかった。もう少しで俺様もあんな馬鹿と同じになるトコロだったのか。…でも俺様、お菓子食いたい。

「ほら、あげるよ。こっちからあげるのは悪くないんだからさ」
 そういうと、ネコの奴は棒つきを差し出した。オレンジ色をしたそれを恐々と受け取る俺は、だんだんと喜びに満ち溢れてくる。うわすげー! 夢みたいだ…。

「先輩、誰かに良くして貰った時は、ありがとう、って言わなきゃダメですよ?」
「うん! ありがとー…もふもふ…」
 甘〜い! うまいよこれ。なんか固いけど、舐めてると甘くて素晴らしい。俺様すげーしあわせだ。

「うう…なんか可愛いね、コイツ」
「分ります? そうなんですよ〜」
 ちっ! メス同士で何か話してやがる。しかし、それは関係ないのだ。俺様いま文明開化中なので忙しいのだ。

「おい、ムラクモ。ちょっといいか?」
「んむ?」
 そこに現れたのは、さっき俺様の邪魔してたオスのタケなんとかだ。使ってた剣を杖にして、俺様みたいに頼りなく歩いている。ぬぬぬ…なぜか親近感を覚えるな。うぬ? よく見ればその後ろには青色の髪の長いメスも一緒にいる。アイツなんか違和感あるんだよな。
 それはともかく、二匹とも妙に真剣な顔をしているから、俺にお菓子を差し出しに来たわけじゃなさそうだ。

「タケハヤ! アンタは無理していい身体じゃないんだから!」
 ネコのヤツがタケを心配しているようだが、タケは俺から視線を動かさず、ゆっくり歩いてくる。

「ダイゴ達から聞いた。あの傷はお前がやったそうだな。グチの傷も。…そうだな?」
「グチ? ああ金バカの事か。そうだ、俺様がやった。だが、仕掛けて来たのはテメーらだ。殺されなかっただけでもありがたく思うんだな! もふもふ…」
 タケと青色の髪の長いメスの表情が厳しくなる。アオイはなぜか慌てているようだが、どうやらコイツらは俺様に敵意があるようだ。しかし俺にはもうどうでもいい事だ。こいつら殺しても意味がないしな。

 しかし、タケはまだ文句があるらしい。

「…確かにこちらにも非がある。そして結果的にあの帝竜を追い払えたのはテメェの実力でもある。それは認めるぜ。だから今回だけはそれでチャラにしてやる」

「だが、俺はムラクモを、ナツメのババアを信用しない! 今後SKYに、俺達の家族に手を出そうって気なら、今度こそ全力で潰す! 覚悟しとけ!」
 鬼気迫る威圧を容赦なくぶつけてくるタケ。しかし、俺様はそれに怒るわけでもなく、少々混乱していた。

 何で怒ってんだコイツ? 仕掛けて来たのは金バカが悪いからだし、虫野郎と戦ったのは俺のためだ。ついでにちょっとアオイのためでもあるが、でもそれは俺がやりたいからやっただけだよな? それがなんで、タケが許してやると言うのだ??
 それに…、ナツメってのはあのメスボスだろうし、手を出すってのが何なのか理解できないんだが…。

 まあいいや、悩んだってよくワカラナイってのは今回良く分ったしな。
 だから俺様は、思ったことをそのまんま口にする事にした。

「…お前、人間だよな?」
「だからなんだ? ムラクモは特別だとでも言うのか?!」

「そうだとしたらお前、…すげー馬鹿だろ?」
「なんだと!?」

「お前そうやって、とりあえず喧嘩売って戦うのか? 無知だなー。金バカみたいだなー」
「───っ!?」

「人間ってのはなー、竜じゃねーんだぞ? 言葉を使って話し合いで解決できるんだぞ? なんでもすぐ喧嘩売ったり攻撃したらいけないんだぞ? ダメだってアオイが教えてくれたからな。そうだよなー?」
「そうですね。…話し合えたら、とってもいいですね」

「………………」
 タケのやつがなぜか視線をアオイに向けている。なんで不思議そうな顔してんだ? あー、なるほど、コイツも知らなかったのか。
 俺様だって少しくらい学習するぞ。人間はまずは言葉を使って話し合うんだ。…で、いまの俺はやっぱり人間らしいから、話すのがルールで構わないぞ。もちろん襲ってくれば戦うけどな。でも、とりあえず人間をいきなり殺したりするのは良くないってのは分ったぞ。

 だってアオイがそう言ったんだから間違ってない。
 俺様がすげー悩んでワケわかんないのを、アオイはちゃんと教えてくれたからな。俺様はそれでいいんだ。

 それにネコのヤツを殺してたらこの甘いやつ、え〜と、キャンディというのは貰えてなかったと思うし。そう考えると殺さなくて正解だった。つまり殺しても何の得にもならないって証明だ。

「…そうだな。馬鹿は俺だな。何に怯(おび)えて、ささくれ立ってるんだ…俺は…」
 そう言って急に大人しくなったタケは、青色の髪の長いメスが肩に手を置いたのを見て、力なく笑い返していた。きっと、オメー馬鹿だから仕方ねーよ、って感じで青いのが慰(なぐさ)めてたんだろう。まったく可哀想なヤツだなー。アイツはもうちょっと勉強した方がいいな。

「お前の言う通り、いや、そっちの姐さんの言う通りだ。…ケンカふっかけちまって悪かったな」
「へへ…、気にするな。俺様も知らなくてやりすぎたしな」
 俺はキャンディを舐めながら、ちょっとだけ考えてみる。考えなくても聞けばいいのかもしれないが、でも、俺は少しだけ考えてみたかった。




 …俺はいままで戦ってきた。
 戦場を好み、向かってくる敵を殺すことが当然だった。

 俺にとって戦いは日常だったから。そして俺が竜であり侵略する側にいたからこそ、それが人間にとっては害だったから対立したし、戦うのが自然な事だったんだろう。その過程には間違いはない。

 そして俺は、俺を殺しに来たヤツに相応の報いを与えた。そして俺は逃げ出すヤツを最も嫌った。命を賭けて戦う覚悟がないヤツが中途半端に戦いを挑んでくる事が我慢ならなかった。

 それは、戦場で生きる俺自身という存在の意義を馬鹿にされたと思ったからだ。
 俺が生きる戦場という場所を汚す行為が許せなかったのだ。だから戦士の誇りにこだわった。自分を肯定するために。

 …でも、今の俺は人間だと言われた。アオイは確かにそう言った。
 だから俺は、竜である俺のままでいてはいけないのだと思う。少なくとも今は。

 人間は言葉を使って話すのだ。竜とは違い、会話を行う事を優先する。それが人間というものらしい。
 だから俺は、人間としての俺として、これからをやって行かなきゃならない。


 アオイが俺を人間だと言った以上は、俺は人間であるべきなのだ。

 でも、俺には”人間”という生き物がどんなもので、それが何なのか、がまだよく分ってない。まだどころか、全然さっぱり理解してない。なんせ人間として目覚めたのは昨日だもんな。分るわけない。


 だけどさ、それで悩んだらまたアオイに聞いてみればいいと思う。
 そしたらきっと教えてくれる。どうしたらいいのかを、ちゃんと教えてくれる。


 だってアオイは一番の部下で、…仲間なんだからな。
 いままでの俺にはそんなモノなんて居なかったけど、これからはずっと仲間、だ。





「…あの先輩? 服に血がついてますけど、大丈夫ですか? ひどい怪我してるんじゃないですか?」
「んむ。全然痛くないぞ。技で全部治ってた」

「ほんとですか? ほら、オデコ見せてください…って、うわー、血が固まってますよ? 痛くないんですか?」
「大丈夫だって言って…」
「ちょっと座ってください。濡れタオルありますから、まずはちゃんと拭かなきゃ」
 俺様が次のお菓子を探しに行こうとしたら、強引に座らされて濡れてる布で顔をこねくり回された。

「むぐー! やめ…ひゃめりょ! 顔が…もげ…る〜」
「こーら、逃げちゃダメです。じっとしててくださいってば」
 ぐぬぬ…、くそっ! 部下のくせにナマイキな! このままでは俺様の顔がふにゃふにゃになってしまう!
 でもなんか、気持ちいい。顔がスッキリする。

「わ、渇いてますけど本当に血がスゴイですよ? 大丈夫なんですか? …でも、傷は本当にないし…」
「だから平気だって…わぷっ!」

 んむ。俺様こんな事されるの初めてだけど、なんかこういうのも、悪くない…かな?
 仲間…もいいかもしれないな。

 昨日までそんな事なんて考えた事すらなかったのに、どうしてこうなったんだろうな? にひひ…。







BGM:セブンスドラゴン2020「クセモノども、集合」(サントラDisk:1・13)








「いやぁ〜ん! みーつけた〜〜〜!!」

 俺様の顔がもみくちゃにされてスッキリしたちょうどその頃、広場に響き渡ったのは甲高い声。

 俺やアオイ、タケに青髪、ついでにネコの奴もデカ夫も、それ以外のザコも皆が一斉にその声の方向へと顔を向けた。そこに居たのは人間のメスだった。メスの割にはやけに身体が大きいが、でもメスボスのナツメとかいうヤツみたいなデカイ乳房(にゅうぼう)があるから、間違いなくメスだと思う。

 …で、そいつは、ここの青髪とは違った薄い青の長い髪をしており、そのまま嬉しそうな足取りでこちらへと向かってきた。別に敵意があるわけではないので構わないのだが、…どうやらタケに用があるらしい。

 そいつは、妙に浮ついた様子でタケの元へと駆けてくると、…いきなり抱きつき、唇と唇を合わせる!

「!? うむううーー! ぐむううううう!」
 突然の事で慌てるタケだが、そのメスは思い切り抱きついているらしく、タケがいくら抵抗しても離れない。それを、一瞬だけ呆けていたネコのヤツが、いきなり物凄い怒り顔で離そうと服を引っ張っり始めたのだが、メスの力がよほど力が強いのか、それともネコのヤツがが非力なのか、ビクともしてない感じだ。…まあ、ネコは非力だろうけどな。
 しかしアレは何やってんだろーな?? それでなんでネコのヤツは引き離そうとしてんだ? まあ、確かにタケも苦しそうだが。…まあ、苦しいのを助けているって事なのかもしれんな。

 だとしたら、こんな時ならすぐに動きそうなのはデカ夫のはずだ。ヤツなら人間の中では一番パワーがあるハズなんだが、あいつはあいつで複雑な顔をしたまま動かない。むしろ、黒い顔を赤らめて、顔を背けてさえいるようにも思える。…なんでだ??

 ふむー、人間ってのは不思議なもんだ。この唇を合わせる、という行為は何を意味するんだろうな? あ、そうだ。こういう時こそアオイに聞けばいいのか。

「なーなー、アオイ。あの唇を合わせるっていうのは何でなんだ?」
「え〜…、いえその…、何と言うか…、あっ! こ、子供は見ちゃいけません!」
 アオイは驚いたような表情で、俺様の目を手に平で覆うわけだが…。本当にわかんねーなー。何がどうなるとこうなるんだ? 人間はフクザツだ。まあいいや、あとでじっくり聞こう。
 しかし、人間ってのはまず話し合いをすると聞いたんだが、そこまで行くのにはムツカシイ順序があるみたいだな。実にややこしくて面倒くさい生き物だ。…俺様、人間やってけるのか不安になってくるぞ?


「あなた…、タケハヤから離れなさい」
「うぎっ!」
「いっ!」
 その状況に見かねたのか、青髪のメスが少し張りのある声で呟く。そのなんでもないような声は、そいつと、俺の背筋をピンと張らせた! とてつもなく巨大な意志でも働いているかのように背筋を凍りつかせる。怖くないんだが、すげービックリするな、あいつの声。

「ひえええ…」
「あれ? なんかコチラに逃げて来ますね?」
 するとあのメスの怯えたような声が俺にも聞こえた。アオイがそう呟いて俺の目から手を離すと、その言葉通り、あのメスが俺の方へと逃げてくるのが見える。なんでコイツ俺の方に来るんだ? しかもそのまま俺の背中に隠れやがった。

「あ〜ん、竜ちゃん! 助けてよぅ! あのメスったら、いきなしアチキをイジメるのよ? 彼との時間を邪魔するの! くやしいと思わない?」
「………………」
 何か違和感のある声だ。ナゼかこのメスの声は、とてもニガテなヤツっぽい声に聞こえた。俺様少し疲れているのかな? きっとそうに違いない。こんなトコロに人間の虫野郎がいるわけがないもんな。

「ねー、竜ちゃんってば! また無視? また虫に引っ掛けて無視なの? イヤな子! ほんとイヤな子ね!」
「おい待て、お前…」
「あら? なーに? アチキの顔になんか付いてるかしら??」
「付いてるかしら、じゃねー! やっぱしそうか! テメー、虫野郎だな!? なんで人間に───むぐむぐ!」
 どういうわけか俺様の口は手のひらで塞がれた。

「もうイヤだわ、この子ったら。余計な事は言わなくていいのよん」
「ぶはっ! ふざけんな虫野郎! テメー何の用だ! なんでそんなになってんだ?!」
 そのメスはやけにクネクネと腰を動かしながら、う〜んと考え込んでいる。人間の姿なのにコイツの動きは竜の姿と微塵(みじん)も変わってないのが奇妙だ。
 ヤツは腕を腰に当てて目を瞑(つむ)っていたかと思うと、手に平に拳をぽん、と打ちつけ、何かに閃いたように答えた。

「なんていうか〜、これこそ愛ってやつ? オスとメスのちちくりあい希望?みたいなー」
「うぬ?? ぬぬぬ??」
 なんだか分らないぞ? コイツは何を言っているんだ?

「あらぁん? 竜ちゃん今の意味わからないって顔してるわね? も・し・か・し・て、知らないの〜?」
「も、もちろん知ってるぞ。チチクリアイだな! 知ってるぞ!」
 ぐぬぬ…、クソナマイキなヤツめ。これもあとでアオイに聞いてみよう。チチクリアイとはどんな内容なのか。

「…あの先輩? お知り合い…ですか?」
 アオイが微妙に困った顔をして俺に問うのだが、そんな事を言われたって俺様だって答えに困る。確かに知っているヤツだが、少なくとも敵であって、俺様が最もニガテなヤツだ。人間同士での知り合いとはまた違う。あーもー面倒だな!

「そうよん! お知り合いなの! いわゆる幼馴染ってヤツ? 毎朝同じ時間に優しく起こしてあげてたの〜」
「嘘つけ! テメー俺に近づくごとに攻撃仕掛けて遊んでたじゃねーか! 今日こそブッ殺してやる!」

「…仲、良さそうですねー…」
「あら? 分ってくれちゃう?」
「ぜったい違う!」
 そんなアオイの呟きを肯定と否定で返す真逆の俺達。あーくそ! イライラする! だから俺様はこの虫野郎がニガテなんだ! 毎回毎回こんがらがる事しやがって!

「ちょっと待ったぁ!」
 俺様が全力で殴りかかろうとした時、なにか凄まじい気迫のネコのヤツがやってくる。なんだか、さっき俺と戦ってた時以上に恐ろしい顔をしてるな。

「ちょっとアンタ! いきなり失礼じゃないの? タケハヤに、…キ、キ…」
「キスしちゃった。うふ…、カッコ・笑い・カッコ閉じ」
 虫野郎がそう言うと、ネコのヤツは顔を真っ赤にして何も喋れない様子だった。

「でも、気にしなくていいのよん? 恋愛は自由であるべきだから」
「…そ、そういう事じゃない! いや、そういう事もあるけど、でもちょっと、あの…」
 ネコのヤツ、顔色がコロコロ変わるな。よく見れば周囲のスイカもアオイもその場に居る全員が注目している。タケのヤツも少しだけ顔を赤らめながらも、その様子を見ている。んむ、これはこれで面白いから少し見ててやるか。

「それにネコちゃんが気にする事ないわよぉ。…だって、アチキとならノーカンだもん」
「な、なんでノーカウントなのさ?」


「だってアチキ、男の子…だもの」
 両腕を広げ、まるで花の咲くような笑顔でそう告げる虫野郎。


 …どういうわけか、その場に居た俺を除く全員が動きを止めていた。固まっている、とでもいうのか。
 そんな中でタケのヤツがパッタリと倒れて気絶してた。慌てて支えるデカ夫だが、それ以外のヤツはあまり動きがない。それ以上に驚いている、といった感じだ。

 そういえば虫野郎はオスだったな。知らないと驚くモノなのか?? しかし…あれ? なんで人間の姿はメスなんだ? ちゃんと乳房もあるのに、なんでオスなんだ?

「あら〜ん、みんなドン引きしてるー。でもでもー、ホントなのよ〜。この巨乳だってニ・セ・モ・ノ。男の子の大事なアレもちゃぁんと残してあるから、心配しないでね」
「俺様ぜんぜん意味わからん。その乳房は偽者?? 本物としか思えないのにオスなのか??」


「そうそう、その通りよん」
 そういうと、虫野郎はどういうわけか、俺様の後ろに回りこんだ。

「竜ちゃんみたいにぃ〜、オンナノコのカラダじゃないのー。…あら思ったより大きいわ。着やせさんかしら?」

 虫野郎が、俺様の乳房をふにふにと揉みくだしながら、そう言った…。





「ふひゃぁあああああああああん!」
 俺様は怖気立つ感覚に大声を上げて逃げる! うわあああああ! にゅ、乳房揉んだ! コイツ、俺様の乳房揉んだ!
 今まで俺様は乳房があるなんて全然気にしてなかったけど、そういえばユカリの身体はメスだった! そんで、いきなり揉まれてスゲー違和感!!っていうか、なんだこの恥ずかしいような悔しいようなのは! 俺様は気が動転してうまく喋れない!

「な、なにゅをしゅるんだー! きしゃまー!」
 …と叫んでやったらもうそこに虫野郎はおらず、気配も消え去っている。あの野郎、人間になっても恐ろしいスピードは健在らしい。どこに行きやがった!

「きゃああああああ!!」
「にゃぁあああ!」
「ひゃぁぁああ!」
「やめて」
 各所で上がる悲鳴。虫野郎は、アオイやネコのヤツ、金バカのメスや青髪など、その場にいる全員の乳房を揉んで回っていた。揉まれた全員が、今の俺と同じように乳房を押さえて涙目になっている。(青髪だけは、やめてと言われて虫野郎は逃げたようだが)

「うふふん。みんなカワイイわね! それに柔らかぁ〜い。アチキ大満足ぅ〜。オトコノコ最高!」
 虫野郎は素晴らしく上機嫌だが、俺は絶対に許す気はない。何がどうなっても許さん。ブッ潰す…。

「せ、先輩…」
「止めるなアオイ。俺様ぜったいに許さんからな」
「いえ、一つ大事な事を教えてませんでした。ああいう女の子の敵はドラゴンより敵です。死なない程度に蹴っ飛ばしてOKですから」
「にゃあ…アタシもそれ賛成だわ。死ぬほど後悔させてやる!!」
 その場のメスが一致団結した。皆が一様に恐ろしい表情をして虫野郎に迫っていく。

「あらあら、両手に花? それも抱えきれない程の山盛りなんて、アチキってばモテモテね! いいわ、カモン! 今度はどんなプレイなの? いやだわ、そんな怖い顔して…」
 にへら笑いを浮かべる虫野郎が、劣勢とみるや逃げ出そうとする。しかし、逃げる前に俺様がその腕を掴んでやった。

「おい、いいぞお前ら。存分に殺れ」
「いやねぇ、ちょっとしたスキンシップじゃない? オンナノコ同士のお肌の触れ合───おぶっ!」
「ずえったい許しません!」
 アオイの鋭い蹴りが顔面に突き刺さる。さっきまで倒れてたとは思えない元気さだ。

「顔面キックって…ちょ、ちょっとアナタ、カワイイ顔してやる事が強烈じゃなぁい?」
「この女の敵めー! このー!」
「いだだだだだ!!」
 ネコのヤツの爪が顔を引っかく。縦線、横線、斜め線、縦横無尽のひっかき傷!

「死んじゃえ! この痴漢!」
「あいたぁ! むぐー!」
 金バカメスが近くに落ちてたバケツで虫野郎の頭をブッ叩く! 丸いバケツがみるみる歪(いびつ)に凹んでいく。

「滅びて」
「あばばばばばっ!」
 どういうわけか被害がなかった青髪までが、なぜか往復ビンタで攻撃している。無表情なまんまなのがヤケに怖い。

 そして最後は俺様だ。掴んでいた腕を放し、思いっきり蹴っ飛ばす!


「お前なんか、どっか飛んでけーーーーーー!」
「あらぁ〜〜〜、まーたね〜〜〜〜〜!」
 虫野郎はボロボロになりながらも、やたら嬉しそうに渋谷の空を吹き飛んでいた。…二度と来んなボケがっ!!















「ああ! オレっち秘蔵のお菓子ちゃんが! タケハヤさん、それドコに持ってくんすか!」
「だいたい、テメェが話をややこしくしたんだろうが! これで許してやるってんだ、ありがたく思え!」
 グチが涙を流して駄々をこねている。それを横目で見て爆笑しているイノ。
 アタシはタケハヤの後ろを歩きながら、あいつらにはいい薬だ、と少しだけ笑みを浮かべている。

 タケハヤにあのムラクモ少女がお菓子好きだと話したのはアタシだ。でも、アイツには殺されかけたわけだし、別に媚を売るつもりはなかったんだけど…、あのアオイさんという彼女には世話になった。命の恩人でもあるわけだから、彼女には何かしてあげたかったのよね。
 でも、彼女が喜ぶのは何かな、と思ったけど、特に思い浮かばなかったから、…それならムラクモ少女を大切にしてる彼女が喜ぶために、アイツを喜ばせればいいのかな、と考えたわけね。

 回りくどいっていえばそうなんだけど、どうも…、あのムラクモ少女がキャンディを食べている時の幸せそうな顔を見ていると、別にアイツが喜ぶのもいいのかもなぁ、なんて思ったりもしちゃったんだよね。殺されかけたっていうのにね。なんだか不思議な感じだ。

 タケハヤはアタシが彼女に世話になった事を聞いて…、それで賛同してくれた。彼もアオイさんの言葉を耳にして、何かを感じたんだと思う。そうじゃなきゃ、率先してこんな行動をしたりしない。…身体の調子、良くないのに。


「なあネコ」
 袋を持って前を歩くタケハヤは、アタシの方を振り向かずに話しかけてくる。それはタケハヤが珍しく迷っている時にする仕草だ。この人はいつも自信を持って歩いている。誰よりも先だけを見て歩いている。…だけど、それでも迷った時、アタシにその問いを投げかけてくる。

「アイツ…、どう思う?」
 それ以上の言葉は続かなかった。その一言に色々な意味が込められているから。
 あのムラクモ少女は危険か、危険ではないのか? 味方か、敵か? それとも、ナツメの操り人形になるのか?…彼はそれをアタシに問いたいのだ。

「どうかな。危険だと思うし、そうじゃないかもしれない。だけど、彼女がいるなら、大丈夫な気がする…かな」
「……そう、だな…」
 あのムラクモ少女はアオイさんという女性をとても好いていて、彼女の言葉を信じていた。ナツメではなく、正しい事を教えてくれるあの人なら、ムラクモ少女は敵にはならない。確信なんて何処(どこ)にもないんだけど、アタシにはそれが確信を持った答えだとしか思えなかった。


 そしてタケハヤは、独り言のように呟(つぶや)く。

「人は竜じゃなく、言葉を使って話し合いで解決できる…か」
 彼のその言葉はアタシだけでなく、SKYのみんなに届いた言葉だったのかもしれない。


「あ、タケハヤ…それとさ…」
「ん? どうした?」

「えーっと、あのさ、…さ、さっきの…キ、キスの事、だけど…」
「ぶっ! ゴホ…ゴホッ!! や、やめろネコ! 頼むからそれに触れるな」
 やっぱり気にするよね。さすがのタケハヤも男にキスされたのはダメージ大きいとハズだよ。傷が痛むのとまた違うトラウマになりそう。
 アタシはそれを和らげてあげたい。彼の苦しみが少しでも取り除けるのなら、アタシは何でもしてあげたい。

 だから…


「あの…さ、良かったらア、アタシが…」
 口直しに…、もう一度…。

「ひどいヤツだな。お前まで俺をおちょくるのか?」
「そ、そうじゃなくてさ、あの…!」

「なんだ?」
「えーと、その…」
 喉が渇いて声が出ない。どうしよう。どうしよう? アタシと口直しにキスしようだなんて、そんなの言えないよ。

「は…、あはははは…、や、やっぱり〜ああいう時は、ア、アイテルが相手な方がいいよねーって思ってさ」
 なんで恋敵の名前なんて出してるのよーーー! アタシはぁ!

「あのなネコ、あんまり囃(はや)し立てるなら怒るぞ? …まったくよ、心配なんかしてんじゃねぇ」
「ごめんごめん、アタシってばネコだからさ! たまにはじゃれてみたいもんなのよ!」
 アタシは彼に顔を見られないようにお菓子の入った袋を奪って走る。そしてちょっとだけ走って少し振り向いた。

「これ、アタシが持ってくよ! タケハヤは病み上がりなんだから大人しくしてて! じゃあね〜!」
 出口からは眩(まばゆ)い光が差し込んでいる。その先へと元気そうに駆けて行くアタシは、いつもながらの自分に呆れていた。本当に相変わらずだ。言いたい事を言えないまま、言わなきゃいけない事を先延ばしにしたまま、アタシは勝手に空回りしている。

 きっと、言葉が一番必要なのは、アタシだ。
 思いは思うだけでは届かない。言葉を使わなければ伝わらない。それを教えてもらったハズなのに…。

 難しいよね、人間ってさ。















「あら〜、良かったですね、先輩。これ全部お菓子ですよ。チョコとかポテチとかです」
「ほんとか! まじなのか! うおーすげー! ありがとーだぞ!!」

 お菓子をあげた時の表情は、やっぱり可愛らしくて、どうにも憎めなくなっている自分がいる。ちゃんとお礼も言うしね。しかし、SKYとしては死人も出ず、帝竜さえ撃退できたわけだから、結果的にはプラスなのかもしれないなぁ。…それに一緒にあの不届きモノを撃退した仲だし。

 アタシは楽天家だから、そう考えてしまえばポジティブでいい。
 タケハヤの事はまた別で頑張ればいいよね。


 それはともかく、アタシはアオイさんに聞きたい事があった。本当はこれが聞きたかったから、こうしてまた彼女の元へ来たのかもしれない。

 ムラクモ少女がお菓子に夢中になっている間に、アタシはそれを聞いてみる事にした。


「あのさ…、アオイさん。一つ聞いてもいいかな?」
「はい、なんでしょう?」

「…あの、ムラクモ少女がさ、すごい声を出した時あったじゃん? 獣っていうか、ドラゴンそのものみたいな怒声を上げた時。あの時はアタシだけじゃなくてSKY全員、ダイゴだってそうは見せなかったけど怯(おび)えてはいた。…だけど、アンタは少しも怯えてなかった。それが、どうしてかな…って」

 あの時、アタシは心の底から恐ろしいと思っていた。だけど彼女は耐えているわけではなく、平気そうだった。
 その理由を聞きたかった。

 その質問に対して、アオイさんはなぜか照れたような顔でこう言った。

「えーと、最初に先輩と会って…って言っても四時間前くらいなんですけど、大型ドラゴンを倒した時に、先輩が飛び上がった勢いで枝に引っかかって動けなくなっちゃったんです」
「うん、それで?」

「その…先輩が…、あまりにも可愛くて…ですね…」
「はぁ?」
 アオイさんはやけに頬を赤らめ、広げた両手の平と指先を合わせるような仕草のまま、困った様子で続ける。

「だ、だって…、木に引っかかって、ちくしょーって叫びながらジタバタして、下ろせ下ろせーって騒いでるんですよ? あんなに可愛いのをすぐ下ろしちゃうのは…その…残念かなー…なんて」
 それを見てはないアタシだけど、その姿は想像に容易い。確かに、想像してみると可愛い気がする。

「ほんとに、下ろすのが惜しいくらい可愛らしくてですね、少しだけイジワルして下ろすの引き伸ばしちゃって…」
「なんか…、分る気がする…んだけど」
 いや、気持ちは分るよ? そういう可愛らしいのはアタシだって好きだし。彼女がそこまで言うのなら、それは本当に可愛かったんだと思う。…でもさ、最初の質問とそれが何か関係があるのかなぁ?…なんて思ったけど、それは口に出さずに、彼女の言葉を待つことにした。

「そういうのを見たり、先輩の…、ユカリちゃんの歩く練習に付き合ってたら、彼女が恐ろしいなんて気は起きなくて」

「あの子は不思議な子です。偉そうにしてるのに、それは見かけだけで、中身はすっごく子供子供してるけど、何か譲れないモノを持っていて。…でも、いい子なんですよ、とっても。…だから、そんなあの子が大声を出して悩んでいるのを、怖いなんて思えなかった。…ふふふ、それだけです」

 …そっか。この人は、あのムラクモ少女が本当に好きなんだ。
 出会って数時間程度かもしれない。だけど、友達になるのは一瞬。気が合えばすぐ友達になれる。

 だから、友達の悩みを聞いてあげたかった。

 アタシだって、タケハヤやダイゴがああやって叫んだら、怖いなんて感情は沸くわけがない。
 なんだ、そういう簡単な答えだったんだね。


「ぬ、ムラクモの。…お前、甘いものが好物だそうだな。これも持っていけ、香川名産うどん味のキャンディだ」
「ホントか! うわぁ! ありがとだー! デカ夫! お前スバラシイぞ!」
 少し離れたところでSKYのメンバーからお菓子を貰っているムラクモ少女。さっきまで命を狙われて殺されかけたっていうのに、なんで他の仲間も一緒になって馴染んじゃってんのかしらね。アイツもちょろいけど、うちのメンバーもホントちょろいなぁ…。いや、人の事言えたもんじゃないか。

「はー、先輩は可愛いなぁ。ユカリちゃんって呼びたいんですけどねー、許してくれないんですよねー。ぐすん…」
「あははは…、呼べるといいね。 …うん! アタシも応援してるよ!」

「あ、それともう一つ、アオイさんはあまり気にしてないようだから言っておくけど、アイツの…」



 ───こうして、アタシ達の波乱の一日は終わった。

 あの後、ムラクモ少女達を救助に来た自衛隊らが車を手配し、アオイさんを乗せ、そしてムラクモ少女は座る場所がないという事で車の天井に乗り、非常に非常に喜んで帰っていった。アイツ、めちゃくちゃハシャいでたけど、大丈夫かなぁ? 絶対落ちると思うんだよね〜。

 で、奪った物資はこちらで必要な品だけを選別し、残りはムラクモの本部である都庁前に置いておく、という事をアオイさんに約束し、それで手打ちにしてもらった。彼女はムラクモに入ったばかりで権限なんてないそうだけど、…そういうところ、なんとかしちゃうんだろうな。頼りになるお姉さんだわ、ほんと頭が上がりません。


「はぁ、ムラクモか…」
 アジトのある廃ビル。ここの屋上はアタシが一番好きな場所だ。

 アタシは夕日が沈み行く茜色の空を眺めながら呟(つぶや)いた。今までずっと、ナツメにばっかり憎悪を燃やしていたアタシだけど、でも、ムラクモという組織の全てが悪人の集団ではない事を改めて思い出す。

 アオイさんがそうだったように、善意で働く人も大勢いるのだ。
 アタシはそれを知っていた。見ないようにしていただけで、本当は最初から知っていたんだ。

 なぜかって…、

 だって幼かったアタシ達をムラクモ研究所から逃がしてくれたのは、キリノというナツメの部下だったから。
 彼が生きている事はあの襲撃の日に再会して確認している。相変わらず頭は良さそうだけど頼りない印象も変わっていないのが懐かしかった。

 彼は…、キリノはいまムラクモで何をやっているのかな…?


「おい、ネコ。そろそろ食事だ。身体が冷えないうちに中に入れ」
「あれ? ダイゴってば、その怪我で料理してたの? 今日ぐらい休めばいいのに」
「お前達の味付けで乗り越えられる程、渋谷は甘くないのでな」
「はいはい。どうせアタシは料理出来ませんよーだ」

 巨漢のダイゴがピンクのエプロンをしている姿はもうお馴染みの光景だ。また日常が戻ってきた事を実感させる。激動の一日だったけど、最後にはいつもの日常に戻れて本当に安心した。

 明日がどうなるかは分らない。…だけど、アタシには仲間が…、SKYという”家族”が居る。
 家族がいれば、どんな波乱も乗越えていけるんじゃないかと、改めて思う一日だった。



「おやすみ、アオイさん。…ついでにムラクモ少女」


 とても当たり前のその言葉は、いつもより少しだけ温かい気がした。









 渋谷編 ・ 完





 ───東京に巣食う帝竜・残り5匹…。








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